記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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第7十刃の従属官

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の廊下の壁には『廊下で響転(ソニード)はやめましょう』という張り紙が貼られてある。

 これは昔の虚夜宮(ラス・ノーチェス)のいかれた広さに響転(ソニード)という移動法が重用され、多くの破面(アランカル)が起こした事故が原因だった。ーーとにかくぶつかるのだ。砂漠の上ならともかく廊下となると一定の狭さがあり、曲がり角から出てきた相手とごっつんこというのも珍しくない。

 建築のために駆り出された雑務係ならまだいいが、十刃(エスパーダ)と乙女ゲーのようなシチュエーションで出会ってしまえば、もはやダンプカーに()ねられるよりも死亡率が上がってしまう。

 そんなこともあって一定間隔で藍染直筆の紙があるのだが、

 

「ーー知るかそんなモンッ!!」

 

 ロカをお姫様抱っこしながら廊下を駆けるアネットには関係ないようだ。

 

「アレよ、アタシは現世でいう救急車のサイレンと同じ存在なの! だったら信号無視しようが関係ねー!」

「ああっ、また()かれた人が……!」

 

 縮こまっていたロカは、また一人、接触した瞬間に来た道を(吹き飛ばされながら)逆戻りしていく者を見ていた。

 アネットは暴走車両だ。彼女の姿を見たならば道の端に避ける者もいたが、曲がり角に運悪くいたものは容赦なく弾き飛ばす。しかし一度も止まらないおかげで速い。速すぎる。ロカはさらにアネットの腕の中で身を縮こまらせていた。

 

「そっ、それより本当に良かったんですか?」

「ん? なにがですか」

「グリーゼ様のことです。いえ、お(ちから)に疑いはありませんけど、ザエルアポロ様の相手となるのは……」

 

 今更ながらの後悔でロカが顔を曇らせた。

 アネットはその様子を見て、対照的に気楽に口を開く。

 

「アタシたちのどっちかが行ったところで変わりなかったと思うわよ。それに、素の状態だとアタシよりグリーゼのほうが強い……いやいや、アタシの調子が悪い時だけそうでしょうけど、とにかくどっちもどっちなの」

 

 それがいまだに信じきれていないロカの顔は難しいままだ。

 

「ですが、グリーゼ様は」

「直接攻撃タイプの脳筋、というより武芸一辺倒なヒト。そう言いたいんでしょ?」

「そ、それは……」

「いいんですよ気にしなくて、アイツも自覚してることだしね。主人がいないとなにも出来ない泥人形よ。前の主人(・・・・)に『戦いを楽しんでみろ』って言われたからそういうポーズだけ取ってるっていう、ともかく、ゴツイ人形だって思ってればいいわ」

「人形、ですか」

 

 その言葉にロカは反応しかけるが、アネットがたいして気にしていない様子で言った。

 

「きっと今も、淡々と小手先が通用しない理不尽パワーで暴れてるんじゃないですかね?」

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 塔の乱立している区域では異様な光景が繰り広げられていた。

 こちらも帰刃(レスレクシオン)蟻殻将軍(オルミガ・ヘネラル)』を発動させて全身甲冑の騎士のような姿となったグリーゼを中心とし、ほとんど同じ姿の偽物たちが彼を囲んでいる。それはザエルアポロが対象のクローンを生み出す能力によるものだった。

 この能力によって創り出された偽物の実力は、対象と変わりがないはずであるが。

 ーーやっぱり幾分かグレードダウンしてるね……。

 首から下が触手に覆われ、ドレスを着た様な姿になり、背中には四本の細長い羽根が生えた姿のザエルアポロは包囲の外からそう判断した。

 本物の霊圧が大きすぎた場合は周囲の霊子から供給が足りなくなり、本物よりも性能が劣化する。しかし下手をすればザエルアポロ本人よりも強い存在ができることから、こうなる場合はひどく珍しく、そしてーー面倒なことになる。

 

「やれ」

 

 ザエルアポロが指を鳴らした。 

 すると偽騎士たちが大剣を構え、グリーゼに殺到する。

 

「…………」

 

