記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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インベーダーゲーム

 浦原が名乗った時、その背後に右手を伸ばしたワンダーワイスが現れた。

 それにいち早く気づいた浦原は紅姫を振るう。紅の衝撃が少年の右腕を弾き飛ばし、彼らの距離を開ける。

 ワンダーワイスが楽しげに声を出す。

 

「アハ!」

「……へえ、随分変わったヒトがいるじゃないスか」

「アーーーーーー」

「ッ!」

 

 左腕を引き絞ったワンダーワイス。それに警戒を示した浦原は斬魄刀を振るい、ギリギリで同じような威力の攻撃をして対処する。そう。もうすでに攻撃が行われたあとだ。初見で虚弾(バラ)の速度を見切れるのはかなり困難なことである。

 服のところどころにほつれを作った浦原が空中を掛ける。

 今度は自分が距離を取ったことで浦原が冷や汗が首の裏を伝う。

 

「ふぅ~~、いやァ、ビックリしーー」

 

 その首を狙うような手刀が音もなく空気を薙いだ。

 帽子を被ったまま頭部が舞う。下手人のニルフィはその結果になんの反応も示さず、すぐに見当違いの方向に目をやった。

 そこに、さっき首を飛ばしてやった浦原が立っている。

 

「それ、どんな手品?」

「いやいや、いきなりでビックリして心臓止まるかと思いましたよ。君みたいな可愛いお嬢さんとの久方ぶりの再会だから、嬉しいんスけどねえ。まさかいきなり首を狙われるとは......」

「ごめんなさい。不審者かと思っちゃった。ワンダーワイスに近づくから殺そうとしちゃったよ。それはともかく久しぶりだね、ウラハラさん」

「そうッスね。笑顔で言われても物騒さは変わらないんスけども」

 

 ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべながら、浦原は内心でため息を吐く。

 まさか登場して秒読みで奥の手の一つを使うとは思っていなかった。保険程度の認識とはいえ、身代わりを作る『携帯用義骸』を見せたのは痛い。そうしなければ凌げなかった、という理由もあるが、慰めにはならないだろう。 

 予想以上に、少女は速くなりすぎて(・・・・・)いる。

 

「私のパチモンみたいな能力だね」

「能力ってほどじゃないっスよ。それに真似が得意なあなたにパチモン呼ばわりされるなんて……」

「それもそっか」

 

 にっこりと可憐に微笑む少女。ついさっき人を殺そうとしたとは思えない。

 --これは困った困った。

 それとはなしに、浦原は死神たちのほうを見やる。さきほどの自分の攻撃で触手からは抜け出せたようだ。しかしこれ以上の助太刀は、少女が許してくれないだろう。

 とはいえ、ニルフィネスという少女を足止めできるのなら願ったり叶ったりだ。少年はもう自分から興味を失ったのか、鳥を追いかけている。偉丈夫の破面(アランカル)は待機と言われ、腕組みをしたまま目を瞑っている。

 

「ねえ、ウラハラさん。ヨルイチさんはいないの?」

「ご生憎、予定が立て込んでるんスよ」

「そう、残念。また稽古(・・)つけてもらいたかったんだけどなぁ。この一か月間、ずっと私も遊んでたわけじゃないんだけどね」

「またまたぁ、子供というのはそこまで訓練一辺倒にはなりませんよ」

「む、なんかウラハラさんが信じてない。グリーゼからも言ってやってよ。今日まで私がどんなに頑張ってたかさ」

 

 グリーゼと呼ばれた男が閉じていた目をゆっくりと開いた。

 

「……ああ、よく見てきたさ」

「ほら見てよ。頑張ってるって証拠、あるでしょ?」

「……我が主人の努力は並大抵ではなかったぞ。時には一日に牛乳を一パック飲み干し、さらにタンパク質を取るためによく食べ、よく寝た。まさに健康優良児だ。たとえ目標であった豊満な体に一ミリたりとも近づけなくとも、我が(あるじ)は一日たりとも欠かさずーー」

