未勝利ウマ娘の就職・仮初の有馬記念   作:兄萬亭楽丸

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"私"を捨てろ

──…さんは1月のG2"東海(ステークス)"で地方転戦後初の重賞制覇、翌月のG1"フェブラリーS"でも5着入賞…

  ──…夢のG1制覇へ、メイクデビューからまもなく9年を迎える彼女の原動力は…

  ──…この番組はNAU、地方ウマ娘全国協会の提供で…

 

カーラジオからはラジオDJによる朝のトーク番組が流れている。対談相手はローカルシリーズ戦線で輝きを見せるベテランウマ娘のようだ。

メイクデビューから9年と言えばペコ先輩と同時期のデビュー… 頭の片隅でうっすら先輩を思いながら、配られた台本のページをめくる。

 

 

 

試験会場であるパーマーさん…いや、"メジロパーマーさん"の私設レース場は、トレセン学園からはかなりの距離がある。

パーマーさんの本名を聞いてからというもの、同じ車内にいていいのかという気持ちになってしまい自然に姿勢が引き締まっていた。

 

「そういえば…パーマーさんって今のレース場を建てられたきっかけって何かあったんですか?」

『前言ったフリースタイル・レースを残す活動も兼ねているけど、なにより競走の世界に未練が残ってたからね』

 

 

 

未練…

この数か月で急に意識し始めるようになった言葉だ。

 

 

 

私は既にトゥインクルシリーズの世界には(あきら)めをつけた。未練はとうに捨て去った。

…勿論そんなことはないのだが、そう思いこむことで何とか次の道に進もうとしていた。

 

大人になるという事は、かつて抱いていた(あこが)れや夢を捨て去って、現実を見据える事だと思っていた。

それでも現実には未練を捨てきれず、己と向き合いながら頑張っている人が大勢いたのだ。

 

私設レース場で戦った先輩方。たった今ラジオで特集されていたベテランウマ娘。

ペコ先輩だって今の様な三足の草鞋(わらじ)を履いているのは、役者に対する夢を捨てきれてないからだとおもう。

 

…まさかG1ウマ娘のパーマーさんですらそうだったとは。

 

 

 

『…最初はG1獲れるなんて心のどこかでは疑ってたし、実際に2つ(春秋グランプリ)獲れて満足している私も居る』

『でも分家とはいえ、私はメジロ家に課せられた盾の栄誉(天皇賞勝利)を得る使命は果たせなかった。それが一番の心残りかな』

 

パーマーさんは初めて会った時と変わらぬ語り口で、何も気にしていないかのように運転を続ける。

バックミラーに吊るされたエメラルドグリーンのリボンが、内心でくすぶる思いを象徴するかのように揺れた。

 

 

 

「いくらG1勝ってても未練は残るんですね」

『G1勝ってても… はちょっと違うかもしれないな』

 

『私の隣で競い合ったのは普段トレセンで顔を併せ一緒に笑い合った仲間だった。その仲間たちとレース場でただ一心不乱に競うのが、どうしようもなく楽しかったんだと思う』

『もう全身へとへとで死ぬ思いまでして駆け抜けて、でもそれで必ず勝つわけじゃなくて。笑って泣いて、みんなに勇気をもらって、また頑張ろうってなって…』

 

『出来る事ならずっとレース場で走り続けたかった。…そうだな、きっとテイオーも同じことを考えてたと思うよ』

 

 

 

そこからしばらく、パーマーさんはぽつぽつとテイオーにまつわる昔話を語り続けた。

 

私がトウカイテイオーを演じることを知っていて、パーマーさん自身もそれを望んでいるかのように。

 


 


 

『来たね』

「き、今日は、よろしくお願いします!」

 

私設レース場では既に2人のウマ娘がコース脇で着替えを済ませ私の到着を待っていた。

軽く世間話を一つ終えたところで、改めてペコ先輩が咳払いをする。

 

『…"今回、お時間を頂き誠にありがとうございます。試験監督を担当するスマイルペコです。"』

『ん。同じく試験担当、ライブラムホウマツ』

 

 

 

『いろいろと悩みは乗り越えたみたいだね』

「家族やおばさんには相談終えました。捨て鉢(す  ばち)ではないと思ってます」

 

これから始まる試験で上手く走れたからといって、確実に合格できる保証はない。

まずは、私の為に時間を作ってくれた先輩たちの為に悔いのない走りをしよう…

一つ息を吸い、先輩の差し出した手を握った。

 

『受かる・受からないは置いといて… まずは本気で私達の業界に入るという決断をしてくれて、ありがとう』

 

