記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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十番の主従

 砂漠の岩陰に寝かせた一護を包む結界を散らし、織姫は汗の浮いた額を拭う。

 

「やっと……治せた」

 

 一護の致命傷を完全に癒すことができ、あと少しすれば彼も目覚めることだろう。

 

 それを見計らったかのように少女の肩に手が置かれた。

 振り返ると、気だるげな雰囲気の男が織姫を見下ろしている。

 

「悪いね。ホントはこういう面倒なの、好きじゃねえんだけど。……あんたにゃニルフィを治してもらった礼もあるし、そこの少年を治すまで待ってたが、もういいだろ」

 

 異変を察したのだろうか。

 しばらく目を覚ますことはないと思っていた一護が飛び起きざまに斬魄刀を握り、突然現れた破面(アランカル)へと振りかぶる。

 

「待ーーッ」

「借りてくぜ」

 

 一護との視線が一瞬だけ交わるのを最後に、織姫の視界が唐突に切り替わる。

 

「おかえり、織姫」

 

 暗い空間に階段がひとつ。織姫は下に、死神を裏切った死神が上に。

 こういったことは慣れたつもりであったが、頭が追いつかずに織姫は階上の藍染を見上げることしかできない。

 

「どうした、随分と辛そうな顔をしているね。ーー笑いなさい」

 

 いつのまにか目の前にいた藍染が織姫の顎を持ち上げる。

 

「太陽が陰ると皆が悲しむだろう。君は笑って、少しの間ここで待っているだけでいい。ただ、ーー我々が空座町(からくらちょう)()して来るまで」

 

 言葉は理解できた。

 しかし虚圏(ウェコムンド)側が侵攻を開始するのはもう少し後になるはずだ。

 その予定が崩れ、今すぐにでも彼らが矛を手に取るならば。

 

「君の最後の仕事だ。私の腕を、もとの状態に戻すんだ」

 

 そこで織姫は藍染の両腕の様子に気づく。

 右腕はともかく、左腕には五つの穴が空いており、紫色に変色している。

 

「…………」

「どうした?」

 

 静かで、されど厳かな口調で藍染が促す。

 ここで織姫は自分の能力を使うべきではないかと思った。すなわち、藍染が持っているであろう崩玉を無に帰すために、事象を拒絶する能力を使用するのだと。

 

「忘れてはいけないのが、君は一人ではないということだ」

「……ッ!」

 

 脳裏に浮かんだのは命を散らされた一護の姿。そして次々と消えていく仲間たちの気配。

 それらが藍染の采配一つで現実になるのだと理解できてしまった。

 織姫は能力を使う。藍染の腕を治療するために。彼の左腕に違和感を覚えつつも、傷を癒して消した。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

「う、うわ、うわあああああああああ!?」

 

 情けない悲鳴を上げながら砂漠を駆けるのは、四番隊の第八席、山田花太郎。

 到着と同時に姿を消した白哉を追いきれずに見失い、戦う術がない彼は、自分を追ってくる人型ですらない下級の破面(アランカル)に尻をつつかれて逃げ惑っていた。

 そんな死が形となったような恐怖の対象が自分の頭を喰いちぎろうと大口を開け、そのまま停止したところで悲鳴を上げたのだ。

 

「大丈夫ですか?」

「う、卯ノ花隊長! ありがとうございます!」

 

 四番隊隊長にして花太郎の上司である卯ノ花烈(うのはなれつ)が彼を助け起こした。そして破面(アランカル)を見てみれば、縛道の鎖で雁字搦めにされていたようだ。

 

「私はてっきり、朽木隊長と同行していたと思いましたが」

「いや、その、はぐれてしまいまして……。僕は瞬歩が使えないんで慌てて追いかけたんですけど、突然霧が立ち込めて方向もわからなくなって……。それで、それで、朽木隊長がこの周辺で消息を絶った情報だけを頼りに、逃げながら探してたん、でゅえすっ!」

 

 ちょっと回道に優れてるだけのただの平隊員である花太郎にとって、この虚夜宮(ラス・ノーチェス)の侵入はハードすぎた。

 ダムが決壊したように目から溢れる涙を卯ノ花に同行していた副隊長の虎徹勇音(こてついさね)がハンカチで拭い、花太郎に目線を合わせて尋ねた。

 

