ラテン系ダンサーのような男性で、額に仮面の名残があり、着ている装束の腕部にはエルビス・プレスリーやボン・ジョヴィのステージ衣装の如きネイティブ・アメリカン・ファッション風のフリンジがある。
彼はドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオと名乗った。ニルフィはその長い名前のせいで、ドン・パニーニ・アレキサンダー・デブ・スコッチという、食べ物と別人の融合した驚異の名前として覚えてしまう。
そんなことを知らずにドルドーニは快くニルフィをエスコートし、外への出口へと案内していた。
ニルフィは涙をぬぐってつっかえながら、自分の成り行きをドルドーニに話す。
「ふむ、それでこの場所に。藍染殿も人が悪い」
「それは、大丈夫。私もよく知らずに入っただけ、だからさ。でも、いきなり色んな人に襲われて、逃げてたら、グリーゼさんがいたの」
「ほお、我が
「そ、その人が......えぐっ......大きなモノを振り回しながら、迫ってきて......強引に、(戦いを)シてきてっ」
「大きなモノを振り回しながら強引に!?」
「何度も、止めてって言ったのに、聞いてくれなくて......。でも、あの人だけ楽しんで、私は痛いのが嫌い、なのにっ。最後なんて、思いっきり突いてきて、ドパーッて、(
「何度も突いたり出したり......だとぅ!?」
ニルフィは俯きがちに歩いているため、とんでもない衝撃を受けて固まるドルドーニに気づいていない。何か致命的な会話の
「それで、怖くて逃げてたら迷ってたの。オジさんに会ってなかったらって思うと......」
ほっとしたようにニルフィが顔を上げ、ドルドーニに笑いかける。
ドルドーニからしてみれば、そのなんのことはない笑顔でさえも、無理をして弱弱しく作っているように見えた。......あくまで彼の主観だが。
「
「平気だよ。命があるのなら儲けものだしね。でも、助けてくれたのがオジさんでよかった! キミみたいな紳士さんじゃなかったら、私、また襲われてたかもしれないし」
「くぅ! その無垢なる微笑みを見ていると、なぜか目頭が熱い......!」
うんうんと頷くドルドーニに、そういえばとニルフィが訊いた。
「気を悪くしたら謝るけど、オジさんは
「む、そうだが、それがどうかしたのかね」
「強さって、なんだと思う?」
ふむ、と顎に右手を添えたドルドーニは、期待の込められた金色の瞳から視線を一度はずす。
「これは難しい質問だ」
「えっと、いきなりでごめんね。答えなんて決まってない問いなんだって分かってるんだけど」
「それは様々な答えがあるからこそではないかね。吾輩としても嫌いじゃない。......では、吾輩が答えを言う前に、少し身の上話から始めよう」
ニルフィは緩やかな下り坂になった通路を歩きながら耳を傾けた。
「ーー吾輩は、今でさえ
その告白に、ニルフィは僅かに目を見開く。
「失礼なこと言うけど、それってさ、藍染様は......」
「そう、藍染殿はきっとその
ドルドーニは廊下の奥の暗闇を見つめ、過去の記憶を辿っていった。
「解っていたことだ。崩玉が手に入れば、それ以前の
背の低いニルフィは、ドルドーニの拳が音を立てそうなほどに強く握られているのを、横目で見ている。けれどわざわざ口に出したりなどしない。ドルドーニこそ、それが一番よく理解しているだろうから。
「だが、一度高みに立った者は、その眺めを忘れられぬものなのだよ。あの場所はたまらなく心地よかった。形はなくとも、甘美なる蜜を舐めるような、そんな場所だ」
パチクリと目を瞬かせる少女に、ドルドーニが微かに笑う。
「
「う~ん、ちょっとだけ」
「では、ここで吾輩の答えだ。力とは、象徴ではないかと思っている。もしかしたら他にもっと当てはまる言葉があっただろう。だが、ここでは象徴と表そうではないか」
