記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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アレはアレな風に見えて凄いアレなんですよ

 井上織姫は虚夜宮(ラス・ノーチェス)のどことも知れぬ場所に軟禁させられていた。

 扉ほどの大きさの唯一の窓からは三日月が見える。おそらく、外壁の部屋だろうとだけは察せた。

 部屋は自宅のアパートよりも広いが、これといって部屋割りをされているわけではなく吹き抜けである。家具もカーペットとベッド代わりになりそうな巨大なソファ。そしていくつかのクッション。これだけだ。殺風景すぎていた。

 だが囚われの身としてはかなり優遇されているだろう。拘束をさせられていないだけマシといえた。

 ーーここで大人しくしてろって言われたけど……。

 ーーなんにもすることないなぁ。

 やることがないからこそ、ぼーっと頭を思考の海に沈める。

 グリムジョーの腕を治し、そしてニルフィがその後、ルピと戦ったらしい。結果は知らない。その前にウルキオラにお前には関係ないことだと強引にこの部屋に連れてこられたから。けれどなぜか織姫には、おそらくニルフィは負けてないという確信があった。思いが強かっただけかもしれないが。

 最初の邂逅では、得体の知れない相手という印象が強かった。何を考えて行動するのかが子供のようなのに予想できないのだ。けれど、グリムジョーの腕が治った時に見せた、泣きそうなほど喜んでいた顔は、やはり彼女が子供だったのだと思わせた。

 しかしだ。破面(アランカル)たちの傷を治すことで戦いの渦が大きくなると思うと、傷ついた仲間の顔が脳裏を掠める。

 ーーううん、でも。

 ーー今はどんなことをしても、あたしに利用価値があると思わせなくちゃいけない。

 自分にできることは、自分という存在があることで起こるであろうタイムラグ。そして死神たちの準備が整うまでの時間稼ぎだ。

 そんなとき、扉がゆっくりと開かれる。

 

「やっほー、オリヒメさん」

「ニル、ちゃん?」

 

 ひょっこり顔をのぞかせたのは、器用に頭の上に紙製の箱を乗せたニルフィだった。

 

「お腹空いたでしょ。まだキミのご飯ができるまで時間があるから、差し入れ持ってきたよ」

 

 箱を落とさずにぴょんと部屋の中へと入ってくる。その後ろからワゴンを押してテーブルを背負った長身の男、グリーゼが音もなく続く。

 寡黙な男はせわしなく動き、何をするのかと思えば、せっせと茶会の準備を始めた。グリーゼは仮備えのテーブルを置き、その上にきっちり、二人分の菓子やら紅茶やらを出していくのだ。

 テーブルを整える間、グリーゼには彼なりの並々ならぬこだわりでもあるのか、カップやら皿やらの配置を不機嫌そうに眺め、何度も微妙に直したりした。一ミリのずれも見逃さず、彼の好みに皿やカップを配置していく。

 それでもごく短い時間で支度を終えると、グリーゼは満足そうに大きく頷いた。最後に椅子を引いて少女たちに座るように促す。

 

「す、すみません」

 

 思わず断りを入れながら織姫はそこに座る。ニルフィも礼を言って腰掛けた。

 それぞれのカップに湯気の立つ紅茶が注がれる。

 

「こうしてゆっくり話すのは初めてだね。時間的に今まで無理だったけど」

「そうだね」

「あ、毒とかは入ってないよ。ちゃんとザエルアポロさんが一度も触らないように運んできたから」

 

 ザエルアポロという人物がどういうものなのか知らないが、ニルフィは喜々として皿から一枚のクッキーをつまみ、おいしそうに咀嚼した。釣られるように織姫も一枚を口に運び、空腹も手伝ってとても美味に感じる。ついでに紅茶もおいしい。あの偉丈夫が淹れたものだとは失礼ながらとても思えない。

 一息つき、それを見計らったようにニルフィが口を開く。

 

「私ね、感謝してるんだ。オリヒメさんには、さ」

「感謝?」

「そうだよ。だってキミは、グリムジョーの腕を治してくれた。それが強制であったとか仕方なくとかそういった事情があっただろうけど、治してくれた事実には変わりないんだよ。それを私は感謝してるの」

 

 腕を治したばかりのグリムジョーに抱きついた時の表情は、たしかな本心からだったのだろう。

 

「だから、ありがとうって伝えに来たの。私じゃあグリムジョーを助けてあげられなかった。それどころか、私があの人を……追い詰めてたんだろうね。実感は湧かないけど、なんとなく気付けるようになったかな」

「でも、よかったの?」

「なにが?」

「腕が治れば、あの人はまた戦おうとするんでしょ。それは、ニルちゃんが望んでたことなのかなって」

 

