記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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総合評価ポイントが、ついに5000ptを超えさせて頂きました。
ここまでの大台に来るとは、当初は想像もしておりませんでした。
評価、お気に入り登録をして下さった皆様に、感謝を申し上げます。

それと投稿開始から一年経ってますね。ユニバーサリィッ(言ってみたかっただけ)


無貌姫

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)内の塔のひとつの屋上に、その女はいた。

 ロカ・パラミア。

 彼女の周囲には目に見えぬほど細い糸が漂っており、それらは虚夜宮(ラス・ノーチェス)のどことも知れぬ場所へと伸びているようだった。

 

 この糸は反膜(ネガシオン)を変化させたものであり、『あらゆる物質と繋がり、霊力や情報を共有する』特性を持つ。

 どう考えても雑用係の破面(アランカル)としては破格の能力であるが、それはロカの生い立ちも関係していた。

 

 元々ロカは無数の魂魄を人為的に寄り合わせ、人工的に大虚(メノス)を造り上げるザエルアポロの実験台として生み出され、崩玉によって破面(アランカル)化する前は、純白の蜘蛛状の中級大虚(アジューカス)だった。

 その糸もまた、ザエルアポロの完全なる命の研究の副産物であり、糸の霊子供給を止める事で姿を消す事を始め、様々な特殊能力を発動することが出来た。

 もちろん、霊力や情報を共有するという方法での情報収集もだ。

 

 そしてロカが調べていたのは、ニルフィの帰刃(レスレクシオン)無貌幻魔(イルシオン)』についてだった。

 ザエルアポロの集めた資料があれば最初からそんなことをしなくても良かったのだが、集められた資料室は何者かに荒らされており、ニルフィの根本に関するものが抜き取られていたのだ。

 

 悔やんだところで仕方がない。

 突き動かされるように、ロカは情報を構築させていく。

 もし主人であったザエルアポロがいれば、調べたからといってどうなるとでも言っただろう。しかしロカは糸の操作を止めない。自分になにが出来るわけでもないが、情報が少しでもあれば、暴走状態のニルフィを止める手段が見つかるかもしれないからだ。

 

 ーーおかしい。 

 ロカは形の良い眉を寄せる。

 彼女は『無貌幻魔(イルシオン)』の異質性に、誰よりも早く気が付いていた。

 

 たしかにあの刀剣解放の能力は、ニルフィが無解放状態では使えなかった他者の帰刃(レスレクシオン)の再現まで可能にしてみせた。

 

 そこまではいい。

 やろうと思えば、破面(アランカル)という括りではロカだけに限定されるが、同じようなことが出来る。

 いまだに手探りな状態ではあるが、反膜(ネガシオン)の糸の能力の一つに、共有した情報をコピーし再現するというものがある。本家には劣るとはいえ、コピー元の戦闘経験まで再現可能という代物だ。

 まあ、ニルフィにねだられて糸で色々なことをしているうちに、偶然発見したものである。

 使いようによっては非常に強力であるものの、使えるというだけで、ロカ自身に戦闘経験は無く、藍染さえも知らないために埋もれた価値ではあるのだが。

 

 ともかくロカは、ニルフィと同じように他者固有の能力を使うことができるのだ。

 しかし再現率はよくて八割まで。

 威力となれば低くなり、数となれば少なくなる。

 これは技術などの問題ではなく、死神や(ホロウ)の本質が関係している。

 いかにニルフィといえども、ただの観察眼でそれ以上の数値を叩きだすことはできないのである。

 

 しかし現実は違う。

 ヤミーとの戦いでは彼の『憤獣(イーラ)』をコピーし、力比べでも勝利している。

 ドルドーニの『暴風男爵(ヒラルダ)』や朽木白哉の『千本桜景厳』も、オリジナルのものより強力であった。

 

 たとえ藍染でも同じようなことは無理だろう。

 ゆえに、普通ではない。

 だからこそ、まっとうな方法で使っているのではないことが明白だ。

 

 そして『無貌幻魔(イルシオン)』のデータのダウンロードがほぼ完了する。

 感情の薄いはずの彼女は顔に驚愕を貼り付け、体を震わせる。

 

