記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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止めどなく

 (くら)くて、(くら)い。そんな場所。

 そこは霊子の乱気流が荒れ狂い、落ちればどこか人知の至らぬ場所に飛ばされる。

 黒を凝縮させたようなその最奥からにじみ出るように白が三つ。ウルキオラ、ヤミー、そしてニルフィという十刃(エスパーダ)たちだ。

 先頭を歩くのはウルキオラ。それ自体が発光するような、そして彼の性格を表すような無駄のない整いすぎた霊子の足場を進んでいく。霊圧の操作が雑なヤミーは、足場を作らずにその後ろを歩いていた。

 そしてニルフィといえば、一見なにも無い場所に立っているように見えるだろう。しかし本当は拳一つ分の丸い足場を次々と作っている。その上を野兎のように跳ねながら移動していた。コストはほとんど掛からない、しかし緻密な操作が必要な業である。

 

「ねえ、ウルキオラさん」

「なんだ」

「おなかすいたー」

 

 ウルキオラは懐から小さな包みを取り出す。包装からして高級そうな、そしてそれ相応の飴玉が入っている。アネットから無理やり渡されたものであり、曰く『ニルフィに持たせると勝手に食べるから』と、ウルキオラに管理を投げ出したのだ。

 一つ取り出し、ニルフィに向けて放り投げた。

 

「わ、ブドウ味」

「現世にはもうすぐ着く。あとはそれで我慢しておけ」

 

 口に飴玉を放り込んだニルフィは、その言葉で少し眉を下げた。

 

「でも、ホントに行くの? 噂で聞いたんだよ。現世って怖いとこだって。それに私たちの行く日本って、頭があんぱんの未来から来たサイボーグとか、次元の空間を超越した青いタヌキがいるんだってさ」

「問題ない」

「そうなの?」

「問題があるのはお前の頭だけだ」

「あ、ひどい」

 

 サイボーグとかが本当にいれば藍染も何かしら言ってくるはずだ。

 ヤミーがくだらなさそうに鼻を鳴らす。

 

「そんなくだらねえ野郎共も一緒くたに潰しちまえばいいだろうが。暇も一緒に潰せられんなら、俺は文句ねえけどな」

「じゃあ最初から最後までヤミーさんの影に隠れてよっか」

「リーセグリンガー、忘れたのならもう一度言う。お前をわざわざ現世に連れていく目的は......」

「うー、はいはい、分かってるって。ウルキオラさんは私のお母さんか何かなの? 私、説教は嫌いっ」

「それが嫌ならもう少し、いや、もっとちゃんとしていろ」

 

 ちゃんとしていろと言われても、ニルフィの精神は外見に比例しているため、十と少しを数えたくらいの少女らしい考えをしている。子供に大人の真似をしろと言うほうが無理なのだ。

 無理やり話題を逸らそうとする。

 

「でもさ、私たちっていきなり三人で現世に行くんでしょ? 何者だって言われたら、なんとかトリオって答えておく?」

「勝手にしろ」

「じゃあ三バカでいこっか」

「数あるチョイスの中からなぜそれを選んだ」

 

 言いあっているうちに空間内に光が差す。黒腔(ガルガンダ)の口が開いた。

 その明るさは闇に住んでいた身としては染みるものだ。虚夜宮(ラス・ノーチェス)にも青空があるとはいえ、あれはどこまでいっても偽物。自然の温かさが隙間から漏れるようで、ニルフィは引き寄せられるようにそこへ近づく。

 

「日の光って、こんなにあったかいんだね」

 

 澄み切った青天に掛かる薄い雲の筋の向こうに、白い光をさんさんと巡らせる太陽がそびえていた。

 無機質でしかない虚圏(ウェコムンド)ではまず目にすることがない命が、ただそれだけで感じられる。流れ込む空気に、土や、木や、水や、生物の匂いが混ざり合っていた。生きている。その実感が、破面(アランカル)となってから初めて感じられたのだ。

 記憶は長い時の流れに晒された。そして今でさえ虫食いの状態。だからこそ、初めて(・・・)見る光景すべてにニルフィの心が惜しげもなく歓喜の声を上げる。

 黒腔(ガルガンダ)から飛び出した。かなりの上空らしい。しかし吹きすさぶ風はニルフィにはなんの障害にもならなかった。

 緑が彼方まで広がっていた。小さな鳥が群れとなり、少女の遥か足元を通り過ぎる。聡い獣の視線がおぼろげに感じられる。

 

「来て、よかった......かな?」

 

 乱れる黒髪を抑えながら、ニルフィが呟いた。

 なぜこうも嬉しいのだろう。かつてない景色を目に収めたからか? 命の息吹を肌で感じられたからか? 

