未勝利ウマ娘の就職・仮初の有馬記念   作:兄萬亭楽丸

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私が主役でなくても

 

本日の練習禁止を言い渡された私は、特にやることもなく食堂で早めの夕食を取る。

ここ一カ月は忙しない状況にあったので忘れていたが、暦は4月になろうとしている。

食堂の各所では新入生と思われる生徒が列になり、生徒会から説明を受けていた。

 

私は彼女らを尻目に配膳(はいぜん)テーブルに並び、山盛りのご飯を頂く。

トレーナー監修の食事メニューになって1年弱。競走から身を退いた今もメニューは継続している。

苦痛ではないが代わり映えが無く、新鮮味が無い。

 

 

 

──…最後はメインレースにして中東ダート界最大級の栄誉、G1“ドバイワールドカップ”!当レースは昨年のURA最優秀ダートウマ娘であるマリアークラレンスが出走しました。しかしレースは苦戦、開始早々出遅れてしまい、得意な位置どりでのレースが出来ません。結果的に最後まで不利を巻き返すことができず13着。日本ウマ娘久々の栄誉とはなりませんでした。

 ──以上、先週末に行われましたドバイミーティング*1の各レースと"高松宮記念"のハイライトでした!トゥインクルシリーズ・春のG1戦線は始まったばかりです!次回は今週末の"大阪杯"振り返りと、再来週の"桜花賞"に挑む有力候補を取材していきたいと…

 

 

テレビを見て、トレーナー室を飛び出したハッピーカチーフのことを考えた。

貴重な青春をトレセン学園での生活に(つい)やして、才能が無いなりにおばさんの元でデビューさせてもらって。

そこで競走生活を諦めなければならない程の絶望に(おちい)った彼女が、今この場に居るのはどれだけ苦しいだろうか。

 

思えば契約解除を申し出たときの私だってそうだったのだが、競走生活に絶望した彼女にとって、自分の生活範囲に競走にまつわる情報が幾らでも飛び交うこのトレセン学園は地獄と言っても過言ではないだろう。

 

他人のこととはいえ居た堪れない気持ちになった私は米飯を乱暴に()きこみ、食堂を後にした。

 


 


 

『さて、今日練習を始める前にお知らせをしなければなりません』

 

 

 

翌日のミーティング。カチーフは練習の場に来ることはなかった。

彼女(と私)が競走の道を去る旨について簡単に知らせがあり、併せて進路については全員の卒業まで面倒を見る事が改めて伝えられた。

 

この報告に対しチームメンバー一同は動揺こそあったが皆の心胆(しんたん)を寒からしめるものではなく、何事もなくそれぞれの練習に戻っていった。

嘆いても仕方がないし、チームに居る以上覚悟していることをそれぞれ理解しているからだろう。

 

 

 

『クレノさん、連日で申し訳ありませんがトレーナー室に来て頂戴。昨日は別の話題でしたが、今日はトレーニングスケジュールの変更でお話があります』

 


 

「プール練習に上半身の筋トレ…走るメニューめっきり減りましたね」

『昨日言った通りあなたへの意地悪でないのは理解して頂戴。ペコさんのアドバイスを基に心肺能力の強化及び維持、それに指摘を受けた腕の振り方…そのために必要な腹斜筋(ふくしゃきん)腹横筋(ふくおうきん)*2の改善を第一に作成しました。それと今後トレセンを卒業しレースモデルとして生計を立てる場合、トレセン学園のトレーニング設備に頼ることはできなくなります。そのため今のうちに寮の自室で出来る筋トレを増やして習慣づけしてもらいます』

 

トレーナーが私含めたチームメンバーに指示するメニューは、負荷の少ない長距離ランニングと下半身の筋トレが中心である。

ウマ娘の全力のスプリント速度は時速60~70km。体躯(たいく)の小ささに合わないスピードで繰り返し大地を踏みしめることは(すなわ)ち、足元に高速で繰り返し衝撃を与えていることに他ならない。微量かつ回復可能とはいえ、ダメージの蓄積(ちくせき)屈腱炎(くっけんえん)など競走生活に関わる怪我の原因にもなる。

これに対し下半身の筋肉を重点に鍛え脚を太く強くする。そうすることで脚に掛かる衝撃に極力耐えうる、怪我に強い脚を作ることがトレーナーの練習方針である。

 

一方でペコ先輩はジムインストラクターの経験からだろう、体幹や上半身のトレーニングを重視しているように感じる。

過去の教え子としてトレーナーの育成方針を理解しており、尚且(なおか)つその練習だけでは足りない点を間接的に指摘したのだろう。

 