「これは、まさか……」

 

 すぐにニルフィを止めなければならない。

 前例があるだけに、あの刀剣解放は毒でもあった。

 

 認識同期(にんしきどうき)

 

 アーロニーロとは違い全破面(アランカル)に伝達することはできないが、ニルフィとの繋がりの深そうな人物たちに限定することで能力の詳細を送った。

 そこまでの権限はロカには無い。

 しかし気づけば体が動いていた。そんな状態だった。

 ーー私は、私は……。

 これで良かったのか? そう自問する。あくまで情報を渡しただけで、具体的な作戦など何もない。

 ニルフィを止めるもっとも簡単な方法は時間切れ(・・・・)であるが、それでは手遅れなのだ。

 ただロカは、自分に向けてくれる屈託のない少女の笑顔をもう一度見ることを夢見たのである。

 

「これで良かったのか? そう悩んでいるように見受けられるが」

 

 ロカが振り返る。

 ここまで運んできてくれた男が、整えた髭を携えた口元に優しげな笑みを浮かべていた。

 

「吾輩は良かったと思っているぞ。二の足を踏んでいた者にも、これで発破を掛けたことだろう。……無論、そこには吾輩も含まれるがね」

 

 冗談めかした口調。

 それが目の前の女性(ロカ)を安心させるためだとは、すぐにわかった。

 

「……ですが、私が送った情報には、誰かを無責任に死なせてしまう可能性があります。いえ、確実にあるのでしょう。それを、なにも出来ない私が……」

「それは違う」

 

 やんわりとロカの言葉が否定される。

 

虚夜宮(ラス・ノーチェス)には、どう贔屓目に見ようと、結局は己のためにしか動けぬ者しかおらんのだ。たとえロカ嬢が情報を伝えぬとも、動く者は動く。彼らにとって己の身を心配されるということは、それこそ耐えられることなのだよ」

 

 さて、と男が、ドルドーニがロカに背を向ける。

 行くのだろう。

 本当ならば、最初から駆け出したかったはずだ。

 それでもこうしてロカが役目を終えるまで、彼は待ってくれていた。ロカが同胞たちに情報を伝えるまで。

 

「物語の幕が閉じる頃には、涙を流す女性が一人も居ないのが吾輩の好みなのだ。そのためならば、吾輩は喜んで観客席から舞台に上がり、希望だろうとなんだろうと伝えてみせよう!」

 

 ドルドーニが屋上を駆け、巨塔から飛び降りた。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 砂漠の番人であるルヌガンガという破面(アランカル)には、虚夜宮(ラス・ノーチェス)周辺における警備の他に、もうひとつの仕事を藍染から任せられていた。

 このルヌガンガの特徴を挙げるなら、全身が砂で出来ており、基本的に水以外の攻撃に無敵というものがある。

 その特性を生かし、とある十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)虚夜宮(ラス・ノーチェス)の一角に監禁していたのだ。

 しかしそのルヌガンガも、現在は一護たち死神がやって来たことによって倒されてしまい、いままさに監禁対象が解き放たれようとしていた。

 

 破面NO.102、ピカロ。

 百人以上の子供の破面(アランカル)から成る、類を見ない“群にして個”の集団である。

 

 彼らは大半が10歳前後の少年少女だが、なかには人型でない者や第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)アーロニーロのような頭部をした者、動物型の者も存在しており、その姿に統一性は無い。個体ごとに個別の意識を持ち意識の共有もしているが、全体の頭の中身は子供と変わらなかった。

 それゆえに団体行動のしづらさという点で十刃(エスパーダ)から落とされており、こうして地下深くの密室に閉じ込められているのだが。

 

「暇だねー、地震も無くなっちゃったし」 「わたしは静かでこっちのほうがいいなぁ」

  「お腹減ったよ」  「お菓子は?」    「もう無くなっちゃった……」

 「Qrrrrr……」  「お姉、ちゃん、こない」     「それよりなにして遊ぶ?」

「鬼ごっこ」  「それもう飽きたよ」  「つまんないな」

 

