そわそわと落着きなく同じ場所を行き来する少女を見かね、スタークがクッションの上に寝っ転がりながら声を掛ける。
「おい、ちょっと落ち着いたらどうだ?」
「お、落ち着いてるし! あたしってばいつも通りだし!」
言葉とは裏腹に少女はせわしくなく身じろぎする。
彼女の名はリリネット・ジンジャーバック。スタークの
「そんな事してても、あちらさんが来る時間が早くなるわけじゃないだろ」
「......だってさー」
「言いたいことは分かる。だからとりあえず落ち着け。その元気はあとに回した方がいいだろ」
スタークの言葉にリリネットがバツが悪そうに俯く。
最近友達となった少女と会うのが待ち遠しいのだろう。邂逅してからすでに何度か会っているが、いつの間にか楽しみとなっている。
「遊ぶのが楽しいっていうか、一緒にいられるだけであたしは嬉しいんだよね。今まであいつみたいなヤツっていなかったじゃん? ただ同じところにいるよりも近いって感じられるのが、なんていうか、新鮮だから」
リリネットはただの
通常なら斬魄刀となるべき虚の破面化現象において、あえて刀ではなく人型をとっているため、正確には
だからこそだろう。とある
「ま、否定はしないけどな」
「でしょ」
得心がいったようにリリネットが口の端を吊り上げる。
「なんていうかな、同族意識? あいつとあたしたちって、なんだか似てるような気もして、それが一番気になるんだよね」
「似てるだけでホントは違うさ」
「どうしてそう思うの?」
「俺たちと同じだったら、俺たちと同じようになってただろ」
スタークは、あるいはリリネットは、
しかしあの少女はそれをしなかった。別の方法を見つけたのか、あるいは孤独を紛らわせることが出来たのか。
--感謝こそするが、踏み込みはしないけどな。
欠伸を噛み殺しながらスタークは頭の隅で考えた。
言ってはなんだが、幸運だった。もしスタークたちと同じようになっていたら、こんな交流など自分からしに来ないだろう。いくらスタークが最初に言ったからといってもだ。
「--っと、おいでなすったか」
「ホント!?」
「もう部屋の前だ」
「はぁ!? なんで宮に入った瞬間から教えてくれなかったのさ!?」
「いいじゃねえかよ。俺が教える前に自分で気付いてくれ」
扉がノックされる。スタークに文句を言う暇さえ惜しむように、リリネットが返事をしながら扉へと駆けていく。壁を隔てて待っていた人物に早く会いたいがために。
そして扉が開かれ、
「ニルーー」
「ロリータモンスター。略してロリモン! ちゃっちゃと
「ぎゃー!?」
隙間から飛び出るようにして現れた朱色の髪の女に拘束された。
「ちょっ、やめっ! なんでグリーゼじゃなくてあんたが来てるのさ!?」
「あらあら、元はといえばこの宮はアタシのものよ? 売物件がどうなってるか気まぐれに見に来るのは当たり前でしょ。それに代金なんて貰ってないし、お代はあなたの体でいいですよ?」
「服に手ぇ入れんな! それにあたしは売り物じゃない!」
「あ、そうでした。公共の品ですし優しく扱ってあげますよ」
「その優しくのニュアンスがおかしく聞こえるのはあたしがおかしいから!?」
アネットがフフフと妖しく笑いながら流す。
ずっと昔、はじめて会った瞬間から彼女はリリネットの天敵となっていた。何しろ目の前にいるだけで身の危険がビシバシ伝わるのだ。気を抜けば、色々な意味で食べられてしまうだろう。
あわや魔の手に染められそうだったリリネットを救うような声が後方から届く。
「ねえアネット。リリネットが困ってるでしょ?」
「あらら、ちょっとからかいすぎたわね」
拘束を解かれたリリネットにとってその少女は菩薩かなにかに見えただろう。