「それじゃあ、あと探してない場所を見てまわれば……」

「で、でも、朽木隊長が倒されるなんて思ってなくて」

 

 このまま探す時間があるのか。

 そう続けようとした花太郎の頭に、突然声が響く。幻聴でもないのは上司である二人も同じように気づいた様子を見せたことで明白だ。

 

「……天挺空羅(てんていくうら)です」

 

 勇音の言葉に、卯の花が静かに頷く。

 天挺空羅(てんていくうら)は死神の鬼道であり、霊圧を通じて情報を伝えるというものだ。

 

『聞こえるかい? 侵入者諸君。これより我々は、現世へと侵攻を開始する』

「ええ!?」

 

 思わず花太郎が声を上げた。

 たしか情報では、井上織姫の能力で崩玉を覚醒させるまで侵攻はないと聞いていた。

 

『井上織姫は第五の塔に置いておく。助けたければ奪い返しに来るがいい。彼女は最早、用済みだ』

 

 藍染の声だけが淡々と続く。

 

『彼女の能力は素晴らしい。“事象の拒絶”は人間に許された能力の領域を遥かに凌駕するチカラだ。尸魂界(ソウル・ソサエティ)上層部はその能力の重要性を理解していた。だからこそ、彼女の拉致は尸魂界(ソウル・ソサエティ)に危機感を抱かせ、現世ではなく尸魂界(ソウル・ソサエティ)の守りを堅めさせる手段たり得た』

 

 そして藍染は織姫が、死神代行の黒崎一護を含む旅禍を虚圏(ウェコムンド)におびき寄せる餌となり、更にはそれに加勢した四人もの隊長を虚圏(ウェコムンド)に幽閉することにも成功したと語る。

 最後の意味がわからなかった花太郎だが、空間を探査した勇音の言葉に嫌でも理解しなければならない。

 

「ーー! 我々の通って来た四本の黒腔(ガルガンダ)が、すべて、閉鎖されました!」

「こ、こっちからは開けないんですか!?」

「不可能です」

 

 花太郎の言葉に卯ノ花が答える。

 

「現在、黒腔(ガルガンダ)の構造を解析できたのは浦原喜助ただ一人。こちらから彼に通信する手段がないかぎり、再び開くことはできないでしょう」

「その、通信手段というのは……?」

「ありません」

 

 信頼できる隊長だからこそ、その返答は無慈悲なものだった。

 

『そして現段階において、私の声が聞こえている者はどれほどいるか。半減しているのは、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の戦力だけではない。足掻くといい。“彼女”の牙は、君たちをも容易く喰い破る』

 

 それを最後に、藍染からの声は途絶えた。

 花太郎は慌てる。慌てふためくことしかできない。

 

「たっ、大変ですよ隊長! どうするんですか!?」

「現世に関しては、すでに準備を終えている頃でしょう」

「準備……?」

「あなたは知らなくていいことです。言ったところで、理解はできないでしょうから」

「そうですか! ……あれ?」

 

 さりげなく卯ノ花の毒舌を貰った気がするが、すでに彼女は花太郎から背を向けていた。

 

「花太郎、まだ探し終えていない場所というのは?」

「え、えっと、あとはあっちの方角です」

「すぐに朽木隊長と合流しましょう。先の話に出ていた“彼女”という言葉にも懸念がありますし、これ以上戦力を分散させて各個撃破されては損害は大きなものとなります。私たちにできることは、限られた行動のなかで最善のものを選ぶことです」

「はい!」

 

 勇音と共に返事をした花太郎は、二人の女性を先導してまだ探していない方向へと駆け出す。

 そして最後に一度だけ、この巨大な建物が揺れる地震の原因があるであろう場所を見た。

 

 この原因であるあの壁の向こうでなにがあるのか、花太郎の想像では及びもつかない。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 それは本来ならば使えるはずがない技であった。

 ニルフィが模倣できるのは、あくまで極めた場合にのみ使用できるものだけ。白打、鬼道、歩法といった死神の技術も例外ではなく、少女はありとあらゆる技術をモノにした。

 だがしかし、努力の有無に関わらず再現できないものはニルフィにもある。

 それこそが他者固有の能力であり、技術次第ではどうにもならないチカラだった。

 

 『暴風男爵(ヒラルダ)』 双鳥脚(アベ・メジーソス)

 

 その中には、破面(アランカル)たちの帰刃(レスレクシオン)まで含まれているハズーーだった。

 

「チィッ!!」

 

 ヤミーは無数に叩き込まれる巨大な(くちばし)を交差させた腕で防ぎつつ、最初の一撃の単鳥嘴脚(エル・ウノ・ピコテアル)によって穿たれた腹から流れる血を筋肉を凝縮させることで止血する。

 ーーどういうコトだ、こりゃあ!?