 

 

『報告さえしてもらえれば早朝ランニングなど全力で走らない分には自由です。ペコさんの管理の元私設練習場で走るのも構いません』

「あ、ペコ先輩のことで一つお話したいことがあって」『はい』

「今週来週は練習お休みだそうで。でもその代わりペコさんが出る舞台を見にこないか、ってお誘いが…」

 

ペコさんから頂いたLANEの履歴には、舞台の公式ページや会場への簡単なアクセス方法が貼り付けられている。

チケットは待ち合わせの際に渡してくれるようだ。

 

併せてペコ先輩と交わした話では、今後も極力週末にパーマーさんの私設練習場で走る様子を見たいとのことだった。

しかしレースモデル以外にも多く仕事を控えている先輩はこの二カ月弱で週末練習に同行できる回数は少ない。平日の練習メニューに介入してきたのは、こういったレースモデル以外の仕事でスケジュールが開いていないのも一因だろう。

 

「練習メニューの件も含めて、結構過干渉(かかんしょう)ですよね、これ」

『過干渉かもしれません。 …ただ、観劇に誘ったのは貴女の就職をサポートする以外の事情もあるように思います』

 

『役者という職業は自らの出演する舞台・番組などの営業活動もお仕事の一つです。当然ながら入場収入が劇団など団体の収入につながります。そういったチケット販売にノルマが設定されていても不思議ではありません』

 

レースモデルの仕事は、長期的なドラマ等でない限り数日単位の撮影が終了した時点で契約の一区切りが終わり、出演料が支払われる。

舞台役者にも当然出演料こそ払われるが公演期間中のチケット収入やグッズ・パンフレット売り上げがそのまま出演料や次回公演の必要経費に回る、そういった半ば自転車操業状態にある劇団も少なくないそうだ。

 

 

 

以前も語ったように、スマイルペコ先輩はレースモデルの他に舞台役者・ジムインストラクターの仕事を兼任している。

撮影日以外は事務所が手続きの多くを代行してもらえるレースモデルの仕事とは違い、舞台役者は練習等の拘束日が多いと思われる。

 

トレーナーの話を聞きながら、決して裕福な生活を送っているとは言い難いだろう先輩が三足の草鞋(わらじ)を履いていることに対し、理解はしつつもなぜこれだけ忙しなく働くのかが気になってしまった。

仮に役者としての稼ぎが良いのであればそれ一本に絞る(はず)だし、そうでないのであればジムインストラクターの仕事を増やすほうがはるかに合理的だと思うからだ。

 

 

 

『…まあ、チケットを無料で頂いているのであれば貴女に損はないはずです。芸術鑑賞自体は生涯の(かて)になるものですから、楽しんできて』

 


 


 

土曜日。トレーナーの勧めで制服に身を包んだ私は劇場前に向かう。

私と同じように観劇目的と思われる人がちらほら見える中、先輩とはまた違う見知った顔が見えた。

 

『あ、クレノさん…でよかったよね? こっちなー』

 

「…ジューンキュポラ、さん?ペコ先輩は?」

『ペコ先輩はもう現場入り。朝から入ってメイクとかしてるから、今日は会えないかもなー』

 

「何か舞台鑑賞って何か厳しいイメージあるんで制服で来たんですけど、ドレスコードとか大丈夫でしょうか…」

『ウチもこの通り私服だし、そんなに格式ばった舞台じゃないから大丈夫。まあ学生服って礼服の面もあるし十分なー』

 


 

会場は小さな映画館といった様相で、収容人数は100人を上回る程度だろうか。

舞台の初演日という事もあり、客入りは盛況のようだ。

 

ほどなくして劇場への入場が始まり、私達は全体を見渡すことのできる後方に席を取る。

 

 

 

舞台の題材は戦禍(せんか)にあえぐ国内で数々の苦難に立ち向かい、ダービー制覇を成し遂げた実在のウマ娘の物語らしい。

比較的高年齢層をターゲットにしている作品の様で、私以外学生と思しき観客は一人も居なかった。

 

主役を張る役者は劇団の団長でもあるらしく、ネットで彼女の名前を調べれば舞台以外での活躍も容易に知ることが出来た。

ポスターの下には役者陣の顔と名前が並んでいたが、ペコ先輩の写真はそこにはなかった。

「スマイルペコ」の名はそこから一段下。名有りの役ではなくバックダンサー・アンサンブルとしての出演。

 


 

 

 

"離してくださいお姉様!三冠ウマ娘の座が掛かったレースが中止になったのです!走る意味を失った以上、もう…!"