「グリーゼ。グリーゼ? そっちの努力じゃないよ! そ、それに、ちょっとは成長したもん! せ、成長したんだからね!」

「あなたがたも、なんか大変そうっスね」

「そんな目で私を見ないでぇッ」

 

 若干、生暖かい視線を送ってしまった。

 落ち込んで手足を空中の足場に突けていた少女は、ふいに起き上がる。

 

「…………まあ、ホントに私も遊んでたわけじゃ、ないんだよ?」

 

 空気が変わった。気配を感じた遠くの鳥たちが飛び立つ。

 どうやら、話での時間稼ぎはここまでらしい。

 

「私って、強い死神さんと戦ったことがないからさ。キミたちがどれだけ強いのか、よく分かんないんだよね。でもウラハラさんとヨルイチさんはその中でも強いほうでしょ? これが通用すれば、私はほとんどの死神に勝てるのかな?」

「買いかぶりっスよ」

 

 本音を言えば、勘弁してもらいたい。最初に現世に現れたときの実力はよく分かっている。夜一の技術を完全に模倣し、それ以外にも厄介な技が盛り沢山。

 その時に思ったことが一つ。

 --底が見えない。 

 さっきだってそうだ。浦原が手刀に気づけたのはまぐれである。それを気取られないようにしなければ、こちらの打つ手が少なくなるだろう。

 

「あ、そういえば」

 

 思い出したように少女が浦原に尋ねた。

 

「ウラハラさんは、この前の夜……。私たちの誰かと交戦した?」

「--? いえ、してませんが」

「そう。ありがと。ウラハラさんじゃなくてよかった」

 

 質問の意図は量り兼ねたが、これからの戦いにとっては雑念だ。

 --さて、どう動くんスかね?

 --白打?

 --斬術?

 --それとも……。

 答えは、眼前に。

 目の前の景色に別の映像を差し込まれたようだ。

 一瞬あとには浦原の眼球に触れるか触れないかの位置に霊子の刃が迫っている。少女が予備動作なく、まさしく出現したかのように、そこにいた。

 

「……ッ!」

 

 辛うじて浦原が首を曲げる。こめかみあたりの髪が何本か持ってかれた。

 風圧によって吹き飛ばされかけた帽子を手で押さえ、牽制の赤い斬撃を横なぎに振るう。そして少女も刃の軌道を変え、同じように腕を薙いだ。

 

 剃刀紅姫(かみそりべにひめ)

 

 駆霊剣(ウォラーレ)

 

 結果は相殺。

 煙が立ち込めるのも待たずして、浦原がその向こうへとそらに追撃をこなす。

 

 切り裂き紅姫(きりさきべにひめ)

 

 浦原の斬魄刀から無数の刃が連続で発射され、煙幕を晴らす。

 少女の姿はーーない。

 横? 上? 下? 

 思考をねじ伏せ、浦原は直感的に背後に紅の刃を奔らせた。

 

「なんでわかったの?」

「勘ですよ」

 

 浦原の耳に声が届いたときには、もう少女の姿は消えている。霊圧の探知も役に立たない。ついさっきまで眼前に居たというのに、少女は何の障害物もない空中で姿をくらましている。

 厄介すぎる。なにより、確実に自分が後手に回されてしまう。一護のようなタイプでは終始翻弄されるだろう。

 

「さっきの身代わり人形使ったら?」

「いやァ、けっこー扱い難しいんスよ、コレ。多分、アタシ以外の人に渡しても使いこなせないっス」

「動かせないの?」

「そこまではまだ改良してないんスよ」

「ふぅん。じゃあザエルアポロさんに持ってこうと思うから、一つ頂戴?」

「お断りさせてもらいますよ」

「ケチ」

 

