記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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動き出す関係

 第6宮(セスタ・パラシオ)

 その宮の主、グリムジョー・ジャガージャックの姿はその最上階にあった。

 長短さまざまな太い柱が乱立する広間だ。そのうちの一本の上に腰掛けていたグリムジョーは、階下からの振動に舌打ちをする。

 別の柱の上に(たたず)むのは、左目から頭部にかけて横長の鎧のような仮面の名残を着けた辮髪で長身の男性。グリムジョーの従属官(フラシオン)破面・No.11(アランカル・ウンデシーモ)シャウロン・クーファンが口を開いた。

 

「どうやら、ディ・ロイとナキームが抜かれたようだな。霊圧が弱まった」

「わざわざ言わなくたって分かってる」

 

 噛みつくようにグリムジョーが返す。苛立ちを隠さないその顔は、元が整っているだけにだいぶ迫力があった。

 慇懃無礼な従属官(フラシオン)はそれを見て、自身も呆れの色を隠さない。

 

「グリムジョー、それほどまでに嫌ならば、この宮を離れて別の所を散策してきたらどうだ」

「俺に逃げろだと? 知った口を利くんじゃねえ」

「なにも逃げろとまでは言っていないだろう。あくまで彼女らは客人だ。貴様が会うのが嫌というのなら、こちらで普通に出迎えるものを」

「俺が気に入らねえのは、アイツらが我が物顔で俺の宮に入って来てることだ」

「とてもそうは見えんがな」

「なんだと?」

 

 そこまで言ったとき、階下のさらに激しい振動でグリムジョーが口をつぐんだ。

 霊圧の高まりが物理的な力をもって宮を微動させている。

 

 

()きろ『火山獣(ボルカニカ)』」

「突き砕け『蒼角王子(デルトロ)』」

 

 

 全力で追い返すように言ってある、破面・No.13(アランカル・トレッセ)エドラド・リオネスと、破面・No.15(アランカル・クインセ)イールフォルト・グランツが、斬魄刀を解放したようだ。

 そして数合の爆砕音。

 結果は、彼ら二人の霊圧が急激にしぼんでいくことで、見なくとも察せる。

 盛大な舌打ちを聴き、シャウロンは肩をすくめた。

 

「お転婆な姫君に会うのがそんなに苦手か」

「あぁ? 俺がどこのどいつのなにを苦手だって......」

「姫君を前にした貴様はなかなかの見物だったぞ。それを分かって、先程から我々(フラシオン)は気の抜けた防衛をしているというワケだ。彼女らに本気で掛かっていったわけがないだろう」

「てめえら、覚えてろよ」

「だが、彼女の純粋な好意は本物だ。ひとえに貴様のお人よしが招いた結果。悔いるのならば、少し前の自分の行動を悔いろ」

「--クソッ」

 

 だんだんと近づいてくる霊圧が二つ。

 どちらもグリムジョーにとっては苦手な存在だ。

 昔から知っている方は......認めたくはないが、たしかに相対したくはない。害という存在ではないのだ。けれども、あのペースに乗せられるとすぐには抜け出せなくなる。

 そしてもう一つの、最近知り合った小さな霊圧。

 グリムジョーですらよく分からないが、とにかく相手をするのが苦手なのだ。どう接すればいいのか知らないし、あの感情豊かな表情に自分がどう反応したらいいのか戸惑う。

 あの時、関わらなければよかったかもしれない。迷っていたのなら、そのままほっとけばよかったかもしれない。

 けれども同じ時間を十回繰り返せたのなら、グリムジョーはその十回とも『彼女』を助けただろう。

 それを自分で確かめるあたり、もう末期かもしれない。

 

「だからそこまで嫌がるのなら、あとは我々に任せればいいと前から言っていたはずだ。貴様のいない間、我々が適当にもてなして、適当に帰らせると」

「何度も言ってるだろうが。んなこと出来るか。この俺がネズミみてえにコソコソと」

「......もしやと思うが、あの姫君がいるからかな? アネット嬢だけならば、以前は問答無用に姿をくらましていたくせにな。我々としても、姫君の悲哀で涙に濡れる顔を見なくて、とても助かってるが」