 グリーゼが青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)を持ち上げた。左からの大剣の腹を長い柄で弾く。そして右の騎士の首を刃で狙い、それが同じように弾かれると見るや、即座に偃月刀の軌道を変えて偽騎士の腰を切断した。その勢いのまま左で振り上げられた大剣を足さばきで避け、カウンターで首を飛ばす。

 しかし二体を倒したところでまだまだ偽物はいた。

 ため息を吐くような仕草をしたグリーゼが偃月刀を回転させる。

 

 虚栄たる武術(トド・デル・アルマ)

 

 そして次の瞬間手にしていたのは二本の長剣であった。

 グリーゼがギリッと全身を引き絞り、攻勢へと入った。

 腕が振るわれるたびに偽物の腕や足が飛び交う。しかし全体数として見ればその数は少ない。それは偽物がかろうじて致死の攻撃を耐えた証拠であり、ほとんどの偽物は一撃で急所を貫かれていた。

 次々と、淡々と、まるで機械のようにグリーゼが偽物を(ほふ)っていく。 

 けしてグリーゼも無傷ではないが、偽物の攻撃では鎧の奥の肉体まで剣が通っていなかった。

 それらの一方的過ぎる戦いをザエルアポロは苛立ちを隠すことなく見ていた。

 ーークソッ、これだから脳筋というのは力尽くで小手先を潰していく!

 『虚栄たる武術(トド・デル・アルマ)』は斬魄刀の形を変化させ、それを十全に扱うことができる能力だ。だがこれ自体は戦いの戦局を左右する力はない。

 すべては、異常な基本ポテンシャルを持つグリーゼの実力だ。

 

「研究対象としては有用だが……。仕留めるにはもう一つあいつの『能力』を使えるようにするか? だがクローンも同じ力を使えたとしても、今度はいつまでも終わらなくなるどころか一瞬で片をつけられる、か」

 

 これは計算外とも言おうか。

 グリーゼは虚夜宮(ラス・ノーチェス)において全力で戦った記録がない。

 予想はできていたが、予想以上に戦えていた。本来ならクローンだけでザエルアポロは勝てたはずだ。

 

「……どうした。お前が物知り顔で完封できるのは、能力頼りの相手だけが」

「笑わせないでくれ。力だけの野蛮人を仕留めることならいくらでも手はある」

 

 数十体もの偽物が転がる空間でただ一人立っているグリーゼを睨む。

 そうしながらも奥にある第7宮(セプティマ・パラシオ)内部の様子をうかがおうとした。そこに地下から送り込んだ他の従属官(フラシオン)たちが侵入している。

 こうしてグリーゼをここに留めておけるのならば、いまの内にニルフィを運び出せるはずだ。

 

「……悪いが、別働隊がいても意味がないと思うぞ」

「なに?」

 

 意図を勘づいているらしいグリーゼの言葉に、ザエルアポロの眉がわずかにしかめられた。

 

 

 

 第7宮(セプティマ・パラシオ)内部ーー寝室付近の廊下。

 改造従属官(フラシオン)にして巨大な体を持つメダゼピが頭から床に倒れ込む。巨体にはいくつもの打撃跡が残っており、興奮した猿のように従属官(フラシオン)たちが大声を出した。

 

「メダゼピ! メダゼピ!」

「メダゼピやられたっ!」

 

 いましがた巨人のような破面(アランカル)を沈めた相手が一歩前に出る。

 それを見て後続の異形たちは後ずさった。

 

「淑女の寝込みを襲うとは十刃(エスパーダ)も落ちたものだ。そのような狼藉は吾輩が許さんよ」

 

 片足立ちのまま蹴りを放った足を引き絞り、治療を終えたドルドーニが彼らの前に立ちふさがった。

 その周囲にはメダゼピのように倒された破面(アランカル)たちが転がっており、さっきまで何人もが飛びかかって同じ数だけ床とキスさせられているようだ。

 いくら改造を受けていても十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)には敵わない。

 しかし、一撃も攻撃を受けていないはずなのに、キリッとしているドルドーニの顔は見事にボッコボコになっていた。

 

「吾輩でさえお嬢さん(ニーニャ)の天使を超えるハズの寝顔を見ることが許されなかったのだ! それをこんな大勢に見せるだと!? そして持ち上げて肌に触れるだと!? ーーそんなこと、吾輩を差し置いて何があろうと絶対に許さんぞ!!」

 

 それは魂からの叫びだった。

 ニルフィの寝顔を見ようと寝室に忍び込んだところを、出かける直前になって気づいて激怒したアネットにリンチされ叩き出された、哀れな男の私情を多分に挟み込んだ絶叫である。

 グリーゼは良かったのになぜ自分はダメなのか?

