記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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超弩級自然災害少女

 なにが起こっている?

 そう考えるのは当たり前であり、ヒールを響かせながら早足で廊下を進む彼女も、その例に漏れることはなかった。

 破面NO.105、チルッチ・サンダーウィッチ。

 ゴスロリを思わせる妙な服を着ている女で、左頭部に小型の飾りのような形をした仮面の名残がある十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)だ。

 

 チルッチは思考する。

 立て続けに侵入者たちはもとより、十刃(エスパーダ)たちの霊圧が消えて行き、つい先刻ではノイトラとヤミーのものが間を置かずに感じられなくなった。

 ニルフィが関係しているであろうことはわかる。

 その情報も、ロカという名も知らぬ破面(アランカル)がもたらしたものだ。

 

 信用するしないに関わらず、するしかないように思える。

 しかし確認をするために、他の破面(アランカル)をこうして探し回っているのだ。

 

 そしてちょうど、前方から誰かがやってきた。

 さては逃げたメガネの滅却師(クインシー)かと警戒するが、その特徴的なシルエットからすぐに肩の力を抜いた。

 

「なんだ、ガンテンバインじゃないの。それより、その肩に乗せてるのってなによ」

「……いや、さっき気絶してるのを見つけてな。ここじゃ見ないし、新参かと思ったんだが」

 

 “107”の数字を持つ十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)、ガンテンバイン・モスケーダ。

 オレンジ色のアフロヘアーで、額を覆った仮面の名残に星のマークをつけている男だ。

 

 そんな彼が肩に担いでいるのは、黄緑色の髪で眉間から鼻筋にかけて傷痕があり前歯がない、気絶している破面(アランカル)の少女だった。

 これがドルドーニであればなじっているチルッチだったが、破面(アランカル)でも屈指の常識人であるガンテンバインならば万が一のこともないと、興味を示すだけに留めた。

 

「それより、なにが起こってるのかあんたは知ってる?」

「俺もそれを知ろうとしててな。ニルフィの刀剣解放の情報、それから八番以下の十刃(エスパーダ)が死んだとか、たしか、治療係のヤツが認識同期で知らせてくれたぜ」

「ならあたしと同じね」

「他の十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)の姿も消えちまってるから、ここには誰も居ないと思ってたところだ」

「一番騒ぐはずのドルドーニも居ないものね。まったく、なにが起こってんだか」

 

 苛立ちを隠そうともせずに、チルッチが親指の爪を噛む。

 

「お気に入りの服は汚れるし、せっかくの獲物は逃げていくし」

「お前も侵入者と戦ったのか」

「そう言うならあんたも? ていうか、その顔だと同じみたいね」

 

 メガネの滅却師(クインシー)と戦ったチルッチだったが、せっかく帰刃(レスレクシオン)を使ったにも関わらず、戦略的撤退をさせられてしまったのだ。

 ガンテンバインも同じらしく、互いに不完全燃焼らしい。

 

「まあ、やろうとしてることも一緒ってトコか」

「あんたと一番に会えてよかったわ。他の連中だと、もっとややこしいったら……」

「ん、むぁ……?」

 

 そこで破面(アランカル)の少女が目覚めたようだ。

 身じろぎをして、ガンテンバインのアフロに顔を埋め、そして叫ぶ。

 

「う、うわあああああ!? い、い、一護の髪が爆発してるっス!」

「おい、あまり暴れると……」

「ーー痛い!」

 

 もがいた拍子に少女は床に落ち、強打した尻を抑えながら涙目で二人を見上げた。

 

「一護じゃないっ? だ、だれっスかあんたたつは!」

「五月蝿いガキね、誰だっていいじゃない! そういうあんたは見たことないけど、名前なんてあるの?」

「ネルはネルっス! そういうオバさんは誰っスか!」

「お、オバ……ッ」

「落ち着けチルッチ! 子供の言葉なんだぞ」

 

 ガンテンバインになだめられ、たしかにそうだと思い直したチルッチは、大きく深呼吸する。

 自分は大人。相手は子供。段々と、心に平静を取り戻していく。

 これならば、たとえどんな馬鹿にされるようなことを言われたところで、ブチギレることはないだろうと思った。

 

