未勝利ウマ娘の就職・仮初の有馬記念   作:兄萬亭楽丸

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私ではない誰かのために

 

「家族やおばさんとも話を着けました。レーススタッフへの学科変更も受けることになりました」

「ペコ先輩。改めてのお願いですが、レースモデルの試験を受けさせてください」

 


 

 

 

…姉・クレノエニィモアの結婚式を見届けトレセン学園に帰ってきた私は、まずレーススタッフへの学科変更に必要な手続きを進めることになった。

それに併せ、これまでレースに出走する意思はないが契約解除もしない…といった宙ぶらりんの状態にあった私の競走契約解除も決まった。学部が変わる以上必要な手続きだからだ。

 

狭苦しいトレーナー室。

トレーナーが事務机の引出しを開く。保留中の契約解除届を取り出し、記名し、判を押す。

 

『では、学科変更届と併せて提出しておきます。…今後も私達の元で頑張ってくれることは変わりないけど、お疲れさまでした』

「一年間、お世話になりました。…変な話ですけど、明日からもよろしくお願いします」

 

この書類が受理されてしまえば、私の競走人生は終わる。

でも目指すトウカイテイオーになれなかった時点で、私の競争人生は既に終わっていたようなものだろう。

トゥインクルシリーズに対する未練は…まだあるが、それに対して物悲しい思いは以前ほどはない。

 

それに、"私の憧れたトウカイテイオー"は、皆の憧れる"無敗のダービーウマ娘"ではなかったからだ。

 

 

 

『でも、クレノさんはレースモデルとして採用が決まったわけではないでしょう。先に学科変更の手続きを進めて大丈夫だったのかしら』

「逃げ道をふさいでおきたかったんです。仮にレースモデルの仕事が不採用になっても、レーススタッフの道には進むことにしました」

 

 

 


 

『その答えを待っていたけど、もう一度念押しさせて。今後レースモデルになってからもクレノのことは気に掛けるつもりだけど、クレノの人生すべてを面倒見ることはできない』

『もう後戻りはできないよ』

 

やはりと言うべきか、先輩は私の勇み足に一度待ったをかけた。

先輩からすれば、将来の展望も何もなかった後輩を自分の業界に引き込むことになるのだ。後輩()の人生を今決めてしまう責任が、ペコ先輩にある。

 

私も、先輩のコネを使って大役を貰う… そういった形で業界に入る以上、先輩の顔に泥を塗らない一人の社会人として勤める責任がある。

 

 

 

「…今、"はい"って言っても軽薄な言葉になりそうで。だから、レースモデルやることにした理由から…言っていいですか」

『…いいよ』

 

 

 

「私がトウカイテイオーを目指すきっかけ…何度も聞いたかもしれないんですけど、引退記念の番組でみた"有馬記念"だったんです」

「ちょうど数日前実家に帰って、その番組をたまたま見返しました」

 

 

 

「…変だったんです」

 


 


 

 

──…後続の中からウイニングチケットが今、現在三番手まで上がってきている!

 

 

 

最初に"有馬記念"の映像に切り替わった際、真っ先に違和感を感じたのはカメラアングルだ。

 

映像は中山レース場の向こう正面・先頭を走るメジロパーマーが第三コーナーに入る直前から始まったが、本来のレース中継であるべきものが見当たらない。

 

レースを撮影するビデオカメラは、基本的にはゴール前メインスタンド上部から撮影される。

そのため向こう正面からの映像では、着順などを表示するターフビジョンが画角の端に映るはずだ。

 

だが、映像にはそれもない。その上本来であれば各所に点在するハロン棒も見当たらなかった。

 

 

 

──残り400mを切りました!残り400を切った!

 ──ビワハヤヒデが僅かに先頭か!ビワハヤヒデ早くも先頭に立ったか!