 それは下心の有無だと気づいていない変態紳士が服の(えり)を正した。

 

「何はともあれ、眠られているお嬢さん(ニーニャ)に吾輩は助けられた。ならば今度は吾輩が助ける番だろう。しかし……」

 

 トンとドルドーニが両足を床に付ける。

 脚全体の筋肉をバネのように縮め、静かな闘志をたぎらせた。

 裂帛(れっぱく)の気合の声と共に、叫ぶ。

 

「ーー淑女を魔の手から救うことに、そもそも理由など要らんのだッ!」

 

 かつて十刃(エスパーダ)であった男が跳躍する。

 猛禽類を思わせるようにして、ドルドーニが異形の群れの中へと飛び込んでいった。

 

 

 

 そして再び塔のある場所に視点が戻る。

 ザエルアポロはグリーゼを模したであろう小さな人形を手に、苦々しい顔つきで手元を見ていた。

 マトリョーシカのように割れた腹の中から、カラフルな粒をいくつか取り出す。

 そして臓器の名前の書かれたそれらを握力で潰そうとする。

 仮に破壊できればグリーゼの同じ部位も潰せるはずなのだが、その粒は金属もかくやというほどに硬くなっており、これらを破壊する力があれば直接グリーゼを攻撃したほうが早い。遠隔破壊できる霊圧をオーバーしている証拠だった。

 

「ーー馬鹿な」

 

 仕留められる予定だった(・・・・・)能力が意味を成さなかったことに、科学者の口から声がこぼれた。

 それを見て不審げに、能力を使われた自覚すらなさそうに、グリーゼがザエルアポロに訊いた。

 

「……それで、十六分の一スケールの俺に何がしたかったんだ?」

「どうして効かないんだ! コレなら、今までのお前の霊圧なら、問題なく発動したはずだ……!」

「……そこまでは俺も保証できない。お前にドヤ顔をさせてやれなくて豆ほどの申し訳なさがあるが、こちらにも退けない理由がある。それに俺は主人を守るためなら手心を加えるつもりもないさ」

 

 斧槍(ハルバード)となった斬魄刀の(きっさき)がザエルアポロに向けられる。

 なかば反射的にザエルアポロが虚閃(セロ)を撃つ。

 それをグリーゼが苦もなく武器で両断した。

 

「……それで、これで終わりか?」

 

 無感動な言葉を聞いたザエルアポロは奥歯を砕けんばかりに噛み締めた。

 怒りと絶望が湧き上がる。

 他にも手は打っているのだ。クローンの返り血には劇薬が含んであったし、周囲には無色無臭の毒霧を展開させてある。しかし効いているようには見えない。地雷も仕込んであったがそれも鎧を破壊するには至らなかった。

 ザエルアポロが魔法使いでもなく生粋の科学者である以上、“投与”しなければなにも起こらない。

 ニルフィは何度も第8宮(オクターバ・パラシオ)を訪れた。その際にグリーゼがいなければ蟲の一匹くらい付けられただろうに、どちらの体内にも事前に手を打っていない。そもそも会ってすらいないアネットにもだ。

 だがそれでも、ザエルアポロはこの準備で対応できると考えていた。

 しかし結果はどうだ。

 ザエルアポロの切り札を小手先にも満たないものとでも言うようにして、グリーゼが仁王立ちしている。

 

「どうしてだ」

「?」

「お前たちはなにが目的なんだ? こんな、デタラメな力があるのに。戦いの前にも言ったが、結末をどうしようが結果を変えるつもりがないんだろう?」

 

 べつに言葉を並べて時間稼ぎをするつもりではない。

 この理不尽を少しでも理解するために、純粋な疑問を提示したに過ぎなかった。

 