 

 

クレノフォーエバー。トゥインクルシリーズ通算成績5戦0勝。

私のこれまでを象徴(しょうちょう)するにはおおよそ似つかわしくないほどの青空の下で、試験が始まった。

 


 

機密保持に関する書類にサインし、ブロック塀を風よけに説明を受ける。

周囲を農場に囲まれたレース場にやってくる人は誰も居らず、はるか遠くでトラクターが土を(たがや)す音しか聞こえない。

 

 

 

『クレノ。私はこの二か月で"きれいに走ること"を主に教えてきたと思う。それは未勝利とはいえトゥインクルシリーズで頑張って来たあなたの走りを、レースモデルとしての走りに矯正(きょうせい)する必要があったから。でもね、レースモデル…いや、レースモデルに限らず社会人として一番大切なことは"規律を守る、安全に仕事を遂行する"こと』

『この二か月で、クレノは一杯頑張って、悩んで、その末にレースモデルとして働くと決めたんだと思う。私は嬉しいし、合格でもいいと思ってる。でもこの点に関しては一切譲ることはできないよ』

 

美しいフォーム。リズムに従った足取り。きれいに走ることは、一緒に走る他出走者の安全を確保するのにも必要な事だ。

現実のレースでは勝負の決まる終盤、腕の振りや足の踏み込みがどうしても乱れる。極度の興奮状態に(おちい)ることや疲労、原因は様々だ。

そういった精神状態では少なからず転倒・負傷の危険性があるし、実際にこの通りの目にあい選手生命を絶たれるウマ娘も珍しくない。

 

生命に直結するような怪我なぞあってほしくないのはレースモデルの仕事も同様であるが、モデルたちは順位を争う必要はなく、各々の役割通りに走る。

多人数で走る仕事も多い。隣を走るウマ娘にトラブルが発生すれば出走者全員を巻き込むような大事故につながりかねないし、レースモデル以外のスタッフにも迷惑が掛かる。

 

 

 

『…ウチらが毎週この場で練習しているのは競走能力の維持や同業者同士の情報交換もある。けど一番は自分や同業者を怪我させんため、信頼関係の構築の場でもあるんよ、それだけは覚えとって』

 

 

 

仕事に対する心構えについて改めて説かれ、ひとまず試験前の講義はお開きとなった。

 


 

『移動中にパーマーさんから台本を渡されたと思うけど、今からクレノにはまずこの台本を覚えてもらう』

「…制限時間とかあります?」『まだ緊張もほぐれてなさそうだし、そこまでは急がないよ』

 

 

 

レースモデルの仕事…特に複数名参加しての撮影が行われる際は今回の様な台本が渡され、それに沿って走ることになるらしい。

 

出走者全員が守る区間ごとのペース、前後・内外といったポジション取り。

仕掛け・斜行(しゃこう)・出走者同士の衝突(しょうとつ)等のタイミング調整や顔などの演技指導。

またどこでカメラアングルが変わり、どこに撮影後の映像効果を載せるかといった指示までが数秒単位で事細かに記されているとのことだ。

 

今回パーマーさん経由で渡された資料はそれを大いに簡略化したもの。普段の練習より少し早い程度のペースで走り、終盤までは控えた位置取りを取ること…

道中ではもう少し細かい指示もあるが、今回与えられたのはこの程度。

ただこれは私のレースモデルとしての能力を低く見積もられているわけではなく、今回のケースでは機密の面から台本を直前に渡すことになった、すなわち事前の台本の読み合わせなどが出来ない状態だから… と説明を頂いている。

 

しかし、中山レース場を模した最終直線に突入する際の「上がり( 最終600m)36」という指示だけが異彩を放っていた。

 

『現実の撮影だと、私達出走メンバー全員で本読み*1と呼ばれるリハーサルを行うの。撮影に使われるコースを徒歩で歩きながら、どこでどう動くかの最終確認をして、本撮影に入るって流れね』

『今回は台本で(A)を担当するパーマーさんにずっと先頭を走っていただくから、(C)を担当するクレノには(B)…私を抜く素振りを見せつつ常時マークするのがメインになる』

 

『…あと、この台本みてどう思った?もっとも2500メートルっていう情報だけである程度バレてるとは思うけど』

「仕事で走るかもしれない…テイオーの"有馬記念"みたいだなって…思いました」

 

ただ、私はそれ以上の感情は持たなかった。おそらく初めての仕事が()()になる以上、試験もそれに沿ったものになるのは自然だと思ったからだ。

 

