未勝利ウマ娘の就職・仮初の有馬記念   作:兄萬亭楽丸

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ボクはトウカイテイオー

 

試験の始まりを告げるスマートフォンの無機質なアラームと共に、四者は一斉に駆け出した。

 


 


 

 

外枠スタートのパーマーさんがやや強引にハナを切り、その1バ身後ろでビワハヤヒデを担当するペコ先輩が付く。

(ボク)…トウカイテイオーを演じるクレノフォーエバーはそこから更に3、4バ身離れての控えたレースを行い、四人目の走者であるムホウマツ先輩は私の後方外から私の走る様子を撮影する…そういった段取りになっている。

 

最初の位置取り決めが完結し、パーマーさんが集団のペースを調整するために軽く減速したのを確認したところで、

 

 

 

後方から異常なほどの"圧"を感じた

 


 

 

開始位置直後のコーナー~正面スタンド前。

(A):先頭維持。上がり(600mタイム)46弱をキープ。

(C):コーナー到達から内ラチ沿いに移動をはじめ、直線から最内。(B)からは4バ身差のまま維持。

 

 

仮説レース場でも使われることの少ない2500メートルコースはポケット*1からのスタートになる。

その為に多少()()()なカーブを曲がることになるが、一度直線に向いてからのコース構造は(高低差を除けば)現実の中山レース場とさほど変わらない。

 

"圧"の正体は理解している。ムホウマツ先輩だ。

試験の緊張も当に乗り越え、ある意味覚悟していた事態に対しても心は落ち着いている。

 

でも背中からくる"圧"自体は初めて経験したときから変わらない。先輩が開始直前に語った「11人居ると思え」の語りは虚勢(きょせい)でもなんでもなく、気を抜けば直ぐにでも追い抜かされそうな根源的恐怖が背中を(つた)う。

 

 

 

…三か月前。この私設レース場で一番最初にペコ先輩と併走した時を思い出す。

後方に位置どった先輩は、初めての併走に戸惑(とまど)う私に対して剥き出しの圧を放ってきた。

 

当時、圧を初めて体験した私は激しく動揺した。

耳をしきりに動かし周囲を探り、後方で何が起きているかばかり考え意識が他に向かなかった。

…それからも何度かペコ先輩の圧を受けながらの併走を受けた。

腕に芯を入れるようにフォームを固め、左右に抜け出されたときの警戒を(おこた)らないようにした。

(慣れもあるだろうが)そうした姿勢の改善を行うことで、なんとか放たれる圧を気にせず走ることが出来るようになった。

 

 

 

最初に併走したとき、この圧は業界の厳しさを教える為… いわゆる先輩風を吹かせる為のものだと考えていた。

だがレース前にペコ先輩やマツ先輩が語った"安全を確保する"という観点であれば、出走者(ボク)委縮(いしゅく)させるようなことは本来逆効果であるはずだ。

 

ではたった今、ムホウマツ先輩が私に対してこの"圧"を放つ理由はなぜか。

トウカイテイオーを演じる身として必死に台本に従いながら、わずかに残る心の隅で考えを巡らせた。

 

 

第一・第二コーナー

(A):上がり46から47に減速。 (B):(A)の2バ身前後に接近、外4人分間を開ける。

(C):着差維持。コーナー到達前から徐々に(ふく)らみ、自然に曲がる。向こう正面到達時点で内に3人分の間を開ける。

(D):コーナー曲がる段階で(C)の後方半バ身から顔を確認できる位置まで移動。

 

 

先頭を変わらず走るパーマーさんのペースがコーナーに入ったところで落ちるが、レースの再現という観点では間違っていない。現実の中山レース場ではこのあたりが急坂(きゅうはん)に差し掛かるからだ。

続いて走るペコ先輩が台本に従って位置取りを変え始めたところで私も進路変更を行う。

 

コーナーに到達する。踏みしめる足もとを確認するため一瞬視線を眼下にやったところで、これまで後方から放たれていた"圧"が、消えた

 