 どれにしろ、身を震わせるには十分な衝撃が込められている。

 

「かぁ、面付いてた頃に何度か来たが、相変わらずこっちはつまんねえ(ところ)だなあ、オイ」

 

 あくび交じりにのたまったヤミーの顔を、ニルフィは全力で殴りたくなった。ムキになって否定する。

 

「全然つまんなくなんかないよ」

「そうか? あんま意味のない場所にしか思えねえけどな」

 

 意味のない場所。その意味を考えようとして、ニルフィは眼下のある一部に目を止めた。

 灰色の、もしくは鉄色の街。それだけ言えば無機質に聞こえるかもしれない。しかしそこに住む人間の静かな活気が、これほど遠くに居ても感じられる。

 たしかに生きているだけなのは無意味なのかもしれない。しかし時折、満たされるような感情がそこかしこで、絶えることなく伝わってきた。あくまで(ホロウ)の基準というだけで、人間たちは彼らにとって充実した生活を営んでいる者が多いのだろう。

 ーー私も、あの中で暮らしたことがあるんだ。

 そう思うと、一抹の寂しさ。

 彼らの感じる『愛』や『繋がり』とは、どんなものなのだろうか。ニルフィは自分が破面(アランカル)であるからこそ知りえないことだと諦めた。

 

「さっさとしろ、お前たち。下りるぞ」

「......はーい」

 

 感傷に浸るのもこれっきりか。もしかしたらまた現世に来るかもしれない。今度、藍染にこちらへ来れるように頼んでみよう。

 

「ウルキオラさんは、こういう光景ってどう思う?」

「どういう意味だ」

「どうって......」

 

 無感動かつ機械的。そんな返答にニルフィは口を閉ざす。

 

「俺にはこの光景のどこが綺麗で、どこが心に響き、どこが素晴らしいのかが分からない」

 

 空虚に、そしてどこか諦観の念が含まれていたのかもしれない言葉。

 おそらく、それはニルフィの気のせいだ。これ以上ウルキオラに尋ねても、今はまだ収穫は何もないだろう。

 

「行くぞ」

 

 ウルキオラは霊子の足場を消失させ、地面へと落ちていった。スタイリッシュに直立体勢だ。ヤミーも自由落下を始めた。惜しむようにニルフィは周囲の光景を目に焼き付け、森の中へと飛び込んでいく。

 地面が急速に近づいてきた。

 その時のことを、ニルフィはこう評した。

 

「......爆発。えっと、そうだね。爆発。それが一番正しい表現だろうね。きっと少し全力を込めてたんだと思う。仮にも最上級大虚(ヴァストローデ)の私が、加減も知らずに超上空からブレーキもなしに落ちていったから。ましてや、破面(アランカル)になった私の霊圧って少ないワケないでしょ。けど臆病だった。地面に激突する寸前に、その私が思わずちょっと全力で叩きつけちゃったよ。

 

 うん。木っ端微塵だったさ。何がって?

 

 ウルキオラさんとヤミーさんがいた地面だよ」

 

 ブレーキ代わりに圧縮して圧縮した虚閃(セロ)を地面に放ち勢いを殺したニルフィ。

 ちょうど、ウルキオラとヤミーがいた間をそれは通り抜けた。ただでさえ二人の落下で生まれていたクレーターが、さらに深くえぐられるようになっている。そこから生まれた暴風が上空へと巻き上がり、たまたまあった雲を散らした。もし最初に地面が器状になっていなかったら。きっと発生したインパクトが山をハゲにしていたはずだ。

 

「このチビ助ェ!! いきなり何しやがる! 殺すつもりか!」

「むみゃぁ~~~~」

 