会うのを待ちわびていた少女、ニルフィが少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「ごめんねリリネット。アネットったら久しぶりにキミに会えるって興奮してたんだ」
「興奮の仕方が乗る路線からして間違ってる気がするけど......。ありがとう、ニルフィ」
自分より少しだけ身長の低い少女に、リリネットが礼を言う。
華奢で儚げな容姿に、よく自慢しているらしい艶やかな濡れ羽色の黒髪。無垢と無邪気の光が詰まったような金色の瞳が優しげに細められた。このような姿でも
これから何をして遊ぶか相談し始めた少女たちをスタークが眺める。
いつの間にか横にやって来たアネットがクッションを一つ置き、断ってから腰をおろした。
「あんたも相変わらずだな」
「表に出てきてからよく言われますよ、それ。まったく、一度隠居しただけで人格が変わるとでも思ってるんですかね」
「そうなったらそうなったで不気味だ。変わらんほうがいい時もあるってことか」
「そういうことよ」
スタークはだらけきった姿勢のままアネットを横目で見る。
「懐かしいからってココに来たわけじゃあないんだろ?」
「そう、ね。ちょっと忘れ物をしたからそれを取りに。だけどもっと重要な事案がアタシにはあるのよ」
「なんだ?」
「この目で幼女二人がいちゃいちゃする光景を脳内に保管するためよ!」
「......言いたいことはなんとなくわかるが、それだとあんたが幼女を付け狙う犯罪者の発言だよな」
アネットは豊かな胸を張って、
「そっちの意味もあるからまったく問題なし!」
言い切った。
スタークは小さくため息を吐いて、
「グリーゼの旦那が代わりにいれば、頭を痛めないで済むんだがな」
「あんな堅物と一緒にしないでほしいわね。この前ニルフィに襲い掛かったらめっちゃ痛いデコピンで撃退してきたのよ。バゴーンッ!! ってね。そのあと10時間も延々と小言小言。あのときの床の冷たさは忘れられないわ!」
「......なあ、グリーゼの旦那の行動がまったく間違ってないように思えんのは、気のせいか?」
「常識すらもアタシの敵になったみたいですね」
悔しそうに歯噛みするアネット。彼女には自業自得という言葉を贈りたい。
というよりも、アネットが日の下を歩けるのは、何気のブレーキ役のグリーゼのおかげだったりする。存在がもはやアウトゾーンにいるアネットが大切な一線を踏み越えないのはまぐれではない。
そうでなければ今頃アネットは、目に横線どころか、全身にモザイク加工処理をされて生きているだろう。
さっそく追いかけっこを始めた少女たちを見ながらも会話は続く。
「あいつらもああいう風に可愛いところがあるのは認めるぜ。でも聞けば、他の奴等に食指は動いてないみたいだな」
「アタシが可愛いと感じる条件はまずアタシより体が小さいことからよ。デカい男が可愛い真似してもキモいだけでしょ」
「ブレないな、あんた」
「自慢じゃないけど、この世界にいない大勢からもよく言われてる気がするわ」
「たしかに自慢にならない。人としてほぼ終わってるんじゃないか?」
そう言ってスタークは再び正面に視線を戻す。相変わらずリリネットは必死にニルフィを追い、どことなく晴れやかな表情をしていた。
それを向けている少女を見る。
特に深い意味もなく思ったことを口にした。
「まあ、あんたの主人の可愛らしさってのは否定しないな。時々背伸びする態度がいいのか?」
そう言うとアネットは鼻で笑い、
「わかってませんね、あなたは。あの娘の良さはあの穢れを知らぬ幼い瞳ですよ。あれが大人の階段を一歩一歩上がっていく過程を、アタシは余すことなく眺め続けていたいわ」
「あんたはすこし親父臭い思考が強すぎんじゃないか? あいつはあのままが良いんだろ。あんたの言ったみたいな淫らな意味で無理に大人になる必要はない」
