未勝利ウマ娘の就職・仮初の有馬記念   作:兄萬亭楽丸

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私達の誇り

月曜日のトレセン学園。

 

授業・昼食を終えたウマ娘は、各々指導を受けるトレーナーの元に向かっていく。

 

 

 

複数人のウマ娘を指導するチームトレーナーには専属トレーナーより比較的広めの部屋が用意されているが、さすがに私達の所属するチームほどのメンバーを抱える指導者は限られる。

その上、おばさんは20年余りも現在のチーム形式での指導を続けている。おそらく新人トレーナー時代から使われているであろう教則資料や過去の卒業生らの出走記録をまとめたノート類は、室内に備え付けられた資料棚ではもはや(まかな)いきることが困難になっている。

ましてやトレーナーは歳も歳。電子化の波に食らいついているとはいえ、どうしても紙媒体のデータを手許に置いてしまう。追加の本棚を購入するのも時間の問題だろう。

 

そういった事情もあり、おばさんが管理するトレーナー室は3人も入室すれば最早手狭ともいえるほどのスペースしかない。

トレーナー室の前にチームメンバーが集まり行われるミーティングは、当チームメンバーからすれば日常の光景である。

 

 

 

『皆さん、本日もよろしくお願いします』

 

メンバー(いず)れもが「落ちこぼれチーム」と自虐するチーム"マミヤ"のミーティングは、普段通りに始まった。

 


 

『まず先週末の出走報告を行います。ハッピーカチーフさん・マーサーアーツさんがクラシック級未勝利戦に、ミラクルオコシヤスさんがG3"スプリングS"に出走いたしました』

 

『結果としては三者とも掲示板外。個々のレース内容の振り返りにつきましては、後ほど行う面談の際に詳しくお話いたします。また、オコシさんは本番"皐月賞"の優先出走権こそ得られませんでしたが、他の出走候補者を見る限りはおそらく出走条件はクリアできるのではないかと踏んでいます。皐月賞の登録に関してはまた後日報告します』

『それと今週末の出走登録、今のところ土曜の阪神で2人打診を受けています。日曜のスケジュールは空いていますから、出走希望の子や今言った二人は明日までに関連書類を出して頂戴』

 

『それでは今週の共有ミーティングは以上です。それでは昨日レースに出た3人の面談を行いますので、他の皆さんは各自ウォーミングアップを…っと、クレノさん。まず貴女から面談を始めていいかしら?』

「…はい?」

 


 

『クレノさん。早速だけど今日は全休ね』

 

 

 

「え!?待ってくださいよおばさん!いくら私が競走(あきら)めたからってそんな練習制限するなんてひどいじゃないですか!?」

『そういう意地悪ではありません。貴女、昨日ペコさんと併走されたんじゃないの?』

「あ」

 

『2名併走しての3000m追い切り3本、ペコさんと2名での追い切り2本。他ウォーミングアップとしてレース場外周のランニング、100mスプリント、etc(エトセトラ)。ペコさんからのメールが無ければ前日何十キロも走った脚で今日も走らせるところだったわ。まだ確定ではなくとも脚を使った職業に就く予定がある以上、現トレーナーとして本日の練習は認められません』

 

ペコさんがトレーナーに宛てたLANEには、昨日私設レース場で走ったメニューや練習で露呈した問題点が事細かに記されていた。

指摘に対ししぶしぶ(うなず)く。

 

『ところで、ペコさんとのトレーニングに何か不審な点はなかったかしら』

「不審…ですか?」

『以前の面談の際にも思ったのだけれども。昔からこの子完璧主義で、負けた自分を許せずに落ち込む姿を何度も見てきたの。そういった姿勢が貴女への指導にも現れてたりするんじゃないかと思って』

『昨日練習場に連れて行ったのも含めて、どうも過干渉(かかんしょう)の気が見えて不安なのよ。後輩を請け負ったからには完璧なレースモデル候補生として送り出したい… 彼女がそう思っていても不思議じゃない』

「うーん。レースモデルの先輩とペコ先輩の三人で併走したとき、やたらジロジロ見られた覚えはありますけど…」

 

 

 

3人での追い切りの際、後方から喰らった"圧"を思い出す。

種を明かせば私の走法に欠点が無かったかを観察していただけなのだが、その為にあれだけのプレッシャーを放てるものなのか、といった疑問は付きまとう。

 

併走後に私が受けたアドバイスは、(当然ではあるが)普段トレーナーから指摘されていたものとは違う視点のものであった。

 

体力の消耗(しょうもう)なく走ること、奇麗なフォームで走ること。

指摘された点を気を付けて再度走れば、前より上手く走れていることが感覚で理解できた。

試行錯誤を行い、徐々に上手くなっていく自分を体感できた。

 

練習でこれだけ成果が出たのはいつ振りだろう、という気持ちにすらなった。楽しかった。

 

 

 

そういった先輩のアドバイスを基に自分の能力を高めてみたい気持ちと、先輩を完全には信頼できない気持ち…そういった気持ちの中で揺れ動いていた。

またそれとは別に、「ペコ先輩であれば早く走れるコツも知っているのだろう」という…観察眼に関する信頼感は湧いている。

今指導されている走法はレースモデルとしての走りに特化したものではあるだろうが、教わったコツを基に走ればタイムもよくなるのではないか。そう、ふと思った。

 

 

 

…もうトゥインクルシリーズで走ることのない私が、そんなことを気にしてどうするのだというのだろう?