 

今までの練習ではなかった事態に対して、動揺のあまり尻尾が激しく揺れる。

一瞬トウカイテイオーではなく素の(わたし)が出てしまったことを反省しつつ、台本にあったこの先の内容を一瞬頭の中に出す。

 

ムホウマツ先輩の向こう正面での位置取りは台本に書かれていなかった。

理由は判らない。私の走りに応じて撮影ポジションを変えたりする必要があるからかもしれない。

 

考えを巡らせながら、細かい息を吐きつつ落ち着きを取り戻す。まずは台本に沿って所定の位置取りをこなす。

 

 

第二コーナー→向こう正面

(A):47→46.5。 (B):(A)の2バ身前後を維持。

(C):(B)を外から抜ける位置を維持しながら2バ身半まで接近。第四コーナー突入時にスパート掛けられるようにする

(D):(C)の横、至近距離を維持。

 

 

台本では先頭を走るパーマーさんとペコ先輩が着差を維持しつつ、私がペースを上げる算段となっている。

つまり前を走る二人が減速し、私が()()()()()()()()()()()伸びたように見せる必要がある。

 

「…」

 

数百メートル単位で細かくペースを変える走りは本来不得手(ふえて)

ペースを上げる事に意識を向けるあまり、(わず)かに体幹がブレたことを自覚した。

姿勢を大きく崩すようなものではないが、台本の指示より気持ち内側に寄ったので即座に位置を修正する。

 

次の瞬間。強く振りぬいた右手の甲が、何かに(かす)ったような気がした。

 

 

 

横目で流した視線の先。そこには"圧"を消したムホウマツ先輩のヘルメットが見えた

爪先から踏みしめる走りで音を殺し、私のすぐそばまで競って来たのだ。

 

少し手を広げれば腕同士がぶつかる位置。

もし私の姿勢が崩れ所定の位置より内に寄っていれば、今このタイミングで先輩に衝突していてもおかしくはない。

 

 

 

意図を理解した。

先輩達が過剰(かじょう)に放っていた"圧"は、私の走りを見極めんとするためのものではなく、事故を避けるためのもの。

 

現実のレースと違い耳を動かして後方の走者を確認しづらいからこそ、未熟な私の為に自分の位置を知らせていた。

そして私をある程度信頼したからこそ"圧"を消して私を試し、"台本を遵守(じゅんしゅ)すること"がなぜ必要かを示したのだ。

 

向こう正面に到達したところで、残りは1000mを切る。

私の(ひたい)を疲労による汗とは全く異なる汗が流れたところで、マツ先輩は再び位置を下げ私の撮影に戻った。

 


 

 

向こう正面→第三・第四コーナー

(A):46.5から加速。第四コーナー突入時(B)にペースを譲る (B):コーナーで先頭代わり、45を基準に徐々に加速。

(C):(B)後方に従う。第四コーナーで(B)の外に並ぶ。

(D):(C)後方1バ身を常時維持。コーナー併走する(B)を撮影視界に含める事

 

 

プロフェッショナルとして働く先輩二人の真意に気付けた達成感を味わうのも(つか)の間、レースは終盤に入る。

 

 

最終直線

(A):46から徐々に減速、(D)が抜きカメラ範囲外れてからペースダウン。

(B):45→36。 (C):ペース36で併走。姿勢の乱れは少々であれば気にしなくてよい。

(D):(B)(C)の併走横並びで見れる位置で撮影。

 

 

 

"36"という数字。台本の後半では完全に省略されているがこれは"上がり36"。

レース最後の600メートルを36秒で走る…それくらいのペースを取ることを指す。

これまでの練習で取っていたのは(おおむ)ね46秒ペース。比較して秒速3メートル以上もペースを上げることになる。

 

すなわちレースモデルの撮影で通常使われるようなペースから、先輩達への話を聞く中ではまず走ることのない(はず)のペース…

通常トゥインクルシリーズで走るようなペースまで加速することになる。

 

これまで着差・立ち位置を詳しく指示していた台本にはこれ以外の記述はない。

レース前に先輩に質問しても「全力の走りを見せて」としか指示を受けておらず、この最終直線が試験にどう影響するかは私には分からない。

 

 

…それでも、私達から勝利を奪うくらいの気持ちで来な!"トウカイテイオー"!