 ピカロ以外にはなにもない空間だ。

 いや、実際にはいくらかの遊具があったはずなのだが、彼ら子供特有の遠慮のない残虐さで破壊されてしまっていたというべきか。普通の破面(アランカル)でさえ彼らのオモチャになれば、壊れて動かなくなるまで遊び倒してしまう。

 

 しかしそんな時、ヘッドフォンをしている少年のピカロが急に顔を上げた。

 

「そういえば、ルヌガンガがどっか行っちゃったね」

 

 その言葉にすぐに反応するピカロたち。

 探査回路(ペスキス)を発動させると、周囲を常に流動しているはずの砂の動きが止まっていた。

 

「えっ、それって外に出られるの!?」  「でも藍染さまは出ちゃいけないって」 「べつにいいじゃん」

 「そうそう、ここに居るの飽きた」  「でたいっ、でたいっ」  「Qrrrrr!」  

「やだよ、砂まみれになっちゃう」 「僕は行く」   「わたしも!」 「デタ、いデタ、い」

 

 しばらく好き勝手に言い合うピカロたちであったが、次第に外に出るという意見でまとまり始めていた。

 そんな時だった。

 砂の硬化した壁から湧き水が溢れるように、砂の塊がドボリと吐き出されたのは。

 

「ーーーー?」

 

 それに全員が気づき、同じタイミングでそれを注視する。

 視線を集めながらスライムのように砂は形を変え、さらに人型を取り、数秒もすれば色もついて少女の姿を取った。

 

「ニルフィのお姉ちゃんだ!」

 

 すでにそこにあったのは泥人形ではなく、瑞々しい肌の少女となっていた。

 途端に、ワッとピカロたちが駆け寄る。

 彼らにとってニルフィという少女は、お菓子を与えてくれる、ほんのちょっとだけ年上のお姉さんだった。つまり“いいヒト”である。ピカロにとって“いいヒト”とそれが以外で世界が分かれており、その括りとなればニルフィは懐くのに十分な相手だった。

 

「すごい、すごい!」  「さっきのどうやったの!?」    「ルヌガンガみたいだった!」

  「お姉ちゃん、私、いい子にしてたっ」 「オカシ、オカシ」  「ねえ、すぐに遊ぼ!」

 「髪白いね」  「かっこいい!」  「またホロウ波を撃とうよ!」 「とにかく遊ぼう!」

 

 服装もいつものものと違う。

 表情が抜け落ちている。

 さらにはニルフィの異様な現れ方にもさほど頓着せず、飼い主が現れたような子犬のようにピカロが黒髪の少女に群がった。

 いつもなら、お姉ちゃんと呼ばれたニルフィは得意げな顔で無い胸を反らし、大人たちから見れば微笑ましいレベルでお姉さんぶるのが普通だったのだ。

 しかし、この時は違ったというだけで。

 

「……あれ?」

 

 ピカロの一人が、ポルターガイスト現象に遭ったように宙に持ち上がる。

 ニルフィの背後の空間にノイズが奔り、ピカロを掴んだ痩躯の奇獣の姿があらわになった。

 

「あっ」

 

 誰が漏らしたのか。

 呆けた声が響いた時には、掴まれていた一人が無造作に奇獣の巨大化した口に放り込まれていた。

 

 すぐに飲み込まれて消えてしまうピカロの一人。

 なかば呆然としていたピカロが我に返り、顔に浮かべたのはーー笑顔。

 

「そっか、そういう遊びかぁ!」

 

 仲間の一人が喰われたことに対する怒りは一欠片もない。

 そして疑問も。

 もともと、ピカロはこのような破面(アランカル)であった。鬼ごっこも、隠れんぼも、おママゴトも、そして戦いさえもピカロにとっては遊びだった。

 

「うん、お姉ちゃんとはいつも鬼ごっことかしかやらないもんね! わかった! いっぱい、いっぱい、ーー遊んでよ!」

 

 事情も知らない。 

 しかし目を輝かせる彼らにとって、自分の致命傷までも面白いものでしかない。

 ピカロたちは斬魄刀を抜き、己の纏う空気をわずかに塗り替えた。

 