「くだらねえ勘違いすんな! そんなんじゃねえ!」

 

 今の表情こそが何よりの証拠だと指摘しようとしたシャウロンが、ふいに扉のほうへと顔を向けた。

 重厚な造りであるはずのそれが、遠慮のなく開け放たれる。

 隙間からは二人分の人影が見えた。

 

「来ましたよー、グリムジョー」

「えと、ごめんください......」

 

 元気がいいのは、ここまでグリムジョーの従属官(フラシオン)たちをなぎ倒してきたアネット。曲がりなりにも元十刃(エスパーダ)の実力は伊達ではないらしい。

 愉しくて仕方がないといった表情のアネットが、自分の主であるニルフィを抱えながら部屋へと入ってきた。

 

「帰りやがれ」

「ちょっとくらいいいじゃない。アタシたちと貴方の仲でしょう?」

「どんな仲だ。てめえらと仲良しこよしするつもりなんざ、こっちはハナからねえんだよ」

「ご、ごめんね、グリムジョーさん。私、アネットに何度もやめようって言ったんだけど」

「......そう思うなら、自分の下のヤツの手綱くらい握ってやがれ」

 

 非常に申し訳なさそうな顔のニルフィから視線を逸らしながらグリムジョーが言った。

 悪意があるのなら、グリムジョーもそれ相応の態度で臨むことが出来る。

 しかし今はどうだ。悪意がないと分かっていれば、本気で怒ることさえできない。

 

「そういうの、まだ勝手が分からなくって」

「あら、この際ですし、グリムジョーからアタシの手綱の握り方を教えてもらえばいいんじゃないですか? 仮にも先輩だからね」

「俺には未だにてめえの扱い方すら分からねえよ。取扱い説明書よこせ」

「ないわよ、そんなイージーモードを強要するブツなんて。ま、手取り足取り相手してあげて。ニルフィも、アタシやグリーゼとだけしか交流を持たないのはかわいそうですし」

「まて、なんで俺が......!」

「グリムジョーさんは......イヤ?」

「............」

 

 どうすればいいのか分からなくなり、硬直してしまっているグリムジョーを置いて、アネットはシャウロンの隣へとやって来た。

 

「ディ・ロイたちも大根役者ね。呆気なくここまで辿り着けましたよ」

「至極、恐縮。こちらとしても、なにも無い日々を退屈していたところですから。グリムジョーにもいい刺激となるでしょう」

 

 (うやうや)しい動作でシャウロンが答えた。

 

「なんにせよ、あの姫君の存在は希少だ」

 

 年長者二人が見守る先で、少女と青年のぎこちなく、それでどことなく微笑ましいやりとりをしていた。

 とても十刃(エスパーダ)同士の交流とは思えない。

 

「こちらの主はそれとなく焦りを持っていたのでね」

「アタシは彼の『王』になるって思想は否定しませんよ」

「グリムジョーにとっては思想に過ぎないわけがない。決戦の時も近い。かつてこの地で無為に過ごした日々と比べれば、まさに矢の如し。それでも時が我々には足りないのだ」

 

 グリムジョーの力を得る理由は、『王』になるため。

 それもバラガンのような王の在り方ではない。孤高の王だ。

 アネットも成り行きでグリムジョーとシャウロンたちが出会った時のことを耳にしており、少しばかりは理解しているつもりだ。

 まだグリムジョーが『王』であろうとしていることを。そしてそれが達成される前に、すべての決着がつくかもしれないことを。

 

「焦燥により足もとを(すく)われることを危惧していたが、あのように姫君が彼の肩の力を抜いていただければ、少なからずは安心できる」

「ガッチガチに固まってるけど」

「見間違いでしょう」

「それもそうね」

 