「あたしはチルッチ・サンダーウィッチ。こっちはガンテンバイン・モスケーダ。元十刃(エスパーダ)よ、クソチビ」

「ええ~?」

「……なにさ、その疑わしそうな目は」

「そっちのアフロのおっちゃんはそうかもしれないっス。けど、あんたは……」

 

 そう言って、ネルは視線を落とし、そこに向けて指を差した。

 正確には、チルッチのその控えめな胸部装甲にだ。

 

「ボインボインじゃないっス。十刃(エスパーダ)の女のヒトたつは、もっとボインボインのズガンズガンのハズじゃないんスか?」

「ーーこンのクソガキィ!! ニルフィと同じこと言いやがってェ、クソがッ!!」

「悪気は無い、コイツに悪気は無いハズなんだよ!」

 

 ガンテンバインに抑えられていなければ、チルッチは独特な斬魄刀を使うこともなく、この無礼すぎる少女を蹴り殺していただろう。

 初対面の時のニルフィの煽り文句そのままだった。

 もし現十刃(エスパーダ)であるそのニルフィを引き合いに出したところで、幼い少女に勝ったとしても、試合に勝って勝負に負けた、そんな屈辱的な結果になってしまうだろう。

 

「そ、それよりだ。ネル、お前はなんでこんな虚夜宮(ラス・ノーチェス)の端っこで転がってたんだ?」

 

 慌てたガンテンバインが咄嗟に話題を転換する。

 

「ああっ、そうっス! ネルはさっきまで一護と一緒にいたんス。けど、どこかに吹き飛ばされて……。それで気づいたら、アフロのなかで……」

「一護って、黒崎一護か? なら、侵入者じゃねえか」

「あんたが手引きして連れてきたってこと?」

「うっ、そ、それはその……」

 

 縮こまるネルにはやむを得ない事情がありそうだった。

 しかしすぐに顔を上げ、気丈にも大きく声を張り上げる。

 

「でも、ネルは一護のところに行かなきゃいけないんス!」

 

 チルッチは滅却師(クインシー)との戦闘時、ペッシェとかいう蟻頭を見ている。

 ネルもきっとその仲間なのだろう。

 

「なあ、チルッチ。コイツはどうすりゃいいんだ?」

「あたしに聞かないでよ」

 

 しかし侵入者の殲滅が指示に出されているとはいえ、チルッチもガンテンバインも無抵抗な子供を殺すことを進んでやるような性格ではない。

 そもそも、藍染が虚圏(ウェコムンド)から去った現在、任務さえあやふやなものになった。

 ニルフィとはそれなりに交流を持った二人だ。

 あの少女の顔がちらついて、それに拍車を掛けていた。

 

「ドルドーニが居れば、なにも言わずに助けたんだろうけど……」

 

 肝心な時に居ない紳士に悪態をつく。

 

「それにさっきからなんなのよ。そこかしこから同じような霊圧だって感じるし」

 

 この異常事態が起こった虚夜宮(ラス・ノーチェス)に安全な場所などあるはずがない。

 さて、ネルの処遇をどうするべきか。

 

 そう二人が考えたとき、床の振動が足から伝わった。

 地震はさっきまで何度もあったが、しかし、今回のは震源が足元にあるような。

 

「ーーッ!」

 

 すぐに二人はその場を飛び退いた。ガンテンバインはネルを抱え、地面が破裂したような衝撃から守り切る。

 目を細めながら爆発の中心を確認しようとしたチルッチは、すぐにその中央に佇む少女の正体に気づく。

 

「……ニル、フィ?」

 

 チルッチの声に反応したように、生気のない動作でニルフィが首を女に向けた。

 いまだに気に入らない部分があるとはいえ、ニルフィとはそれなりに仲がいいと思っている。

 だからこそチルッチは、自分でもなにを言いたいのかよく分からないまま、ニルフィへと一歩踏み出した。

 

「待て!」

 

 わざわざ響転(ソニード)まで使ったのか、ガンテンバインがチルッチを押しのける。

 打撃音。

 正気に戻ったチルッチは、壁にめり込まされたガンテンバインを見て息を呑む。

 