 さほど記憶力に自信のないヤミーといえど、ニルフィが“103”の数字を持つ男の風を操る能力までも使うことはできないことを知っている。

 

 さらに言えば、ヤミーの鋼皮(イエロ)十刃(エスパーダ)でも指折りの硬さを誇り、だからこそ疑問が尽きない。

 瞬く間に(くちばし)がヤミーの腕を(ついば)む威力であることが、すでにおかしいのだ。

 『暴風男爵(ヒラルダ)』の持ち主であるドルドーニならばここまでヤミーに傷を付けられない。

 これはすでに、オリジナルを超えている(・・・・・・・・・・・)

 

 ヤミーが裂帛の声を上げ、盾にしていた両腕を一気に左右に振った。

 荒れる暴風。巻き上がる砂。視界を覆うそれらが消えると、ニルフィの姿も地上から消えていた。

 

 『車輪鉄燕(ゴロンドリーナ)』 断翼“散”(アラ・コルタドーラ“ディスペルシオン”)

 

 『空戦鷲(アギラ)』 餓翼連砲(デボラル・プルーマ)

 

 上空から、無数の羽が雨あられのごとくヤミーへと殺到する。

 今度は舌打ちする間も惜しみ、腕で顔を防御してその隙間から月を背後に佇むニルフィを見つけた。

 奇獣の腕が鳥類の翼に変化しており、そこから羽を矢のように一斉に放っている。

 

 “105”の数字を持つ十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)の女と、バラガンの従属官(フラシオン)である男の刀剣解放の能力が合わさっているようで、鋼のように重い刃が振動しながらヤミーの肉をごっそりと削り取る。

 

「ン、のヤロオオオォォォォォオオオオ!!」

 

 巨体に似合わぬ速さで虚弾(バラ)を拳とともに放つ。放つ。放つ。羽とぶつかりあったヤミーの攻撃は徐々に押し上げていき、ついには彼を見下ろしていた少女をふき飛ばす。

 直後、ヤミーを囲うようにして桜の花びらのような刃が視界を掠めた。

 

 『千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)』 吭景(ごうけい)千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)

 

 十数億枚の刃がヤミーの巨体を球体上に包み、斬砕する。

 

「ーーッ!」

 

 全身から血を噴き出しながらもヤミーは膝をつくのを堪えた。

 

「……効かねえ、効かねえぜぇ。……そんなしょぼい攻撃じゃあよぉ、なあ、ニルフィ!」

 

 虚弾(バラ)でふき飛ばしたのは幻だったのは、いまだに無傷のまま立っている少女を見れば一目瞭然だ。

 ヤミーは口でこそ強がっているものの、実際には重体で、彼の体から溢れ出る血が赤い湖を作ろうとしているほどだった。

 しかし彼は守りきった。 

 自分の身を犠牲にしてまで、クッカプーロを守ったのだ。

 

「キャン! キャン!」

「チッ。……ウルセえぞクソ犬。ちょっと待ってろ、すぐにこのチビを大人しくさせてやっからよォ!」

 

 他の者であれば、ニルフィの使う能力について動揺したりでもするだろう。

 しかし彼女と戦っているのはヤミーだ。たとえどれほど奇妙なチカラを少女が持っていようが、彼にとってやるべきことは考えることではなく拳を振るうことだった。

 

 戦意を失うどころかヤミーはさらに(たけ)り、声を張る。

 

「どうしたよ、俺はまだ倒れてねえぞ! いまのオメエを見てると怒りが沸いて湧いて仕方ねえ! 加減できるうちに早いとこ終わらせねえとなぁ、ああ!?」

 