 ニルフィは肩をすくめながら苦笑する。

 

「ホントは優しいけど、グリムジョーから戦いを取り上げちゃったらダメだからね。まあ、……口でどう言っていても、私たちは戦ってしまう種族なんだよ」

「それだけだと単なる危険人物じゃない?」

「……オリヒメさんのシュートさ加減は芸術的だと思うよ」

 

 幼女に呆れられてしまった。

 

「でもそうだね。たしかに戦うだけの生物だよ。グリムジョーに限らず、私も、他のみんなも。でも戦わないとここじゃ生きていけないんだ。人間だって、そうでしょ? 命を掛けないだけで似たようなことを日常茶飯事で繰り広げてるんだって聞いたよ」

「…………」

 

 逃げてばかりでは生きられない。織姫はそれをよくわかっている。だから反論はできなかった。

 

「でもさ、私は人間の世界に憧れてるんだ」

「え?」

 

 織姫は思わず聞き返す。冗談を言っているような雰囲気もなく、ニルフィは子供が空想を語る時のように晴れ晴れとした顔で今まで思い描いていたであろう夢を紡ぐ。

 

「遊園地とか水族館とか楽しい場所がいっぱいあってぇ。学校だとずっと友達と一緒にいれる。休みの日は一日ずっと好きなように過ごせるんだよね。それでなにより……誰かが死ぬことなんて、身近なことじゃない」

「あなたは、平和に憧れてるのかな」

「ん、そうだね。平和……、そう、平和だ。私の大切な人が誰も傷つかない平和な世界に、私は憧れてるの。おかしい?」

「ううん。おかしくなんて、ないよ。あたしもずっと憧れてるし、それにずっと続けばいいやって思ってたから。だからニルちゃんの言ったことは、おかしくなんてないよ」

「そっか。あははは、キミには否定されないって最初からわかってて言ったんだけどね」

 

 でも、とニルフィは金色の双眸で織姫を射抜くように見つめた。

 

「だから私は、私の仲間のために戦うよ。そのためにキミの大切な仲間を手にかけることがあっても躊躇なんてしない。これが言いたかったの」

 

 恩はある。けれどそれをどういった形で返すかは自分の自由にする。

 それがニルフィの答えだ。

 たとえ織姫が反抗しようとしても、その時は容赦なくねじ伏せるだろう。

 うつむいたままカップの紅茶に映る自分の顔を見ていた織姫だが、ニルフィの発言に少しだけひっかかりを覚えた。

 

「仲間、っていうのは。誰のことを指してるの?」

 

 ニルフィたちが戦うのは死神たち。織姫は死神側に属するだろうが、どちらかといえば大切な仲間とは、一護たちを示すものだ。そこをピンポイントで言ったのがなぜか気になる。死神ではなく、一護たちを指したことに。

 紅茶のおかわりをグリーゼに注いでもらったニルフィが言った。

 

「もちろん、クロサキさんたちだよ」

「他の、死神の人たちは?」

「そうだね。キミの能力を危惧してここに来ると思う。だけどそうじゃないんだ。クロサキさんたちはーー虚夜宮(ラス・ノーチェス)にやって来る。キミが仲間だから。それ以外に、あの人たちはなんの理由もないよ」

 

 その時だった。広大な虚夜宮を空間ごと揺らすような大きな振動があったのは。

 予想していたかのようにグリーゼがテーブルを持ち上げ、揺れによって茶がこぼれないようにする。わずかに目を閉じたあと、ボソリと呟いた。

 

「……22号地底路あたりに侵入者がーー三人だ」

 

 三人。その数に、織姫は胸の内がちりついた。

 

「どうして?」

「私もそうするだろうから。こうなるだろうってわかってたさ」

 

 誰にでも向けられたでもない織姫のつぶやきに、ニルフィが微笑みながら答える。

 戦いの狼煙(のろし)はもう上がっているのだ。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 その廊下を横切ろうなどという不届き者はいなかった。至って変哲もない、この宮殿にならばいくらでもあるであろう代わり映えのない廊下だ。あろうことが怖いもの知らずの破面(アランカル)たちはそこを畏怖している。廊下自体にではなく、ある部屋を目指していく十人もの集団がいるから。ただ一歩踏み出すだけで空気の重さが倍加する。

 そして集められた目的は自ずと察せる。さきほどの宮を揺さぶるような空間の割断(かつだん)。それのせいだと。

 靴音を響かせながら、奇しくも到着は同時のようだ。

 彼らは仲良く歩くというより互いを牽制するような雰囲気を撒き散らす。

 誰が最初というわけでもなく言葉が発せられた。

 