「お姉ちゃん相手だと、全力じゃなきゃ、ね?」

 

 命のやり取りを遊びとして捉え、出し惜しみをすることもなくピカロたちが帰刃(レスレクシオン)の解号を口にする。

 

 

「遊べ……」  「遊べ」   「遊べ!」  「あそ……べ……」

 

 「アソベ」   「遊べ」    「遊べッ」 「遊べ」

 

「あっそべーッ!」    「遊べ」   「あ、あそ、べ?」

 

   「遊べ」  「遊べ!」     「遊べ……」   「Aassobbee……」

 

 

 複数の子供たちが、一斉に口を開く。調子こそ違うものの、誰もが同じく“遊べ”という単語を口にしていた。

 だが、その後に紡がれた単語は、口調もタイミングも完璧に一致しており、まるで周囲の空間そのものが声を上げたかのようだった。

 

 

「「「「「「「「ーー『戯擬軍翅(ランゴスタ・ミグラトリア)』!!」」」」」」」」

 

 

 周囲に、冷たい風が吹き荒ぶ。

 それはニルフィの肩ほどまでの髪をバタつかせ、散らばった遊具の破片を巻き込みながら、風が密室に充満する。

 

 風切り音を響かせて、一斉にピカロたちの外見がわずかずつ変化しーー背中から、バッタやコオロギ、トンボを連想させる半透明の翅が生えた。

 外見そのものが別人に見えるというほどの変化ではないが、一人一人の霊圧が、先刻とは比べ物にならないほど上昇している。

 そして、巻き起こる風に乗って、奇獣が次々とピカロたちを喰らっていくなかで、子供型破面(アランカル)は部屋の各所に飛び広がった。

 

 さらに間を置かず、いくつもの虚閃(セロ)虚弾(バラ)をニルフィへと撃ち放つ。

 だが、ニルフィがノーモーションで霊子の砲台を作り出すのも同時だった。

 

 重光虚閃軍(セロ・インフィニート)

 

 圧倒的な閃光が周囲を薙ぎ払った。

 余波によって部屋が崩壊してき、穴という穴から砂が溢れ出してくる。

 それを嫌い、ニルフィが部屋の中央に降り立った時だ。

 

「ーーーー」

 

 ピッ、と彼女の周囲の地面に切れ込みが入る。

 それは絶え間なく数を増やし、さながらカマイタチが踊り狂うようだった。

 

「お姉ちゃん、まーだだよ!」

 

 ニルフィの虚閃(セロ)を受け、片腕を消滅させたピカロの一人が笑う。

 いや、一人だけではない。喰われた者を除き、たとえ致命傷を受けていようとピカロたちが笑い続ける。そこに恐怖が無いのは、彼らにとって戦いとはどこまでも遊びでしかないからだ。

 

 ピカロたちの翅から生まれる特殊な音波。

 それが攻撃に変換され、さらに最大威力を発揮できる位置関係が偶然にも果たされる。

 威力に換算するならば、それは朽木白哉の卍解『千本桜景厳』と同等であった。

 

 もはや視認できる風の刃がニルフィの矮躯を包み、圧倒的な破壊力をもたらす。

 

「……あれっ?」

 

 しばらくして、ピカロたちが首を傾げた。

 いつまで経ってもニルフィを破壊できた手応えがないからだ。

 示し合わせたように音波攻撃を弱めていき、破壊の繭の内部がどうなっているのかと確認しようとする。

 

 『邪淫妃(フォルニカラス)』 球体幕(テロン・バロン)

 

 そこにあったのは、触手のような羽が球体になったようにできた物体だった。

 羽が解けると、奇獣の腕が変化したそのなかからニルフィが傷一つない姿で現れる。

 

 ここでピカロたちは疑問に思った。

 それは自分たちの最大の攻撃が防がれたとか、そういった即物的なことではなく、子供らしく純粋な、遊んでいれば誰もが思うものだった。

 

「なんで、お姉ちゃんはそんなにつまらなそうなの?」

「ーーーー」

 