 そしてすぐに、ニルフィの姿もまた異様なものだと気づかされた。

 血に染まった服。背に被さる奇獣。チルッチに向けて振り下ろされる長腕。

 

 龍哮拳(リュヒル・デル・ドラゴン)

 

 龍頭状の霊圧の塊が横合いから襲いかかってきたことで、ニルフィと一体化する奇獣は腕を下げ、即座に回避してみせた。

 すぐに壁から抜け出したガンテンバインが刀剣解放をしており、両腕と背中に丸いアルマジロのような鎧が形成される帰刃(レスレクシオン)龍拳(ドラグラ)』を発動させている。

 ネルはどこに置いたのかと探せば、後方で驚いた顔を晒していた。

 

「呆けてる暇はねえぞ! とにかく戦えるようにしろ!」

「……ッ!」

 

 本能的にチルッチが動き、斬魄刀を構えながら解号を口にする。

 

「掻っ斬れ『車輪鉄燕(ゴロンドリーナ)』」

 

 チルッチの両腕が鳥の前脚のように長大化し、頭には羽根飾りのようなものが、背中には刃を数枚重ねたような翼、長い尻尾が形成された。

 帰刃(レスレクシオン)を最初から使ってしまったが、もしニルフィと戦うならばそうでもしないと勝ち目がない。

 しかもそれはニルフィが未解放の状態でもだ。

 おそらく同じく刀剣解放をしているニルフィ相手に、どこまで通用するものか。

 

「ニルフィ! あんた、なんか言いなさいよ!」

「ーーーー」

 

 返答はない。

 ただし言葉としてであり、奇獣が巨大な手を構えて攻撃態勢を見せた。

 

 断翼(アラ・コルタドーラ)

 

 高速振動する翼の刃でチルッチが先手を取る。それを難なく避けられるのは想定内。その隙を埋めるためにガンテンバインが両手を組んでおり、間を置かずに次なる技を放つ。

 

 主よ我等を許し給え(ディオス・ルエゴ・ノス・ペルドーネ)

 

 龍の頭のように見える両拳から解放された破壊の閃光が、ニルフィと奇獣を飲み込む。

 

 断翼“散”(アラ・コルタドーラ“ディスペルシオン”)

 

 さらに追い打ちを掛けるようにチルッチが翼から刃を放った。そのあとを追うようにガンテンバインが地を滑るように駆け、無数の拳をニルフィに叩き込む。

 

 彼ら、というよりも、十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)たちは一対複数の集団戦でニルフィと戦うことが多かった。それこそ、即席のコンビネーションが可能なくらいには。

 しかしそれも二人では限界がある。

 

「ぐ、お、オオオオオオッ!」

 

 ガンテンバインの動きが止まった。いや、違う。強制的に止められた。両腕を奇獣に掴まれ、どれだけ腕を引こうとしてもビクともしない。

 そこにニルフィ自身の拳がガンテンバインの腹部に添えられ、捻られる。

 なにが起こったのか、正確にはチルッチには見えなかった。

 しかし口から血を零して膝をつくガンテンバインが無事であるはずがない。

 

「ニルフィ!」

 

 チルッチが叫ぶ。

 そこにどんな意味があるのか、彼女自身でもわからなかった。

 

「なんで、なんでよ!」

 

 無数の虚弾(バラ)に貫かれながら、チルッチが叫ぶ。

 

 ここで仲間割れしている場合ではないのは、優しいはずのニルフィが誰よりもわかっているはずだ。

 外でなにがあったのか、やはりチルッチにはわからない。

 やはり情報通りだとしても、信じたくなかった。

 あのニルフィが仲間を仲間とも思わぬ破壊の権化になるなど。

 

 今度こそ、立ってられぬほど通路が揺れた。

 歪み、たわみ、外側から圧縮されたように粉砕される。

 砂だ。

 大量の砂が意志を得たようにのたうちまわり、チルッチとガンテンバインを飲み込もうと迫る。

 

「ルヌガンガの……ッ」

 

 どうする? 

 ガンテンバインを回収するか? 

 しかしその隙は?

 それとも一人だけ離脱?