 

 

『…番組の企画、"仮初の有馬記念"が上がった時。キャスティングを担当する事務所はテイオー役としてクレノを仮指名したのが今回のそもそもの始まり。…で、そのときうちの事務所がある程度出演者を自由に決められる、という話はしたと思う』

『で。クレノに"トウカイテイオー"役で話が来たように、私にも役名つきでオファーが来ている。一緒に走ることになるかもしれないあなたの保護者役を兼ねてね』

 

現実の撮影でも、当然ながら自分以外のウマ娘を演じるためにメイクなどは行われる。ただ先輩方が言うには、キャスティングの時点で極力似た髪色のウマ娘を採用するようだ。

走る姿を見せる仕事であるために髪色だけではなく尻尾まで染める必要があり、いろいろと非効率だかららしい。

 

私の目の前で台本を共に読む先輩。整えられた芦毛(あしげ)の長髪は、私が初めて先輩を目にした時から少し伸びたようにに思える。

 

 

 

「あのレースだと、芦毛のウマ娘は二人、いました、よね…」

 

一人はツインターボの"オールカマー"やオグリキャップの引退レースにも立ち会った、G1に昇格する前の"大阪杯"を勝ったウマ娘。

そしてもう一人は…

 

あの有馬記念でトウカイテイオーに最後まで食らいついた、BNWの一角。

 

 

 

『そう。あなたが合格した場合。私スマイルペコは"ビワハヤヒデ"としてあなたの隣を走る』

 

 

 

『あと、ウチは事務所事情で確定やないけど"ナイスネイチャ"役を担当することで話が進んじょる(進んでいる)

『で、私…パーマーさんは番組のレース監修で少し依頼を受けてるんだ。だからここにいる三人は全員番組関係者でもあるわけ』

 

「えっ!?マツ先輩はともかく、パーマーさんもですか?」

『じゃないと試験に呼べないわよ…』『守秘義務違反になるやん』

 


 

『じゃあ、台本の(D)を担当する先輩はカメラをお願いします』『ん』

 

ペコ先輩がヘルメットをマツ先輩に手渡す。先輩は慣れた手つきで先端にある金具に小型カメラをはめ込んだ。

いわゆるアクションカメラと呼ばれるもので、実際のレースモデルの撮影でも使われるらしい。

 

『クレノ。今回マツ先輩はあなたの後方に常時取り付いて、あなたの走りを録画する役割を担う』

『事務所はクレノの走りをよう知らん。やけ、最初にオファーした日から練習積んで、レースモデルとして最低限の素養を積んだっち(ことを)見せな(見せないと)ならん(いけない)のよ』

 

 

 

『で、よ。ここからが本題やき(だけど)、撮影中は皆気が張る。それは各メンバーが役割果たさんとならんのもあるし、さっき言うたように安全に仕事遂行せなならんのもある』

 

『パーマーさん、あのレースは14名立てですっけ』『そうだね、私が大外14番』

『…クレノ。本番が始まったら、クレノの後ろにはペコとパーマーさん以外の11人が居ると思い』

「11人」

『そ。…仮にちょっと進路変更間違ったり脚ひねって、大きくグラつくとするやろ。今回は後ろにおるんはウチだけやけ(だから)怪我はせん。でも実際に後ろに11人おったら…衝突事故起きてもおかしくない… そういうことよ』

 

「…わかりました」

『試験に来てくれたお礼に、後ろを走るものとしていったんプロの仕事を見せちゃる

 

 

 

マツ先輩の声色が一層(けわ)しくなる。

気のせいか、風が一瞬止まったような錯覚に陥った。

 

これはもう金を貰う仕事と思い。生半可な走りなんかもう金輪際(こんりんざい)許されん

"私"を捨てろ。レースが始まったらもう誰もクレノを新参扱いはせんぞ

 

 

 


 

台本の確認とウォーミングアップを終え、いよいよ試験となるレースが始まる。

 

演技内容にはスタートのタイミングや出遅れも含まれる。実際の撮影では、カメラアングルの外からタイムキーパーが指示するタイミングでゲートが開く。

今回はそういった環境が無いため、スマホのタイマーで()()を代用することになった。

 

 

 

『緊張が残ってるのは判ってる。でも、もうタイマーが始まったらもう言い訳はできないよ』

「…はい」

 

スタート地点に進む足取りが重く感じる。

 

一度トラックを離れる。

水を一口だけ飲み、(かわ)いた(くちびる)を湿らせる。

心臓の鼓動も心なしか普段のレース前より高鳴っているように感じた。

 

 

 

『…いったん落ち着こっか』

「…はい」

 

 

 

これまで私がトゥインクルシリーズで走ったレースが、次々と頭をよぎる。

 

緊張で頭が真っ白になったメイクデビュー。

ゲートを出遅れ、気が付いたころには大勢が決していた最後のレース。

 

あのレース、隣のウマ番は誰だった?一着を取ったのは?

