記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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私の戦闘能力は53万を跳び越した

 第二宮(セグンダ・パラシオ)前の砂漠に無数の激突音が響く。 

 それは四対一という、現実には無謀にすぎた戦いでもある。しかしそれは五人の力量が拮抗していた場合のみ。一の存在はたしかに四倍の人数と渡り合っていた。

 ひときわ激しい爆発に煙幕が立上った。

 ニルフィは探査回路(ペスキス)を使って周囲の気配を探る。

 煙幕の向こうから叫び声が聞こえたのはその時だ。

 

「ズェアアアアアァァァアアアア!!」

 

 跳躍の気配。

 

「必殺! ビューティフル・シャルロッテ・クールホーン's・ラブリー・キューティー・パラディック・アクアティック・ダイナミック・ダメンディック・ロマンティック・サンダー・パンチ!!」

 

 クソ長い技名とともに、上方から砂煙を吹き飛ばし現れたのは--オカマ。

 帰刃(レスレクシオン)宮廷薔薇園ノ美女王(レイナ・デ・ロサス)』を発動させているシャルロッテが、その筋骨隆々な肉体を前面に押し出すようなバレリーナのような姿に変わっている。

 股間に意味深すぎる膨らみを持つシャルロッテ。

 彼は両手を(かなづち)のように組んで、縦に回転しながら降ってきた。

 さながら回転鉄球の一撃をニルフィは冷静に受け流す。彼女の細い四肢を包むのは霊子の鎧。甲霊剣(インモルタル)の応用で、鋼皮(イエロ)とはまた別の攻性結界のように、それは剣の形を取っている。

 シャルロッテは技が避けられると見るや、空中で身をひねり、強引に拳の軌道を変える。

 それをニルフィはあえて真正面から受けた。

 わざとシャルロッテの一撃に乗り、ニルフィが煙幕を離脱する。

 空中にいるニルフィへと向かう影が一つ。

 ジオ=ヴェガ。拳法着のような服を着ており、髪を三つ編みにした中性的な顔立ちの少年。彼もまた帰刃(レスレクシオン)虎牙迅風(ティグレストーク)』を発動させていた。

 

「ガキだからって容赦しねェぞ!」

 

 ジオ=ヴェガが両手首に生えた刃で連撃を繰り出す。それをニルフィは空中に足場を創り、迎え撃った。

 霊子の剣と牙のような刃がぶつかるたびに衝撃波がまき散らされる。すくいあげるような一撃はジオ=ヴェガの胴を狙った。だが、外れた。かわされたのだ。ジオ=ヴェガが、全身から霊圧を放ちながら下がる。その霊圧が、甲霊剣(インモルタル)の霊子を弾き飛ばすのだ。 

 振り上げきったところで、ジオ=ヴェガが今度は踏み込んでくる。狙いは、ニルフィの顔。左の牙が重圧を備えて迫ってくる。ニルフィはそれを見る。こちらの左手が動く。ジオ=ヴェガの拳を掴もうとする。わずかに間に合わない。だが、腕を掴んだ。牙はニルフィの頬を浅く裂く。

 しかし、拳は止まった。

 だが、そこまでだ。じっとしていれば今度は膝が襲ってくる。ニルフィは離れ、ジオ=ヴェガも離れた。

 足が砂漠に着く。それと同時にニルフィたちは並行して砂漠の上を駆ける。

 ニルフィが左手を凪いだ。

 

 駆霊剣(ウォラーレ)

 

 直進した斬撃は、無為の空を裂いて駆け抜けていく。

 気配は上にあった。

 ジオ=ヴェガが空中で身をひねる。膝を立て、落下してくる。

 

「......ッ!」

 

 迎撃......ではなくニルフィは回避を選んだ。最速の響転(ソニード)。この響転(ソニード)に関しても改良が必要と思いながら、辛うじて避ける。

 直後、ニルフィのいた空間を高圧水流のカッターが切り裂いた。あのままでは胴体を断ち切られる。ジオ=ヴェガの追撃をいなしながらニルフィは横目で下手人を確認する。

 フィンドールだ。帰刃(レスレクシオン)蟄刀流断(ピンサグーダ)』を発動させた彼も追撃に参加。左右非対称のハサミでニルフィを追い立てる。

 