「侵入者らしいよ」

「侵入者ァ!?」

 

 部屋へと入る。彼らが進む先には長く硬質なテーブルがあった。この会合の主催する者の座る一辺を除き、背もたれの高い椅子がちょうど十個。

 少女が椅子に飛び乗ると、細長い足をぶらぶらさせる。

 

「22号地底路が崩壊したんだって……聞いたんだけど、さ。アイスリンガーさんとデモウラさんがやれたみたいだね」

 

 豪胆でありながら衰えを感じさせない老体が腰掛けた。

 

「22号ォ!? また随分遠くに侵入したもんじゃな!!」

 

 眼鏡を掛けた美青年が関心を薄そうにして同意した。

 

「全くだね。一気に玉座の間にでも侵入してくれたら面白くなったんだけど」

 

 褐色の肌を持つ美女が静かに椅子へと身体をもたれかからせる。

 

 後付けの仮面の奥から水音を響かせながら長身の破面(アランカル)もそれに続いた。

 

 腰から下げた鎖のようなチェーンを響かせながら眼帯の男が楽しそうに嗤う。

 

「ヒャッハァ! そりゃいい!」

「……ウルセーなあ。こっちは寝みーんだ。()けえ声出すなよ……」

 

 それに気だるげそうにため息を吐く無精ひげを生やした男。

 

 山のような、という表現を形とするかのような大男の椅子が軋む。

 

 不良風の青年が無遠慮に椅子へと身体を落とした。

 

 無表情を変えない青年が音も無く座すと、すぐに目を閉じる。

 

 椅子に座るという一動作のみで個性の別れる彼らは、各々の席で自分たちの主人一人が訪れるのを待つ。

 

 第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スターク

 

 第2十刃(セグンダ・エスパーダ)バラガン・ルイゼンバーン

 

 第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベル

 

 第4十刃(クアトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファー

 

 第5十刃(クイント・エスパーダ)ノイトラ・ジルガ

 

 第6十刃(セスタ・エスパーダ)グリムジョー・ジャガージャック

 

 第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ニルフィネス・リーセグリンガー

 

 第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ザエルアポロ・グランツ

 

 第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)アーロニーロ・アルルエリ

 

 第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴ

 

 彼らは十刃(エスパーダ)と呼ばれる、殺傷能力が飛び抜けて優れているといういかにも物騒な選考基準を満たしたモノたちだ。それはこの宮で一部の例外を除き、戦闘能力が格段に優れているということ。

 最近こそ何人かが揃うことはよくあったが、全員が一堂に会すことはあまりない。しかし、だからどうしたのか。そう言わんばかりの態度で、普段のような軽口を叩く。

 ニルフィの左右にはグリムジョーとザエルアポロ。正面にはスタークがいる。スタークはテーブルに両肘を付いて組んだ手に顎を乗せ、もうすぐ会議が始まるのにうつらうつらと(まぶた)が閉じてしまいそうだ。これが1番の男。選定基準が実力のみで数字が決められるのを表しているようだ。

 しかし唐突に緩んだ空気が消え去る。

 彼らの主人が配下の死神二人を率いて姿を現したからだ。

 

「お早う、十刃(エスパーダ)諸君。敵襲だ」

 

 いつものような達観したかのような平坦な声が危機感を伝えない。

 そして続けられた言葉も防衛の配置やそういったものではなく、

 

()ずは紅茶でも、淹れようか」

 

 なのだから無駄に自信有りすぎだろと誰だってそう思うはずだ。

 だが、たしかにそれだけの自信を保てる力が彼らにはあった。むしろそれだけでも足りないだけの力が。

 床からせり上がった椅子に腰掛けた藍染惣右介の少し背後に、二人の死神が待機する。

 ゴーグルを被った盲目の死神に、ニルフィは子供がしちゃいけないような凄まじい視線を送ったあと、給仕の破面(アランカル)が置いていった湯気の立つカップに目を向ける。

 ーーあれ?