 

 考えるうちに砂の波が迫った刹那、

 

「打ち伏せろ『牙鎧士(ベルーガ)』」

 

 チルッチの背後から飛び出した巨大な影が、霊圧を放出しながらニルフィに向けて突進する。

 砂のなかを強引に押し進むそれを奇獣が受け止めた。

 猪のような巨人の姿のその人物は、ノイトラの従属官(フラシオン)テスラ・リンドクルツである。

 

「いまのうちに彼を!」

 

 テスラの横槍によって砂の包囲が崩れた。

 どのみちこの場にいる面子ではニルフィの相手などできない。

 出会うのが早すぎたのだ。

 刀剣解放をすぐさま解除したチルッチがガンテンバインを抱え起こし、ついでに隅に転がっていたネルも回収する。

 

「あんたはーー」

「どうか、東にッ」

「……そう」

 

 右腕を奇獣に破壊されながらテスラが言い残し、その言葉に込められた言外の決意を悟ったチルッチは、これ以上なにも言わずに背を向けた。

 

「ま、待つっス! あのヒトは……」

「うっさい! あたしだって、あたしだってわかってるわよ!」

 

 三人がこの場を去っていく気配。

 それでいい、とテスラは思う。

 

「……ニルフィネス様」

 

 捻れた右腕を庇いながらテスラが語りかけようとする。

 しかし言葉が見つからない。

 こうなる原因をつくったのは、テスラの主人であるノイトラだ。そしてそのノイトラを殺したのもまた、ニルフィなのである。

 テスラは複雑な心中をまだ整理などできていない。

 探すため走り回っていたというのに、いざ見つけると声が掛けられなかった。

 

 だから、ニルフィの前に立ちふさがり、感情を乗せぬままに言った。

 

「ここを通すことは、できません」

 

 ついさっき逃がしたチルッチたち。

 あの二人ならば、もっと少女のためだけに言葉を掛けてやることができるはずだから。

 屈強な左腕に拳をつくり、前に進むために蹄で床を踏み砕く。

 口の隙間から蒸気のように熱い息を吐き、圧倒的な差をものともせずに殴りかかった。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

「止めろ! なんとしてでも止めろ! ここから先へ進ませるな!」

 

 ルドボーンは葬討部隊(エクセキアス)を叱咤し、悪夢のような光景に仮面の奥から冷や汗を流した。

 彼の姿は『髑髏樹(アルボラ)』を解放して枯れ木のようである。

 しかし絶望的な状況に、内心が形となって表れたかのようだ。

 

 そもそも彼は、ニルフィに挑発を掛けるという藍染の案には反対だったのだ。

 辛いことの多い中間管理職にも優しく気遣ってくれる少女。ルドボーンはそんなニルフィを悪く思っておらず、3ケタ(トレス・シフラス)の巣において、内心ではすべて藍染が悪いのだと謝罪するくらいには、好ましい相手だと考えている。

 

 しかしどの道、ルドボーンはしがない中間管理職。

 断ることもできず、嫌々ながらに従っていた。

 だがどうだ、この窮地は。

 もしこうなると知っていたら、たとえ死のうとも反対していたに決まってる。

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)本宮の外。

 そこに葬討部隊(エクセキアス)二千体を配置していたルドボーンは、砂埃とともに地平を駆けてくる集団を目撃していた。

 ロカという破面(アランカル)から、ニルフィの帰刃(レスレクシオン)の情報も貰っている。

 だからこそ、ルドボーンは誰よりもこと(・・)の凶悪さが理解できていた。

 

 最前方の陣形のしゃれこうべたちが無造作に空に打ち上げられる。

 それがほぼ同時に、次々と起こっていき、暴虐の竜巻のように陣形を食い破っていく。

 いくらルドボーンが兵隊を補充しようが、もはや焼け石に水の行為だった。

 

 死神、ではない。

 これは軍と軍の戦いなのだから。

 

 ニルフィだ。

 いや、正確に言うならば。

 

髑髏樹(アルボラ)』 髑髏兵団(カラベラス)

 