 未だ冷めやまぬ土煙の中から巨大な何かが飛び出す。

 自分が作った衝撃波でぐるぐると目をまわしているニルフィを、ヤミーが掴み上げていた。ヤミーにしろ、怒るのさえもはや忘れている状況だ。到着してほっと一息ついたらの虚閃(セロ)である。

 

「そこまでにしておけ。これだけ騒げば、標的も情報通りならここにやってくるはずだ」

 

 土埃を払いつつ、ウルキオラもクレーターの外へと上がって来た。

 霊子が薄くて息もしずらい。空気に混じった不純物の存在が、虚圏(ウェコムンド)にいたからこそありありと分かる。

 しかしそこからも命の存在を感じられ、整った自然環境であることが伺えた。

 

「しっかしこのクソチビが......あン?」

 

 ヤミーが不満たらたらに周囲を見回した。三人の着地地点にちらほらと人間が集っており、顔に浮かべているのは好奇心や興味といった感情。

 いきなり山頂付近ではじけ飛んだ地面に引き寄せられたのだろう。

 彼らは破面(アランカル)たちの姿を視認できない。まあ、もし視認できても、クレーターから出てきたのが奇妙な服を着た青年と巨漢と幼女という、いまいち主旨の理解できない存在に首をかしげるだろうが。

 

「見せモンじゃねえぞ、てめえら」

「俺たちの姿を見ているワケじゃないだろう」

「それでもイラつくんだよ、アホ面を晒してしゃあしゃあと見られんのはな。吸うぞオラ」

「まて、魂吸(ゴンズイ)をするならリーセグリンガーにやらせろ」

「なんでだよ」

「コイツには些細なことでも経験させておいたほうがいい。藍染様からの指示でもある。現世にコイツを連れてきた目的を忘れたか?」

 

 舌打ちをするも、ヤミーはニルフィの柔らかい頬を手加減して指でビシンッとひっぱたく。

 

「ふぶぅッ!?」

 

 手加減しているとはいえ、彼女にとって大威力なのには変わりない。

 頬を撫でさすりながら抗議の顔をするニルフィにウルキオラが視線を合わせる。

 

「ひ、ひどいよっ。なにするのさ」

「リーセグリンガー、聞け。これからお前に魂吸(ゴンズイ)をやってもらう。加減はしなくていい」

魂吸(ゴンズイ)? 私が? 出来るかな、そんなの」

「ああ、やれ」

 

 魂吸(ゴンズイ)とは、(ホロウ)が魂魄を食べることを指し、また上位の存在となればただ吸い込むだけで弱い魂魄を喰らうことができるものだ。

 怪訝そうな顔のニルフィは、すっかり土煙の晴れた地面の上に降り立つ。

 気配を探れば、この山に近づいてくる人間がそこそこ。周囲一帯の人間が騒がしく動いているのも分かる。ニルフィの好んだ日常の活気ではない。心の奥でつまらなく思う。

 それを表に出さずに、ニルフィは一度息を吐き出し、そして軽く吸う動作をした。

 

 魂吸(ゴンズイ)

 

 空気が(きし)みと悲鳴を上げる。変化は静かに劇的に。目に見えるものでは、山頂付近にやって来た人間たちから半透明の物体が浮かび上がり、それが体から引きはがされる。

 

「ご、ァ......!?」

「げぇッ!」

「ひヴぃッ」

 

 断末魔とも呼べないような声を漏らして命が刈り取られた。

 周囲の数いた人間たちが一斉にかしずくように膝を突き、倒れ込む。彼らの魂魄はニルフィの小さな口の中に滑り込み、捕食を完了させていた。

 しかし彼女の食事は未だに止まらない。いや、歯止めが効かないように思える。

 上空には既に、数えるのもバカらしいほどの魂魄の群れ。町の一部を全滅させたことにも繋がる結果だ。数は優に千を超え、留まる事を知らずに母体から離れた魂魄が集結した。

 空を覆い隠すようなそれらがニルフィへと向かっていき、彼女の口内に滑り込み、ガリガリと嫌な音を立てながら削られて腹に収まっていく。

 不運だった。犠牲者となった人間はそれだけの要因で理不尽を突き付けられた。

 ニルフィはたしかに人間の営みに興味があったが、あくまで日常生活の中のことだ。好奇心や恐怖心に踊らされてしばらく冷めやまなくなった魂には興味がない。

 