 なぜか紅茶にしては、ドス黒い。そして独特な香ばしい匂い。他の十刃(エスパーダ)たちは全員琥珀色の液体の入ったカップがあるというのに、ニルフィだけ確実に故意のようなものが配られた。

 ニルフィにだけ傍には小瓶に入ったガムシロップとミルクがあるが、ブラックコーヒーが渡された。

 

「全員に、行き渡ったかな?」

 

 藍染がいけしゃあしゃあとのたまう。

 思わず抗議するような目でニルフィが見るが、藍染はかすかに笑みを濃くするだけだ。思えばこの紅茶だけでも不親切ではないだろうか。ヤミーの巨体からはこのカップだと一滴ぐらいにしかならないし、アーロニーロはそもそも仮面のせいで飲めない。彼は衆目で口のある手袋を外すのを嫌がるので(ニルフィにだけはよく見せてくれるが)ちょっとした嫌がらせだろうに。

 鼻を鳴らしてニルフィがカップを手にとった。なにも入れてない、ブラックを。

 子供と思って見くびるなとおもむろに一口飲み込み、

 

「……………………にがぁい」

 

 舌を出しながらうめくハメになってしまった。所詮、お子様である。

 そんな身悶えする少女の前にテーブルを滑ってお菓子の入った小袋が七つ集まった。他の十刃(エスパーダ)たちが見かねて放ってくれたようだ。彼らはこの頃、ニルフィ用に懐によくお菓子の小袋を忍ばせるようになっていた。単なる気まぐれだ。しかし予期せぬほぼ全員が同じ行動をしたことで、袋をニルフィにあげた七人は一斉にその他の相手に視線を鋭くする。

 それを面白くなさそうに眺めるノイトラ。嬉しそうに礼を言うあんな小娘一人に、なにを骨抜きになっているのかと眉をしかめる。くだらない。そう結論付け、自分の他にも唯一お菓子をニルフィにあげなかったヤミーを何気なく見た。

 

「んん? ここで渡すのかよ」

 

 他の十刃(エスパーダ)の行動に釣られるように、ヤミーはどこから取り出したのか何かの長い植物の茎をニルフィのほうまで滑らせる。(かじ)れとでも言うのだろうか。沖縄産さとうきびだった。

 これでヤミーもニルフィに甘いものを与えたことになる。

 全員の視線がただ一人なにも出さなかったノイトラに突き刺さった。

 なぜかわからぬが、空気とはこれほど痛いものなのかとノイトラは思い知らされる。

 

「……ケッ」

 

 ノイトラがニルフィにくれてやれるのは、どうやら悪態だけのようだ。ようやくテスラがしつこく羊羹(ようかん)の小袋を渡そうとしてきた理由がわかった気がした。

 見計らったように藍染が切り出す。

 

「……さて、飲みながら聞いてくれ。(かなめ)、映像を」

「はい」

 

 指示された東仙が壁の取っ手を動かすと、長テーブルの中央の仕掛けからひとつの映像が空中に浮かび上がる。

 

「侵入者は三名」

 

 一人ひとりの顔が鮮明に拡大された。

 

石田雨竜(いしだうりゅう)

 

 優等生然とした眼鏡を掛けた少年。破面(アランカル)の死覇装と違う白いスーツのような服を着込み、肩掛けの布の色も白い。死神でもなく、ましてや一般人ではないのも自明の理だ。

 

茶渡泰虎(さどやすとら)

 

 三人は同い年のはずだが、茶渡はふたまわりも年上に見える。長身の体躯に褐色の肌、長袖の黒いシャツは彼の筋肉によって盛り上がっていた。

 ーーあ、やっぱり腕治ってる。

 予想通りというべきか、ヤミーに破壊された茶渡の腕は織姫に修復されたのだろうとニルフィは当たりをつけた。

 

黒崎一護(くろさきいちご)

 

 最後に拡大されたのはオレンジ色の髪を持つ死神の少年だ。姿だけ見れば以前とはまったく変わりない。

 けれど織姫のいるであろう虚夜宮(ラス・ノーチェス)の壁を見据え、砂を吹き飛ばすかのように砂漠の上を一心不乱に駆けていた。

 

「ーーッ!!」

 

 それに最も大きな反応を見せるグリムジョー。彼らの確執は二度にも及ぶものだとニルフィもわかっているので、彼女は映像の上から侵入者三人の体捌きや重心の位置、そういったものを見て戦闘能力を黙って推し量る。

 

「……こいつが」「敵ナノ?」

「何じゃい。敵襲じゃなどと言うからどんな奴かと思ったら、まだ餓鬼じゃアないか」

「ソソられないなァ、全然」

 

 疑問。落胆。砂粒ほどの関心を消す。もとから無反応。

 各々の反応を示す、けれど危機感を抱くことはなかった十刃(エスパーダ)を藍染がいさめる。

 

「侮りは禁物だよ。彼らはかつて『旅禍(りょか)』と呼ばれ、たった四人で尸魂界(ソウル・ソサエティ)に乗り込み、護廷十三隊に戦いを挑んだ人間たちだ」

「四人? 一人足りないけど、その人は来てないのかな」

「井上織姫だ」

「ああ、なるほど」

 