…思い出せない。

 

 

 

一方今、私の隣にいるメンバーはどうだ。

私の憧れたダービーを走った先輩。トゥインクルシリーズという枠組みから外れて活躍する先輩。

そして、憧れの舞台を共に走ったレジェンド。

 

 

 

改めて思う。私はこの人たちの隣にいていいのかと。

 

 

 

当然この試験の為に覚悟はしていたが、いざ始まるとなると怖く感じるのも事実。

湿らせた唇は、既に再び乾きつつあった。

 

『気後れはしてると思う。簡素な機材とはいえクレノの走りを撮られるわけだし、私含めてメンバーは先輩だらけ』

『今日用意した台本は無茶を書いているわけじゃない。この数か月で基礎を学んだクレノならこなせると見込んで作ったものだから…。あとはあなたの覚悟だけ』

「はい」

 

 

 

『…舞台役者のやり方としてはね、こういう時テイオーなら今の状況でどう思うか、どう行動するかを考えるの』

 

「テイオーなら、どうするか…。やっぱり、未知の舞台でも、楽しんで(のぞ)むとは、思います…」

『…うん、私もそう思う』

 

 

 

『クレノはもうここに居ない、今からあなたはトウカイテイオー、カメラが回っている間は一人の役者として務めを果たす… 一旦、そう思い込んでみたら楽になるよ』

 

 

 

…そうだよな。

確かにレースモデルの撮影をするときは、私をクレノ( "私" )として扱う人は誰も居ないんだ。

マツ先輩の言ってた「"私"を捨てる」ってこういう意味か。

 

ジューン先輩(ジューンキュポラ)と一緒に見た舞台では。ペコ先輩は端役でも堂々と壇上に立っていた。

観客席にいた私を知らないかのような冷たい目だった。

確かにあの時、先輩はあの場に居なかったんだ。

 

私の憧れたテイオーも…だ。ニセモノであっても画面の前で堂々としていた。

 

私がレースモデルとして、カメラに映っている間だけでもあんな風になれるのであれば───

 

 

 

 

 

「ペコ先輩…。すごく失礼なお願いなのはわかってるんですけど、"私"を"トウカイテイオー"と呼んでくれますか」

「これがレースモデルとして(いど)む最初のレースだし、同時に最後のレースになるかもしれない。だからこの一時だけでもテイオーとして走りたいんです」

 

 

 

先輩が一瞬面食らったように見えた。

 

 

 

くだらないお願いかもしれない。

"私"を捨て、冷徹(れいてつ)なレースモデルとして試験の場に立つのがまだ怖かった。

 

それでも、いくら怖くても。

私がトウカイテイオーになれると信頼してくれたのであれば、幾らでも頑張ろうという気になった。

 

『クレノ…』

 

 

 

 

 

『私が…あなたのレースモデル入りを心配していた理由がこれだった。あなたは誰かのひと押しが無いとなかなか行動に踏み切れない』

「…自分でも、わかってます」

 

『自分一人だと、幾ら思い込んでも勇気が出ない。それで先輩()に頼って、最後の一歩を後押しさせようとするんだね』

「…ごめんなさい」

 

 

 

『あー… ほら、泣かない。悪かった、言いすぎた。ほら、息吸って。…吐いて。 …ジャージで涙拭かないの』

 

 

 

『…落ち着いた?』「…もう大丈夫です」

『じゃあ』

 

 

 

『最後の一歩を後押しさせるんだから、プロフェッショナルとして最後までレースを全うするって約束して

 

「…はい。」

 

 

 

『じゃあこれ以上の問答は無駄ね!』

『台本通りは前提!それでも、私達から勝利を奪うくらいの気持ちで来な!"トウカイテイオー"!

 

 

 

はい!!

 


 


 

皆で再びスタート位置に戻り、ペコ先輩はタイマー機能をセッティングしたスマホを設置した。

 

 

 

私設練習場、ダート2500メートル。推定走破時間はおよそ3分余り。

その間だけ、"ボク"はトウカイテイオーになる。

 

*1
本来の意味は舞台などの練習で行われる、台本を読み合う形式のリハーサル。

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