 

"私だって貴方を行かせたくない…!でも国民はダービーウマ娘の君が軍に入ることを、英雄を求めているの!"

 

 

役者たちは壇上(だんじょう)を所狭しと踊り、歌い、飛び交いながら、悲壮な世界と向き合いそれぞれの未来に向かって進んでいく。

 

この舞台上に"ペコ先輩"は存在しなかった。

普段遠くから見ても判るほど透き通った芦毛はウィッグで隠し、帽子や衣装を変えることで競走相手・兵士といった兼役を表現している。

 

 

"お姉様っ…!どうして、私の身代わりなんかに…!"

 

"英雄としての貴方は…たった今、死んだ。 もう、貴女は…自由に…好きなように。…走れる。さあ、走って…!!"

 

"でも、お姉様の居ない世界で、どのように生きればいいのっ…!"

 

 

先輩の放ったセリフは4,5言。あとはミュージカルパートでのコーラスとダンス。

 

本編が終わり、カーテンコールで全役者が登壇(とうだん)する。その際も先輩は隅に居た。

一瞬目が合った気がしたが、先輩は舞台特有のメイクを加えられた凛とした目を崩すことなく、目線を舞台正面にずらした。

先輩に対する複雑な思いを他所に、舞台は幕を下ろした。

 


 

『いやー、なー… すごかったなー。ペコさんはどうだった?』

「思ったより難解な内容で頭の中こんがらがってます… というか何より、ペコ先輩が色々とショックで」

『な?』

「ショック、て言っても幻滅(げんめつ)したとかそういう訳じゃないんですけど、ただそのなんか… 私ペコ先輩に会ってからずっと先輩の凄い所ばかり見てたんです。だから役者の仕事でも凄い活躍してるんだろうなって思ったんですけど…。端役(はしやく)やってる先輩なんて想像つかなくて」

 

『なー… まあさ、こういうのってまず人前に出る以前にオーディションとか色々あるし、先輩のような端役であっても死に物狂いの努力をしてるんだ。だからその…嫌いにならないでほしいな』

「それは判ってますけど…」

 

 

 

実際そうだ。

 

レースモデルの仕事も、ただ在籍するだけで依頼が舞い込んでくるわけではないことは理解している。まだ仕事の経験すらない私がトウカイテイオー役として出演することになったのは、あくまで事務所側の思惑(しわく)に過ぎないのだ。

 

先週のトレーニングの場では、ある先輩ウマ娘がぎこちなく走る場面があった。遠目で見守っていた私に対しペコ先輩は、役回り上フォームを一から作り直す必要があるのだろうと語ってくれた。

レースモデルの先輩たちはそれぞれ本職は異なれど、それでも貴重な休みの間を縫ってこの場で練習を行い、情報交換を行っている。

舞台役者と同様に、学び続ける姿勢を持ち続けなければ成長の余地は無くなり、いずれ仕事の場に呼ばれることはなくなるのだろう。

 

 

 

…そういった事実を考えれば、レースモデル・舞台役者双方で仕事を成立させている先輩がどれだけの努力をしているかが判る。

 


 

『クレノの分もパンフ買っておくな。あとは先輩に会えればいいんだけどなー…』「ありがとうございます!」

 

ホールを出たところでは主役を張る役者陣が整列し、観客への見送りやグッズ販売を行っている。

役者本人がパンフレットにサインを書くなど観客一人一人に対するサービスも手厚く、売店の列はなかなか進まない。

 

一方、そこを見渡してもペコ先輩の姿は見えなかった。舞台裏で片付けをしているのだろうか。

 

 

 

『なー… パンフレット2部お願いします。それとこれ… 私達ペコさんの後輩で、差し入れの埼玉銘菓(まんじゅう)です』*3

『まあ!ありがとうございます!ペコさん呼ぶ?今裏でご飯食べてると思うからすぐ呼べるよ。…ペコ出れるー?後輩が差し入れ持って来たってー!』

 

少し間をおいて先輩が出てくる。

流石にウィッグは脱いでいたが、芦毛の長髪は後ろで小さくまとめられていた。

 

 

 

『クレノ、練習でも何でもないのにわざわざ時間使ってくれてありがとね。ジューンも差し入れありがとう。………座長ー。立て込んだ話になりそうなんで空き部屋借りていいっすか?』『ええよー』

 


 

『学生には難しい演目だったかもだけどさ、どうだった?』

「その… ちょっと、先輩が主役じゃないことにびっくりしました。初めて会ってから、凄いペコ先輩ばかり見てきたから」

 