 ニルフィのふとした疑問にウルキオラが答えた。

 それを聞いたノイトラが画面の人間たちに嘲笑を向ける。

 

「仲間を助けに来たってワケかよ。良いんじゃねえのォ、弱そうだけどな」

「聞こえなかったのか? 藍染様は侮るなと仰ったはずだ」

「別に、そういうイミで言ったんじゃねーよ。3番のくせしてカリカリすんなよ、ビビってんのか?」

「…………」

 

 釘を刺したハリベルにノイトラが噛み付いた。

 そんな会議であっても勝手に発言とかをする十刃(エスパーダ)たちの喧騒を聞きながら、ニルフィは初めて見る石田雨竜のだいたいの戦力も測り終わる。体つきや動きからして中距離から遠距離の攻撃を主体とする異能者。そしてその実力は単体で十刃(エスパーダ)を相手にするには及ばないものだった。

 ガムシロップとミルクをいっぱい入れてかき混ぜたコーヒーを(すす)っていると、隣から一瞬だけ視線を感じた。

 横目で見ると、グリムジョーは難しい顔をしながら画面の三人……ではなく、おそらく一護だけを睨んでいる。

 彼ならば静止を振り切り、すぐにでも会議を抜け出して一護を殺しに行くかと思った。けれどそうはならなくて、椅子から体を起こす予兆も無い。

 

「行かないの?」

「……ああ」

 

 ニルフィの疑問に少女を見ることなくグリムジョーは淡白な答えを返した。

 喧騒を打ち消すように藍染が締めくくろうとする。

 

十刃(エスパーダ)諸君。見ての通り敵は三名だ。侮りは不要だが騒ぎ立てる必要もない。各人、自宮に戻り、平時と同じく行動してくれ」

 

 十刃(エスパーダ)たちを見回し、

 

(おご)らず、(はや)らず、ただ座して敵を待てばいい」

 

 宣言する。

 

(おそ)れるな。たとえ何が起ころうとも私と共に歩む限り、我らの前にーー敵はない」

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 3ケタ(トレス・シフラス)の巣の一角において、ドルドーニが侵入者の一人を蹴り飛ばした。

 侵入者、黒崎一護は防御を弾き飛ばす勢いの蹴りを防げず、破砕音を響かせながら壁に激突する。着地したドルドーニは呆れた表情のまま鼻から息を吐き出し、やれやれと肩をすくめた。

 

「反応は鈍い。防御は脆い。足場の変化にすら対応できん」

 

 そしてポージングを決めながら両の指を壁に埋まったままの一護に突きつける。

 

「やってられんよ! まるで子供の戦いじゃアないかね! えェ!? 以前お嬢さん(ニーニャ)と戦ってからなにも進歩してないのなら、吾輩の期待を返してくれたまえ!」

 

 死神からの反応はない。だがドルドーニは言葉を続ける。まだ息はあるだろうし戦えるだろうから。

 

「ば・ん・か・い。し給えよぼうや(ニーニョ)。悪いことは言わん。今のままのぼうや(ニーニョ)じゃ何をやっても吾輩には勝てんよ。ここのところ多少パワーアップした吾輩なら、なおさらだ」

 

 起き上がりながら一護は言った。

 

「……やだね」

「何故?」

「『十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)』ってのは、要するに十刃(エスパーダ)じゃねえんだろ」

「…………。……そうだが」

 

 眉をひそめながらドルドーニが促した。

 

「こっちは十刃(エスパーダ)全員倒さなきゃいけねーんだ。十刃(エスパーダ)でもねえ連中にイチイチ卍解なんかーー使ってらんねえんだよ!!」

 

 肉薄した一護の斬魄刀とドルドーニの右足がせめぎ合う。鋼皮(イエロ)によって硬化した脚は完全に刃を受け止め、片足立ちでありながら体重の乗った一護の斬撃を完全に受け止めていた。

 その体勢のまま、ふむ、とドルドーニは頷き、

 

「なるほど。ぼうや(ニーニョ)の気持ちは良くわかった。それでは吾輩からも一言言わせてもらう。ーー舐めるな」

 

 ドルドーニが彼の斬魄刀に手を掛けたことで、警戒した一護が背後へ跳躍する。破面(アランカル)は柄を引いて刀の刃をわずかに覗かせた。

 

(まわ)れ『暴風男爵(ヒラルダ)』」

 

 ドルドーニは中心として風が渦巻くと、それはさながら竜巻のように彼を中心として噴き上がる。さきほどまでの戦闘の余波から落ちていた壁の欠片が遥か天井まで舞い上がった。

 

「何をしている。構えたまえ」

 