 ニルフィは答えない。

 ただ、仮面のような表情のまま、俯きがちに立っているだけだ。

 

 なぜだろう。ピカロたちは考える。

 いつも遊び相手になってくれる黒髪の少女は、常に笑顔で接してくれた。それがいまは無い。遊んでくれているはずなのに、どこまでも遊びには無関心そうだ。

 外で彼女になにがあったのか、ピカロには知りえないことだった。

 

 そこで、すぐに名案が思いついたと笑顔になる。

 

「うん、うん。じゃあ、もっと遊ぼうよ! お姉ちゃんには一杯笑顔をもらったからさ。今度は僕らが笑顔にしてあげる! いっぱい遊べば、お姉ちゃんも笑顔になるよね!」

 

 再び翅を振動させるピカロたち。

 少しでも考えれば、ニルフィには敵わないことがわかったはずだ。しかしそれをしないからこそ、ピカロは愚直にニルフィに突貫し、笑顔にするために遊び続ける。

 

 『聖哭螳蜋(サンタテレサ)

 

 『捩花(ねじばな)

 

 奇獣の腕が六本に増え、本来ならば大鎌が出るはずの手首から三又の槍がそれぞれ飛び出した。

 一瞬にして部屋に溢れる怒濤の大波。

 笑いながら突き進む子供たち。

 

 それから間もなくして、ピカロたちを幽閉するための部屋が完全に崩落し、砂漠のなかに埋もれて消えた。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

「彼女は仲間を狂気的に欲していた。すべての行動の根本には、それだけしか無かったんだ」

「はぁ……」

 

 黒腔(ガルガンダ)内部を歩くギンは、藍染のその言葉に生返事を返した。

 会話に参加していない東仙が睨んだような気がしたが、それも仕方のないことだ。

 この時までニルフィの過去についてはぐらかされていたギンは、この時になって、ようやくその断片でありそうな彼女の能力について藍染に訊いてみたのだ。しかし意外にもあっさりと返された答えがそれに関係の無さそうなものとなれば、ギンの呆けた声も頷ける。

 

「なに、君が知りたかったのは彼女の過去そのものだと思っていたんだ。違ったかい?」

「……ちゃいますよ。質問の答え、あまりにも的外れ思うたんで、仕方ないことですわ」

 

 それとなくニルフィの過去を詮索するなと言ったのは、他でもない藍染だ。

 いけしゃあしゃあと語るその口になにも思わないでもないが、調べた結末がザエルアポロの末路となれば、さずがにギンも藪蛇のような真似はしない。

 

 それに、こんなやり取りは日常茶飯事だ。いまさらどちらも改めるようにするつもりが無かった。

 

「時間も少しはある。そう急ぐことでもないだろうと思ったんだが」

 

 ギンは自分たちの進む先を見やる。

 暗闇の奥底から歩き続ければ、現世と繋がる白い光の入口が視界に映るのだ。ギンはそれを確認し、あとしばらくは歩き続けねばならないと推測した。

 

「さよですか。それで藍染隊長、話の続きお願いできます?」

「ああ、いいだろう。とはいえ、どこから語るべきか」

 

 藍染が前を向き、記憶を掘り起こすように光の奥を見つめた。

 

「彼女が仲間を欲すようになった切っ掛けは、私でもわからない。見つけた時にはすでにそう(・・)だった。だが、(ホロウ)であった彼女を観察するうちに、それはかつて、彼女があまりにも完璧な仲間と出会っていたからかもしれないと考えている」

 

 あくまで推測だが、と藍染が釘を刺す。

 

「そもそも私が彼女に目を付けたのは、彼女がもつ『魂魄の変質』という二つのうち一つの特性を持っていたからだ」

「変質?」

「そうだ。彼女は最初からあそこまでコミュニケーション能力が上等だった訳ではない。己の自己を確立させるために同胞を喰らうはずの(ホロウ)が、仲間に受け入れてもらうために自己というものを投げ捨てたんだ。そうやって彼女は、少しずつ仲間との距離感を掴み始めた」

 