 

 

 

ビワハヤヒデが後続を引き連れ、最終直線の先頭に立つ。

カメラアングルが切り替わり、彼女らを下から(あお)るように映し出す。

 

その後ろに付くトウカイテイオー、残り200メートルを切るかといったあたりで二人が横に並ぶ。

後続は誰もついてこない二人っきりの勝負であるかのように、競り合う二人の鬼気迫る顔を映し出す。

 

…当然ながら競走ウマ娘以外がレース中のコースを走り、撮影する事などあり得ない。現実のレースであれば、最終直線にはスタンドからの引いたアングルでしか撮れないはずだ。

 

 

 

──トウカイテイオーだ!トウカイテイオーだ!

 ──トウカイテイオー、奇跡の復活!!!

 

 

"私の憧れたトウカイテイオー"が観客席…そしてカメラに手を振る。

 

コースを走れば蹴った脚から芝や土が舞い、それがブーツやスカートに付いてしまう。テイオーのようにブーツやスカートが白ければ、よけい目立つだろう。

だが映像に見えるのは芝や土を含んだ汚れではなく、乾いた砂。

 

 

 

トレセンに入ってから購入してもらったスマホを取り出し、現実のレースVTRと最終直線を見比べる。

テイオーが足を踏みだす様子に着目し、何度も巻き戻し、見返す。

やはりだ。実況音声は同じなのに、明らかに現実のレース映像の方が脚の刻みが早い。

 

そして"私の憧れたトウカイテイオー"は、私達がレースモデルの練習で走るペースと全く同じ歩みを刻んでいた。

 

 

 

「私が幼少期憧れたトウカイテイオーって、誰かも判らないウマ娘の方が演じたレースモデル…。ニセモノだったんですよ」

 


 

映像の正体に気付いてからは、私は何かに突き動かされるように映像の()()を探し始めた。

 

例えば、このレースにはライスシャワーやマチカネタンホイザといった面々も参加しているが、この有馬記念では着外に終わっている。

彼女達を演じる役者も映像の序盤に映ってはいるが、よく見るとテイオーやハヤヒデと比べると勝負服の完成度が段違い。レース業者から借り受けられる汎用勝負服を改造したようなデザインで、再現も粗雑(そざつ)だ。

 

最終直線からの不自然なカメラアングルの理由もこれではっきりした。下から煽るカットを多用することで、どんなコースを走っていたのかを見せたくなかったのだ。

現実の中山レース場を借りれず、例えばパーマーさんの私設レース場の様な練習場を借りて撮影したのだろう。

 

なぜ番組が当時のレースVTRを使わず、レースモデルによる再現映像を一から製作したのかは分からない。

そういえば現実の"有馬記念"はレース終了直後に審議があったらしい*1し、他にも当時のVTRを使用できない何らかの事情があったのかもしれない。

 

 

 

「もう最初は笑うしかなかったんです。だって10年以上ですよ。今見ればこんな子供だましみたいな映像で将来の夢を決めちゃったんですよ。魔法少女や戦隊ヒーローが空想上の存在だって気づいても、今後の夢はねじ曲がらないと思います。でも私はこの年までこの"トウカイテイオー"を本物のヒーローだと信じてたんです、笑えるでしょう!?」

「ひとしきり笑って… テイオーを演じた人、この人がなぜこんな仕事を引き受けたんだろう、って考えたんです。自分の顔も満足に映らない借り物の役を、なんでこんなに鬼気迫る走り方で、私を引き付けたんだろうって。でもこの方がどうしてテイオーを演じたか、…本当の理由はもうわからなくて。だって番組のエンディング見ても、インタビュアーやロケ地の名前は出ても演じたウマ娘の名前は載ってないんです」

 

 

 

ムホウマツ先輩から聞いた話では、レースモデルという職業体系は近年…それこそ私が小学校に入学する頃くらいに成立し始めたものらしい。

それ以前は、地方レース場(ローカルシリーズ)で出走機会にあぶれた子や売れないタレント・女優くずれを呼び止めて採用することが多かったようだ。

 