 風によって体勢の崩れた一護にわざわざ忠告しながら、死神の脇腹めがけて鳥の頭を(かたど)ったモノを蹴りと共に放つ。再び吹き飛ばされた一護を追撃。ドルドーニの脚部を覆う煙突のような装甲から吹き出る嵐が一護を床に叩きつけた。

 

「我輩たちは君たちを侮るなと言われている。それなのに格下であるぼうや(ニーニョ)が出し惜しみをするとは、無謀に過ぎるよ」

「……それでも、倒してやる」

 

 立ち上がる一護へとさらに一撃。

 

「吾輩は少し前に一度、負けているのだよ。吾輩だけではない。この3ケタ(トレス・シフラス)の住人たちの多くは、あるたった一人に敗北した。想像できるかね。いまぼうや(ニーニョ)を苦戦させている吾輩のような者を、一度に多数相手取れる者がいるのを」

 

 話の合間にも蹴りを緩めず、回転する風の鳥が一護を襲い続けた。防御のみとなる一護。守りごと破壊するかのような一際強烈な足技が彼の腹部に突き刺さり、最初と同じように壁にめり込まされた。

 服についた塵を払いながらドルドーニは語る。

 

お嬢さん(ニーニャ)……ニルフィネス嬢だ。だが、彼女はぼうや(ニーニョ)と違ったぞ。ぼうや(ニーニョ)よりも確実に強いだろう彼女は、我輩たち相手に持てる技術すべてを惜しみなく使った。使ってくれたのだ。それだけでどちらが(とうと)いのかわかるだろう」

 

 それだけで元十刃(エスパーダ)たちは救われた。修練とはいえどちらも命懸けだ。もしかしたらニルフィは技術なしでもドルドーニたちを負かすことができたかもしれない。だが、しなかった。

 プライドを踏みにじられた、とはあまり思わず、どこかヤケだった者もまた力を求めるようになった。

 

「力がありながら何故振るわぬ。勝てぬ相手に全力を出さぬなど、ただ無様なだけだ」

 

 (くちばし)が一護を突き上げる。ドルドーニは溜めの構えをした。

 

 双鳥脚(アベ・メジーソス)

 

 無数の蹴りを放ち、そこから生まれた嘴が一護を穿っていく。

 

「さあ! さあさあ!! 卍解したまえぼうや(ニーニョ)! 死んでしまうぞ!?」

 

 語りながらも脚を止めることなく、

 

「吾輩相手に霊力をっ、温存しようなどと! そういう考えがチョコラテのように甘いと……なぜ解らんかね!?」

 

 止めとばかりに蹴り上げ、嘴が腹部に叩き込まれた一護がくの字に体を折り曲げる。それでもなお一護が卍解を使う素振りを見せなかった。

 

「げほっ……げほっ」

「……聞き分けがないな、ぼうや(ニーニョ)。卍解したまえ。吾輩はぼうや(ニーニョ)の全力が見たいのだよ」

 

 そこでようやく一護が斬魄刀を握る右手をあげた。

 しかし口から出たのは改号ではなく、

 

「……月牙(げつが)天衝(てんしょう)!!」

 

 霊圧を斬撃として飛ばす技はドルドーニの矛である嘴を消し飛ばした。

 

「ほう」

 

 その威力に感心するドルドーニは、背後に移動した一護の斬撃を受け止める。

 斬魄刀に一護が霊圧を込める。

 

「月牙ーー」

「舐めるなと、言ったはずだぼうや(ニーニョ)!」

「くそっ」

「聞き分けのない子には、お仕置きだよ」

 

 技を不発にさせた一護へ向けて両手の人差し指、小指を合わせた手を向けた。

 

 虚閃(セロ)

 

 防御もできない一護を飲み込もうとした破壊の光線。しかしこれは意外な乱入者に止められることとなる。ドルドーニが戦闘力はないと判断し、今の今まで放置していた、侵入者とともにやって来た子供の破面(アランカル)

 戦闘者二人が見ている中で、その体をもって虚閃(セロ)を受け止めていたネルと呼ばれている少女。

 彼女はあろうことが虚閃(セロ)を飲み込んだ。

 

「うう……、うう~~~~……ぶぁっ!!」

 

 そして吐き出す。ドルドーニの霊圧の塊をそのまま持ち主に跳ね返したのだ。

 まともに自分の虚閃(セロ)を受けたドルドーニは、額から血を流しながらネルを虚弾(バラ)で弾き飛ばす。今度はネルも飲み込めずにまともに受けて一護の後方に吹っ飛んでいった。

 それに一護が叫ぶ。

 

