未勝利ウマ娘の就職・仮初の有馬記念   作:兄萬亭楽丸

11 / 25
私はその問いに

 

『…クレノにはモデルとは別に、レーススタッフの道を本職にしてほしいと思っていたのよ』

 

「…へ?」

 

 

 

私の足が止まったのに従い、先輩も歩みを止めた。

 


 

レーススタッフ。

トゥインクルシリーズ・ローカルシリーズの運営を行うために必要なレース場運営スタッフ。もしくは運営スタッフへの就職を目指して学ぶ、トレセン学園内の一学科の生徒のことである。

 

トレセン学園では最初からトゥインクルシリーズを目指さずレーススタッフとして学ぶ道が用意されているが、一方で私のように競走を諦めた子に対しても学部転入という形で門戸(もんこ)を開いている。学園…ひいてはURAもトゥインクルシリーズを志半ばで去るウマ娘がレーススタッフになってくれるのは嬉しいらしく、転入に関してはいくらかの優遇措置(ゆうぐうそち)もあるそうだ。

 

 

 

専用の車輛(しゃりょう)で出走ウマ娘が収まるスターティングゲートを牽引(けんいん)し設置、出走準備を行う。

コース上の安全を確認したらスターターが旗を振り、各出走ウマ娘のゲート入りを手伝う。

いざ出走のゲートが開けばスターティングゲートをコース脇に引っ込める。

 

レース中はコーナー各所に設けられたパトロールタワーで、出走者が斜行(しゃこう)などの進路妨害を行っていないかを監視する。

コース脇には救護班が常時待機し、出走ウマ娘の負傷・転倒といったアクシデントに対処する。

 

ウマ娘がゴール板を駆け抜ければ、電光掲示板を介して結果を表示する。

微差の決着の場合は裁定委員(さいていいいん)による写真判定を行い、掲示板を介して出走者・観客に通知し、別途紙媒体での掲示も行う。

 

結果が確定すれば、勝利したウマ娘をウィナーズサークルに誘導し、記者らによる撮影や取材等の手配を行う。

その裏では次のレースに臨むウマ娘をパドックからレース場に誘導し、レースを終えたウマ娘達のゼッケン等を回収する。

 

 

 

…これらの仕事全ては、トレセン学園(あるいは地方レース場の同部門)からレーススタッフの道を(きわ)めた多数の職員によって(まかな)われている。

G1開催日に至ってはレース場に十万人単位の観客を迎える一大エンターテイメントである以上、それを支えるレース場が専門性のある職員によって運営されるのは当然の帰結と言っていいだろう。

 


 

…当然ながら、私もそういった実情に関してはいくらか知っている。

ただペコ先輩からオファーを受けた時点で、そういった道に進むことはないと思っていた。

 

理由は単純だ。何度も言うように、私には向いてないと思ったからだ。

 

先輩と初めて対面した"フェブラリーステークス"の日。

未勝利仲間・マーサのサポートの裏で目にした、裏方作業を行うレース場職員が(せわ)しなく動く姿。

それを遠目に眺めながら… 私がレース場で働くことはできないとなんとなく感じたのだ。

 

 

 

だってだ。

私は"トウカイテイオー"になることはできなかった。"皐月賞"はとっくに過ぎ去り、数週間後に控える"日本ダービー"の出走資格はもう得られない。

この夢に関しては(レースモデルの仕事とは別で)今後生涯達成されることはなくなった。

レーススタッフとして就職するのであれば、成りたいものに成れなかった鬱屈(うっくつ)した思いを抱えながら後輩ウマ娘たちの走る姿を(なが)めなければならないだろう。

 

 

どの職務に就くかはわからない。だが職務上G1を勝利したウマ娘と相対することもあるだろう。…いや、私にとっては未勝利戦を勝ったウマ娘すら(まぶ)しいかもしれない。

 

そうした華々しい勝利に酔う後輩ウマ娘を尻目に、平静を保って仕事が出来るだろうか。

 

私はその問いに、「はい」と答えられる自信がなかった。

 

 

 

…とはいえ、こういった仕事すら容易になれるわけではないのは事実。

"トウカイテイオー"の夢には完全に見切りをつけ、地元に帰って仕事を探した方がそういった思いに整理をつけやすいのではないか。

レースモデルの道を志す以前…ペコ先輩のイベントを見るまでの私は、そういった考えをうっすら巡らせていたのだ。

 


 

「その… あんまり自分には向いてないかなって思ってて…」

 

言葉を(にご)す。

先輩が単なる思い付きで言っているはずはない。それに度々(たびたび)言うようにレースモデル専業で生活できるとは思っていないが、私にだって職業選択の自由がある。

 

副業に関してはモデルの仕事が無事受かってから探しても十分遅くないのではないか、そううっすら思っていた。

 

