記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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読者の皆様、あまけしておでめとう。

読者の方々が律儀に冬休みの宿題を解いてくれたので、ご褒美に本編とは関係ない、お年玉感覚で入れてみるお話。

……ギャグ強めであいにく百合は無いけどなァ!!


間話 寝物語

 グリムジョーは不機嫌さを隠すことなく自分の宮にやってきた女破面(アランカル)二人を睨んでいた。昼寝をしようと思っていたら、ニルフィとアネットが門を叩いたのだ。そのまま無視していると主にアネットに何をされるかわからないので入れてやったが、昼寝をしようとしている自分の横にいてほしくなかった。

 

「なあ」

「どうしたんですか? なにかご不満でも? こんな美女美幼女が隣にいてまさか不服なんてことはないでしょうね」

「内面がお淑やかなら完璧だろうな。……んなことより、本くらいてめえらの宮で読んでろよ」

「気分的にここがいいなぁ、なんて思って」

「ふざけんな」

 

 強引に連れてこられたのだろう。ニルフィが申し訳なさそうに、アネットに抱えられたまま謝る。

 

「ごめんね、グリムジョー。あの、静かにしてるから、その……」

「ああ、もういい。うるさくすんなよ。特にそこの煩悩女」

「はぁ? アタシのことを煩悩呼ばわりなんて、器が小さいわね。アタシはまだ一割も力を出してないというのに」

「力出し切らないうちに野垂れ死ね」

 

 グリムジョーは寝返りを打って二人から背を背けた。

 静かになど期待できない。アネットはニルフィに絵本の読み聞かせをするとかで、彼女のそばにある袋からはいくつもの絵本が入れられていた。そんなものすぐ隣でするなと言ってもアネットの性格からして聞き入れるはずもない。グリムジョーだけ場所を帰るのもなんだか負けた気がするので、意地でもやろうとは思わなかった。

 ニルフィを抱くようにして座り、さっそくアネットが一冊の本を取り出した。

 

「えーと、『マッチ売りの少女』ね。これでいいかしら」

「うん、おねがい」

 

 つまらなさそうな話だ。聞き流せば子守唄のように眠ることを促進させるかも知れない。

 グリムジョーは目を閉じ、適当に聞き流そうとした。

 

「ーーあるところに、ブツがさばけず困っている売人がおりました」

「おい待てコラ」

 

 身を起こしたグリムジョーがツッコミを入れる。

 

「それちゃんと童話なんだろうな」

「マッチ売りの少女知らないって、あなたもしかしてモグリね? 当たり前じゃない。現世の子供なんてみんなこれ聞いて育ってますよ」

「……嘘だろ?」

「ホントですよ。文句は最後まで聞いてから言ってくださいな」

 

 舌打ちをしたグリムジョーは再び背を向けて寝っ転がった。色々言いたいことはあったが、それはアネットが言ったように最後まで聞いてからだ。

 

「では続けますよ。ーーそこは治安のいい街でした。わざわざみすぼらしい格好をした、しかし着ているのが絶世の美少女という、もう狙ってるのかというほど妖しくも怪しい者の売るモノには、誰も手を付けません。なにも売れずに帰ってしまうとキズモノ(意味深)にされてしまいます。彼女は裏で生きる人間ではなく、ただの養う家族が多い、不幸少女だっただけなのです」

 

 ここまででどれだけツッコミを入れればいい箇所があっただろうか。

 背中越しに振り返るが、アネットは真面目な表情で読みすすめている。原作を知らないグリムジョーに指摘できるところはなかった。けれどおかしいと思うのは間違いないだろう。

 

「困り果てた売人少女は一時の気の迷いから商品であるブツに手をつけました。売人少女がブツを燃やすと煙が出て、幻覚をともなう強烈な多幸感を得ました。ですが煙は短い間しか生まれません。少女は取りつかれたように次々とブツを燃やしていきます」

「…………」

「そしてついに少女は昇天するような顔で言いました。『神様が、神様が見えるよぉ!』と」

「どう考えてもおかしいだろうがッ!! 他のやつをそいつに読ませやがれ!」

 