 

 

 

『一応何かあった時は相談して頂戴。それと今日は外でのランニングも禁止ですからね』「………あ、はい!」

『では面談は以上。じゃあ外で待ってるカチーフさんを呼んでくれるかしら』

 


 

『クレノどうしたん?お叱り?』

トレーナー室の入り口すぐそばでは面談を待つ二人が、手持ち無沙汰な状態を隠さずにたむろしている。

 

「いま就職活動してて。昨日その試験的な奴でめっちゃ走ったから、今日の練習は無しだって」

『そっか就活かー。私もじきにやることになるんだろうなー… やだなあ』

 

マーサーアーツは日曜日、2月の前走から距離を伸ばしダート1800mに出走するも6着。

土曜の芝2000の抽選漏れ*1のため止む無く選択したレースではあったが、能力の高さは見せている。

一方で終盤、得意な展開に持ち込む能力の(つたな)さを度々指摘されており、前走の敗因もそこから来るもののようだ。

 

 

 

『え?クレノさんも競走お辞めになられるの?』

「うん。ホントは退学するつもりだったけどおばさんに止められて。今は就職試験みたいなのを受けてる感じ」

 

ミラクルオコシヤス。

当チームの同世代では唯一未勝利クラスを脱した…どころかジュニア1勝クラス、さらには年初の"若駒ステークス"まで勝ち、クラシック戦線の出走資格を得た出世頭。

だが前走"スプリングS"では先頭集団から7バ身近く離されてのゴール。世代トップクラスとの対決で能力の限界も見えるようになってしまった。

 

『というかオコシ、このまま問題なければ"皐月賞"でしょ?なんか特訓とかしないの?』

『至ってそういったことはありませんね。"スプリングS"も通常通りでしたから、今後も変わらないでしょう』

『強い子と練習しないと本番も勝てないって。…ウチらみたいな未勝利組じゃなくて、他のチームに頼んで併走とかした方がいいよ』

 

 

 

オコシが一瞬耳を(しぼ)る。

 

『…他のチームを誘う以上、トレーナーに見てもらっての練習でないと有事の際責任問題を招きます。これ以上トレーナー(おばさん)の負担を増やせません』

『でもさ…!せっかくのG1だよ!?おばさんだって意識してない(はず)はないんだし…!』

 

自分が不用意な発言をしたことはマーサ本人も理解したのだろう、揃って耳を絞っている。

それでも(ほこ)を収められないのか、語気が一層強くなる。

 

『…土日はレース場で私たちの監督して、今日はそのまま練習でしょう!?おばさんがいつ休まれているのか、考えられたことありますか!?おばさんだって道楽で私たちの指導をしてるんじゃないんですよ!もしあの人が身体を壊したら、チームのみんなどうされるんですか!』

 

 

 

『そう、だね… ごめん』

 

マーサは振り上げた怒りの落とし所を失い、ゆっくりと拳を下ろす。

私が二人をなだめるより早く、言い争いは解決してしまった。

 

トレーナーは20人余りのウマ娘を一人で受け持っており、サブトレーナーの類も一切つけていない。やはり一人一人を集中して指導することは難しいようで、今日の様な個別面談の機会を設けて練習指導や相談を受ける形式をとっている。

そういったこともあり、トレーナー本人がウマ娘各々の練習を見る時間は少ない。練習に関しては全体でのウォーミングアップの後、基礎錬や各々に設定された個別メニューを各自で行うのが中心となる。

周りのトレーナーが当チームと比べより細かい指導をしていることは、不完全であっても自然に伝わってくる。みな、指導に対する不満は多かれ少なかれあるのだろう。

 

 

 

「二人ともまずは落ち着いてさ…というかオコシ、さっき"私()競走辞めるの?"って言った?」

『…ええ?そう言ったような』

 

オコシがそう答えた刹那。

トレーナー室のドアが勢いよく開け放たれ、一人のウマ娘が逃げるようにその場を後にした。

 

突然の出来事に何が起きたかを理解するのに時間こそかかったが、落ち着きを取り戻すにつれ、コトの真意を徐々に理解することになった。

 