走る姿を撮影しそれを広告などに使う機会が毎週あるわけではないうえに、2,3分余りあるレースの再現映像も撮影は丸一日あれば事足りる。

(聞こえは悪いが)今のように専業のレースモデルを用意するより、一度限りの契約で使い捨てする方が効率が良かったのだ。

 

"トウカイテイオー"を演じた彼女がこの映像に出ることを選んだ理由は生活の為か憧れか、その真意を知る(すべ)はもうない。

 

 

 

「私のヒーローはニセモノでした。でも確かに、私はこの映像のお陰でトレセン学園に来たんです」

 

トウカイテイオーになりたい。

 

走るのが楽しい。

 

これまで、私がレースモデルの道に進むにあたって突き動かされた思いは、どれも自分から湧いて来た「走ろう」だ。

自分勝手だった。社会のことを考えていなかった。

だってそうだ。私が幾ら走るのが好きでも、社会は私を見てくれるわけではない。

 

 

 

でも、私の走りが、未来の"トウカイテイオー"を目指す子の憧れになれるのだとしたら。

 

私ではない誰かのために走れるのだとしたら。

 

 

 

 

 

…いつしか私は電話口の向こうに居る相手が先輩だという事も忘れ、これまでの人生に対する鬱憤(うっぷん)をぶちまけるかのように語り続けた。

 

 

 

 

 

『わかった、私の負けだ』

先輩が会話を打ち切った。溜息から安堵(あんど)の思いが漏れる。

 

『…試験は来週木曜日。私のスケジュール都合上、朝からになると思う。詳細はおばさんに伝えておくから』

 



 

 

 

そうして、試験の日が来た。

 

 

 



 

「マーサ、おはよう」『おはよ。クレノは今日就職試験だっけ』

「そうそう、だから授業も休み。学力テストより緊張するわ、ちょっと胃が痛い」

『たぶんオコシも似たようなこと言ってるんだろうな…』

 

そして今日は"日本ダービー"出走ウマ娘・枠番の確定日でもある。

情報公開は午後2時ごろだが、午前の授業が終わるころにはメディアやおばさん含む各トレーナーに先んじて通達が来るだろう。

 

一応、オコシは出走枠争い18名の中に現状は無事収まっている。出走登録締め切りギリギリに重賞ウマ娘が多数登録していない限りは、問題なく出走できると思われる。

たとえ(ことわり)の上では正しく出走資格を得られると言えど、本人にとってはいざ確定するまでは気が気ではないはずだ。

 

「たぶん昼過ぎにはまたおばさん経由で情報来るでしょ、オコシがまた魂抜けてたら叩いて起こして」

『併走相手はともかく、オコシの介護まで私にさせ… ってあれ、見慣れない車だけどクレノの待ち合わせ相手とか?』

 

 

 

「…うん、あの車が待ち合わせ相手っぽい。じゃ、今日もオコシの併走相手頼んだ!」

『ん、頑張って!』

 

私設レース場の脇で何度か見た、車の素人でも判るほど一昔前のデザイン。

私がその車に向かって手を振ると、壮年のウマ娘が運転席を降り手を振り返した。

 


 

『クレノ、おはよー!こんな早い時間からわざわざごめんね、今日はよろしく!』

「お、おはようございます!よろしくお願いします!」

 

 

 

試験会場はこれまでと変わらず、パーマーさんの私設レース場とのことだ。

レースモデルとして必要なペース配分や隊列を乱さず走れるかどうかを試すのだと思う。

 

『車酔いとか大丈夫なタイプ?ダッシュボードにあるファイルが今回の採用試験に必要な奴だから、今ざっと目を通してもらっていいよー』

 

コピー紙にクリップ留めの簡素な書類を手に取る。中にはコースの模式図と各出走者の位置取りが記されている。ページの下部には各出走者に対する細かい指示も一部書かれている。

[全メンバー46ペース][内側ツメ][D→C併優先]といったように業界用語と思われる言葉での指示も多く見えるが、おおむね理解はできそうだ。

 