 たしかにとギンが納得する。

 それとなく聞いた噂では、おそらく初期にバラガンと出会った頃のニルフィは獣同然だったらしい。そこからどうやって、あそこまでヤミーやグリムジョーという気難しい面々と親しい交流が出来るようになるのか、長いあいだの謎だったのだ。

 

「だが、それはあくまでも結果でしかない。彼女がニルフィネス・リーセグリンガーとなるまでの過程こそ、君が知りたかったことだろう」

 

 悠然とした笑みを貼りつけながら藍染がギンに振り返る。

 それに同じく胡散臭そうな笑みを返しながら、ギンが飄々と肩をすくめた。

 

「まあ、否定しまへんけど」

 

 目で続きを促すと、藍染が語りだす。

 

「私が観察し始めた頃は、まだ友好な関係を築く方法を彼女は知らなかった。しかし仲間がどうしても欲しい。そう考えた彼女は、手っ取り早く、自分そのものを相手に差し出した。武力だろうと体だろうと、もとから集団としてしか存在し得ない(ホロウ)たちに拒否する理由は無かったんだ」

 

 それを聞いてもギンは眉をしかめることはなかった。

 予想はしていた。

 ニルフィは常々相手に自分を即物的に求めさせたし、それを改めさせる出来事があっても、心に深く根付いたそれは簡単には変わらない。ニルフィは仲間のためにどのような奉仕さえ疑問も挟まず、ただ一心に受け入れる。

 数百年の地獄という名の天国を味わって、たったの一年にも満たぬ時間のなかでどれほど改変できるのか。

 

「とはいえ、彼女は誰にでも優しい。優しすぎた。そしてあくまで利害関係として結びついた糸がちぎれるのに、それほど時間が掛かることもない」

 

 その(ホロウ)たちはニルフィに“依存”し過ぎたのだろう。

 所有権の争いや、次第に消えてく遠慮という言葉。利害関係には一番持ち出してはいけない“欲”が生み出されたのだと、藍染は続けて語った。

 

「醜いものだ、あれは。真っ白な子供に、彼女が愛する相手を互いに殺せと命令するのだから。心の弱い彼女にそれが耐えられるはずもないというのに。ーーそこで私の注目したもうひとつの特性が表に現れた」

 

 記憶の保存。

 そう、藍染が言った。

 

「保存? ……あの子、記憶喪失ちゃいましたっけ?」

「ああ、たしかに間違ってはいない。しかし、保存の方法も色々あるということだ。記録として残す。思い出として残す。あるいは、美しいそれを美しいままに終わらせる、といった具合にだ」

「なるほど。それがニルちゃんやと」

「そうだ。しかし彼女はまだ仲間と一緒に居たい。だが、それをしても自分が辛くなるだけだ。だから、喰べた(・・・)。そうすれば血肉という仲間はいつまでも自分と一緒なのだから」

「…………」

 

 ギンがポリポリと頭を掻く。

 おそらくそれは、生きたまま喰べるということだと思い至った。

 アネットを傷つけたノイトラに言い放った『喰べるハズだったのに』という言葉が、そういう意味だったのかと気づいたのだ。あの時点で、ニルフィの美しい思い出は完全に壊されていた。そうなるのも自明の理ということか。

 

 ニルフィの暴走はそれに起因しているのだろう。

 そしてそれを知りながら藍染はニルフィに悲劇を押し付けたのか。

 

「けど藍染隊長。ニルちゃんが少しづつ変わっとった言うけど、それでも腰の落ち着ける場所は見つからんかったんやろか?」

 

 いまでは個人意識の高いはずの十刃(エスパーダ)と仲がいいほどなのだ。

 現在ほどでは無くとも、群れなくては生きていけない(ホロウ)たちが揃いも揃って地雷を踏み抜くような真似をするだろうか。ニルフィが出会った(ホロウ)のなかには、ハリベルやバラガンのような人格者や指導者だっていたはずだ。

 

 そこではたとギンが気づく。

 最初から言っていたではないか。藍染自身が、彼女を観察していたと。

 