 子供には教育上まったくよくない童話である。物は言いようだった。

 話を妨害されたアネットは不服そうに言った。

 

「なんですか、わがままですね」

「てめえが自由すぎんのが原因だよ」

「せっかくグリーゼの目がないところでニルフィをいやらしく洗の……ちょっと見識を広げさせようとしただけなのに」

「不穏な言葉を使うなよ」

 

 これは駄目だとグリムジョーは思った。アネットの腕の中のニルフィが、このままではアレな方向に育ってしまう。ただでさえいつも無防備で、十刃(エスパーダ)たちもそれなりに注意を掛けようと少しだけ話し合ったことがあるほどだ。

 ニルフィを気に掛ける、というわけではない。この場にグリムジョーが残るのは意地のためだ。

 そう自分で納得し、グリムジョーはゆっくりと目を閉じる。

 

「あ、これは面白そうね。『人魚姫』ですって。まあニルフィは人魚にならなくても絶世の可愛さがあるけど」

「どういう話なの?」

 

 アネットが軽やかに微笑む。

 

「ふふ、じゃあ読みましょうか。コホン。ーーある日人魚姫は、溺れていた人間の男を助けました。姫はその男に恋をしてしまい、もう一度逢いたくて仕方ありません。そこで海の魔女にお願いしたのです。ロマンチックに『わたしを人間に……いえ、それよりも手っ取り早い方法があるわね。お願いします、地上を海に沈めてください! あの人だけまた助けて、彼のことを好きな女を事故死として失踪させられるわ!』と」

「ロマンチックじゃねえだろ。ただのバイオレンスだろ」

 

 なんだその人魚姫は。ヤンデレにもほどがないだろうか。

 

「さっきからなんなのよあなた。アタシの語り部にいちゃもんばかり」

「まさにブーイングものだからに決まってんだろうが!」

 

 グリムジョーが耐え切れずに叫んだ。無視することもできず、聞き流せる内容ではとても無かった。

 新しい本を取り出したアネットが肩をすくめる。

 

「じゃあ、これね。『超究極絶炎神聖剣ギガスパイダーローリングスラッシュ伝説』」

「却下だ」

「わがままね。ニルフィ、どれがいい?」

「……ん~、これ……」

「群像劇ものね。さすがニルフィ、見る目があるわ」

 

 ニルフィの見る目が信用できないグリムジョーは、警戒しながら耳を澄ませた。

 

「ある農村で、モンスター退治に出かけたAさんとBさんが洞窟に向かうと、Cさんが洞窟の前に立っていたのです。Cさんはなにか怯えた様子で洞窟を見ていました」

 

 意外にも普通だ。初っ端かたぶっ飛ばしていくかと警戒していたグリムジョーは肩透かしの気分を味わう。

 そうしているうちにも物語は淡々と進んでいく。

 

「洞窟を覗いてみると、大きな熊のモンスターがDさんを引きずっているのです。その先には、EさんとFさんがいました。それを見たBさんとCさんはEさんとFさんに走り寄り、AさんはDさんとEさんとFさんをCさんのところに。応援に駆けつけたGさんとHさんとIさんが熊にむけてジェットストリームアタッーー」

「多すぎんだろうがァ!! わかるわけねえだろ!」

「……そうして、Vさんは死んでいたのです」

「誰だよ! 出てなかっただろうが!」

「唯一の目撃者であるアビラマさんは、今でも眠れないそうです」

「なんでそいつだけ名前あんだよ! ただAでいいだろうが!」

 

 絵本をぱたんと閉じたアネットは抗議の視線をグリムジョーに向けた。

 

「いちいちうるさいわね。あなた大雑把な性格なのに細すぎるのよ。洗脳がうまくいかないじゃない」

「隠す気も無くなってるじゃねえかよ」

「いいでしょ、これくらい。もうニルフィは寝ちゃったんだし」

「あ?」

 