「ちぃッ! こいつ、ちょこまかと!」

「焦るなジオ=ヴェガ。その隙に付け込まれるぞ」

「冷静に、だろ!?」

正解(エサクタ)! そう、冷静さが大切だ! そのままエサクりまくってくれ!」

「なんかお前のほうが焦ってねえか!?」

 

 実力派の従属官(フラシオン)の猛攻を、ニルフィは躱す、いなす、受け止める。時折、死覇装が切り裂かれるが、ほとんどの攻撃を紙一重で回避している。

 フィンドールたちは最初は帰刃(レスレクシオン)を使っていなかった。しかし一撃も当てられないことに業を煮やし、今ではなんとか切っ先をかすめるほどとなっている。

 

「ここだ!」

  

 ついにフィンドールが大きく踏み込む。巨大なハサミを開いて、その範囲にニルフィを収めた。

 少女の背後にジオ=ヴェガが回り込み、両の刃を小さな背に突き立てる。

 

「クソッまたか!」

 

 切っ先が触れるや否や、突如としてニルフィの体が光と化し、爆発した。いつの間にか偽物と入れ替わっていたようだ。

 

「見つけたわよニルちゃんッ!」

 

 すこし離れた場所で、シャルロッテが爆走しながら、砂漠の上を滑るように駆けるニルフィへと突っ込んでいく。

 それを見たニルフィが虚弾(バラ)を乱射。シャルロッテがカッと目を見開く。

 

「必殺! ビューティフル・シャルロッテ・クールホーン's・ファイナル・ホーリー・ワンダフル・プリティ・スーパー・マグナム・セクシー・セクシー・グラマラスーー」

 

 シャルロッテが迫りくる霊子の弾丸を見ながら、左胸の前に両手でハートマークを作り、

 

「--虚閃(セロ)!」

「ただの虚閃(セロ)じゃん!?」

 

 律儀にツッコミを入れた少女へとピンクの奔流を放たれた。

 爆発が交差する。

 次の瞬間、爆煙を裂いてニルフィが躍りかかった。金色の瞳がシャルロッテを突き刺す。

 左拳。

 シャルロッテがすんでで避ける。彼の体を突風が揺する。ひるむことなく彼は拳を振り上げる。だが、ニルフィは突進の勢いのままにシャルロッテの横を抜ける。撫でるように筋肉質な足に手を添えた。すると手品のようにシャルロッテの体が反転し、砂へと頭から突っ込んだ。

 そのままニルフィはフィンドールたちと肉薄。

 フィンドールが右のハサミを突き出す。重力を無視したように舞ったニルフィがフィンドールの右手首に乗り、掴む。そこを支点に横に回転。回し蹴りを彼の頭部へと叩き込んだ。

 そこへすかさずジオ=ヴェガが襲い掛かり、刃と手刀が衝突する。

 拮抗。鍔迫り合いとなった時、上空から雄叫びが降りかかった。

 

「どいてろジオ=ヴェガ!」

 

 鋼鉄のような硬度の巨大な羽根と共に。

 

 餓翼連砲(デボラル・プルーマ)

 

 ジオ=ヴェガがギリギリまでニルフィをその場に押しとどめ、ついに離脱する。

 羽根の雨が広範囲に降りかかり砂を吹きあげた。

 帰刃(レスレクシオン)空戦鷲(アギラ)』。ガルーダを思わせる鳥人の姿に変わったアビラマが、晴天をバックに空中に浮かんでいる。

 アビラマは白い煙を見ながら叫ぶ。

 

「やったか!?」

「おい馬鹿! そのセリフは......!」

「--ふぅ、ビックリした」

 

 霊圧によって煙が吹き飛ばされる。砂漠に突き刺さった羽根の間から無傷のニルフィがゆっくりと出てきた。自分に降りかかるものだけの軌道を、素手でずらしている。

 アビラマとジオ=ヴェガが頬を引きつらせた。

 