「どこにでも不幸な行き違いはある。たとえ素晴らしい仲間が出来たとしても、不慮の事故の可能性はゼロにはならなければ、彼女が身も心も蹂躙されて狂うことになる環境に置かれるのも自然だろう」

 

 その言葉の裏でどれだけの(ホロウ)の被害があったのか。しかも一番悲惨なのは、どこまでも仲間と思っていた存在に壊されてきたニルフィだろう。

 ギンは何も言うことなく、藍染の話の続きを待っていた。

 

「仲間を喰べた時点で彼女の保存は完了していた。記憶さえ、もはや要らないものだったんだろう。だから彼女は魂魄を変質させることで、あとはそのときの“自分”を構成するすべてを白紙に戻したんだ」

「それが、記憶喪失の正体やと。自分が居た証拠をすべて喰べて(・・・)、悪い夢やったと記憶に蓋をする……」

「そうだ。彼女はその時点から不完全だった。完全になるには、それこそザエルアポロが作った薬によるハリボテでしか出来ないほどにね」

 

 だんだんとピースが埋まってきた。

 そこでギンが首を傾げる。

 

「せやけど、ニルちゃんの使っておった他の破面(アランカル)や死神の能力はどういうことですか?」

「それが『魂魄の変質』から派生した『無貌幻魔(イルシオン)』……、いや、『無貌姫(カーラ・ナーダ)』の本来の使い方だ」

 

 何者でもないことを定義として、何者にでも成ることが出来る能力。

 思えば、あれも解放前は不完全なものだった。

 

「あれは魂魄の一部を分離させ、他人の魂魄そのものにするんだ。自分には使えずとも、魂魄が同等ならば使えぬ道理もない。さらにはその魂魄を燃やす(・・・)ことでオリジナルを越えたチカラを生み出す」

「ひゃあ、山本総隊長の斬魄刀がパクられたら思うと、もう恐ろしいですわ。せやけど、それで(ホロウ)だったニルちゃんに東仙サンの卍解が効かなかったんちゅうワケや」

 

 声を出さずに笑いながらギンが東仙を横目で見る。

 盲目の死神は平然としているように見えるが、ギンの目にはその額に青筋が浮かぶほどの激情があるように思えた。シャウロンたちを東仙が手にかけてから、彼とニルフィの仲はそれはもう出会えば無差別に殺気を放つほど険悪であり、だからこそこの会話にも先程から入ろうとしていない。

 

 東仙の卍解である『清虫終式(すずむしついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』は、能力解放と共に、斬魄刀『清虫』本体を握っている者以外の視覚、聴覚、嗅覚と霊圧感知能力の四つを封じる楕円形のドーム状の空間を形作るというものだ。

 しかしニルフィの能力が藍染の言った通りなら、彼女もまた東仙の魂魄をコピーすることで斬魄刀の魂もろとも同化し、自ら対象外になることが可能だったのだろう。

 

「…………」

 

 ギンは一拍置いてから、再度藍染に尋ねた。

 

「それで、ニルちゃんがそれを繰り返すと?」

「君もわかっているだろう。言葉にすれば強力そのものだが、それも限定的で、そもそも戦いを目的とした能力ではない。あくまで、自らが存在した証拠を喰べる(・・・)ためだけに特化した、シンデレラの魔法のようなものだ」

 

 藍染の笑みが深くなった。

 そして最初からニルフィの名を呼ばず、あくまで“彼女”としか称さなかった藍染が、彼女の名を口にする。

 

「あの能力を使い続けた場合、結果的に彼女が生き残るとしても、ニルフィネス・リーセグリンガーという人格はーー消滅する」

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 フルール・ブレイクバレット。

 ヴァヴァロ・ヴァヴァロ。

 レレ・ララ。

 プルチネルモ・フレスビー。

 フォネット・ベイ。

 

 その他いくつかの名の書かれた紙に目を通し、(くろつち)マユリは感嘆の息を吐く。

 これらすべてには、バラバラな外見的特徴や、性格、話し方に至るまで、やや空欄が目立つながらも事細かに書き込まれていた。

 