失礼な発言だという自覚はあった。一瞬ジューン先輩が抑えようとするが、ペコ先輩はそれを止める。

 

『…ここで私が端役やってるのは、劇団の純粋な所属でないオブザーバー( 外様 )だから。レースモデルとの兼業で居る以上この劇団で主役立つことはないかもしれない。でも私は今、この劇団で学べている事に満足している』

 

 

 

『さっき応対してた人が劇団長なんだけど… 子供のころからの付き合いだったんだ』

 

 

 

『昔からずっと舞台女優になりたくてさ、物心ついた時から市民劇団にも入ってた。団長はその時の先輩で、プライベートでも遊ぶほど仲が良かったの』

『でも小学校を卒業するタイミングで人生の選択をする羽目になった。私には()()()走る才能があったから、トレセン学園の推薦を受けることになった。でもトゥインクルシリーズで走ることを選んだら、舞台演劇の道から一度離れることになる。若かった私は両立できることを信じて、競走の道を選んだ』

 

『で、知っての通りトレセンでは目が出ず。舞台に出る頻度も減って、結局はどっちつかず。このまま走らずに卒業するのもありか… ってなってたら突然おばさん(トレーナー)にスカウト受けて。でもおばさんの元でトゥインクルシリーズに打ち込むという事は、その間劇団での活動を止めなければいけないことも意味してた』

『私は… それを受け入れた。おかげで重賞勝って、クラシック三冠にも出れた』

 

『でもG1を勝ってない以上、トレセンを卒業したらただのウマ娘。その間にも団長は舞台の道一本で頑張って、仕舞いには自力で劇団まで立ち上げた。私や裏方含めて20人近くの劇団員を養って、遅れる事なく給料を振り込めるくらいには稼げてる。…正直凄いと思う』

 

 

 

「その………主役やりたくて悩んだりとかは、ないんですか?」

 

『それで悩む時期はもう通り過ぎた。レースモデルでも主役って早々ないしね』

『稼ぎの面でもやるに越したことはないんだけど。演じることそのものが好きだからかな… 別に私が主役じゃなくても、誰かを演じていることには変わりないから』

 

 

 

私達は、夜の公演に向けて控室に消えていく先輩を見送った。

 

 

 

劇団長は市民劇団の頃からペコ先輩を気にかけていたらしく、レースモデルとして駆け出しだったころに食べさせて貰った恩などもあるそうだ。

今の劇団で客演として関わっているのもその時の恩を返したいからで、一方劇団も忙しい先輩に対してスケジュール面で便宜(べんぎ)を図るなどして、先輩が舞台に関われるよう全力で手助けしているそうだ。

 

私がトウカイテイオーに憧れトゥインクルシリーズに飛び込んだように、先輩にとっては舞台の世界が憧れの世界そのものなのだろう。

控室で再度ウィッグを被るのであろう先輩の背中は、壇上にいるときとかわらず誇らしく見えた。

 

*1
"ドバイワールドカップ"をはじめとする、国際重賞競走の総称。

*2
脇腹の筋肉と、その内側にあるインナーマッスル。腰をひねる動作や体幹(たいかん)の固定に必要な筋肉。

*3
こういった場での差し入れについては、事前に確認を取りましょう。





【登場人物】


・団長
トゥインクル・ローカルシリーズ登録なし。

スマイルペコからは4歳年上にあたる。
彼女もウマ娘である以上、かつてはトゥインクルシリーズでの活躍を夢想する時期もあった。しかし小学校時代に交流したスマイルペコら年下のウマ娘の身体能力を見るにつれ、無意識のうちに競走の世界を進路から閉ざしてしまったようだ。
現在は舞台演劇の世界で一定の地位を得ており、一方で一時的にでも競走の世界で輝いた後輩を使う立場にある。
団長本人がペコを最大限配慮しているのは長年育んだ友情の結果でもあるし、彼女がトレセンに進むことなく芸事に専念していれば、もしくはG1タイトルを取れていれば…といった思いも多少含まれている。



・マリアークラレンス(Maria Clarence)
主な勝ち鞍:ジャパンダートダービー・JBCクラシック・東京大賞典

クレノ達とは交わることのないURAダート戦線の代表格、現シニア級。昨年初夏のジャパンダートダービーでG1初制覇、秋のG1でも年上の強豪を破り一年でG1三勝を挙げた“聖母”。
しかし海外遠征を表明した年明けからは苦戦が続き、周囲からは実力を疑う声も(ささや)かれはじめている。

同ウマ娘については拙作「最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦」に詳しい。



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