「マジかよ、オイ」

「つーかアビラマ。てめえ奇襲のクセに攻撃前に大声出すなよ」

「あァん!? んなこと卑怯じゃねえかよ!」

「知るか! そもそも四対一の時点で卑怯だろうが。それとてめえは空から一方的に攻撃するだけだろ」

「んだとオラァ! その挑発乗ってやるよ! 羽根飛ばすだけが俺の能じゃねえんだよォ!」

「あ、ちょっ待て、行くな馬鹿ァッ!!」

 

 逆ギレして制空権という優位を捨てたアビラマが滑空体勢に入る。

 そして奇声を上げながら幼女に襲い掛かった男が、首と腹に肘を入れられ、無様に砂漠に突っ込んだ。

 

「............」

「来ないのかな、ジオ=ヴェガさん」

 

 一人となったジオ=ヴェガは無表情のまま周囲を見渡す。フィンドールとシャルロッテは起き上がってきている。アビラマ? そんなの知らん。しかし二人が来るまで、単独でこの少女と戦うしかない。

 もはや当初あったニルフィに対しての侮りは微塵もない。

 

「くそおおおおおおおおッ!」

 

 どこか悲哀を感じさせる雄叫びを上げ、ジオ=ヴェガがニルフィに特攻した。

 

 

 ----------

 

 

 これは鍛錬だ。

 少なくない命のやりとりが行われようと、ニルフィにとっては鍛錬であった。

 それも実戦に勝る訓練はないという言葉を体現している。もしニルフィを倒せたらもれなく十刃(エスパーダ)にしてやるぜ、などと冗談か本気か分からない褒美を据え、両者ともに頑張っていた。

 空中に投げ飛ばされたジオ=ヴェガを見ながらアネットが嘆息。最初、ニルフィは押されているかと思ったが、早くも相手の動きに慣れてきたようだ。

 

「あらら、ジオ=ヴェガもやられましたねぇ」

「この負けもあ奴らにとって刺激になるじゃろうなぁ」

 

 宮の屋上に置かれた玉座に座るバラガンが言った。

 下でのニルフィとバラガンの従属官(フラシオン)たちの戦いは、双方の同意を得たものだ。ニルフィは修練として。従属官(フラシオン)たちはバラガンに、最近平和ボケしているだろうとけしかけられた。

 バラガンのことだから門前払いされるだろうと思っていたが、予想以上にとんとん拍子で進んだことで拍子抜けだ。

 玉座の隣に立つアネットは肩をすくめる。

 

「あなたから許可が出るとは思ってなかったけど、ただの道楽のつもりかしら? どういう風の吹き回しよ」

「余興としては十分じゃあないか? これが現実だ。あ奴らが儂に捧げるのは、敵の血で染めた道だけでいい。それを身に染みさせるにはいい機会だ」

「身に染みるほど痛い思いさせても?」

「当たり前じゃろうて」

 

 フィンドールとシャルロッテが幻光閃(セロ・エスベヒスモ)虚楼響転(オブスクーロ・ソニード)に攪乱されているのを眺めながら、話は続く。

 

「しっかし、あの小娘。最初会った時とはちっとばかし変わったように見えるんだがのぅ」

「まさか。バストもウエストもヒップも、最初と同じく絶妙なロリ体型を維持してるわよ。まさに芸術!」

「......たとえ十刃(エスパーダ)を降りても貴様は変わらんな」

 

 呆れが消え、金剛石のごとく重くなる。

 

「なあーー元NO.1(プリメーラ)?」

 

 頬杖を突きながらバラガンがギロリとアネットを見上げる。大帝の覇気のある視線に晒されながら、アネットの表情は微塵も動かない。最初に出会ってからもそうだ。彼女に畏怖を求めるのが間違いだった。

 妖しげな色香を漂わせる微笑を浮かべたまま、アネットは口を開く。

 