 ルドボーン固有であるはずの能力が模倣され、ニルフィの劣化版ともいうべき存在の群れが虚夜宮(ラス・ノーチェス)のあちこちに散っているのだ。

 どれだけいるのか検討もつかない。

 この短時間にここまで増やせたのは、魂魄を使ったことによる強引な強化ゆえか。

 

 暴走してるかのように好き勝手に暴れまわる少女の姿をした骸骨兵は、飢饉の原因である(いなご)の群れのようだ。

 破面(アランカル)も死神も問わず、捕食されようとしている。

 

「ーーッ! ぐ、お……!」

 

 ルドボーンのもとまで到達した小柄な影。

 ソレの振るった長い腕を辛うじて刀で防御した。

 

 敵兵は異様な姿だった。

 本来ならば分離しているはずの奇獣が、少女の小さな肉体とほぼ一体化している。

 下顎のなくなった奇獣の頭蓋で顔の上半分を隠し、長い腕は手甲のようにほっそりとした少女と混じり合っていた。

 それが無数に攻めてきている。

 

 しかも、だ。

 『髑髏樹(アルボラ)』の能力というのが、自身の劣化版を無制限に(・・・・)生み出すというもの。

 もはや地力ではルドボーンと比べるべくもないニルフィが使用したことで、一体一体が数字持ち(ヌメロス)を凌駕する実力を持っていた。

 

 ーーあるいは、十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)級か!?

 

 刀越しの手応えに、ルドボーンはあながち間違いでもないかもしれないと思う。

 なんとか偽ニルフィの爪を弾き返す。

 それを踏み越えるようにもう一体が飛び出し、また一体、また一体と増えていく敵兵に切り裂かれた。

 

 気付けばもう、ルドボーン以外立っていなかった。

 周囲に居るのは、三ケタを超える怪物だけ。

 誰も想像できたはずがない。

 まさかルドボーンが数と質量の戦いに敗れるなどと。

 

「……馬鹿な」

 

 なにが悪かったのか。

 呆然とつぶやきを残した男は、白い荒波に呑まれて消えた。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

「縛道の六十三」

 

 鎖条鎖縛(さじょうさばく)

 

 卯ノ花の縛道によって身動きのできなくなった小さな骸骨兵。

 視線さえ向けるのが煩わしいように次々と縛道を使い、少女の姿をした骸骨兵たちを絡め取っていく。

 しかし手が足りない。

 右腕である勇音はすでに戦闘不能にさせられ、もとから戦力外の花太郎はその治療に追われている。

 回収した朽木白哉も織姫がいなければ使い物にならず、ここ数分、彼らを入れた結界を卯ノ花が防衛しているという光景が続いていた。

 

 卯ノ花の顔に焦りが帯びる。

 囲んでいる骸骨兵たちは総数四十。

 ここまで無力化したものも合わせれば五十を下らない。

 そのすべてが死神に例えれば副隊長以上の強さを持ち、突如現れたそれらによって、身動きができないまま泥仕合を見せている。

 

 よくよく見れば、卯ノ花の隊長羽織にいくつもの裂傷が入っていた。

 牙によるものだ。

 どうやら骸骨兵たちは、なにがなんでも卯ノ花たちを捕食したいらしい。

 

 刀を抜くか?

 そう卯ノ花は考えるものの、攻め手にまわれば結界は手薄になり、たちまち部下たちが貪られる。

 全力で一気に殲滅しようにも、今度は結界のほうが耐えられずに巻き込んでしまう。

 

 そこまで考えたとき、骸骨兵たちの包囲網の一角が吹き飛ばされた。

 卯ノ花は見た。

 爆音兵器のように霊圧を放出し続けるその男が、刃こぼれをしている斬魄刀を振り下ろしているのが。

 

「あ? 虫みてえにコイツらが集まってると思ったら、てめえかよ」

 

 卯ノ花の姿を見つけた剣八が口をへの字に曲げる。

 

「……助太刀、感謝します」

「チッ、たまたまだ。こんな中途半端に強ェ奴らに、なに手間取ってやがんだ!」

 