 

 

邪推(じゃすい)するなら、"モデルの仕事とは違う、勝利を奪うくらいの走り"を見せろということなのだろう。

併走する相手が先輩だから、重賞ウマ娘だからと遠慮する必要はない。

 

そうだ。ボクはトウカイテイオーなんだ。

テイオーなら勝負の場で気を遣う訳はなく、全力で勝利を狙いに行くはずだ。

 

 

 

…あの"有馬記念"の実況が私の耳に(ささや)きかけた。

 

 

 

──…後続の中からウイニングチケットが今、現在三番手まで上がってきている!

 ──メジロパーマー僅かに先頭!ビワハヤヒデ、そしてウイニングチケット三番手!

 ──そしてトウカイテイオー!青い勝負服が(わず)かに来ているぞ!

 

 

 

先頭のパーマーさんが中山レース場を模した第三コーナーを周ったところで位置を下げる。

まるで私と先輩のマッチレースに余計な茶々を入れないように。

 

 

 

──残り400mを切りました!残り400を切った!ビワハヤヒデが僅かに先頭か!ビワハヤヒデ早くも先頭に立ったか!

 ──外側から、トウカイテイオー来ている! トウカイテイオー来ている!

 

 

 

位置取りでいえば、ビワハヤヒデ(ペコ先輩)に理がある。

現実のレースでも逃げたパーマーさんに対して持ち前のスタミナで着差をキープし、バ群に揉まれ続ける心理的プレッシャーを避けて直線勝負に挑むことができた。

純粋に二バ身稼いだ状態で中山の最終直線を(しの)ぎきることは容易なはずだ。

 

全力で地面を踏みしめ、眼前の芦毛に食らいつく。

 

現実のレースよりはるかに遅いペースで走っているとはいえ、上がり36秒でのラストスパートなぞ出来る自信が無い。

ましてやピッチコンディションはスピード勝負に向かず、抜かなければいけない相手は元重賞級ウマ娘だ。

 

 

 

──…さあ!残り200mを切りました!残り200を切った!

 ──ビワハヤヒデ!トウカイテイオーか!?トウカイテイオーが来た!トウカイテイオーが来た!

 

 

 

足許が泥のように重く感じる。蹄鉄に土が(から)む感触が伝わる。

目の前を走るビワハヤヒデとの着差は想像以上に縮まらない。

 

たかが2000メートル余りを走った所で、先輩のスタミナが(おとろ)えないことは数か月練習に同行してよく理解している。最後の数百メートルくらいであれば、今でもトゥインクルシリーズの様なハイペースで走ることも可能なのだろう。

 

…ダメだ。

(わたし)が、負けるための言い訳を探そうとしている。

 

 

 

 ──ビワハヤヒデとトウカイテイオー!ダービーウマ娘の意地を見せるか!?

 

 

 

負けていいはずがない。ボクはトウカイテイオーのはずだ

 

そう思うと、自然と喉の奥から叫び声が出た。

まだ身体に残っている力を吐き出すように雄叫(おたけ)びを上げる。

 

 

 

大地を踏みしめる。

 

大地を踏みしめる。

 

 

 

目の前にはビワハヤヒデの白い巨体が、手の触れる距離まで近づいている。

 

 

 

大地を踏みしめる。

 

大地を踏みしめる。

 

大地を踏みしめる。

 

大地を踏みしめる。

 

 

 

その刹那。

白い巨体が失速し、私の真横を通り抜けていくのを感じた。

私の目がビワハヤヒデを捕捉する頃には、

 

 

 

──トウカイテイオーだ!トウカイテイオーだ!