 両腕を固めてハンマーのようにするとヤミーがそれを思いっきり振り下ろす。

 直撃。

 込められていたエネルギーが解放され、砂が放射状に波打った。

 

 しかし腕が徐々に持ち上げられていく。下にいる奇獣がニルフィを守るようにヤミーの巨塔のような腕を防御し、さらには膂力の勝負に勝って押し上げていた。

 そこでヤミーが両腕についたピストンのような器官を作動させる。拳を打ち付けたまま更なる追撃を生み、空気の爆発する音を響かせた。結果はそれだけ。同威力の虚弾(バラ)を使ってニルフィが相殺したようだ。

 

 『憤獣(イーラ)

 

 奇獣の体が一瞬だけ膨れ上がると元に戻り、盛大な蒸気が立ち昇る。

 そして節くれた腕に力を込めるとーーヤミーの巨体が浮き上がり、ニルフィの背後に頭から叩きつけられた。

 起き上がりざまに黒い閃光がヤミーを飲み込む。

 

「が、あ……ッ。アアアアアアアァァァァァァ!!」

 

 ヤミーが愚直に拳を振るう。

 受け止められて虚閃(セロ)で顔を焼かれる。

 ヤミーが愚直に拳を振るう。

 霊子の刃で腕がなます切りにされた。

 ヤミーが愚直に拳を振るう。

 腹にできた巨大な穴から向こう側が見えるようになった。

 

 彼自身、何度拳を振り抜いたか数えることもできない。

 そのたびにヤミーの肉体がニルフィによって破壊されていき、血と肉で砂漠が赤く染まっていく。

 

 だがヤミーは倒れることだけは絶対にしなかった。

 

「……なんだよ、終わりかよ……ああ!?」

 

 攻撃の手を止めたニルフィにヤミーが血を吐き出しながら声を荒げた。

 

「俺はまだ、目も耳も手も足もちゃんとくっついてんだぜ! クソ犬も殺させねえ。オメエを黙らすまで倒れねえ。ーーおら、来いよ! いまの俺は手ごわいぜ!!」

 

 ヤミーはなぜ自分がここまでやっているのか、自分のことなのに理解できなかった。

 暴れるだけならばクッカプーロを見捨てればいいだけだ。いつも、いままでもそうしてきた。

 ハッキリとした理由まではわからない。怒りのままに行動していると、いつのまにか破壊だけしかない結果以外を求めていた。

 

 気に入らなかった。

 いつもいつも五月蝿いくらいに光を宿していた少女の瞳が、あそこまで人形然としていることに。そして大切だと公言して止まなかった仲間であるクッカプーロを、躊躇いなくこの戦いに巻き込むことにも。

 

 そしてニルフィは強い。ここまで本気のチカラを出しても、苛立たしいまでに届かない。

 『憤獣(イーラ)』の能力に任せて怒りを覚えて回復と強化を繰り返していきながらも、ただの一度も拳が届かない。

 ーーなにが自分は弱えだよ。

 出会った最初の頃から猫を被り、ずっとヤミーのことを下に見ていたのだろうか。

 

 ーーそりゃあ、違えか。

 ニルフィは悪意を持たなければロクに嘘をつかなければ、仲間の言葉ならばなにもかも信じてしまう。

 だから戦うこの時までは、ニルフィにとって十刃(エスパーダ)でもっとも強いのは公言しているヤミーにほかならなかった。

 ならば自分のほうが強いのだと証明せねばならない。

 そうしなければ、十刃(エスパーダ)最強であり続けることができないから。

 少女のために最強の称号を持ち続けなければいけないのだ。

 

 そして信じていた。

 たった一度だけでも届けば、こんなくだらない劇が終わるのだろうと。

 壊れ切った少女がもとに戻るのだろうと、なんの根拠もなく信じていた。

 

「だから俺がーーオメエを止めなきゃならねえんだよォ!!」

 

 右腕に込めるのは渾身の霊圧。

 無意識に放出されていく霊子が大気に風を生み、腕に台風の力そのものを凝縮させたような轟音を響かせる。

 振り抜かれる拳には予備動作とも呼べる間も存在せず、ヤミーの必殺の一撃は音速を突破した。

 ーー届く。

 誰が見てもそう予感させる拳撃は、

 

 『髑髏大帝(アロガンテ)』 衰滅空間(セネスセンシア)