「象徴?」
「そうだ。吾輩の力は衰えた。それゆえにここにいる。しかし、それを大切にすることに意味があるのではないかね? そのために、敵を斬ることを迷わず、止めを刺すことに躊躇ってはいけない。チョコラテのような甘さなど、どこかに置いていったほうがいいのだ」
所々で大袈裟なジェスチャーを挟みながら、ドルドーニが締めくくる。軽い態度ではあるが、彼はニルフィがこの
味わった苦渋や、舐めさせられた辛酸はニルフィには想像できない。
とても重い言葉だった。
歩くうちに出口がニルフィの目に映る。真っ直ぐな道なのですぐに出られそうだが、二人の脚は自然とゆっくりになっていた。短い交流でもお互いに別れを惜しんでいるのかもしれない。
「吾輩の答えは、役に立ったかね?」
「うん、ありがとう。オジさんの言葉、身に刻んでおくよ」
広がるように流れる黒髪を揺らしながらニルフィが頭を下げる。
「
「......見つけられるかな?」
「勿論だとも! 吾輩の剣に懸けて、誓おうではないか!」
「優しいね、オジさんは」
「なんてことはない。吾輩は本心しか口にしないのだよ」
辿り着いた出口の前でニルフィは一度立ち止まり、そして軽い足取りで境目を潜り抜けた。
「オジさんは来ないの?」
「ああ、少し用事ができてしまってね」
「そっか、じゃあね、オジさん。きっとまた会うと思うけど!」
「吾輩もそんな気がするよ、帰りも気を付けたまえ、
気障ったらしく大仰な仕草で一礼するドルドーニ。彼を面白そうに見つめたニルフィは、手を振って去って行った。
......しばらくそのままの体勢でいたドルドーニは、ポツリと呟く。
「......行ったか」
特徴的な霊圧も
それを確認したドルドーニは、片膝を付き、胸を押さえる。スポットライトでも浴びれば最高だろう。
「--くおぉおおぉぉぉ! なんと健気なのだ、あの
バッと手を差し延ばすも、そこにはもちろん誰もいない。一人劇場を続けるようにドルドーニは、さらに熱く、さらに激しくポージングを迸らせる。
力の質問をしたのも、哀しき復讐のためなのだろう。彼の勘違いで、頭の中のニルフィは更に美化されるようだ。どの方向での勘違いかは、ドルドーニの名誉のために言及しないでおこう。
「
当初の予定を思い出したドルドーニは、憤怒に顔を染めると、その場から
行き先は決まっている。かつて良い盟友であったはずの男へと制裁をするのだ。残念である。あの寡黙な男の趣味がアレであり、ムッツリな野郎だったと思うのは。
--ふむ、それにしても、不思議な少女だった。
連続で
思い浮かべれば、黒髪の少女の容姿はありありと描けた。
何よりも特徴的だったのは、その霊圧だろう。それは本来、所有者の力量を表すものながら、ニルフィの持つ霊圧は言ってはなんだが不自然すぎる。絶えず質や形を変化させて、相手に力量を読み取らせないのだ。それだけ操作に優れているということだろうか。
ニルフィが
「力を知りたい、か」
そんな彼女の知りたがっていたことを思い出し、ドルドーニは口の端を吊り上げる。
「む、いたな、匹夫めが!」
大量の太い柱のある部屋でグリーゼを発見したドルドーニは、その背中に問答無用で仮面のライダーばりの蹴りを右足で放つ。
しかし直前で気付かれ、グリーゼは大剣の腹でそれを受け止めた。
「......ドルドーニか。何の用だ?」
「何の用、だと? 貴様がそれを言うか!」
空中で受け止められたドルドーニは、回転しながら左足を振り下ろす。それに反応したグリーゼが大剣で迎え撃った。
互いに弾かれるように飛びのき、各々が柱を足場として着地する。
「......だから、何の用だ? お前らしくもない」
「ええい、しらばっくれる気か!