「ご生憎様だけど、今のアタシはただの従属官(フラシオン)よ。それに過去の栄光にしがみつくつもりなんかないわ」

「そうかのう。儂には貴様が栄光じゃなく、遺恨にしがみついているように見えるんじゃが」

「そりゃそうよ。だってアタシたちは亡霊なんだし」

「答えんか」

「必要性なんか感じませんね」

 

 バラガンの背後に控えるポウとニルゲの二人は、いつ主人が怒りださないかとハラハラしていた。アネットの遠慮のない物言いは無礼そのもの。いくら十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)であるとはいえ、あまりにも言葉が過ぎる。

 しかしバラガンは慣れたやり取りとでもいうように、気にした様子もない。

 

「まぁいい。いずれ答えは表に出る」

 

 右目付近や左頬などにある傷をなぞりながら、バラガンが予言めいたことを口にした。

 

「あとは小娘がどう進むかだ。それを認めこそすれ、妨げるつもりなんか毛頭ないわ。どう化けたところで今さら驚きはせん」

「端的に言うと?」

「あの小娘にも興味が湧いた」

「あら陛下。ご自分のお歳を考えたらどうですか? たしかにあそこまで可愛いコはそういないけど、体に興味があるなんて......」

「貴様の頭は一から変わってほしいのう」

「それだともうアタシの形をした別の生物ですね」

  

 ここまでいくとむしろ清々しい。アネットの人間時代の死因が煩悩関係だと言われても納得してしまう。むしろそれ以外ありえないのではないのだろうか。

 

「くだらん話はもういい。しかしなんじゃ。ここ最近、小娘はハリベルの宮に行ったらしいじゃないか。影で何かやっておるのか?」

「裏なんてないわ。ただ実戦経験を積ませておきたいみたい。これもニルフィが言いだしたことだし、ハリベルのトコの前は3ケタの巣(トレス・シフラス)に入り浸ってたわよ」

 

 グリムジョーの十刃(エスパーダ)落ちが決まった時から、ニルフィはこういったことを続けるようになった。

 自身の模倣能力を最大限まで生かし、貪欲に力を付けていく。アーロニーロの喰虚(グロトネリア)ほど即効性のない。しかし徐々に膨大な技術の取捨選択をして最適化し、あらゆる技を飲み込んでいく。

 特に十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)たちとの戦いはニルフィにとってかなり有意義なものだった。後代の破面(アランカル)と違って基本スペックが劣っていることの多い彼らは、それを埋め合わせるように技術という点を特化させていることもままある。

 そういった者は格好の模倣対象(エサ)だ。

 

「貴様は鍛えてやらんのか?」

「無理ね、そもそもあのコ相手だと無意識に手を抜いちゃうから。大体はグリーゼがなんとかしてくれるけど、彼だけだとパターンに限界もあるし」

 

 アネットではニルフィに甘すぎて訓練にならない。一番身近なのにかなりの弊害だ。しかし鉄扇などというピーキーな斬魄刀や能力型という点から、たとえ本気でやってもニルフィが学べることはあまりなかっただろう。

 強敵と戦うことではなく技術を磨くことを優先するならなおさらだ。

 

「ま、あの子が変わったっていうのなら、何がとは言わないけどたしかに変わったんじゃないかしら」

「その割には喜色のない表情を浮かべとるのう」

「......戦いなんて、させないほうがいいですし。あんなに嫌ってたのに、あの子が自分から進んでそういった道を歩いていくのは、正直複雑なのよ」

「カッ、従者はただ主の背を追うだけでよい。止めようなどという愚行は侮蔑でしかないわ。くだらんことを考えとる暇があるのなら、たとえ一匙(ひとさじ)でも身を捧げていろ。それがあるべき姿だ」

 

 グリムジョーとはまた違う、すべてを束ねようとする『王』の言葉にアネットは苦笑した。

 

「重いわね」

「軽い言葉なぞ吐かんわ」

 

 戦闘音が止んだ。

 見てみると、どうやらフィンドールたちはリタイアしたようだ。

 『あ、アビラマが襲い掛かった』と思えば、ニルフィのドルドーニ直伝である足技がアビラマの首に叩き込まれ、今度こそ沈黙する。もはや帰刃(レスレクシオン)も解けており、勝敗は決した。