 書かれているのは、名前の数だけの(ホロウ)ではない。

 すべて一体の(ホロウ)についてだ。

 

「数が多くて困ってしまうヨ。……しかし、フム、たしかいまの名はーーニルフィネス・リーセグリンガーといったかネ。これなら拘束用寝台に書き込む名に困らなくて済むヨ」

 

 自称『女性に優しい』ということで有名なマユリの対象は幼い少女すらも適応するらしいが、どうやら少女を瓶詰めではなく実験体として厚遇するつもりらしい。もっとも、厚遇した結果が拘束用寝台であるのだが。

 

「しかし、そうか。現世での残留霊子から予想はしていたが、いまからでも気分が高揚してしまうネ」

 

 ネムの引く荷車に腰掛けながら、マユリがファイルを立ち所にめくっていく。

 

 ニルフィネスという少女が他者固有の能力まで使えるのは、その無色透明な何色にも染まる特殊な魂魄であるためだ。絶えず変質するそれは、例えるなら水か。

 

 しかし注目すべきはそこではない。

 

 魂魄とはもともと、自己を確立するにあたって最もたるアイデンティティとなる。

 それを切り離し続けるとどうなるか。

 自己という存在が維持できず、消えてしまうだろう。

 

 しかし少女の仲間の血肉と同化するという願望が可能にした。

 砕けたブロックを同じように組み立てなければ、まったくの別物が生まれるのと同じことである。

 ニルフィネスという少女は、喰らった他の(ホロウ)の魂魄で強引に代用し、それらを寄り集めることで新しい人格を生み出すという生態を持っていたのだ。

 かつての記憶が思い出されるのも、残りカスが影響していたか。しかも自己防衛として、あえて残った記憶を都合のいいように改変されているとも記述されている。

 

 フルール・ブレイクバレットからヴァヴァロ・ヴァヴァロに。

 そこからレレ・ララ、プルチネルモ・フレスビーに続き、フォネット・ベイに。

 さらに何度も人格を記憶と一緒に破棄しながら、ニルフィネス・リーセグリンガーへと生まれ変わった。

 

「変質する霊圧に興味はあるが……。ヤレヤレ、時間切れになったところでニルフィネスという人格には興味が無いから、私にはどうなろうと関係ないんだがネ。しかしその他大勢の価値の分からぬ者は、すでに動いている様子だ」

 

 主力たりえる破面(アランカル)たちが移動を開始している。

 少女を止めるなら、それでいい。

 だが、下手に傷を付けられると面倒だという思いがマユリにはあり、しかも自分で相手をするのも面倒である。

 

「流石に藍染クラスを相手に一人でやるのは遠慮したいネ。これは戦力を纏めたほうが無難かネ」

 

 マユリの視線の先、遥か前方に巨大な砂の間欠泉ともいうべきものがふき上がるのを見ながら、彼はそう呟いた。常備している霊圧計測器に出た数値に目を落とし、これからを決める判断が間違っていなかったことにマユリが頷く。

 

 いまでさえどれほどの魂魄を燃やしているのか。

 藍染に匹敵する霊圧が、すぐに肌でも感じられた。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 砂漠の中心に少女が佇む。

 その背に纏わりついている奇獣が咆哮を上げ、動き出した破面(アランカル)たちに宣戦布告するように牙を見せた。

 少女は全身を血で汚しながらも、艶やかな黒髪に混じる数房の白い髪だけは綺麗なままだった。




伏線回収回のはずが、また伏線が生まれたでござるの巻。

更新の間が空いたのは、前回の都条例との激戦によって起こった大爆発により、音信不通にさせられーー。
違います、普通に腹の手術をしていたためです。
そこら辺は新しい活動報告にテキトーに書いときました。

……いや、しかし、一ヶ月空けてマイページを開くと、この小説が残ってるのを見て、うん。改めて都条例との死闘に勝ったってこと、実感できますね。
援軍、支援をしてくださった読者様、あの国家の犬畜生に勝てたのは皆様のおかげです。このまま百合の風潮が広がればいいですね。
お礼はなにもできませんが、誠に感謝しております(土下座)

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