少なくない
「じ、か、く、あるのかね!? 貴様にはがっかりだ! まさか盟友と信じて疑わなかった存在が、ただのムッツリー二だったとはね!」
「......待て、なぜそうなる」
「己を満たすためだけに、儚き蕾の中を蹂躙しつくすとは、同じ
「......蕾? 本当になんのことだ」
グリーゼの状況は自業自得なのか、とばっちりなのか判断に困るところだ。
あらゆる方向から襲い掛かってくる豪脚を、弾き、いなし、防ぐ。ドルドーニの攻撃は苛烈を極めていく。
「ニルフィネス嬢のことだ! 忘れたとは言わさんよ!」
「......ああ、あの少女のことか。なかなか良かったぞ。逃がしてしまったが、もう少し時間を掛ければ、更に楽しめただろうに」
「--どうやら、貴様への
目を細めたドルドーニが離脱し、少し離れた場所に突き立った柱に降り立つ。
左手を斬魄刀の柄に添え、わずかに刀身を覗かせた。
「
風が空気を切り裂きながら渦巻き、破裂するように消え去る。
ドルドーニには、脚部に竜巻を模った鎧と、肩の部分に猛獣の角のような鎧が形成された。
「ゆくぞ、
ドルドーニの脚部の鎧の足首部分から伸びた煙突状の突起から、先端部が蛇のような形をした竜巻が生み出され、グリーゼへと鎌首をもたげる。
「......む、なにがなんだか分からんが、戦うのなら尚善し。踏み躙れ『
装甲を纏ったグリーゼに向けて、蹴撃と合わせて撃ちだされた竜巻が牙を剥く。
それがこの戦いの
本日の
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そんなことが起こっているとは露知らず、ニルフィはふらりふらりと階段を上っていく。
「......迷った」
彼女の頬を、一筋の汗が伝った。
「あれ? ホントになんで? ウルキオラさんのトコに行こうとしたのに、まったく見覚えのない場所に来ちゃったよ」
とりあえずこの長い長い階段を昇れば、高い所から見晴らし良く探せるだろう。そう当たりを付けて、ニルフィは足を動かし続けた。
「よしっ、とうちゃーく!」
飛び出たのは予想通り高い所だ。しかし出口から繋がるように、橋のような通路が一際高い建物へと続いている。その屋根はさらに高い所にまで伸びているようで、そこまで登ればさすがにウルキオラの場所も分かるだろう。そう思い、上空を見上げながらニルフィは通路を歩き始めた。
「--僕ラニ何カ用カイ?」
「もしかしてキミは、
背後に突如として現れた人物に驚くことなく、ニルフィは振り返って尋ねる。
八つの小さな穴が開いた縦長の仮面を着けており、ヒラヒラした貴族のような服を着ていた。
「オレに何か用かと訊いたんだが」
「訊コエナカッタカナ?」
「ああ、ごめん。私はニルフィネス・リーセグリンガー。どうかニルフィって呼んでね。それとキミに用って話だけど、そうじゃないの。ウルキオラさんの場所に行きたいんだけど迷っちゃって、この宮の屋根から見下ろして探そうと思ってさ」
「なるほど。あのガキの場所か。ここからだとかなり遠いぞ」
「え、そうなの!?
「ソコマデ行ッタノカ。......マア、イイカ」
「オレの宮に古いが地図があったはずだ。それをやるから持っていけばいい。ついて来い」
仮面男は
明かりはなく、とても暗い場所だ。
どこでも光のあった
「ドウダイ? オカシク思ウダロウ?」
「オレはどうも陽の光ってのが苦手でな。陽が届かないように、この宮は閉鎖しているんだ。悪いな」
「大丈夫だよ、私は夜目が効くし」
「ソウ、ナラ良カッタ」
「ああ、そうだ、まだ名乗ってなかったな」
「仮面ヲ取ッテ、挨拶スルヨ」
部屋の中央に立った男はニルフィに見えるように仮面をはずす。
その姿を見て、ニルフィは絶句した。
しかし、彼はどうか。
首から上が薄紅色の液体で満たされた透明なカプセル状でその中に虚を思わせるボール大の頭が2つ浮いており、上側の顔は右目付近、下側の顔は左頬の近くに『9』の刻印がある。
「僕ラガ、
「アーロニーロ・アルルエリだ」
声が交互に聞こえるのは、声の主が二人いたからだった。
「やっぱ驚いてやがるな」
「えっと、ごめんね」
「顔ノ事ナラ、黙ッテナヨ。僕ラコノ顔ノ感想ナラ」
「疾うの昔に聞き飽きてる」
「でもすごいカッコイイよね、その姿」
「ハアッ!?」