「君は今、いったい何のためにニルフィを守ってるんだい? それはこれからーー意味がなくなるはずだ」

 

 その問いにグリーゼが即答した。

 

「……意味ならある」

「それは?」

「答える必要性は無いと判断した」

 

 皮肉そうにザエルアポロが吊り上り気味に笑う。

 

「僕は自分が悪役なんて思ってはいないよ。いくら悪役ぶったところで、他人をクズにしか見ることができない悪人であることは隠せないからね。だってそれは、今更(いまさら)なことだからだ」

 

 それは独り言に近い。

 

「ああ……、そうか。僕は汚れ役を買いたいんだ。いくら恨まれようとも、すべては『それがザエルアポロ・グランツだから』って理由だけで片付けられる。コレは僕なりのニルフィに対する誠意のあらわれだよ。結果や結末なんてともかく、こうすることが“君たち”を壊さないと結論を出したからだ」

 

 歪んではいたが、これが小さな変化を得たザエルアポロなりの好意(・・)だったのかもしれない。

 

「……お前がどう言おうと、ここで見逃せばこれからも邪魔をする不確定要素だと判断した。ーー排除する」

 

 それがこれからどういったことが起こるかを続ける前に、グリーゼが斧槍(ハルバード)を振り上げた。

 

「……残念だが、お前はその答えを見ることは無い。これで終わりだ」

「誰が、誰が終わりなんて決めた?」

「ーー終わらせる者の方だ」

 

 その一撃によって巻き起こった衝撃波が周囲の塔を大きく軋ませた。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 軽いノックの音が誰も通らない廊下に響く。

 しかしそれは語弊があるだろう。歩いていないというだけで、これといって変哲もない壁を前にして二人の女が立っていた。

 

「開かないわよ?」

「ですが破面(アランカル)にしか扉の操作はできないはずです。……もしかしたら、もう先に誰かが中に入って鍵をかけているとしか」

「ふぅん」

 

 ある意味で対照的な二人だった。

 片や扇情的な肢体からドロドロとした肉欲を抱かせる朱色の髪の女。

 片や清楚で健康的な色香のある感情の薄い黒髪の女。

 アネットとロカだ。彼女らは織姫が監禁されているはずの場所まで来ていたが、どういうわけか扉が開かなかった。

 想定していなかったことにロカが戸惑う中、アネットが目を閉じる。探査回路(ペスキス)を使ったのだろうとロカは思った。そしてゆっくりと目を開いたアネットがため息を吐く。

 その行為に隣に立つロカは思わず身を引いた。

 ため息の仕方にもいろいろな種類がある。失敗して絶望したときや、呆れて思わずしてしまうもの。

 そしてアネットがしたのは、苛立ちを隠しもしない不穏な未来を想像させるものだ。同じことをザエルアポロがすると、大抵いつもよりも残虐な罰が与えられる。

 

「ちょっと離れてなさい。加減って苦手なのよ」

 

 言うが早いか、アネットが両手を扉に押し付けた。

 

「……まったく馬鹿で面倒なことしてるなんて、ねぇ。こっちには時間が無いっていうのにさぁ」

 

 飄々(ひょうひょう)とした様子を消して声にさえ苛立ちを隠すことが無い。 

 アネットの両手から侵食していくように壁が灰になっていく。ボロボロ崩れ落ちたものが山のように重なり、どう見ても扉以上の大穴を瞬く間につくった。

 そのままなにも言わずに進んでいってしまうアネットを追ったロカが見たのは、室内で二人の破面(アランカル)から暴行を加えられている織姫の姿だった。暴行をしているのは、たしか自称藍染の側近である、ロリ・アイヴァーンとメノリ・マリアだ。もっとも、主に暴力を振るっていたのはロリのほうらしいが。

 

「…………あ、アネット…………!? なんであんたが!?」

「あ~、そういうのいいんで、とりあえずすぐに織姫って娘をよこしてくれないかしら」

 

 アネットの姿を見た二人が顔を険しくする。

 

「くそ……ッ」

「な、何よ! あんたこそ何しにこんなとこーー」

 