「けほっ」

 

 全ての魂魄を食べきり、ニルフィが腹に手を添える。

 なんの感慨もなく、犠牲者たちに慰めにもならない一言。

 

「うん、おいしくない!」

「当たり前だ。そんな薄い魂が美味いわけがないだろう」

 

 口直しに一つ飴玉をニルフィに投げやってウルキオラが言った。そして視線を少しずらす。

 

「しかし驚いた。案外近くに、取りこぼしがあるようだな」

「え?」

 

 目を瞬かせながらニルフィもそちらを見る。

 一人の少女が木陰で倒れ込んでおり、今にも崩れ落ちそうな魂の脈動が彼女の命を繋いでいた。

 ボーイッシュな風貌の、白い道着を着込んでいる。彼女の周囲には同じ道着を着た人間が転がっているので、弱弱しい動きが際立っていた。表に出ているかどうかにしろ、魂魄の力が他の人間よりも強いのだろう。

 ご愁傷様としかニルフィは言えない。道着を着た少女の元へと、ヤミーが近づいて行ったからだ。

 

「ウルキオラ! こいつか!?」

「馬鹿か。お前が近づいただけで魂が壊れかかっているだろう。ゴミの方だ」

「......ちっ、んじゃあ、生き残ったのはたまたまってか。くだらねえ。ニルフィ、もっとちゃんと吸い上げろよ」

「そんな卑猥な......」

 

 道着の少女は焦点の合わない目で、ヤミーがいるであろう場所を見つめている。

 ニルフィの耳には(ホロウ)と比べればおそろしく弱い魂が折れていく音が聞こえていた。苦しそうだ。これならば先の魂吸(ゴンズイ)をもう少し手加減なく(・・・・・)やっていれば、一思いに死ねただろうに。

 

「そうかよ」

 

 興味を失くしたヤミーが左足を振り上げた。彼にとって、暇つぶしにもならない獲物はゴミでしかない。

 空き缶を蹴とばすような気安さで、命をも蹴り潰す。搾取する側であるのは破面(アランカル)だから。

 ......この世に運があるのならば。あの少女には宿っていたのだろう。ニルフィの魂吸(ゴンズイ)から生き残ったことが、命を長らえさせた。たった数分ではなく、これからの命を育むために。

 

ラッキー(スエルテ)、ってね」

 

 静観していたニルフィが零す。

 少女の命を奪うはずだったヤミーの蹴りが、漆黒の右腕によって止められた。

 

「あァ? なんだぁ?」

 

 ヤミーが足をどけると、右腕を異形に変形させた浅黒い肌の体格の良い男が見える。

 

「おぉい、ウルキオラ! もしかしてコイツかぁ?」

「ヤミー、お前、もうちょっと探査回路(ペスキス)を鍛えて自分で判断できるようになれ。そいつも、(ゴミ)だ」

「ハッ、そうかい!」

 

 二人がそんなやりとりをしている間に、新手の茶髪で巨乳の少女が取りこぼしの少女を抱えて離脱しようとしていた。

 

「......井上、話した通り、有沢を連れて下がってくれ」

「うん、無理しないでね......茶渡くん」

 

 黒い右腕を持つ人間が、破面(アランカル)たちの視界から二人の少女を隠すように立ち塞がる。ウルキオラは何もせずに見ているだけ。ヤミーは歯をむき出しにして異能者と相対。

 

「ねえねえ、どこ行くの?」

 

 そしてニルフィは、去ろうとする二人の少女の前に笑顔で姿を現した。人間には目で追えなかっただろう。道着の少女に肩を貸していた茶髪の少女が息を飲んで立ち止まる。

 

「井上!」

「おいおい、いきなり背中見せんのかよ」

「ッ! 茶渡くん!」

 

 ヤミーが茶渡という異能者を足止め、いや、仕留めたようだ。黒い右腕は無残に破壊され、あれでは再生などとても望めそうにない。茶渡も気絶して地面の上に倒れ伏す。

 井上と呼ばれた少女は囲まれたことを歯噛みした。

 しかし、

 