 向かってくる骸骨兵たちを次々と屠っていく剣八。

 片腕だけで刀を振るってるというのに、グリーゼとの戦闘で(たが)のはずれた霊圧によって、生きた竜巻のようだった。

 ほどなくして、撤退した数人を除けば骸骨兵を倒し終わった剣八が卯ノ花の前に立つ。

 

「……おい、治せ」

「それは構いませんが……。あなたがここまで深手を負うとは。そこまで強い相手だったのですか?」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らした剣八は、腰帯に突っ込んでいた斬られた片腕を卯ノ花に押し付ける。

 

「つまんねえ戦いだったぜ」

 

 そう言って、力尽きたように座り込んだ。

 珍しいことだが、剣八がここまで消耗しているのは卯ノ花も初めて見る。

 

「私ができるのは止血までです。失った血もすべて戻すことはできません。そして確実に腕をつけたいのなら、まず織姫さんを探すのが先決ですね」

「一護の野郎はなにしてんだ」

「他の方々との音沙汰はなしです。この襲撃の前に『天挺空羅(てんていくうら)』を使いましたが、何人かに繋がらず、それ以外の方々との応答はありません」

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の危険性は予想以上だ。

 いや、見誤ったのは、これまで警戒していたニルフィネスという破面(アランカル)のことか。

 藍染が去り際に残した“彼女”がニルフィネスを指すのは明白だった。

 

 彼女がなにを思って同族さえも襲っているのかわからない。

 ただ、部外者の卯ノ花が理解できたのは。

 

「……ここからすぐに離れましょう。信用できる戦力との合流が必要です」

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)はもはや終わりだということ。

 剣八も大人しく従い、遠くの光景から視線をはがす。

 

 さきほどの襲撃とは比較にならない、万に届きそうな小さな骸骨兵たちが蠢いていたから。

 もはや本体であるニルフィを止めない限り、この災害は終わらないだろう。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

「さて、さて。どうするべきか」

「逃げようぜ、な? 逃げたほうが身のためだろ? さっきチルッチのヤツだって言ってたじゃねえか、ここから離れろってよ」

 

 通路の中央で仁王立ちする蛇男に、しきりに犬頭の破面(アランカル)が撤退を提案する。

 しかし蛇男は頭を横に振った。

 

「オレが考えてるのは、どうすればあの幼女を倒せるかだ」

「……いや、無理だろ。その煩悩が詰め込まれる頭で考えてみろ。こいつら(・・・・)ならともかく、十刃(エスパーダ)もねえ数字持ち(ヌメロス)の俺らが、あんな、あんな化物なんかに敵うワケねェじゃんか」

「ああ、そういえば、それもそうだな」

 

 蛇男がたしかにと頷く。

 彼らの周囲にはニルフィを模したような骸骨兵たちが転がっていた。

 ある者は顔面を潰され、ある者は痙攣している。

 その数は十。

 うまく立ち回ればここまでできる二人も、本体であるニルフィに敵うとは思っていない。

 

 犬頭はホッとした様子で、もう一度逃げるように提案した。

 

「なら、いいだろ? 逃げようぜ、な?」

「ああ、そうだな。お前は逃げていいぞ」

「そうと決まれば……ってオイ。なんでだよ。てめえは逃げねえのかよ」

 

 本格的に頭がイカレたのか? 

 犬頭はすぐにそう思った。

 たとえ真面目な表情をしていようと、平然と阿呆なことをするのがこの腐れ縁なのだ。

 

「なんといっても、オレの座右の銘は“退かぬ媚びぬ省みぬ”だからな。あっ、あの嬢ちゃんが貸してくれた漫画から取ったんだがな、これがもう“お前はもう死んでいる”とどっちにするか迷ってて……」

「ーーなあ、オイ」

「…………。そうだなァ、オレだって逃げてえよ」

 

 犬頭の切実な声に、今度こそ蛇男が折れた。

 

「グリーゼも死んじまったし、その前にゃクシャナのお嬢だ。どっちも、あの嬢ちゃんのために、やられちまった」

「だろ? 俺らが残ったところで……」

「楽しそうだったよな、あの嬢ちゃん」

「あァ?」

(ホロウ)時代で仲間だったときも、破面(アランカル)としても、ついこの間までよ。ずっと、こうなるまでは笑ってたのによ」

 