スタークがそう断じると、アネットが即座に反論する。
「あなたこそ自分の趣味を押し付けているだけでしょ。少年だろうと少女だろうと、いずれは大人になっていくものよ。アタシはなぜかロリコンだと周囲に誤解されがちだけど、それは違います。ハリベルの凛とした風貌と時々の天然発言だけでアタシは十分に身悶えることができるから。子供だろうと大人だろうと、その者に合った相応の可愛らしさがあればそれでいいのよ。つまりなにが言いたいかというとーー」
言葉を切り、アネットはきっぱりと言った。
「あの娘は可愛いってことね」
「まあ否定しないが」
複雑な軌道を描きながら会話は本来の着陸点に落ちた。
ちょうど一段落したときに、リリネットたちが部屋を出ていこうとする。追いかけっこをもっと広い場所でするためだろう。
「ちょっと遠くに行ってくるね」
「転ばないように気を付けなさいよ。それと外に出ないでね」
「うん。いこ、リリネット」
「
騒がしく部屋を去る二人を微笑ましく見送るアネットにスタークが尋ねる。
この女
その問いにアネットは苦笑気味に返す。
「いまはあの娘たちの時間だからですよ。アタシが入っていくのは野暮ってものでしょう? ホントは楽しんでくれればいいだけだから」
変態的な行動が目立つが、彼女も彼女なりに二人を大切に思っているのだろう。
「それに、友達ができて嬉しいのはリリネットだけじゃないわ」
「そう言ってもらえると助かる。おたくの嬢ちゃんに色々構ってもらってるだけって思わなくても済むからな。......そういや見てて思ったんだが、仲良くなる早さってあれが普通なのか?」
まだリリネットとニルフィは出会って数日でしかない。それから数度ほど顔を合わせ、人間のような表現で今では親友のような間柄だ。子供ならば普通と言えばそこまでなのだが。
「純粋な相手ならとにかく懐くんですよ。それにリリネットほどそういう
「ああ、成程」
「その点、グリムジョーもなにげに満たしてますから。真っ直ぐっていうところだけは、ね」
純粋なものは同じ、あるいは似たようなものに惹かれる。似た境遇であるがゆえに、二人は誰よりも似通っているのだ。
さっきまでスタークとリリネットが話していたことが、ここでも当てはまった。
--ただなぁ。
--純粋すぎってのもどうなんだか。
たとえるなら真っ白な紙だ。どんな色にも染まるし、手順を踏めば形すら変わる。
それが裏目に出なければいいとスタークは思った。
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「ハッ......ハッ......! お、追い詰めた......!」
追走劇はそろそろ終わりを迎えようとしていた。
リリネットは一つの部屋の前で膝に手を突き、少しでも疲労を回復させようとする。
「--うん、よっし!」
どこまでも追い掛け回し、ついに鬼役のリリネットは、ニルフィをとある部屋に押し込めることができたのだ。
もう相手に逃げ場はない。今は少しでも体調を整え、万全を喫したほうがいい。
「なんかすごい遠くに来ちゃったなぁ」
周囲を見回せば下官一人通らない閑散とした廊下が延びている。もといた部屋からもだいぶ離れていた。
遊びを邪魔されないからそれでいいのだが。
「早く捕まえてやんないと」
扉に手を掛けながら、ふと思う。
もうすぐこんな楽しい時間が消えてしまうのだと、その事実が胸を冷ました。
死神との大規模な戦争になるらしい。いかに死にそうにない
それは嫌だ。けれど好転させるほど、リリネットに力はなかった。
ニルフィが背負っているものは、こんなちっぽけな自分では支えられそうにないほど重い。
「......なに暗いこと考えてんだか」
どうしようもないなら、せめて、せめてリリネットでもできることをすればいいのだ。