 ニルフィはそそくさと彼らを介抱していく。

 彼女の体には、さほど深い傷を負っていなかった。

 分身による多方面の同時制圧。

 瞬速と格闘技を組み合わせたトリッキーな戦闘スタイル。

 鬼道などを含めた手数の多さ。

 ニルフィの長所を挙げればこのようになるだろう。しかし、それでもまだ完ぺきではない。スタークが使う無数の虚閃(セロ)による集中砲火『無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)』などの一点突破に特化した技を許せば、意外にも脆い。

 --といっても戦い方しだいだし。

 --それに前に現世で見た小さな隊長さんくらいなら、問題ないかしら?

 --さすがに藍染クラスは分が悪すぎだけど。

 ひいき目もなく客観的に分析するアネット。その時の彼女の表情はひどく冷めきっており、それが怜悧な美貌を最大限にまで冴えさせていた。いつもそんな顔していればいいのにとバラガンが思ったのを、アネットは知らない。

 

「やはりあ奴ら、なまっておるな。もうちっとばかし粘れば及第点は与えられたんじゃが」

「数が有利だっただけでいきなり連携なんて取れないわよ。アビラマがもうちょっと頑張ってくれれば、もっとニルフィに有効打を与えられたはずね」

「やはりアビラマか」

「そうね」

 

 ボロクソに言われているアビラマがかわいそうだ。目指せ十刃(エスパーダ)はまだ遠い。

 そういえば、とアネットが思い出したように話題を変える。

 

「新しい第6十刃(セスタ・エスパーダ)のこと、知ってますか?」

「ああ、あの小童(こわっぱ)のことか。ボスも人が悪い。実力が多少なりともある者を選ぶのなら、十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)や埋もれた刃がいるじゃろうに。十中八九、遠くないうちに何かしでかすんじゃあないか」

 

 ルピ・アンテノール。記憶を探ってみれば、該当する少年のような破面(アランカル)が思い浮かぶ。

 アネットからして特に思う所のない存在だ。

 しかしニルフィからはどう見えるのだろうか。ルピのひねくれた性格を知っているだけに、ニルフィと合わせるとロクなことが無さそうだと勘が告げる。

 アネットの主人は敵と見なした相手をとことん嫌うのだ。それはもう、関係修復など見込めないほど。

 

 

 

 少し前の出来事だ。

 ヤミーのところから借り受けてきたクッカプーロとニルフィが、第7宮(セプティマ・パラシオ)でたわむれていた。それを少し離れていたところから微笑ましくアネットが見守る。

 黒い髪をなびかせながら、ニルフィは楽しげに子犬とじゃれあう。

 そんなとき東仙がなんらかの報せを持ってニルフィの宮を訪れたことがある。

 

「ニルフィネス。藍染様からの伝言だ」

「........................なに?」

 

 話しかけられた途端、あんなにも輝いていた金色の瞳に影が差し、それに留まらず腐敗した泥沼のように濁った。さらに盛大な舌打ちが響く。舌打ちだ。あのニルフィが、下品にも舌打ちをしたのだ。

 もはやグレまくりなニルフィが軽蔑の視線を東仙に向ける。遠くから見ていたアネットはその視線に......なぜかいつも以上に興奮したが、まあそれはともかくとして、これがまだ序の口だと悟る。

 

「何の用かな? 許可どころかデリカシーの欠片もなく私の宮に入ってきて、さ」

 

 棘を隠そうともせずに言葉を投げかける。

 

「最初に言ったはずだ。藍染様からの伝言だと」

「そう」

 

 無言。何も話すことがないとでもいうように、ニルフィはクッカプーロとのたわむれを再開する。話すのならさっさと話せ。小さな背はそう物語っていた。

 これほど取り付く島もない態度を取るのはおそらく初めてだ。ドライな幼女というのもなかなか趣があるとアネットは思った。

 普段の温和さが鳴りを潜め、氷のような空気を纏う。なぜかその冷徹な表情にもアネットは胸がキュンと鳴るが、またもやそれはともかくとして、傍観に徹する。

 --余計なことしたらアタシも怒られちゃうかもしれないし......。

 しかしここで余計なことをしたのは東仙だった。さっさと報告を済ませて、速急にこの宮を出ていくのが正解だったのに。

 