 ピッ、と音を立てて、浦原の羽織の端がちぎれ飛ぶ。彼が回避をしていなければ、内臓ごと持っていかれただろう。

 上下すらも勘定に入れて、あらゆる方向から少女の攻撃が飛んでくる。

 浦原は、今の準備だけでは少女を倒せないと気づいていた。

 そしてまだ血があからさまに飛んでいないのは、少女が様子見のように......、あるいは、なにかを待っているかのように時間を稼いでいるからだ。

 それこそ浦原の望んだことだ。しかしこのままではラチがあかない。

 あえて大ぶりの技を放つ。隙を作り、誘い込む。相手もそれを理解しながら浦原の前に現れた。

 細い手足に霊圧を纏わせて次々と白打の技を使ってくる。熾烈だ。とにかく速い。これは浦原にも覚えがある。夜一が好んで使う型と一緒だ。刀と腕がぶつかり合うたびに、硬質な音がまき散らされる。

 最後に来るのは下段からの突き上げ。

 体がそう覚えていたからこそ、浦原は反応してしまった。

 

「シッ!」

 

 少女は膝を曲げた状態で、両手を足場に突く。型にはない動きに浦原の目測が誤った。そのまま少女は体の上下を逆にして回転し、跳ね跳ぶ。まるでミキサーの刃のようだ。

 予定していなかったことだが、これは想定内。予想外が来るのには警戒していた。

 

 血霞(ちがすみ)の盾

 

 斬魄刀の鞘から血が噴き出して壁を創る。

 そこに少女の脚がぶつかった。しかし少女はそれに頓着せず、白打にはない動きで蹴りを連続して叩き込んだ。

 わざわざ破壊されるまで待つつもりもない。

 

 切り裂き紅姫(きりさきべにひめ)

 

 盾から飛び出した血の槍の群れを前に、少女が飛びずさる。

 

「白打、じゃないっスね?」

「ピンポーン。体術を使う人は虚圏(ウェコムンド)にもいるよ。これはオジさんの技だね」

 

 ほがらかに笑いながら少女は肩をすくめた。

 なるほど。やりにくい。型にはまらないのが良い方向に伸びているようだ。浦原にとっては面倒極まりないとしても、たしかに少女は以前会った時よりも格段に強くなっているのが、些細な動きから察せる。

 相手が様子見をしているうちに、ここからはそろそろ本腰を入れないといけないかもしれない。 

 そんな時、触手で死神たちを捕まえていた破面(アランカル)が少女に声を掛ける。

 

「おぉい、ニルフィネス。まだソイツ殺せないの? こっちはこっちで続きするけど?」

「勝手にやってればいいじゃん」

「そーお? まっ、しょーがない。こっちはこっちで続きしよっか。おねーさん達!」

「いちいち言わないと何も出来ないの?」

 

 男をすげなくあしらう少女は攻撃の手を止め、そちらを向いた。

 その横顔に凄惨な笑みが張り付いていたと思うのは、浦原の気のせいだろうか。

 視線の先で男は乱菊に卑屈そうな笑みを見せる。

 

「ホント、あいつ話んなんないよね。せっかく、あのゲタ男が助けてくれてもスーグ捕まっちゃうんだもんね。ま、しょーがないか。八対三じゃ逃げ場ないしねー」

 

 男は余裕ありげだ。しかし浦原がそちらへ助けに入らなかったのは、死神たちにも考えがあることを見通してだ。

 --そうなると、こちらのお嬢さんは気づいていないはずじゃないんですが。

 裏を執拗に読むほどがちょうどいい。浦原はいつでも動けるように体勢を直し、事態を見守る。

 触手に胴を捕えられながら、乱菊が冷たく言い放つ。

 

「……あんたさ。ずーっと思ってたけど、あっちの女の子の言う通り、随分お喋りなのね」

「それがなにさ?」

 

 少女を引き合いに出されて男の機嫌が目に見えて悪くなる。

 

「あたし、お喋りな男ってキライなのよね。ーーなんか、気持ち悪くって」

 

 怒りで白くなった半眼。堪え切れない、男の負の感情。

 

「......おねーさんさ。キミ、いまボクに捕まってるってコト忘れてるでしょ? キミがいま生きているのはボクの気まぐれ」

 

 死神を捕まえていない残り五本の触手が鎌首をもたげ、

 

「ボクの機嫌を損ねたら、すぐに串刺しにーー」

 