「ネル!」

「フン、お嬢ちゃん(ベベ)が何者か知らんが、大したものだ。解放状態の吾輩の虚閃(セロ)を弾き返すとは。だが、少々おいたが過ぎるんじゃないかね? ーー失せたまえ!!」

 

 見逃してやっていたが戦いに横槍を入れるのならば殺されても文句は言えない。

 倒れ込んだネルに向けてドルドーニが風の嘴で貫こうと、脚を振った。

 そのドルドーニの行為が、ついに彼の目的を果たすこととなる。

 黒が現れた。ついに卍解を使った一護がネルを抱き抱えながら、嘴ごと遠くのドルドーニの肩を斬る。それでもドルドーニは自分の口に笑みが浮かぶのを自覚した。

 

「……そんなに見たけりゃ見せてやるよ。待たせたなオッサン。こいつが俺の卍解だぜ」

成程(なるほど)。待ち侘びたよ、ぼうや(ニーニョ)

 

 一護が腕の中のネルの小さすぎる体を抱き寄せる。

 

「悪い、ネル。俺がつまんねえ意地張ったせいで、痛い思いさせちまった。十刃(エスパーダ)の連中とやり合うためには、それ以外の奴に卍解するようじゃダメだと、そう、自分で決めて虚圏(ウェコムンド)へ来たんだ。ーーくだらねえ」

「そうかね?」

 

 戦いのために自らを律する。それは強さを求める者には必要なことだ。それ自体はドルドーニにも素晴らしいことだと思っている。最初は否定するような物言いをしたが、半分以上は一護に対する煽りであった。

 

「仲間にケガさせてまで貫くほどじゃねえよ」

「強さが目的ではないということか? 仲間を守ることが目的であり、強さは手段に過ぎぬと? 優しいなぼうや(ニーニョ)。聖女を思わせるよ」

 

 だが、

 

「まだ上があるだろう」

 

 風の嘴を再生させながらドルドーニが言った。

 

「知っているぞ。(ホロウ)化と言う。ぼうや(ニーニョ)たちの現世での戦闘記録はすべてこちらに届いている。ぼうや(ニーニョ)には(ホロウ)に近づいて爆発的に戦力を上げる術があるはずだ」

 

 単鳥嘴脚(エル・ウノ・ピコテアル)

 

 蹴りに繋がる嵐が床を削りながら一護に肉薄する。

 

「それを出し給え!!」

 

 巨大な嘴を黒化した斬魄刀で受け止める一護。返す刀で嘴を切断する。

 

「成程! 大した霊圧だ! だが、言ったはずだ! 吾輩はぼうや(ニーニョ)の全力が見たいと!」

 

 嘴を受け止め続ける一護の周囲に風が撒き散らされた。戦闘によって生まれた砂塵がちょうどいい目くらましとなる。そこに紛れ込んだドルドーニは霊圧を抑えて一護に接近。しかし本人に攻撃をしては咄嗟に防御されるだろう。

 ならば別の弱点。一護の抱える幼子をあえて狙い、手刀を振り下ろした。

 だが一護がそれに気づいて大きく飛び退く。手刀はネルの頬を浅く斬るだけに留まる。

 

「フン。どうした、怒っているのかねぼうや(ニーニョ)

「てめえ……!」

「何を怒ることがある? ぼうや(ニーニョ)の目的が『仲間を守ること』ならば、吾輩の目的は『全力のぼうや(ニーニョ)を倒すこと』。そのために吾輩が狙うのは、ぼうや(ニーニョ)ではなくそのお嬢ちゃん(ベベ)一人。それだけのことだ」

「恥は、無えのかよあんたは!」

 

 そんなのは決まっている。普通はこのようなことはしないし、今でさえ屈辱を押し殺すのに苦労するほどだ。

 だがそんなものは今だからこそ些事に等しい。

 

「あるとも! 吾輩の恥は! ーー本気のぼうや(ニーニョ)と戦えぬことだ!!」

 

 脚鎧の煙突状の部分から生まれる風の柱から、嘴を得た風の塊が無数に飛び出した。これがドルドーニにできる、次はないことを示すものだ。

 普段こそドルドーニは、アレな風に見えて、アレでも十刃(エスパーダ)の在任期間が十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)の中でも最長というアレである(朱色の従属官(フラシオン)談)。そしてそれだけの実力と、意義を貫き通す意志があった。

 全力で戦われない。武人としてはこれ以上ない屈辱。それならば、他の恥など無きに等しいとドルドーニは思っていた。

 

「……わかった」

 

 ネルを下ろして退避させた一護が静かにドルドーニを睨む。

 

「悪いが、見せてやれるのは一瞬だ」

「ほう。ならば吾輩は一瞬とは言わず、さらに長く見せてもらえるようにしようではないか」

「……そうか。それならいい」

 