 ニルフィを無碍(むげ)にもできずに、無愛想を装いながらも話を聞いているグリムジョー。

 従者二人はそのやり取りを見て、口の端を吊り上げた。

 これは愉悦だ。内心困り果てているグリムジョーを、麻婆豆腐でも食いながら見ていたい。

 

「それでねっ、今日はグリーゼに剣術を教えてもらってたの!」

「てめえの戦い方は闇討ち奇襲だろうが。いずれ怪我するぞ」

「真っ当な戦い方ってやってみたくなってね。でもやっぱり途中でやめちゃった」

「だろうな」

「そもそも刀で大剣の剣術を習おうとしたことが間違いって気付いたから」

「そっからか」

 

 ニルフィたちの会話を聞きながら、アネットがシャウロンに顔を向ける。

 

「そっちにも情報来てるでしょ?」

「ええ、なんでも現世の死神の実力調査でしたか」

「ウルキオラだけが行くはずだったみたいですけど、ヤミーの筋肉達磨もセットでニルフィも行くことになりました」

「おや、こう言ってはなんですが、調査だけならば第4十刃(クアトロ・エスパーダ)一人でも十分だと思うのですが。いくら注目枠だとしても、十刃(エスパーダ)三人とは過剰では?」

「ヤミーは単に暇だから。ニルフィが行くのはもう一つ、彼女の戦闘経験の向上が目的みたい」

 

 新しい第7十刃(セプティマ・エスパーダ)に不足しているのは、記憶が失われたことによる戦闘経験の欠落だ。ゾマリとの戦闘はほとんど本能的なものだったが、今のままでは力に不安があった。

 アネットやグリーゼが模擬戦をしているが、従属官(フラシオン)に甘さを残しているために、ニルフィは彼らと本気を出して戦うことを拒んでいた。

 適当な2ケタや十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)でも、ニルフィの実力を引き出せない。

 かといって今の時期に十刃(エスパーダ)と戦わせるわけにもいかず、結果的に外部の敵対勢力にぶつけるのが効率としていいわけだ。

 

「......ふむ、私としては、貴女は反対するかと思ったのですが」

「リスクとリターンを考えての結果よ。主を危険な目になんてホントは合わせたくないわ。大切なものが傷つけられるなんて、もう懲り懲りだし」

「難儀なものだ」

 

 姫君に髪の毛一つでも傷をつけて帰ってくれば、ウルキオラもただではおかないだろう。

 隣の女性の霊圧が炎のように揺らめくのをあえて無視し、シャウロンが肩をすくめる。

 

「しかし現世には、戦えるほどの霊圧を持つ人間がおよそ三人ほどだけ。たしか『黒崎一護』でしたか。三人のうち彼だけが脅威でしょう」

「さあね。藍染さまはそう言ってたけど、アタシの勘がそれだけじゃないって囁いてる」

「............ああ、女の勘というものですね」

「いまアンタ、アタシの性別忘れかけてた?」

「コホン、ともかく、貴女が言うのならその通りしょうな」

 

 おそらく今の十刃(エスパーダ)とも渡り合える実力を持つであろう女の言葉に、シャウロンはたしかに同意した。グリムジョーの陣営で唯一頭脳の役割を果たす彼も、それとなく予期していたことだ。

 

「身分からしてみれば私は貴女よりも下だ。しかし従属官(フラシオン)として長い間、主の傍にいた者からの言葉です」

 

 だからといって、なにかが変わる訳では無くて、

 

「ーー己が主をあともう少しだけ、信頼なさってはいかがでしょうか」

 

 プライドの高い十刃(エスパーダ)たちは、過去にも今にも下の存在から心配されることを嫌う。

 それは自らが絶対だと思っている力を侮辱されかねない行為。だからこそ従属官(フラシオン)は必要以上に言わずに後ろを付いてくる。

 ニルフィは決して、下からの言葉を無碍にはしないだろう。信頼しているからだ。

 けれど今のアネットでは、その信頼関係が絶対のものとは言えないだろう。

 