 凍り付いた。

 動かそうともびくともしない。触手の長さはもはや十メートルを超えているが、そのすべてが分厚い氷におおわれて身動きできなくなっている。

 余裕などどこぞへ吹き飛んだだろう。

 

「----な……なんだよ、これ!?」

 

 ああ、と。浦原は納得する。あの男の破面(アランカル)は演技でもなく、このあからさまな仕掛けに気づいていなかったのだろう。いま浮かべている驚愕の表情までもが演技であればたいしたものなのだが、その様子もない。

 日番谷冬獅郎が戦線に復帰した。冷気を引き連れ、すでに準備は済ませたようだ。

 その間に捕まっていた死神たちは範囲から逃れる。

 

「一度攻撃を加えた相手に対して、気を抜きすぎなんだよお前は。『残心』て言葉、知らねえのか?」

「お前、まだ生きてたのか……」

「氷輪丸は氷雪系最強。砕かれても水さえあれば何度でも蘇るさ」

「くそ……ッ!」

()せ」

 

 即座に触手を切り離して新しいものを生やした男。それを日番谷が押しとどめる。

 

「もうお前に勝ち目はねえ。仕込む時間は山ほどあった。お前は、俺に時間を与えすぎたんだ。お前の武器が八本の腕なら、俺の武器は」

 

 この大気に()る、すべての水。

 男が絶句する。木の幹ほどもある太さの氷柱が、自らを取り囲むように突如として大量に現れているのを見て。

 

「なんだよコレ! 十刃(エスパーダ)のボクがッ! こんな奴に!」

「戦いでモノを言うのは、勝ったやつだけだ」

「--クソッ! クソッ! クソォォオオオオオオオオオ!!」

 

 背中の円盤を高速回転させ、迫りくる氷柱を半ばから折るようだ。それは最後の抵抗。窮鼠は猫をも噛む。

 危機に陥ったからだろうか。男の慢心が取り払われ、先程まで見せていた速度を上回る回転数で迎撃しようとする。これならば、第二波ほどまでは凌げただろう。

 しかし、

 

「......なっ!?」

 

 男の口から呆気ない声が漏れた。 

 回転に体が付いていかなかったのだろうか。浦原にはわからなかった。けれど男は突然、体勢をぐらりと崩し、氷の波へと飲み込まれることとなる。

 

 千年氷牢(せんねんひょうろう)

 

 最後の隙間に、男の目が見えた。

 

「クソがぁぁあああああああああ!!」

 

 凄まじい憎悪が込められた叫びが、氷の牢獄の完成と共に途絶える。

 明確な勝敗が決まった一瞬。誰もが、息を飲んだ。......はずだった。

 

「--あ~ぁ、ルピさんったら、やられちゃったよ。なんで獲物が目の前にいるのに、もっと甚振らないで焦らしてたのかな。それだったらもう三人殺せてたのに、ね。藍染様に怒られちゃうよ」

 

 言葉通りならば呆れを浮かべているはずだ。

 けれど少女の無表情に近い顔には、わずかな、ほんのわずかな喜色が込められているのに浦原は気づく。

 目の前にいる少女ではない。死神たちのちょうど中央に、同じ姿の少女は立っていた。

 --ッ! 

 --いつの間に!?

 目は離さなかったはずだ。男がやられる以前より、浦原は少女から視線を逸らさないように気を付けていた。それが今できる幻影対策だったから。

 それなのに、少女は当たり前のように浦原の前に偽物を置く。

 精緻な幻影が霊子の欠片となって散っていく向こうで、少女は大仰なしぐさで可愛らしく一礼。

 

「私は第7十刃(セプティマ・エスパーダ)のニルフィネス・リーセグリンガー。ニルフィって呼んでね。さっきのルピさんより階級は一つだけ下だよ。キミたちならもっと早く私を倒せるかもしれないよ」

 

 いつ現れたのかも分からない少女の存在に、死神たちが警戒し、すぐには攻撃を仕掛けない。

 あの語りを終わらせてはいけない。そう本能が答えをはじき出し、浦原は追撃を開始しようとする。

 

「……すまんな。こちらの(あるじ)からの命令だ」

「――――!」

 

 今まで傍観に徹していた偉丈夫が立ちはだかる。浦原は歩を止めた。このまま抜けるには、拙い。

 殺気立つ最中で、ニルフィが微笑みながら唄うように言った。

 

「私が今日現世に来たのは三つの目的があるから。一つはついさっき達成したの。それともう一つは、このままだと十割の確率で成功するよ。それでね、最後の目的の達成のためには、死神さんたちの協力が必要なんだ」

 

 ギチギチギチギチギチギチギチギチ……!