寿命に比べてひどく短い交流の時間でも。
あまりにも足りなさ過ぎた時間でも。
楽しい思い出を残したい。
「ニルフィ~? いるんでしょ?」
踏ん切りを付かせるようにわざと大きな声を出す。
心が軽くなった......気がした。いまはそれくらいでいいだろう。
リリネットは今度こそ手に力を込め、扉を押す。
「あれ?」
覚えのない部屋だ。
面積だけは無駄に広い宮に似つかわしくないほどこじんまりとしている。明かりすらついていない。廊下から漏れる光がリリネットの影と共に室内に入る。
座るための椅子、二人だけが使えそうなテーブル、奥の方には休むためだけに置かれたであろうベッドだけが置いてあった。ほとんど
しかし肝心のニルフィの姿がない。見間違いか? しかしちゃんと入っていくところは見たし、出ていったならいくら幻影が使えようと扉の音で気が付く。
おそるおそるリリネットが部屋の中央へと歩いて行く。
「どこにいんの、ニルフィ?」
「--ここだよ」
「うわ!? ビックリしたッ」
いつのまにか背後にニルフィはいた。開かれた扉の前でニコニコ微笑みながら立っている。
問題は場所取りだろう。ニルフィはすぐにでも逃げられる位置だ。
「あーやられた。まだ遊ぶ?」
「ううん。これは私の負けでいいよ」
潔く白旗を上げたニルフィ。彼女は相変わらず天使のような表情で......扉を後ろ手で閉めた。
室内が闇に包まれる。
「ちょっ、なにしてんの!?」
「扉を閉めただけだよ」
「--ッ!」
気付けば顔が触れ合いそうな距離にニルフィが近づいている。
ニルフィの手に淡い光が生まれた。目くらましに使えるそれは意図したものなのか、部屋の隅まで明るくするほどの光量もない。互いの姿を浮き上がらせるだけで空中に留まる。
「私ね、リリネットに訊きたいことがあるんだ」
「......なに?」
突然ニルフィが行動することは今までに何度かあった。それを思い出し平静を取り戻したリリネットがニルフィの顔を見る。黒髪の少女は少しだけの怯えを目に宿している。
「リリネットは。......リリネットは、私のこと、好きでいてくれる?」
かすかにリリネットは目を見開く。頭を掻きながら一度、目を逸らした。
答えは決まっていた。友人として、仲間として、ここまで好ましい相手を知らない。
だからこの行動はストレートすぎる質問に対する照れ隠しだ。けれどぼかしていても始まらないと思い、言った。
「好き、だけど」
「そっか」
あからさまにホッとしたようなニルフィが肩から力を抜いた。
「じゃあ私たちは両想いってコトだね!」
「そうーーーーんん?」
喜色に満ちたニルフィの言葉に違和感を覚える。
しかししっかりと認識する間もなく、ニルフィが再び距離を詰めた。思わずリリネットは後ずさる。もちろんニルフィが自分に危害を加えることはないと信じている。だが、爛々と光る金の双眸の力に、足が勝手に動いただけだ。
「わわっ!?」
リリネットは下がりすぎて足がベッドの縁にぶつかり、背中から布団の上へと倒れ込む。
仰向けの体勢からすぐに起き上がろうとした。そしてすぐに体が固まる。
互いの息遣いが感じられそうな距離にニルフィの顔があった。
「ニ、ニルフィ?」
「私ね、ギンと話してから色々と考えたんだ。それでこう思ったの。順番を作るより、もっと皆と仲良くなったほうが有意義なんじゃないかって!」
「順番? ちょっと、なに言ってんの」
「リリネットは気にしなくていいことだよ。本題はここからだからさ」
楽しげな笑顔のニルフィがリリネットにしな垂れかかるようにして身を任せる。柔らかな肌が触れ合う。そこから互いの体温が交わる感覚がある。ニルフィの体重が軽いせいか息苦しさはなかった。
--え? え?
--ホントになんなの?