「ご忠告、ありがとうございます。なにせ従属官(フラシオン)になるのは初めてですしね。今まで無茶する側にいたものですから」

 

 頭の横に付いた羽飾りのような仮面を弄り、バツが悪そうにアネットがそっぽを向く。

 そうすぐに踏ん切りは付かないが、他者の言葉でもやもやする気持ちを納得することが出来たかもしれない。

 

「大切だからこそ、ね」

 

 グリムジョーと話し続けていたニルフィの視線が、少し離れた場所にいるアネットに投げかけられた。

 それにアネットは、自然に笑い返すことができたはずだ。

 

 

 ----------

 

 

 時間は少し経って、ニルフィは別の場所に移動していた。

 第10宮(ディエス・パラシオ)のとある広間。

 現在のその宮の主がいるには相応しくない、活気に満ち溢れた声が響いた。

 

「ほら、いけっ!」

「アン!」

 

 ニルフィが投げたフリスビーを追って、小さな犬のような(ホロウ)が駆け出す。

 ほどなくして見事なジャンプでのキャッチ。

 千切れそうなほど尻尾を振りながら戻り、転がるようにニルフィの胸に飛び込んだ。

 

「あははっ、イイ子イイ子」

「キャン、キャンッ!」

 

 舌で少女の頬を舐める子犬。くすっぐたそうにニルフィは身じろぎし、けれどそれ以上に嬉しそうに子犬を撫でまわす。とても微笑ましい光景だろう。

 子犬の名は、クッカプーロ。破面・No.35にして従属官(フラシオン)という立場を与えられてこそいるが、戦闘能力は皆無であり、小さい虚のように霊子に満ちた虚圏(ウェコムンド)では呼吸だけで栄養を賄え、食事を必要としない。

 そんなか弱い存在が、この虚夜宮(ラス・ノーチェス)で生きていけるのか。

 答えはイエスだ。クッカプーロの主の存在が最もな理由である。

 

「ぐはあぁ~、食った食った」

 

 ニルフィではとても抱えられないような大きさのどんぶりが、重厚な音と共に床に置かれた。その振動が少し離れていたニルフィにも伝わった。中身が入っていたらどれほどの重量だったのだろうか。

 

「うわ、早いね。ちゃんと味わって食べたの?」

「こういうのは腹が膨れりゃいいんだよ。味なんざ不味くなきゃあ、それでいい。グズグズ言ってるヒマあんなら、そのクソ犬と遊んでやがれ」

 

 下顎骨を象った仮面の名残を着け、辮髪をしている色黒の巨漢で濁赤色の眉をしており、頭部には角のように突き出た部分がある。そして何よりも特徴的なのは、その巨躯。ヒトとしてならばありえないほど、彼は巨大だった。

 破面・No.10(アランカル・ディエス)ヤミー・リヤルゴ。アーロニーロと同じ、第一期十刃(エスパーダ)の生き残りである。

 ヤミーは新しい皿を下官から受け取り、乗せられたこれもまた巨大な料理を口に運びながら、ニルフィが自分の従属官(フラシオン)と戯たわむれる光景をつまらなさそうに見ていた。

 

「......驚いたな。お前が人を招き入れるなど」

「あのクソ犬の相手を黙ってしてくれんなら、願ったり叶ったりだ」

「......変わらんな」

「変わってどうする。こちとら、テメエのせいでまだ本調子じゃねえんだぞ」

 

 壁際にいるヤミーの隣には、腕組みをしながら少女と子犬の戯れを静観しているグリーゼの姿。

 子犬がいるということでニルフィが挨拶がてら、第10宮(ディエス・パラシオ)に突撃したのが事のはじまりだ。

 幸いにも、グリーゼはヤミーと面識がある。いくら粗野かつ粗暴な性格でも、機嫌さえ損ねなければ理由なく力を振るわないことも知っていた。邪魔さえしなければ爆発しない爆弾のようなものである。