 (わめ)くロリを無視してアネットが拘束されている織姫に近寄り、

 

「早くこの娘をよこしてくれないかしら。ニルフィが瀕死なのよね。だから、早く放してあげなさい」

 

 その言葉に、顔に痛々しい打撲跡を張り付けた織姫がかすかに反応した。

 

「なによッ。あのチビのことなんてどうだっていいでしょ? 負けたならもう藍染様には必要ない駒じゃん!」

 

 変わらぬことを言うアネットにロリが顔をしかめた。

 腕を掴んでいた織姫をメノリに押し付けたロリが、朱色の従属官(フラシオン)に噛み付いた。自分より格上であるはずの十刃(エスパーダ)に対しても高圧的な態度が目立つロリのことだ。こういった怖いもの知らずの態度も頷ける。

 そして、多くの破面(アランカル)と違いロリはニルフィのことを(こころよ)く思っていないのをロカは知っていた。

 ニルフィは鬼道の手ほどきを藍染直々に教えてもらっている。そしていつも気軽な態度で接せることから、嫉妬深いロリから顰蹙(ひんしゅく)を買っていた。そして織姫の受け渡しを拒否するのも嫌がらせをかねてだろう。

 

「……これ以上グダグダ言うつもりは無いわよ。さっさとその人間をーーよこせ」

「ッ! 勝手なこと言わないでくれない!? それにーー」

 

 言い募ろうとしたロリが口をつぐんだ。

 アネットがまたため息をついていた。頭を掻き、心底面倒臭そうに思っていながら、内心のくすぶりだけで爆弾を思わせた。

 

「アタシはさ、『よこせ』って言ったんだけど」

 

 かつて十刃(エスパーダ)であった頃のアネットは、ヤミー以上に理不尽な暴力の権化であったらしい。

 

「あ~、ったく、もうメンドーすぎ。『貸してください』とか、『よこしなさい』じゃなくって、アタシが『よこせ』って言ったの。ならピーピーさえずってないでさっさとこっちに渡しなさいよ。カスのくせにさぁ、態度が生意気なんだけど」

「なッ」

 

 ロリがなにか言う前に、アネットはその場から姿を消していた。

 響転(ソニード)だ。

 そう誰もが認識できた瞬間、ただメノリだけは違っただろう。彼女のすぐ目の前にアネットがいた。そしてアネットが無造作に手を横薙ぎにする。そうするだけで途中にあったメノリの首が鋼皮(イエロ)もろとも灰と化し、頭部のパーツだけが宙を舞った。

 首のなくなった体から織姫を引き剥がしたアネットがさっさと大穴のほうへと歩いていく。首にも死体にも一度も目を向けることはなかった。

 

「なっ、メ、メノリ! あんた……ッ!」

「ああ、そういえば織姫って名前だっけ。自分に能力って使えるかしら。顔治させる時間くらいはあげるから、さっさと治しなさい。それで」

「待て! 待てってば!!」

「……なに?」

 

 うるさそうにアネットが振り返る。

 やはりメノリの死体に目を向けることもなく、ルビーのような双眸にはロリの存在が空気と変わりない価値しかないように写っていた。空気がうるさい音を出している。その程度の認識で、アネットがロリを見ていた。

 

「よくも……メノリをッ」

「メノ……? ああ、ソレのことね。で?」

 

 その時にはもうアネットは興味を失くしたとばかりに、ふらつく織姫の背を押して外に出ようとしている。

 屈辱と怒りがロリを支配したように見えた。いや、まさしくそうだ。ロリはさっきまでの残忍な表情を失くしてわめきたてる。

 

「こんなことして、藍染様が黙っちゃいないわよ……!」

 

 それでもアネットの関心を取り戻すことも出来ず、怒りに打ち震えていたロリが斬魄刀を引き抜いた。

 

(どく)せ『百刺毒娼(エスコロペンドラ)』」

 

 斬魄刀解放をしたことでようやくアネットがロリを見やる。

 その顔はどこまでも苛立たしげで、放っておいた羽虫が雑音を響かせる害虫だったと解ったような表情をしていた。

 