ニルフィの感想に二つのうち一つの球体が驚愕の声を上げる。声を出さないだけで、もう一つの球体も驚いているだろう。ニルフィが言ったような感想は初めてだ。
「俺は
「--なんで? 私はカッコいいと思うよ。特にそのカプセルの形とか、キミたちの顔とか」
「馬鹿ニシテルノカイ?」
「どうして本人を前にして、それも
興味深々といった様子で近づきながらまじまじとニルフィはアーロニーロを見つめる。それにたじろぐようにアーロニーロはわずかに身をのけぞらせた。
「なんだ、お前は」
「ニルフィだけど」
「......怖ガラナイノカ? 忌避シナイノカ?」
「全然」
即答したニルフィにアーロニーロはため息をつくように肩を落とすと、右手で左手にはめられた手袋を取り外す。
その下の左手は絡み合いながら手の形を形成した無数の触手であり、肉食植物のような口も蠢いている。
「これが、オレの能力の
「なーに?」
「ドウシテ勝手ニ僕ノ手を触ッテイル」
「結構弾力あるね。意外と滑り気はないんだ」
「............」
アーロニーロが手の口でニルフィの細腕を噛みつく仕草をすると、彼女は楽しそうに腕を引く。
それがアーロニーロには不可解だった。
「なぜだ?」
「そうだね、それってキミの能力なんでしょ。なんていうか、私には興味しかないんだ。それがキミの個性なんだって思ってるんだけど......それに、キミには敵意なんかが感じられないから。それだけの説明じゃ、ダメ?」
左手に手袋を戻したアーロニーロは無言のまま壁際に移動し、そこに収容された紙を取り出す。
巻かれた分厚いそれをニルフィに投げ渡すと、追い払うように手を振った。
「ありがとう、アーロニーロさん。でも私たちって初対面だよね? なんでここまで良くしてくれるの?」
「藍染サマカラハ君ニヨクシテオケッテ言ッテタカラ」
「あの人が?」
「珍しい奴だと言ってたが、まさにその通りだったな」
「えへへへ、ありがとう」
皮肉だとは思わずに照れくさそうにニルフィは頭を掻く。首をひねるようにしたあと、アーロニーロが言った。
「さっさと行け。この宮にいても面白いことはなにもないぞ」
「あ、それでさ、一つだけ質問したいの。答えを聞かせてくれたらすぐに出ていくから」
「......何カナ」
「キミにとって、力ってどういう物なの?」
カプセルの中の二つの球体が互いに目を合わせる。
「どういうことだ」
「つまり、キミは
「知ッテドウスル」
「私の正体を見つける手掛かりにする。それだけ」
アーロニーロはしばらくじっとしていたが、刀を抜き放つと言葉を紡ぐ。
「喰い尽くせ『
メキリ、と音がして、ズルリ、と這うものがある。
質量を爆発的に増大させたアーロニーロは、その姿をニルフィに見せた。下半身が巨大な蛸のような姿に変わり、
「これは、今までオレが喰らった33650体にも及ぶ
誇るかのように、アーロニーロは両腕を広げた。
「僕ニトッテ、
「途中で果てることもなく、この力が強化されていく分だけ、オレがいたという証拠なんだ」
「コノ大軍勢ヲ見テホシイ。ココマデニナルノニ、ドレホドノ時間ヲ要シタカ解ルカ?」
「確かにこれはオレが研鑽した結果の技術でもなければ、努力などいった報酬じゃあないぜ。けどな、力を奪おうと、喰らおうと、オレがそこにいた。それだけは揺るぎない事実だ!」
吼える。アーロニーロの誇りが込められた叫びだ。
見上げていたニルフィは、その姿を見て、笑う。とても嬉しそうであり、待ち望んでいたようでもあった。
「そう......それがキミの答えなんだ」
元の姿に戻ったアーロニーロは深く頷く。
「うん、ありがとう。参考になったよ」
「ソレハ良カッタ」
「また遊びに来るね」
「もう来んじゃねえよ、貧乳のクソガキ」
「あ、ひどい! ていうか、仕方ないじゃん、こんなに子供っぽい姿なんだから! それに少しはあるよ!」
「エ? ドコ? ......アー」
「無きにしも非ず、か」
「覚えててよアーロニーロさん! 絶対にここに戻ってきたときは、ナイスなバディになってくるんだからさ!」
「......さっさと行け」
ニルフィが
「なんだったんだか、アイツは」
不可思議な少女のことを考え、アーロニーロはやれやれと首を振った。
特に悪い気がしていなかったのが腑に落ちないだけだが。