 

開始後位置取り・スタンド前直線まで     

※D→C併優先でお願いします

 

     (B)

  (D)(C)

       (A)→


 

 

 

現実のレースの回顧録(かいころく)でこういった図式は見たことがある。模式図で指示された位置取りを正確に再現することが今試験のテーマだろうか。

 

出走者の位置を表すA~Dのアイコンの内、私が担当するのはCのようだ。

パラパラと資料をめくる。Aの出走者はレース開始から最終コーナーまで先頭を維持し続けている。

 

距離は先月フリースタイル・レースの方と走った2500メートル。

先輩の真意も理解できた。今回の試験は、"有馬記念"を簡易的に再現したものだろう。

 

だとすれば…現実のレースに照らし合わせると多少異なる位置取りもあるだろうが、私が担当するCはトウカイテイオーで間違いないだろう。

ハナを取るAはメジロパーマー、基本的に私の前を陣取り最終直線で争うBはビワハヤヒデだろうか。

 

ただDのみ常に私の後方に位置取り、最終直線でも私の後ろを常に離れないのが現実のレースと大きく異なっている。

あの"有馬記念"に当てはめると…マチカネタンホイザ*2だろうか?

 

 

 

「そういえば、パーマーさんも試験で走るんですか?」

『そうだよ!レース場でも(たま)に走ってるけど、誰かに頼まれて走るのは久しぶりだねー』

 

信号を待つパーマーさんから返答を受けた途端、自分がたった今口にした言葉の違和感に気付く。

 

 

 

 ──メジロパーマー僅かに先頭!ビワハヤヒデ、そしてウイニングチケット三番手!

 

 

 

咄嗟(とっさ)に運転席の"パーマーさん"を見返す。

 

 

 

歳をいくら経ても変わらない特徴的な流星。

 

逃げウマ。

 

トゥインクルシリーズ出身。

 

まともな稼ぎでは到底借りることのできない私設レース場。

 

 

 

まさか。私の隣でハンドルを握るこの人が。

 

 

 

「パーマーさんって… もしかして、この試験のAを担当してます?」

『うん、そうだよ?』

 

 

 

「…"パーマーさん"って、あのメジロパーマーさん、ですか?」

 

 

 

『うん。私がその"メジロパーマー"。隠すつもりはなかったんだけどさ、ちゃんと自己紹介する時間が取れなくてごめんね』

『トウカイテイオー1着。…クレノが今後仕事で走るかもしれない"有馬記念"の再現レース。あのテイオーと実際に走ったのが私だよ

 

*1
第一・最終コーナーで進路妨害があったかどうかの審議が行われたが、降着や失格はないまま着順通りで確定している。

*2
有馬記念4着。




【登場人物】


・メジロパーマー(Mejiro Palmer)
勝ち鞍:宝塚記念・有馬記念、阪神大賞典(G2)、札幌記念・新潟大賞典(G3)
トゥインクルシリーズ通算成績38戦9勝 (※障害競走を含む)

クラシック戦線では一切振るわず障害競走への転向・そこからの出戻りと苦渋を味わった末、ズッ友との邂逅(かいこう)を経て爆逃げを会得。そこから飛躍し、人気薄からの春秋グランプリ制覇を成し遂げたメジロパーマーその人。テイオーとは4度の対戦経験がある。
引退後はメジロ本家からは一定の距離を取ってはいるが、世情により縮小化するフリースタイルレースの保護や障害競走の普及活動を行うなど、他メジロのウマ娘とは異なる方面でウマ娘レース文化の発展に尽力を続けている。



なおレースモデル・フリースタイル問わず、私設レース場の参加者間では何らかの紳士協定があるらしく、皆が彼女を極力"メジロパーマー"ではないただのウマ娘として扱っている。
本人も、メジロでもG1ウマ娘でもない一人のウマ娘として交流する方がいろいろと楽なのだろう。



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