 一護が刀を持たない左手で顔を覆うようにし、引き裂くように腕を下ろす。

 彼の顔を仮面が包んでいた。

 瞬間、さきほどの比とするのもおこがましいほどの凄まじい霊圧がドルドーニに襲いかかる。禍々しいまでの黒い霊圧だ。押しつぶされるのではないかと錯覚するほどだ。

 それにドルドーニは恐怖を感じるでもなく、ただ歓喜の声を上げる。

 

「……ふ、ふはははははははははははは!! 素晴らしい。素晴らしい霊圧だ! こんな素晴らしい敵と戦えるとは! 感慨無量だよぼうや(ニーニョ)! さあ! 今こそ吾輩の力のすべてを! ()み交わそうではないか、ぼうや(ニーニョ)!!」

 

 風を纏いながらドルドーニが叫んだ時だった。

 黒が迫っている。もはや眼前だ。そこまで反応が追いつかなかった。敗北。その言葉が頭を掠める。時間が、ひどくゆっくりと流れているようだ。防御する術をドルドーニは持たなかった。黒い斬撃が今にもドルドーニを斬ろうと霊圧を荒らし、牙を剥く。

 だが、

 

「ーーッ、オオオオオオオォォォォッ!!」

 

 ドルドーニは動いた。体を強引に意志だけで動かし、全身の筋肉が悲鳴を上げるのさえ無視し、全力でその黒い線をいなす。黒い斬撃はドルドーニの側面をかじるだけで通り過ぎる。背後の壁全面にヒビが入った音が届く。

 避けられるはずのなかったものをドルドーニは躱した。

 これよりも速い者を、ドルドーニは知っていたから。

 

「まだ終わっとらんぞ!!」

 

 一護は避けられるとは思っていなかったようだ。ほんのわずかに、目を見開いているのが仮面の奥であってもわかった。

 もはや狂嵐と化したドルドーニが懐に飛び込む。一護と視線が衝突する。回し蹴り。同時に黒い刃が体に迫る。だがかまわない。迷うことなく脚に力を込め、かつてないほどと称していい威力を乗せ、振るう。衝撃波が巻き起こり、視界を白く塗りつぶした。一護は眼前にいないことだけはわかる。

 どこから来ても迎え撃てる心構えを。そう考えながら、どこから来るか考える。思考は冴え渡っていた。爆発。それが気になる。姿を消すにはいい煙幕だ。だが、霊圧の流れを完全に消すには抑えるだけでは駄目だ。霊圧そのものを消しておかなければならない。それでいてなお、ドルドーニに接近するタイミングを狙える位置とは……?

 上。爆発。利用。飛んだ。

 思考は単語で奔り、そして動いた。

 上。やはりいた。ほぼ自由落下の形。だが、また視線が合う。まさしく(ホロウ)のものである仮面が獰猛に歯をむき出しにしている。霊圧が周囲を圧した。黒が刀にまとわりついた。ドルドーニは右足にすべてを凝縮する。

 決める。ここで決める。一瞬でそう決めた。迷いはない。躊躇もない。体は自然に動き、上空にいる死神に対する構えをさせてくれた。

 

 単鳥嘴脚(エル・ウノ・ピコテアル)

 

 振り上げ。振り下ろし。すべては同時。

 二人を中心として巨大なホールを揺さぶるような爆発が起きた。それだけ、込められた霊圧が膨大だった。

 煙幕の中で、片方が立ち、片方が崩れ落ちる。視界が晴れ、この戦いの結果を端的に示した。

 倒れたのは……ドルドーニだった。

 左の肩口から腹部に掛けて大きな裂傷が生まれている。彼の無念を表すかのように血が弱々しく伝う。

 ーー負けた、のか。吾輩は。

 ーーあと少し、だったのだが……。

 悔恨と相対するような歓喜と満足さが心地よい。

 

「一瞬、ってはならなかったな。けどやっぱ強かったよ、オッサン」

 

 ドルドーニの攻撃はわずかに届かなかった。しかしその余波だけで一護は額から血を流し、爆発によって吹き飛んだ死覇装の一部から傷ついた肌が覗く。

 それでも届かなかったことに変わりない。勝者は死神で、敗者は破面(アランカル)

 たった、それだけ。




ドルドーニさんが頑張りました。尺の都合上、原作からの後付けは短くなってしまいましたが、BLEACH原作では見られなくなった拮抗した戦いをこれからも書いていきたいと思います。

けれど。

ーーオッサンのセリフに必ずルビ振らないといけなくてメンドくさいです!!

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