しかし、そういった考えをめぐらせてしまった時点で私の将来に対する見通しの甘さが、かすかに脳裏をよぎった。

 

『私がこの数か月つきっきりなのも悪いけど… レースモデル以外の仕事はまだ探してないって事よね』

『…考えてもみなさいよ。レースモデルとして無事務めることができたとする。そうなるとトレセン学園を…遅くとも来年3月には離れることになるでしょう。じゃあ来年以降、クレノはどこを拠点に生活するの』

 

 

 

当たり前のことだが、トレセン学園の卒業に伴い寮からは巣立つことになる。

レースモデルの仕事を務める…すなわち卒業後も関東に拠点を構える場合は、どこかで新居を探す必要が出てくる。

 

トゥインクルシリーズに登録したことのあるウマ娘は、卒業に際しレース出走数に応じた額を支度金(したくきん)として(二束三文(にそくさんもん)らしいが)受け取ることが出来るらしい。

そのため無一文で学園を放り出されるわけではないとのことだ。

 

だが。

 

毎月定額の賃金を貰えるわけではないレースモデルの仕事を担保(たんぽ)に、家を借りることが出来るか?

決まったとしても卒業のタイミングで定期収入を得られる副業が決まっていない状態で、毎月の家賃を払うことが出来るか?

 

何よりいきなりトレセン学園を放り出された状態で、二足の草鞋(わらじ)を履くことができるか?

 

 

 

『…別れ際にこういう話を振って悪かったとは思ってる。でも時期に決着をつけないといけない事だからよく考えて』

『GW明け、また連絡するから』

 

 

 

先輩が突き付けた現実。

これを残酷(ざんこく)の二文字で片づけるのは簡単だ。でもそれ以上に、私の今後に対する見通しが甘かったことを改めて痛感することになった。

 

足早に改札に向かう先輩の後姿を、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしながら見送るしかなかった。

 


 

 

『レーススタッフへの転入を提案されましたか…。無理強いはできませんが、悪くない道だとは思います』

 

先輩と別れ、長い逡巡(しゅんじゅん)の末におばさんの元に駆け込んだ。

窓の外は日が陰り始めている。

 

『ゴールドシチーさんについてはご存じでしょう。ペコさんは、彼女の様な就業形態を理想だと考えているのかもしれません』

 

"百年に一度の美少女"と(うた)われる、美容雑誌を中心に長年人気を博すカリスマモデル。

その昔、トレセン学園に在籍していた折には"阪神JF"を制し、以降もクラシック・王道G1戦線で活躍を続けたウマ娘。

彼女はトゥインクルシリーズ現役の時分からモデルの仕事を兼任していたことは広く知られている。

 

確かにだ。トレセン学園に在籍しながらの仕事であれば職探し・家探しの手間は必要ない。

それでもペコ先輩の提案は私をコントロールしているようにしか思えないし、今後レース場スタッフとして働くことも考えていない。何より就業に堪えられるかどうかわからない道を(きわ)める必要はあるのだろうか。

 

『…厳しい話をしましょう』

 

 

 

『例えば。クレノさんが無事レースモデルとして就職しました。しかし半年後、撮影中に大怪我をしレースモデルとして身を退くしかなくなりました』

『ペコさんの務める事務所はしっかりとした会社の様ですし、怪我に対する保険は降りるでしょう。日常生活に当分難儀(なんぎ)する可能性はありますが、手術や入院のお金に困ることはないと思います』

 

『…ですが事務所は辞めることになるでしょう。その時の貴方は"トレセン学園を卒業しただけで、何のスキルも持たない無職"でしかありません』

 

 

 

何のスキルも持たない無職。

 

これまでトレーナーが口にすることのなかった厳しい言葉に、足元が揺らぐのを感じた。

 

『そういった事態を避けるために、地に足を着けて働くことが出来るようしばらくはスタッフとしての素養を積んでいただきたいのだと思います。…レースモデルの仕事は、生涯にわたって続けられるものではないようですから』

 


 


 

 

 

トレーナー室を去り、誰も居ないグラウンドの隅で、声を押し殺して(うめ)いた。

 

 

 

思えば、だ。

2月に競走の道を諦めたときから私の本質はずっと変わっていない。

この数か月で頑張った事と言えば、なれる"かもしれない"レースモデルの仕事に対する研鑽(けんさん)と、同じチームに所属する仲間を応援するくらい。

 

 

 

この三か月、"卒業した後"を考えたか?

先輩の度重なる警告を聞いても尚、"足が動かなくなるまでレースモデルとして働く"程度のことしか考えていなかったのではないか?