 ──トウカイテイオー、奇跡の復活!!!

 

 

 

ボク()はすでにゴール位置を通過してしまっていた。

 


 


 

減速しながら荒い呼吸を落ち着かせ、トウカイテイオーであることに陶酔(とうすい)していた頭を落ち着ける。

 

…その裏でこれから何をすればいいのか分からず、別の意味で神経を張り詰める。なにせカメラはまだ回っているかもしれないのだ。

まず先輩方に頭を下げるべきなのだろうか、それとも正しくクールダウンできるかどうかを見極めているのではないか。

そういった気持ちで堂々巡りになり、全力疾走で掻いた汗ではない冷や汗が全身から湧きつつあった。

 

『…カメラは切った。試験は終わりだから、いったん休んでいいよ』

 

 

 

「…」

 

「はぁ~~~~~っ………」

『コース上に寝っ転がらないの。洗濯大変よ』

 


 

『…真後ろを走った身として、どうだった?』

『まあどやされる(怒られる)ことはないっち(無いと)思う。カーブ曲がるん下手なのが気になるけど大丈夫やろ』

 

コース脇のベンチで小休止を取る傍らで、先輩達はカメラの映像を確認している。

三人を少し離れたところで見守るしかない私。

 

上手く走れていただろうか。

マツ先輩に手が掠ったような気がするけど、あれは減点評価だったりするのだろうか。

もしダメだったら今後、どう生きていけばいいだろうか。

やはり実家に帰って家業を…

 

…ダメだ。どんどん考えがネガティブになっていく。

 

 

 

『クレノ』

「…はい!」

 

『私たち目線では合格…だけど、事務所の関係者にさっき撮った動画を見てもらって問題ないことを改めて確認してもらってから正式な契約になる…ってのは伝えとく。一応事務所も早くキャスティングを確定させたいから、明日金曜日には必ず連絡させる』

「…えーっと」『つまり事務所の事情が片付けば合格、来週には加入手続き開始』

 

 

 

…しばらく先輩達に一礼した後、腰が抜ける。

『まだ仕事の一端にも立っとらんけど…まずはおめっとさん』

「は、ははは…」

 

泥に塗れたシューズを見下ろし、自分の脚で未来を(つか)んだ感触に打ち震える。

 

本番の撮影はまだまだ先で、今後それに向けて過酷な練習があることは想像に難くない。

今の私はレースモデルとして働く資格を得ただけでまだ何も始まっていないのだ。

 

それでも競走に心血を注いできたが結実することはなかった競走人生。

自分の脚でようやく勝てた。自分の居場所を掴めた。

 

 

 

ニセモノという形であっても、憧れのトウカイテイオーに近づくことが出来たのだ。

 

 

 


 

『じゃあレース場の掃除したら今日は解散かな?クレノ、ひとまずおめでとう!』

『あ、今のうちにおばさんに連絡できる?わたしから合格の旨を説明したほうがいいと思う』

「そうですね」

 

スマホを取り出す間も、憧れの舞台に近づいた武者震いがずっと続いていた。

電源を入れると、大量に並ぶLANEの通知欄。

 

そこにはおばさん以外誰も知らない、私のレースモデルへの道を祝うかのように、"おめでとう"の言葉が並んでいた。

 

 

 

送信者:トレーナー

お疲れ様です。

今週日曜の"日本ダービー"について、ミラクルオコシヤスさんの出走枠が2枠3番で確定しました。

 

 

 

*1
レーススタートを直線から行うために用意された、コーナー部分から引き込んで作成された直線。「私だって勝てるかもしれない」も参照の事








いつもご愛読いただき、誠にありがとうございます。
完結まで残り三話を予定しておりますが、一か月に一度の掲載予定が多少遅れることが予想できるため、最終話までの掲載中に一度登場人物一覧の掲載を挟むことを考えています。(筆者の過去作も参照)
此方についてご意見を伺えれば幸いです。


残り短い話ではありますが、何卒最後までお付き合いいただけますと幸いです。



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