 その点、アネットのようなタイプとは相性が悪い。あえなく彼女は留守番だ。

 

「てめえがあのガキの下にいるなんてな」

「......十分な力があると判断した。それだけで、我が主となるのに理由ともなる。気付かないものが多いだろうがな」

「硬えなぁ。俺にとっちゃあ、ありゃゴミだぞ」

「......主の侮辱をするな。そして探査回路(ペスキス)を鍛えろと他の者に言われないか? あの霊圧の操作能力は、おそらく歴代の十刃(エスパーダ)にも同じことは出来まい」

「強ささえありゃあ、俺には関係ねえよ」

 

 男たちがそんな会話をしているとは知らず、ニルフィはひとしきりクッカプーロをモフった。毛並みがよく整っており、触るだけでも至福。小さな命があるという微かな温かさが心を和ませてくれた。

 子犬は遊び疲れたのか、ニルフィの腕の中でうとうとし始める。

 それを見ているとニルフィも意識が飛びそうだったが、辛うじてそれに耐えた。

 

「そういえばヤミーさ~ん」

「あん?」

 

 空になった皿をその辺に投げ捨てたヤミーが、じろりとニルフィを見下ろした。

 少女は立っているというのに、座っている大男の方がまだ高い。

 

「突然だけどさ、キミにとって強さってなに?」

「強さだぁ? んなもん、決まってるだろ。最強かどうかってことだ」

「最強かどうか?」

「俺が最強だ。それだけあれば、それでいいんだよ。てめえも含めて、俺以外の十刃(エスパーダ)は全部ゴミだ」

 

 当たり前のことを話すかのように、新しい食料を手でつかんだ大男は言った。

 第10十刃(ディエス・エスパーダ)であるはずのヤミーがここまで豪語できるのは、第10十刃(ディエス・エスパーダ)であると同時に第0十刃(セロ・エスパーダ)の称号を得ているからである。

 十刃(エスパーダ)は、1から10までの数字で出来ているのではない。

 0から9だ。

 その点で言うと、ヤミーは十刃(エスパーダ)の中で最も強いということになる。

 ニルフィとしてはあのバラガンの『老い』こそが滅茶苦茶だと思うのだが、ヤミーはそれ以上の能力でもあるのかと考えてしまう。見たところ直接攻撃系。相性が最悪だ。

 まあ、十刃(エスパーダ)の順位は戦闘能力ではなく、殺戮能力という点で評価されるものだ。

 あくまでその点で、ヤミーはバラガンを凌駕しているのだろう。

 

「俺が最強系なのか~」

「なんだよ、チビ。文句でもあんのか?」

「ううん、なんにも。私は訊いただけだから、口を挟むのは失礼だしね。......でも、今のヤミーさんって、もしかして本調子じゃない?」

「あぁ、そうだ。そこらのゴミの頭を潰せば、いつもなら股まで裂けるんだがなぁ。今じゃただ頭を叩き潰すだけだ」

 

 実際に試したことがあるのだろうか。

 訊こうとして、やめた。答えなんて分かりきっているからだ。

 

「それじゃ、準備もあるし私はこれで行くね。クッカプーロと遊ぶためにまた来るよ」

「ああ、来い来い。このクソ犬が俺にまとわりつかねえように、ガキらしくたっぷり遊んでやがれ。俺の居ねえとこでな」

 

 追い出すような仕草して、ヤミーはまた食事に没頭した。

 ニルフィは彼の体にほんの少しずつ霊力が戻ってきているのを感じながら宮を出る。ヤミーとは現世に向かう時に一緒に行く同胞だ。人となりはわかったし、情報としては十分かもしれない。

 第10宮(ディエス・パラシオ)を背後に自分の宮へと戻る。

 空中を進みつつ、ニルフィは寡黙な従属官(フラシオン)に、なんとなく訊いた。

 

「グリーゼさんにとってさ、力ってなに? 今まで聞いてなかったんだけど」

「......力、か」

 