せっかく取り戻した冷静さがどこかに吹き飛んだ。そのせいでニルフィがリリネットの脚に己の脚を絡めるようにし、優しく逃げられないようにしているのにも気が付かないほど。
「それでね、どうやればもっと仲良くなれるのかなぁって考えてね。自分だけだと思いつかないから、現世の雑誌で調べたの。『好き』ってことについて書いてるやつでさ。ーーキスって行為をすればいいって書いてあったの」
「............」
--はぁ!?
心の中であらん限りに叫ぶ。なぜ心の中かというと、現実ではそれどころではないからだ。
ニルフィの熱い吐息が首筋に掛かるたびに背が痺れる。高鳴る心臓の鼓動が接している胸を通って伝わっていると思うと、えもいえぬ羞恥心が顔を赤くさせた。さきほどからリリネットは浅い呼吸を繰り返すだけだ。
そもそも、ニルフィは思い違いをしている。
彼女の言った行為は恋人同士でするようなものだと、リリネットでさえ知識にあるからだ。
だが、
「リリネットは私のこと好きなんでしょ? だからこういうのもしていいんじゃないの? 私、リリネットともっと仲良くなりたいからさ」
ニルフィは何も区別がつかないのだ。そして理解すらできていない。
おそらく彼女の言う『好き』とは、
だから何もかもがごちゃごちゃと形を成さずに凝り集まる。『好き』という形をした別のものになっているとすら気づいていない。
現に今でさえニルフィは顔を上気させることもなく、いつものように笑っている。
最初に出会ってから変わらない顔をしている。
「誰かに、もうしてんの......?」
「ううん、リリネットが初めてになるよ。なんだかね、リリネットの『好き』は他の誰よりも近い気がするの。もしかしたらキミのことが一番好きってことになるのかな? だからもっともっともっと仲良くなって、ずっと一緒にいたいのさ!」
ギシリ、とニルフィの霊圧が軋んだ。すぐそばで聴いたから分かる。
ーーーーそれはまるで、仮面が剥がれるかのような音だった。
だからさ、と、
「大好きだよ、リリネット」
本人の知らぬところで歪んだ愛情が表へと現れる。
互いの距離がゼロへと更に近づいた。
弱弱しくリリネットが言葉を漏らす。
「ダメ、だって......ニルフィ」
「大丈夫だよ。大丈夫だから......」
それはニルフィ自身に言い聞かせるようだった。
「ん......くちゅ......」
「んぅ......」
二人の薄桃色の唇が重なる。ニルフィの両手によって頭を固定され、いや、そんなことをされなくとも抵抗できなかったかもしれない。
ニルフィの舌が固く閉じられたリリネットの唇をこじ開ける。艶めかしく動き、リリネットの舌を絡ませるようになぞった。かと思えば上顎をくすぐり、リリネットが上ずった悲鳴を上げる。時折酸素を求めて口を開け、短く荒い呼吸を少しだけ繰り返して、何度も貪るように口づけを交わす。
零れ落ちる唾液が顎を伝い首筋をくすぐったが、もはやそれすら気にすることができなかった。
どれくらい経っただろうか。もしかしたら一分もなかったかもしれない。
満足したようにニルフィが顔を離す。淫靡な唾液の糸が二人を繋げた。
「これで、いいよね?」
期待に瞳を輝かせるニルフィ。
それにリリネットは何かを言おうとする。しかし頭は真っ白で、口の端から漏れるのもただの音でしかない。
現実が受け止められずにリリネットは自衛として気絶した。
----------
パコーン! と小気味いい音が部屋に響く。
「--? --?」
どうしてか分からずにニルフィがチョップされた頭を押さえる。
困惑はもっともだ。今までニルフィに痛いことをしなかったアネットが、ちょっとした体罰を食らわせたのだから。
珍しく頭痛を堪えるようにこめかみを押さえたアネットが腰に手を当てた。
「いい? そういうのは間違ってるのよ」
「なんで?」