 犬頭だってニルフィの暴走に会ったのが一度だけではない。

 ずっと昔、(ホロウ)のときに目撃していた。

 いや、ニルフィが覚えていないだけで、かなり仲が良かった部類に入る。犬頭も、蛇男も。

 

「だからよ、理屈抜きに思うんだ。泣かせたくねえって」

「……馬鹿だぜ。てめえも、あいつらも」

「助けたいって言えば馬鹿になるなら、オレは喜んで馬鹿になってやるよ」

 

 斬魄刀の柄に手を掛けた蛇男が前を見据える。

 廊下の光源がふつふつと途切れていき、偶然なのか、ちょうど二人の目の前まで薄暗い空間が迫った。

 

 ズルリ、ズルリ。

 なにかが這うような音が耳に届く。

 

「できることはもうやった。あとはオレらの自由だ」

 

 ロカの認識同期が送られる前、藍染が虚夜宮(ラス・ノーチェス)を去ってから、彼らは二人でニルフィに関しての警告を広げていた。

 テスラの動きが早かったのも、そのためだ。

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の残存戦力は少ない。

 ニルフィを止める可能性を掴み取るまで集めるためには時間がなかった。

 だから一秒でも長く、足止めせねばならないのだ。

 

 一抹の後悔はある。

 暗闇の奥からやってきたニルフィが引きずる赤いそれが、あの好青年の姿だと気づいたから。

 

「もうさ、逃げたくねえんだよ。仲間が死んで、悲しんで、そんな光景に背を向けてよ」

 

 しかし、そう。自由なのだ。

 自我の強い破面(アランカル)たちは、自分の手で道を掴む。

 たとえそれが破滅への片道切符だとしても、後悔はないのだ。

 

 蛇男が口の端を裂くようにして笑う。

 

「退くなら退け! それくらいの時間なら稼いでやる。そのためなら、少しはカッコイイとこ、見せてやるぜ?」

 

 ひどく喉が渇いたように犬頭は口を開閉させる。

 そして乱暴に頭を掻き、悪態を吐きながら、蛇男の隣に立つのはすぐあとのことだ。

 

「あァ、クソが! クソ! てめえは救いようがねェ、その他大勢と同じでとんだお人好し野郎だよ! チクショウが! けどよ、俺がホントにムカついてんのはなァーーそんなお前を助けてやる、俺もお人好しだってことだよ!!」

 

 ニルフィとの距離は近い。

 彼女が投げ捨てたテスラの生死は不明だが、その有様を見て、笑えるほどに足がすくむ。

 蛇男が肩をすくめて提案した。

 

「とにかくお前が突っ込め! いつもオレたちが先輩だぜ、後輩にデカい面させんじゃねぇ!」

「まず俺かよ!?」

「当たり前だ。お前は下僕、前座、序の口、イーとか叫ぶ戦闘員だ。安心しろ、もしお前がやられてもオレが出て、なあにこの犬畜生などは我々のなかでもっとも下の者、とか言ってやる」

 

 冗談だ。

 わかりやすく、状況が状況なため笑えないそれも、一周回って爆笑ものだ。

 二人は笑い、ちょうど同じタイミングで顔を引き締める。

 ニルフィが明と暗の境界を踏み越えたのである。

 それぞれの刀剣解放をし、本能的に下がりそうになる足を前に動かすと、己を鼓舞するように吼えた。

 

 自他が認める、語るほどもない、結果の見え透いた戦いがまた幕を開けた。




裏話

これまでちょくちょく出てきた犬頭さんと蛇男さんは、この小説のプロット段階で、主人公の従属官(フラシオン)となるはずだった没キャラたちです。
本作では一般破面(アランカル)代表として書いてました。

そこ、リサイクル言うな。

……まあ、最初は『記憶の壊れた刃』もホントにほのぼの小説だったのですが、メリハリがないから戦闘入れて、そこからシリアス展開になり、戦闘力的についていけなくなったために没になったのです。アネットさんらがチートなのも、最初から考えてたわけじゃないんよ。

え? なぜほのぼのが鬱々になったのかって?

こっちが聞きてえよ(真顔)

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