「アネット様……」

「ロカはその娘を連れて下がってて。……いるのよね、自分のカスみたいな実力を理解できないダニって。相手の強さを理解して向かってきた昔のグリムジョーのほうが何倍もマシ」

 

 解放したロリは、胴体や頭にムカデの脚のような装甲が形成され、両腕が無数の刃を持つ巨大なムカデの胴体の様な形状に変わっていた。刃の部分が床を剃ると、その部分が毒によって溶けている。

 

「殺してやるッ!!」

 

 絶叫したロリがリーチの伸びた両腕を交差するように振り抜くと、アネットの背後にある大穴の両脇を毒のついた腕が叩きつけられる。

 間にあったアネットなど体を横三つに分けられているはずだが、

 

「…………え?」

 

 呆気ない声を出したのはロリのほうだった。

 アネットはやはりその場で不動のまま。だというのに、死覇装にはどこも溶けた様子もない。

 

「あ、ぁ、あ…………ッ!」

 

 逆にロリのムカデのような腕は半ばから無くなっていた。アネットの体に触れた場所から灰にされ、壁にぶち当たったのはそのさらに外側の部分だ。

 そこでようやく、ロリは恐怖を覚えたように後ずさる。

 

 炎翼舞(ラ・プルーマ)

 

 獄炎を高級なコートのように纏ったアネットが一歩一歩ロリへと近寄る。そのたびに靴の周囲の床がドーナツ状に崩れていき、室内を灰が雪のように舞う。

 

「アンタみたいなゴミは十刃(エスパーダ)になった瞬間からいくらでも見てきたわ。でもゴミってのはどんな時でも出てくるものね。そういう時はぜんぶ同じように処分してきた」

 

 攻撃されたというのに、アネットはやはり変わらずロリを命あるものとして見ることはなかった。

 右手の指をトンとロリの首に当てる。

 

「ゴミはゴミ箱に。いい言葉ね。でもアタシにとっては無駄な言葉。ーーどうせゴミなんて焼却処分するんだし」

 

 突然、ロリの体が燃え上がった。悲鳴一つあげることも許さずにゴミを燃やすよう無慈悲にも一瞬で灰にした。

 この部屋にロリ・アイヴァーンという破面(アランカル)がいた証拠を示すものは、積もった灰色の小山だけだ。

 ついでの用事を思い出したように、アネットが右手をさっとメノリの死体に向けた。 

 ゴミがあったから燃やす。それくらいの認識の自然な動作だった。

 

「……なんのつもり?」

 

 しかしそれを止めたのは意外にも織姫だった。

 無言のままアネットの右腕を抑え、炎が出されないことを確認してから死体の前にしゃがみこむ。そして回復の為の結界を張ると、頭と胴体が自然にくっつき、さらに無くなった首までも生み出された。

 ロカが目を見張る。それはたしかに、死を遠ざけたことからニルフィを全治させることも可能なように思えた。

 そのままロリだったものの場所まで駆けようとした織姫の首をアネットが掴む。

 

「べつにいいでしょ? コレとかはあなたを殴った相手なんだけど。なら死んだことに清々すればいい」

「…………ッ!」

「こっちには一秒でも早く治してもらいたい娘がいるの。理解できた?」

 

 首が離されると、しばらくむせていた織姫は、やはり変わらずにロリを復活させた。

 強引な手段を織姫にするつもりがないアネットが肩をすくめる。そして黙って事態を静観することしかできなかったロカに訊いた。

 

「理解できる? あの娘の考えていること」

「……私には、あまり」

「おかしいことじゃないわよ」

 

 アネットは大穴をくぐり抜けて背後に声を投げかける。

 

「さっさと来ないとアンタの仲間も同じようにするわよ。砂漠の風で灰が散ったら、アンタは無から仲間を創れるワケ?」

 

 それが冗談でもなくアネットにして最大の譲歩だということが、感情に疎いロカにも解った。




姉ットさんの過去編を書いてたらもう七話くらいに膨れ上がった件。

オリジナル十刃(変態ども)が生まれるなどしてもう収拾がつかないよラスカル。
というか姉ットさんに負けず劣らずなキャラの濃さで切り捨てがたい。

これを削って一話にまとめるのか……。気が狂いそうだぜ!

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