 

 

 

自分のこれまでの愚かさに、世間を舐めていたことに腹が立った。

涙は出さなかった。泣けば自分に益々苛立(いらだ)つからだ。

 

 

 


 


 

『…おばさんが言っていたのもある。それと理由はもう一つ』

 

GWが明けて間もなく。電話口の向こうでペコ先輩が語る。

 

 

 

『クレノが私の元で練習しているのは、元をただせば"トウカイテイオー役"として仕事が出来るから。この仕事が終わった時、あなたがレースモデルとして働くモチベーションを保てるかが心配でしょうがない』

 

「でも!レースモデルとして働く気は十分あるんです!それこそ副業のことなんて今まで考えてなかったように…」

『"今は"そう答えられるかもしれない。でもね、稼ぎは少ない・レースモデル以外の仕事に就かなければ生活が出来ない。その上不定期かつ数日単位の仕事に対応する以上、兼業先にもシフトの不都合や迷惑をかけることになる』

『二つの仕事を兼業する、オフは仕事の為のトレーニングが控えている…そうなると余暇(よか)の時間はまず取れない。そうした過酷な状況で… トウカイテイオーではない、下積みの仕事を続けられる自信がある?』

 

トレーナーが語るが如く事実を淡々と並びたて、私に問いかける。

私はその問いに、「はい」と答えられる自信がなかった。

 

 

 

実際、ドラマにテイオー役として抜擢(ばってき)されたからといって、今後も同様の仕事が回ってくるわけではないだろう。

 

丸一日撮影しても、公開される映像では顔も名前も出ることはない、主演俳優の後ろで数秒カメラに映ればいい方…

先輩方から聞くにレースモデルとしての仕事はそういった表に出ることのない仕事が大多数。

 

 

 

ここ数日現実と向き合い続けて、先輩が私を過剰(かじょう)に気にかけている理由が分かった気がする。

 

私をレースモデルの世界に呼ぶ以上は、レースモデルの世界に絶望してほしくないのだ。

だから長らく仕事が出来るようにトレセンへの引き続きの在学を勧めるし、何度も私が引き返せるポイントを用意してくれている。

 

その裏にあるのは… 過去にレースモデルを志半ばで辞めていった先輩・後輩の存在があるのかもしれない。

脱落者が多い世界だから同業者同士で練習の場を設けて、技術の継承や繋がりを作ろうとしているのだろう。

 

 

 

『…私には、クレノをレースモデルとして招聘(しょうへい)する以上は(なか)ばで辞めないように助ける責任があるし、あなたにも負うべき責任がある。以前言ってた試験の日までには今後を決めてもらうから』

 

つばを飲み込み、机のカレンダーに目線をやる。

先輩から課せられた試験の日は、"日本ダービー"の数日前。

 

つい一昨日行われたG3"京都新聞杯"・"プリンシパルS"(ステークス)、それと"NHKマイルカップ"の開催を以て、"日本ダービー"出走メンバーは大方固まってきた。

重賞クラスの連闘を考えれば昨日までがギリギリのラインだし、今週末・来週はレーティングを積み重ねられる手段に乏しい。

そういう事情もありメディアはダービーに向けた事前特集を組み始めたし、共に練習するオコシも近々インタビューを受けることが決まっている。

 

つまりは。悔やもうが自分に苛立とうが、後戻りできない日が眼前に迫りつつあるということ。

 


 

「来週、姉の結婚式で実家に帰ります。家族と話したうえで全て決めるので…返事を待ってください」

 

 

 

…幸か不幸か。試験の丁度1週間前実家に帰ることになっていた。 カレンダーには"エニイモア 結婚式"の文字。

 

家族が進路について私の自主性に任せていたのもあり、ここまでは全て自分一人で考えていた。悩みに悩んでいる今、家族の助けを借りる必要はあるかもしれない。

 

"トレセンのある関東で就職する"と言えば反対するような家族ではない。"レーススタッフとしてもう数年就学する"と言っても… たぶん受け入れてくれるだろう。

実際、家族と話せば決断も固まるだろう。仮にそこでレーススタッフを諦める決断に至っても、先輩はしっかり受け止めてくれるはずだ。

 

 

 

それでもだ。

 

電話を切ってから改めて自分に嫌気がさし、歯噛みする。

結局私一人で決められないんだ。社会に出ていくための決断も、家族に背中を押してもらえないとできない。

 

 

 

 

──昨週開催の重賞で"日本ダービー"の想定メンバーも固まってきましたが…まずは"皐月賞"勝ちウマのナートゥサクティから見ていきましょう…

 ──左回りの東京レース場は経験していますし距離延長も苦にしないと思います。トウカイテイオーのように"無敗の二冠ウマ娘"になれる実力は十分あるでしょう。ですが懸念点として…

 

 

もし私がトウカイテイオーのように"皐月賞"を勝てていたら、今のように苦しまないで済んだのだろうか。

そう独り言(ひと ご)ちながら、テレビを消した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。