 ニルフィの霊圧が軋んでいく。それに比例するように、濁っていく黄金の眼光が死神を射抜く。

 

「ディ・ロイとエドラドと戦った人は、ここにいるかな?」

 

 遊びの時間はもう終わり。

 

 

 ----------

 

 

 これからどうするかを考える日番谷は、それを頭の片隅に押し込めて、ニルフィの動きを注視する。

 ニルフィは自分の質問に反応した死神が一人いることに気づく。

 パチンコ玉みたいな坊主頭で菊池槍(穂先が片刃の短刀状の槍)を肩に担いだ男だ。彼に向き直る。

 

「キミは?」

「十一番隊第三席、班目一角(まだらめいっかく)だ。エドラドって奴となら、俺が戦ったぜ」

「勝ったの?」

「ああ、愉しかったよ」

 

 全身から好戦的な空気を発している一角。ニルフィはざっと一角を観察した。

 

「ねえ、イッカクさん。卍解使ってよ」

「あァ?」

「使えない訳じゃないでしょ? 通常状態ならともかく、帰刃(レスレクシオン)の『火山獣(ボルカニカ)』を発動させたエドラドに勝っている要素が、始解状態のキミにはないんだもん。そんなんじゃあの人は倒せないよ?」

「……俺がそんなの使えるワケねえじゃねえかよ」

「なんで?」

「そっちこそなんだよ。やりあうってんならガキだからってこっちは容赦しねえけどよ、万が一にでも使えるなら使わねえうちにブッ殺しに来りゃいいだろうがよ」

 

 卍解の有無について気になるが、たしかに、一角の言っていることは正論だ。

 しかしニルフィが望むのはそういうことじゃないようだ。

 

「倒した、--倒した相手に言い訳を許すの? 怪我がひどくて動けなかった。出血がひどかったから集中力が乱れた。自分の力を出し渋っていたから弱くなってた。そしてそれは相手が悪かったからだって」

 

 一歩、ニルフィが踏み出す。

 

「そんな、そんな言い訳なんてないよ。私はキミに言い訳なんかあげないで情けをあげる。言い訳無用に叩き潰して、再起不能か死の字を与えて、プライドをずたずたに引き裂く。--そういう情けだよ」

 

 一角が鼻で笑った。

 

最初(ハナ)から言い訳なんてするつもりねえよ。戦って、楽しんで、死ねたらそれで本望だ」

「戦えたらキミは楽しいんだ」

「そうだよ。......俺と()るんだろ? 仇討ちだか何だか知らねえが、付き合ってやるよ」

 

 じっと一角を見つめるニルフィ。

 けれど少女はすぐに破顔し、両手を広げる。

 

「わかった。じゃあ、やろうか」

 

 一角が斬魄刀を構え、飛び掛かろうとした。さっきまでニルフィは接近戦しかしてこなかったからだろう。そういった先入観、あるいは手札の底の視えなさから短期決戦を決め込んだのか。

 わざわざニルフィがそれに乗ってやる理由もない。素早く両手で手陣を切る。

 

「縛道の六十三」

 

 鎖条鎖縛(さじょうさばく)

 

 太い霊圧の鎖が蛇のように一角に絡みついた。

 日番谷はそれに瞠目する。

 

「鬼道だと!?」

 

 ニルフィはさらに縛道の六十一『六杖光牢(りくじょうこうろう)』を重ね掛けし、一角の動きを確実に封じ込めた。もがく一角だが、あの拘束は死神の腕力だけではどうにもならない。