 

 

 

 

「カチーフ、辞めるんだ…」

 

誰かが置きっぱなしにした飲みかけのペットボトルが、風圧に巻き込まれて倒れた。

 


 

『彼女は名目上チームには所属し続けますが、練習への参加は行いません。今後私が彼女に対して行う仕事は就職支援が主になります』

『もう4月ですからね。クレノさんもそうですが、競走の世界に見切りをつける方が出てもおかしくはない時期です』

 

次の面談相手、マーサを迎えに来たトレーナーは淡々とペットボトルを片付ける。

長年にわたり数々のウマ娘を相手にしているからかこういったトラブルに対しては慣れきっている様子で、落胆の色は見えるが私達を不安にさせまいと極力明るい声色で語る。

 

『…貴女達とトレーナー契約を結んでいる以上覚悟はしていますよ。そして私に一縷(いちる)の望みを託してくださった以上、皆さんを卒業までサポートし続ける気持ちは変わりません』

 

 

 

たしかに、指導の腕は一流ではないだろう。

一流のトレーナーではないと思い込むことで、レースに勝てないのは自分のせいではない…そう安心させているかもしれない。

 

それでも私達がこのトレーナーと契約し練習を続けているのは、この人を一人の指導者として信頼しているからだ。

 


 

『マーサさんに、悪いことを言ったでしょうか』

 

トレーナー室の前が再び静けさを取り戻した折に、オコシが口を開く。

 

『今年の同期で未勝利クラスを脱しているのは私一人。タイムリミット(未勝利戦の打ち切り)までに仲間全てが未勝利を抜けられるとは思っていません』

『それに"皐月賞"の勝ちを諦めてるわけでもありません。でも同じチームの仲間なんですよ、一人で多く仲間の勝つ姿を見たいじゃないですか』

 

 

 

彼女は秋に未勝利クラスを脱した。以降未勝利戦で苦しむ仲間ばかりのチーム内では浮いた立場になりつつある。

それでも本人は私より未勝利組に注力してほしい、むしろ苦しむ仲間たちに協力し応援する立場に立ちたい、… そう語ってくれた。

 

「まあ… マーサもオコシに敵意があるから出た発言じゃないと思うから… 大丈夫だと思うよ」

 

 

 

マーサだけではない…私を含む未勝利組の立場からすれば、自分たちに気を掛けずG1に注力してほしいという気持ちはどこかにある。

 

皆、今までの成績からしても確実に未勝利を脱出できるという保証はない。初秋までに勝てなければこれまでの努力は無に帰す。

それでも、仮に同じ所属チームの仲間がG1を獲ったのであれば、共に苦労した仲同士… 私達の誇りとして喜びを胸に競走の世界を去ることが出来る。

 

今後の人生、自分と彼女の違いに悩み嫉妬し、悲しみに暮れることはあるだろう。

それでも同じ仲間がG1の頂点に立つ喜びはそれ以上のものだと信じているのだ。

 

…チームの皆が抱く感情はそれぞれ千差万別だが、チームの仲間が勝利することを願う気持ちは皆変わらない。

お人好しで苦労人なトレーナーの元であるからこそ、指導を受けるウマ娘も似たような子が集まるのかもしれない。

 

*1
ある1レースに出走登録を行うウマ娘が殺到した場合、開催前に抽選が行われ、レース出走者が確定される。オープン・重賞クラスであればこれまでの勝利数および勝利したレースの格から算出したレーティング(筆者註:現実世界でいう獲得賞金の意)を基に、レーティング下位のウマ娘が除外される。一方同条件のウマ娘のみで走る条件戦は、完全な抽選により出走・除外が決定される






次回更新は9月上旬を予定しています。



【登場人物】


・ミラクルオコシヤス(Miracle Okosiyasu)
勝ち鞍:若駒ステークス(リステッド)
現成績6戦3勝。

幼少時代に名ウマ娘・マチカネフクキタルの出演するイベントに参加。その際本人と握手した思い出が忘れられず、トゥインクルシリーズを(こころざ)した。
レース開始から好位置に付ける先行寄りのレースを得意とするが、重賞クラスが相手になるとコーナーでの加速の利かなさ、そこからくる仕掛けの遅さで苦戦が見える。趣味は野球観戦。



・ハッピーカチーフ(Happy Kerchief)
通算成績5戦0勝。

希望を胸に北海道から上京してきたものの、入学してからは周囲に能力を認められず、自暴自棄(じぼうじき)に。一時期は何度も風紀委員のお世話になっていた。
一昨年トレーナーの目に留まり、その際正式なスカウトこそ受けられなかったが競走に対する熱意を取り戻し、昨年夏に正式にスカウトを受けていたところだった。

実家に近い道内の企業で就職を考えているため、卒業後は帰郷するとのこと。


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