「ニルフィネス」

 

 東仙が呼びかける。

 

「私は間違ったことをしたとは思っていない」

 

 その言葉を聞いたとき、ニルフィの手が止まった。彼女の表情は黒髪に隠れてうかがえない。しかし腕の中のクッカプーロがガタガタブルブルと震えはじめた。

 

「間違ったこと?」

「グリムジョーたちはこの虚夜宮(ラス・ノーチェス)の調和を乱す存在だと考えた。規律を全うするために私は刀を抜いたに過ぎない」

「......へぇ、そっかぁ。調和、規律、ねえ」

「言いたいことでもあるのか?」

「当たり前じゃん。そもそも私たちは破面(アランカル)である以前に(ホロウ)だよ? 自分勝手にしか生きられない存在なのさ。それを無理やり暴力で並べ立てるのが調和っていうのなら......今ここでキミの人格とプライドをへし折って、床を舐めてもらっても、それも調和ってことになるのかなぁ?」

 

 ぐるん、と擬音がつきそうな動作でニルフィが東仙を見る。盲目の死神は苦々しい顔をしていた。

 

「東仙さんは、グリムジョーのどこが気に入らないの?」

「以前からその兆候があったが、決まり付けは藍染様の意志に反し、許可なく現世へ侵攻したことだ」

「あははは、藍染様の許可も待たずに刀を抜いた人の言葉はやっぱ違うなぁ。あれだね。飼い主から『待て』って言われても、いきなり目の前のエサにがっつく(しつけ)のない犬と同じだよ」

 

 けらけらけら。

 ここまで楽しそうでない笑い方もないだろう。

 

「減らず口を叩けるようになったのは結構だ。だが、貴様も現状を揺るがすような行動をしたのなら、断罪対象となるのを忘れるな」

「キミが? (ホロウ)だった私に始解の『清虫(すずむし)』どころか、卍解の『清虫終式(すずむしついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』を使っても仕留めてくれなかった、キミが?」

「......ッ! 貴様、記憶が......」

「今はどうでもいいよ、そんなの。でも言っておくよ。私を断罪するなら精いっぱい抵抗してーー殺してやる。私から大切なものを奪った報いを受けさせるよ」

 

 もはやニルフィは東仙のことなど赦しはしない。相手が赦してもらおうと考えていなくとも、ニルフィから歩み寄ることはなくなった。たとえどれほどのお菓子をくれようが、成り行きで優しくされようが、心を開く前に相手の首を闇から狙う。

 今でさえ、東仙に藍染という後ろ盾がなければ、ブレーキなどなくなったような殺気が形となって暴威を振るうだろう。

 

 

 

 アネットが腕で身を抱きながら震える。

 

「ああ、なんだかイイ意味でゾクゾクしてきちゃった!」

「ーーもうよい。小娘のところに行ってやれ。まったく、貴様がなぜそう考えたか、推し量れるようなったのが複雑じゃのう......」

「フフッ、それだけ長い付き合いってことですよ」

「腐れ縁の間違いだろう。儂は中へ戻る。これは小娘に渡しておけ。退屈をしのがせてもらった礼じゃ」

「ありがとう。二ルフィも喜ぶわ」

 

 諦めの境地に差し掛かったバラガン。彼は懐から最高級のお菓子の小袋を取り出すと、アネットに放り投げる。仰々しく受け取ったアネットは、一礼するとすぐさま宮の屋上を飛び下りた。

 どれほど歪んでいこうと、愛してやまない主人の元へと行くために。

 

 

 グリムジョーの現世侵攻から半月ほど経った、とある日の出来事。




ニルフィの生態

日ごろから東仙の首の真後ろを、虎視眈々と狙い続けるようになったよ!

好きと嫌いが異常なほど両極端だ!

愛玩動物にしたいなら、イイ人を演じて餌付けを欠かさないようにしよう!

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