 援護をするしかないだろう。日番谷はルピが仕留められなかった場合に用意していた水を操る。

 

 群鳥氷柱(ぐんちょうつらら)

 

 作り上げた大量の氷柱をニルフィへと放つ。

 

「邪魔」

 

 重光虚閃軍(セロ・インフィニート)

 

 少女は面白くなさそうに腕を払う。すると虚閃(セロ)の乱発によってすぐさまそれらを一掃した。集中砲火の余波を喰らって日番谷を含めた死神たちは意図せず距離を置く。

 無表情から笑顔に戻ったニルフィが、禿頭の死神へと近寄る。

 

「戦えないまま殺してあげるよ」

「グッ......オォッ!」

 

 叫ぶ一角を見て檻の中の珍獣を楽しむ子供のようにニルフィは顔を輝かせた。

 

「ーー破道の九十」

 

 黒棺(くろひつぎ)

 

 拘束されたままの一角は黒い棺桶に飲み込まれていく。叫びも、その姿も、日番谷たちの意識では捉えられなくなった。あの棺桶の中では暴虐が荒れているのだろう。

 

「さて、とりあえず今はこれで終わり。戦いすらできずに再起不能だよ」

 

 手を払いながら少女が言った背後で、解放された一角が糸の切れた人形のように地面へと落下していく。血が尾を引いた。

 

「一角!」

「おい、待て!」

 

 それを追った弓親に日番谷が静止を掛けた。何が起こったのか目で追えなかったのもある。けれどそれ以上に、相手に隙を見せるようなことをしてしまえば......。

 日番谷の危惧通り、弓親のすぐ横にニルフィが現れる。咄嗟に藤孔雀で薙ぎ払う弓親。

 ゆっくりと動かした小さな手をその刃に添えて軌道を逸らし、少女はまず顔に正拳を一発食らわせる。弓親の身体が強張るタイミングで次の攻撃。掌底。熊手。肘打ち。手刀。拳槌。膝蹴り。目潰し。回し蹴り。関節砕き。その他無数。

 数秒にも満たない間に死神の身体をスクラップにする勢いでのラッシュ。

 とどめの蹴りが炸裂しようとする寸前、

 

「唸れ『灰猫』」

 

 ニルフィの矮躯に灰が襲い掛かる。

 

「……」

 

 無言のままニルフィは気絶した弓親を盾にした。乱菊が舌打ちし、灰を二人から逸らす。

 その瞬間、ニルフィが弓親の身体を乱菊に向かって思いっきり蹴り飛ばす。軌道的には上から下へ。このままでは弓親が地面に激突すると判断した乱菊が、攻撃を断念して受け止める。

 そのまま二人は勢いのままもみくちゃになり、かろうじて木のすぐ上で止まった。

 

「なんでよそ見してるの?」

「!?」

 

 そのすぐ横で、不思議そうにニルフィが乱菊を見上げている。細腕には霊子の剣が構成され、金色の眼は乱菊を見ているようで、本当はその喉元を狙っていた。

 

「さ、せるかァ!」

 

 冷気を纏いながら日番谷が飛来。あえて大声を出し注意を引き、そしてそれは成功した。

 斬魄刀と霊子の剣が真正面からぶつかりあう。

 

「邪魔しないでって言ってるでしょ。あのイッカクさんを連れて帰って私は壊さないといけないの」

「みすみす渡すわけねえだろッ」

「こっちはもう五……二人も殺されてるんだよ? 仲間が殺されないって都合よすぎない?」

「ふざけんな!」

 

 氷の尾がニルフィに迫る。それを彼女は脆そうな細指で側面を叩き、

 

「縛道の八」

 

 (せき)

 

 空気が軽く破裂するように霊圧が散る。すると尾は目標を失ってニルフィのすぐ横を通り、空気を削り取る。

 その技量に舌を巻くしかない。

 だがさっき、ニルフィは一角を連れ帰ると言った。ならば一角はまだ生きているのだろう。それがたとえ、生死の境目で彷徨っていようと。

 --クソッ!

 --コレ(・・)がさっきのやつより弱いって嘘だろ!