「なんでって......そもそも同意さえ貰ってないでしょ」
アネットが視線を横にずらす。そこではリリネットが目をまわしながら気絶しており、スタークもあきれ果てた顔で立っていた。
「そう怒んないでやってくれ。嬢ちゃんもよく分からずにやったんだろ?」
「ダメですね。こればっかりはちゃんと教え込まないと。それにリリネットがどう思ったかが大切なのよ」
「いつになく厳しいな」
「そりゃそうよ。この娘がキス魔にでもなったら堪らないわ」
「わ、私はキス魔になんてならないよ。好きな人たちにしかしないから」
「それがキス魔って言ってるんですよ」
もう一度、ニルフィの頭頂部にチョップが降って来た。ちょっと痛い。普段はあんなに優しかったアネットがやったと思うと、ニルフィは泣きそうになる。
主人のその様子を見てグッ......と堪えたアネットだが、いつものように流されずに鋼の意志を持って相対する。普段の彼女を知る者が見れば、『明日は
いじけるニルフィの前にアネットが屈む。
「ねえ、ニルフィ」
「............」
「アタシも頭ごなしに叱ってる訳じゃないの。グリムジョーとかにしてたらそいつらをアタシがブッ飛ばせば解決するけど、問題はリリネットにしたってことよ」
「どうして? リリネットは、私のこと好きだって言ってくれたんだよ? それも嘘だったの?」
「そんなことは言いません。ただね、嫌がっているお友達に無理やりするってのはどうかと思うの」
まだ頭に『?』を浮かべるニルフィの頭に優しく手を置く。
「あなたのしたことは、ホントはずっと深い意味があって大切なことなの。嫌がっている相手にそれをしたら......奪うってことと同意義なのよ」
自分の雲行きが怪しくなってきたことにニルフィが不安そうに眉をよせた。
「普通なら、嫌われるってこともあるのよ」
「え?」
ニルフィの顔が恐怖に染まる。とんでもないことを仕出かしたことに、やっと気づいたようだ。
心がしぼんでいくような錯覚を受ける。氷水が直接背に流されたのだろうか。
「ち、ちが、私、そんなつもりじゃ......!」
「分かってるわ。だからね、ちゃんと謝りなさい」
「謝って、済むことなの?」
大切なものを奪われる痛みはニルフィもよく知っている。つい最近、奪われたばかりだから。それをやった相手を今でさえ心底憎んでいく。
それを同じものをリリネットから向けられれば、耐えることすらできそうにない。
「だからよ。あなたと東仙の場合は平行線だから。どっちも自分から歩み寄ろうなんてしなかったでしょ? だから今はニルフィが自分から距離を縮めて、謝りなさい」
「それで、ダメだったら?」
「その時はアタシがたっぷり慰めてあげるわ! キスの相手にもね!」
「それ言いたかっただけじゃないか?」
「外野、
ニルフィは考える。
好きという感情に自分はあまりにも有頂天になりすぎていた。それがなんなのか深く考えることもせず、持て余すだけ持て余して、結果、爆発した。
もっと知ろうとしていればこんなことにはならなかったかもしれない。
しかし今はそういった後悔が必要なのではない。
もう少しでリリネットが目を覚ます。ニルフィの超感覚がそれを如実に伝えた。
正直、顔を合わせるのも気まずい。もう逃げたいくらいだ。
けれど、まだニルフィにはリリネットと仲良しでいたいという思いが残っている。勝手すぎて笑ってしまう。どの口が言ってるのだろう。
それでもだ。
ニルフィはリリネットのことが好きだ。今はまだどういった種類のそれかは分からないが、大きさくらいなら把握できる。捨てたくないほど大切で価値があることも。
薄くリリネットが目を開けた。
ニルフィはおずおずと、しかし、しっかりした声で、
「------」
深夜のテンションがあれば、何でもできるッ!!
1、2、3、ヒャッハアアアアアアアアァァァァァァッ!!!