双天帰盾(そうてんきしゅん)!」

 

 ヘアピンから飛んだ二つの羽のような物が井上から離れた。攻撃かと、ニルフィは警戒する。しかし二つの物体は茶渡のほうへと飛んでいき、楕円形の盾で覆って内部を光で満たす。

 見たところ治癒の効果だろう。しかしあの怪我では意味がないとニルフィが思った時、ありえない現象が発生した。

 散り散りになった右腕が寄り集まって、元の形に戻ろうとしているではないか。

 --模倣は......無理か。

 いつもの癖で、面白そうな技ならば真似できるかとニルフィは解析をして、そしてすぐに諦める。アレはただの回復能力ではない。時間回帰や空間回帰の能力に似ているが、それも違う。ただただ異質で、井上特有の能力であることしか理解できなかった。

 

「ウルキオラさん! コレ、凄い珍しい能力だよ! 藍染様の所に連れてかない?」

「必要ない。それも(ゴミ)だ」

 

 にべもなくウルキオラが言い切った。

 ニルフィは警戒を解いてない井上に好奇心で構成されたような金の双眸を向ける。

 

「初めましてお姉さん。私はニルフィネス・リーセグリンガー。ニルフィでいいよ。それでお姉さんの名前を教えてくれるかな?」

「......井上、織姫」

「オリヒメさんかぁ。いい名前だね」

「あなた達は何者なの? どうして、こんなことをしたの?」

 

 織姫は苦しげにニルフィに問いかけた。恐怖と苦悩。魂がそれらに覆われてきている。

 それはそうだろう。いきなり同族である人間が予兆もなく魂を喰われ、その光景を目の前で見てきたのだから。

 ニルフィは形のいい顎に手を当て、

 

「どうして、どうしてかぁ。う~ん、そうだね。あ、一分くらい待ってよ。それっぽい理由を今から考えるからさ」

「......ッ!」

「キミは命が失われる時、それにいちいち理由を付けるのかな? 理由がないと死んだらダメなの? 私はそうは思わないよ。だって、キミの背負ってるその、アリサワさんだっけ? 彼女もたまたまここに居たから死にかけてるだけだし」

「そんなのって」

「それと私たちが何者かって質問に答えるのなら......」

「そこまでにしておけ、リーセグリンガー」

 

 静止の声に、ニルフィは分かりやすく頬を膨らませた。実質的に初めて見る人間と話をするのが興味深かったし、これから他にも訊きたいことを訊こうとしたところだ。織姫も答えておかないといけないと思っているからそれに越したことはない。

 しかしウルキオラには全て時間の無駄にしか見えなかったようだ。

 

「はぁ、分かったよ。じゃあオリヒメさんに質問するね。--キミの知り合いに、この町に住んでいる死神はいるかな?」

「なんで、黒崎君を」

「あ、ビンゴみたいだね。それで続けて質問。そのクロサキさんって、今こっちに近づいてきている霊圧の持ち主のことなのかなぁ?」

 

 隠し事などに織姫は向いていないようだ。なにも言わずとも、その表情だけで答えが分かってしまう。

 そうと決まればニルフィはウルキオラに提案した。

 

「ウルキオラさん。これでクロサキさんは近づいてきてるってことでいいでしょ。オリヒメさんたちを解放しようよ、別にあとはいらないから」

「このくだらん騒ぎで釣れたのは驚きだが、まあいい。勝手にしろ」

「いいのかよ、ウルキオラ?」

「構わん、元から殺すのは一人で十分だったんだ。女、とっととこの場から消えろ。そしてリーセグリンガーに感謝しておけ」

 

 何を言われたか分からないように織姫は口元を震わせ、辛うじて言葉を絞り出すことが出来た。

 

「あなた達は、黒崎君をどうするつもりなの?」

「殺すに決まってんだろうが」

 

 ヤミーが当たり前のように答え、歯をむき出しにして笑う。力を振るうことに快感を持つ、そんな醜悪な内面が表に出たかのようだ。

 織姫は身を強張らせた。

 