 

 あらゆる事象や物体の劣化を促進さてそれらが接近する動きをスロー化させる、第2十刃(セグンダ・エスパーダ)バラガン・ルイゼンバーンの『老い』の能力によって止められた。

 

 『髑髏大帝(アロガンテ)』 死の息吹(レスピラ)

 

 奇獣の口から吐き出された触れたものを急速に朽ちさせる息が、ヤミーの右腕を一気に骨だけにする。咄嗟に動かした左腕も同様の末路を辿った。

 ヤミーの矛となり得る武器が、消えた。

 

 ーー俺は、俺、は……。

 まだ終わってない。まだ倒れるわけにはいかない。まだーーあの少女を助けられてないではないか。

 

「ク、ソ……」

 

 ヤミーが最後に見たのは、自分の眼前で紅蓮を身にまとったニルフィの姿だった。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 地響きを立ててヤミーの巨体が崩れ落ちた。

 すぐそばの荒れた地面に降り立ったニルフィは首を真上にするほど見上げ、しばらくじっとそれを見つめていた。

 

 『喰虚(グロトネリア)

 

 それから視線をはずすと奇獣が全身の体積を膨らませ、巨大な肉塊じみた顎のようになると、ヤミーの遺骸を飲み込んでいく。茫洋(ぼうよう)とした表情のまま喰い始めようとするニルフィを止めるように、小さな小さな弱者の鳴き声がこだまする。

 

「キャンッ、キャンッ。キャウン!」

 

 ニルフィの近くまで駆け寄ってきたクッカプーロが威嚇するように吠える。

 やめろ、と。やめてくれ、と。

 ヤミーが最後の最後まで守ってくれたからだろう。あの激戦のなか、子犬のカラダには傷らしいものはひとつもついていなかった。

 

「…………」

 

 一瞬だけクッカプーロに視線を向けたニルフィだが、それを無視して奇獣に捕食をさせようとする。

 

「キャンッ、アウンッ! ……キャンッ」

 

 ガブリ、とクッカプーロがニルフィの脚に噛み付いた。

 

「…………」

「フーッ……、フーッ……」

 

 鋼皮(イエロ)を貫通するほどの力はなかった。それでも子供な無謀な行動を起こして大人に立ち向かうように、文字通り命を張って止めようとしていたのは確かだ。

 無表情のままニルフィが腕を掲げる。霊子が集まって刃を作り、あとは振り下ろすだけで子犬の首など容易く地面に転がるだろう。

 

「ーーーー」

「フーッ……、フーッ……」

 

 明確な死の匂いを感じながらもクッカプーロが牙を引く気配はない。

 ヒトががむしゃらに腕を振り回して最後の抵抗をするように、何度も顎に力を入れて、掴み取れるはずもない未来を手に入れようとしていた。

 

 振るおうか、振るまいか。

 ニルフィの腕は行くあてがなさそうに揺れ動き、

 

「ーーーー」

 

 途端に刃を消失させて細腕をただ下ろした。

 奇獣が元の姿に戻っていく。遺骸に新しい傷をつけることなく、クッカプーロを不思議そうに眺め回す。

 ニルフィが腰を曲げてぎこちない手つきでクッカプーロの頭を撫でると、口を離した子犬はさっきまでの威勢を消し、切なさそうに喉を鳴らし続ける。

 

 それを見たニルフィはよろめくように後ずさった。

 さらに頭痛を堪えるように頭の側面を抑えると、視界に映った異色のそれを触る。髪だ。髪がひと房だけ、濡れ羽色から色素が抜け落ちたかのように白くなっていることに気づいた。

 

「ーーーー」

 

 最後に一度だけクッカプーロを見下ろす。

 子犬はニルフィの目をじっと見据えていた。

 ニルフィは逃げるようにして、その場から姿を消す。

 

 

 十刃(エスパーダ)、残り六名。

 

 




RoNRoNさんからイラストをいただきました。ニルフィ帰刃(レスレクシオン)ver.ですね。


【挿絵表示】


まさにダーク系ヒロイン☆ 構想していたものがそのままイラストになったみたいで、考えた側としては非常に嬉しいですね。



作者「あの、原作主人公さん……。えっと、君のDEBANは、その、あと数話なかったり……」
苺「」

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