 今の戦力だけでは倒しきれない。

 

「敵が目の前にいるのに考え事なんて、すごい余裕だね」

 

 気付けば、ニルフィは日番谷の間合いに堂々と足を踏み入れている。どころか、もう一メートルも距離がないほど接近を許していた。刀を振るうには適さない距離。そして氷を扱えば自分も巻き込む。そんな、微妙な間合いをニルフィは展開していた。

 --これしかねえかッ。

 予備の水分のほとんどを操る。ニルフィがそれに気づき、呆れた視線を投げかけた。

 

「捨て身の攻撃? まだワンダーワイスに、グリーゼも残ってるのにね」

「いまはてめえを倒すのが先決だ」

「倒せたら、とか。そういう予想を出ないことを信じてるんだね」

「予想から現実にしてやるよ」

「無理だね。--もう終わったから」

 

 いつの間にか、ニルフィは日番谷の背後に立っていた。音も気配もない。しかし日番谷は直感的に背後に居る(・・)と察し、千年氷牢(せんねんひょうろう)を形成させようとする。

 ......だが、体が動かない。振り返ってから体が思うように動かなくなった。拘束されているわけでもなければ疲労によるものでもない。一瞬の間だけ、日番谷の思考は停止した。

 刹那、音が遅れてやってくる。発生源は己の四肢の骨。砕け散っていたからこそ、手

足はただの肉袋と化し、もはや動かすことさえできない。止めとばかりにニルフィの足が日番谷の腹に突き刺さる。比喩表現でもないのは、少女の足が槍のように日番谷の腹を突き破っているからだ。

 

「ぐっ、が......!?」

 

 霊子の足場に倒れ込んだ。

 壊滅だ。先遣隊はすでにこの少女に勝てる戦力ではなくなっている。乱菊はまだ戦えるだろうが、返り討ちに遭うのは目に見えていた。仮にもこの少女を倒せたとしても、まだ二人の破面(アランカル)が残っていた。浦原も、グリーゼという男がこの戦闘区域への侵入を(はば)んでいるため、これ以上の援護は期待できそうにない。

 

「ねえ、どうして? あっさり降参宣言なんてディ・ロイとエドラドを殺したキミたち死神が言わないよね? 刀を振る腕がなくなったくらいでリタイアなの? まだ手足は体にくっついたままにしてあげてるじゃん! それがなくなったら噛み付いてでも戦いなよ! ねぇ! 私はそういうつもりで今まで皆と戦ってきたんだよッ。こんなに肩透かしを味わうなんて虚圏(ウェコムンド)でも早々(そうそう)なかったのにさ!! ............ルピさんじゃないけど、想像以上に想像以下だったから、私、白けちゃった」

 

 ニルフィが一気にまくしたてた。しかし最後は落胆にまみれた声だ。呟いた少女の身体は、だんだんと小さくなっていくようで。

 

「これじゃあ、何のために強くなったのか、わからないよ」

 

 その時、空が割れる。光がそこから降り注ぐ。

 

反膜(ネガシオン)......!」

 

 破面(アランカル)以外の誰かが呻いた。

 

「あ~、任務完了か~」

 

 光はニルフィ以外にも、他の破面(アランカル)たちを包んでいく。もはや浦原以外に興味がなくなったようにニルフィがある一点を見つめた。

 そこには光が降り注ぐ氷の牢獄がある。反膜(ネガシオン)とは、対象が光に包まれたが最後、光の内と外は干渉不可能な完全に隔絶された世界となるものだ。それによって異物である氷は破片となっていき、崩れていた。

 ルピが氷の中から姿を現す。生きている。こちらからは背しか見えないが、屈辱や憤怒といった黒すぎる感情が可視化されたようだった。

 背中越しにルピが振り返る。下手人の日番谷に一瞬だけ目を止めるが、すぐに別の所へと視線を移した。

 見ているのはーーニルフィだろうか?

 件のニルフィは日番谷を見やる。

 

「ばいばい」

 

 なにも込められていない言葉を残し、少女は現世から去っていった。


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