「期待しているところ悪いがヤミー。黒崎一護の相手をするのはお前じゃなく、リーセグリンガーだぞ」

「なんだと!? 訊いてねえぞ!」

「藍染様もこっちに来る前に仰られていただろう。主だった戦闘は全てリーセグリンガーに任せるとな」

「私に全てって、他にも戦う人がいるってことだよね。......ま、その時にはヤミーさんに譲るよ」

 

 肩をすくめたニルフィは、織姫が構えをいまだに解かないことに気が付いた。

 むしろ、力を解放する寸前のように霊圧の高まりが感じられる。先にニルフィが釘を刺す。

 

「止めておいた方がいいよ。せっかくキミは、自分の命と大切な友人を助けられるんだよ。それにサドさんも連れてってくれて構わない。ね?」

 

 普通に考えて、ここは退くのが賢明な判断だ。なにも危険に身を晒さなくても良い。ニルフィたちは本気で見逃すつもりだし、それを織姫も分かっていないはずがないのだ。

 そこでふと、ニルフィの頭にとある絵本の一ページが浮かび上がる。

 危険を(かえり)みずに危険を冒し、『少女』を救った『少年』の姿。

 

「あたしは、黒崎くんに頼らずに、少しでも黒崎くんを安心させなくちゃいけない」

 

 自らに言い聞かせるように織姫が深く息を吸う。

 

「あたしにできることは、きっとそれぐらいだから」

 

 織姫の周囲で空気が渦巻き、積もっていた土クズが円を描くように周回し始める。

 

「守らないと、いけないから。私はーー拒絶する!」

 

 それは矢のように、丸い盾を帯びた弾丸がニルフィ目がけて放たれた。

 物質の結合を解く、当たれば対象を真っ二つにする、織姫の唯一の攻撃手段。生身で防ぐことなど不可能だ。

 ......条件として、当たらないと意味がない(・・・・・・・・・・)のだが。

 

「うわ~、やられたよ~......なんてね」

 

 胸元に孤天斬盾(こてんざんしゅん)を受けたニルフィは悲鳴を上げた。織姫の背後で、偽りの悲鳴を上げた。

  孤天斬盾(こてんざんしゅん)が仕留めたのは、ただの幻影でしかない。こういった直線的な攻撃はニルフィとは相性が悪いのだ。そもそも、あの程度の攻撃ならば避けなくてもよかったとニルフィは思う。

 そして掴み取っていた椿という黒い羽のようなソレを握り潰した。

 織姫の焦燥が濃くなり、ニルフィの霊圧を浴びてそれが恐怖へと変わる。

 ギシリ、と歯車が狂ったような音が響いた。

 

「残念。そんな無駄なことしなければ、生き残ったはずなのにね。私には理解できない行動だったよ」

 

 さて、と言いつつ、ニルフィは手刀を織姫の背中に、心臓があるであろう場所に狙いを付けた。

 

「じゃあね」

 

 牙を剥いたなら、その牙を砕くだけに留まらず、心臓もことごとく奪い取る。それがニルフィのやり方だ。

 こうして哀れにも、一人の少女の命が特に意味もなく散らされた。

 散らされた、はずだった。

 

「ん?」

 

 ニルフィの手刀と織姫の背中の間に、巨大な斬魄刀が差し込まれていた。それが振るわれたことでニルフィは咄嗟に飛びのく。

 

「......黒崎くん」

「悪い。遅くなった、井上」

 

 違う、と否定して織姫が首を弱弱しく横に振る。

 

「ごめん、ごめんね、黒崎くん......。あたしが、あたしがもっと強かったら......」

「謝んねーでくれ、井上。心配すんな」

 

 彼らの間にどんなつながりがあるのか、ニルフィは知らない。この場面をもっと見ていたいという欲求に駆られながらも気を緩めることなどしない。

 黒崎一護の斬魄刀の切っ先が、自分に向けられているから。

 霊圧が破裂した。そんな表現が当てはまるように、黒崎一護は斬魄刀を解放する。

 

 卍解

 

 黒が閃いた。 

 

「............あれ?」

 

 ニルフィの右肩から左わき腹にかけて生まれた斬線から、噴水のように面白いほど血が吹き出る。

 ドバドバと、ドバドバと。止まることなど知らないように。




主人公が原作主人公と邂逅しました。
その瞬間、斬られました。

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