 フ......と、グリーゼが微かに笑ったような気がした。

 

「......無ければよかったもの、だろうな」

「無ければよかった?」

 

 ニルフィは金色の目を瞬かせた。今までのどの答えとも違う、前提からして別であるグリーゼの言葉に興味が湧く。

 

「私が言っても説得力ないだろうけど、グリーゼさんはすごく強いよ? 3ケタ(トレス・シフラス)の巣で初めて会った時だって、戦えって言いながら全然本気なんか出してなかったくらいだし」

 

 その状態のまま他の十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)を一蹴したのだ。

 本能的に理解していたからこそ、ニルフィはほとんど反撃せずに逃げに徹していた。

 

「......称賛の言葉は素直に嬉しい。だがしかし、俺は長いこと見てきた。(こころざし)半ばで散る者、無様に命を乞う者、生にしがみつこうとする者たちを」

 

 きっと、バラガンがこの虚夜宮(ラス・ノーチェス)を藍染に明け渡してから続く、そういった負の連鎖をグリーゼは目にしてきたのだろう。

 

「......血で血を洗い、さらに血で化粧をする。それを愚かしいと思ったことはないが、我々(アランカル)に力がなければ、もしかしたら必要のない命まで果てることはなかったはずだと考えてしまう」

「でもグリーゼは今まで生きてきたんでしょ?」

「......そうだ。なまじ力があったためにな。十刃(エスパーダ)の座を奪われたときも、命が助かってしまった。ーーようやく死ねると、思ったのにな」

「後悔してるの?」

「......直球だな。だが認めよう。悔いを残していると」

 

 グリーゼはニルフィの頭を包めそうなほど大きな手で拳を作った。(きし)みの音が、ニルフィの耳に届く。

 

「......疲れていたんだ、このまま生きることに。お前ならば俺を殺せるんじゃないかと思っていたんだがな」

「そんなの、最初から今まで思ったことないよ。それにこれからもキミの命を私は奪おうとしない」

「......わざわざ言うあたり、面白い奴だ」

「そうかな」

「......ああ、そうだ。だからこそアネットはお前を選び、そして俺も同じだ」

 

 言葉を切り、息を吸う。

 

「......主よ、覚えておけ。我々は常に孤独だ。それを受け入れてくれる存在を欲す、小さな弱者でもある。力があるがゆえにな。死神も、ただの魂魄でさえも、元来の虚しさを抱えている我々にはないものを持っている。それが俺には、ひどく羨ましく思う」

 

 今でこそ(ホロウ)破面(アランカル)として群れているが、それも藍染の統合の結果でしかない。普通ならば、出合い頭に命を奪う関係であり、今は単なる偽りの馴れ合いだ。 

 ニルフィはしばらく無言で飛んでいた。

 ふいに、笑顔になる。いい名案を思い付いたような、そんな顔。

 

「ーーじゃあ安心してよ! 私がいる限り、キミを一人になんかしないよ。ゼッタイに孤独なんて思わせないし、それに一人でいたってつまんないでしょ。それが主として、私ができる報酬だから」

 

 本心からの純粋な光を持った言葉だ。

 幾度の考察を重ねた結論でもなければ、神からの助言でもない。

 ただ少女の言葉であることに意味があるのだ。

 

「......そうか。なら、俺も安心できる」

 

 ニルフィを主として悔いはない。それだけを思い、グリーゼが深く頷いた。

 

「......アネットの奴にも聞かせてやれ。泣いて喜ぶぞ」

「うんっ、仲間外れなんかにしないよ!」

 

 第7宮(セプティマ・パラシオ)を目指しながら、二人の主従は偽りの青空の下を飛んでいく。

 しかし、交わす言葉に決して嘘など含まれない。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 その数時間後、第4十刃(クアトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファー、第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴ、ならびに第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ニルフィネス・リーセグリンガー。

 その三名が虚圏(ウェコムンド)に開いた黒腔(ガルガンタ)へと足を踏み入れ、姿を消した。


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