 いやに静かだと思えば、ニルフィはすやすやと寝息をたてている。つまらなかったというよりも睡魔に勝てなかったような穏やかな寝顔だ。

 それを見てグリムジョーは自然に声のトーンを落とした。

 

「寝てるじゃねえか」

「見ればわかるでしょ。最近、無理して眠らないようになってきて、それでね。あなたの近くならリラックスできるんじゃないかと思って」

「どういう意味だ」

「知らなくて結構です。これでも妬いてるんだから」

 

 なぜアネットから責めるような眼差しをされるのかわからない。なんだか理不尽だ。抗議する権利ならグリムジョーのほうがあるはずだった。だが抗議しても、アネットは涼やかな顔で流すだろう。

 その場にそっとニルフィを寝かせるとアネットもその隣に寝っ転がる。ニルフィを挟み、川の字で三人は横になっていた。アネットが身を寄せたせいか、寝ぼけたニルフィがグリムジョーの背にコアラのようにひしっとくっついた。

 

「ここで眠んな」

「あらあら、もしかして添い寝がお望みですか? あなた相手なら考えないこともないわよ」

「いらねえよそんなの。てめえらの宮にある大層なトコで寝やがれ」

「たまにはいいでしょ、たまには。……この子はいつも一人で寝てるから。一人で寝かせたくないの」

「…………」

 

 なんとも面倒くさくなったよグリムジョーは思った。

 過保護すぎる保護者になったアネットは昔とは大違いだ。

 グリムジョーとアネットが初めて邂逅したのは、彼女が十刃(エスパーダ)になって間もない頃だった気がする。バラガンが大帝とするなら、かつてのアネットは、まさしく女帝だっただろう。後に従属官(フラシオン)であったラティアのおかげで現在のようになるが、そのときは今とは別人のような性格だった。

 傲岸不遜で他人をゴミとしか見ていない暴君。宮殿において彼女はまさに荒れ狂う台風のようだった。

 そんな危険な女とNo.12(アランカル・ドセ)であったグリムジョーが戦ったことがある。理由は忘れたが、目があったとかそれくらいのくだらないものだろう。

 …………結果は、アネットに炎を使わせることもなく、肉弾戦でグリムジョーが敗北した。フルコンボでフルボッコだった。以前のニルフィが一時的に大人になった時の制裁の比ではないほど、グリムジョーは徹底的に痛めつけられたのだ。

 

『クズはクズらしく底辺を彷徨(さまよ)ってろ。ゴミがアタシを見上げるな』

 

 絶対零度の声音でアネットは吐き捨て、去っていった。

 その時の屈辱を思い出したように話してみると、

 

「え? 言ってましたっけ? ていうか、誰ですかソレ?」

「てめえだよ」

 

 屈辱をバネにグリムジョーはとうとう十刃(エスパーダ)となったが、その時にはもうアネットは丸くなっており、戦いを挑んでも面白半分に流された。そして本気の戦いが実現することもなく、アネットは十刃(エスパーダ)を去った。

 

「でも、もう戦えませんよ、あなたとは」

 

 前よりも戦うことができない理由である二人の間の小さな少女。

 ニルフィの頬に掛かった黒髪を払いつつ、アネットが言った。

 

「あなたもそうでしょう?」

「…………チッ」

 

 グリムジョーは舌打ちをするだけで答えない。しかしそれこそが、否定ではなく肯定であることを如実に表している。

 

「こんな茶番な時間が続くと思ってんのか」

「思う、っていうより、願ってるわ。生きていられるならずっとそうなればいいって、ね」

 

 か細い呟きを聞き、そして今度こそグリムジョーはそれを聞き流し、目を閉じた。それ以上アネットもなにか言うことはない。

 変わったのはグリムジョーも例外ではないかもしれない。

 けれどそれを認めるのはなぜか(しゃく)であり、アネットの生き様を知っていると、背中越しの少女を受け入れるように思えて躊躇う。

 『今』が変わらなければいい。

 そう思うのは、『今』が幸せな者に限り、もしかしたらグリムジョーもそこに入るのかもしれなかった。




ここにある壁を殴り壊してもいいんだぜ?

『壁』

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