新しい
その藍染からの簡素な報せだけで
彼らは見ていた。その新しい
薄暗い黒を消し飛ばすように、やけにカラフルな光が景色を染め上げ、視覚という五感の一つを完全に潰す。
気に入らないから。自分のほうが
そういった理由で挑戦した九人の
そして捕食者が命をからめとるのには、たったの一瞬さえあれば余裕でもある。
九人の背後に、九人の小さな人影が生まれた。
それらの影は予備動作なしの貫手を右手でつくり、突き出す。
光が噴き出したのは一瞬のこと。集まっていた
目で捉えられたは、心臓があるであろう部位から血を噴水のように噴き出す九人の挑戦者たちの姿。彼らは足の力を失うように床に崩れ落ちた。
最後に立っていたのは一つの小さな存在だけ。己の手の内を晒さず、しかし結果を作り出している。
上段にある身の丈を越した椅子に座っていた藍染が微笑を浮かべる。
「他に『彼女』に挑戦する者はいるかな? 私としても頻繁に
返ってくるのは沈黙のみ。これで認めたわけではないものもいるだろう。しかし異議を唱えるものはいない。
この場にいるのは九人のみ。いないのは
訂正するのなら、この場には新入りを含めて
「では、ニルフィネス・リーセグリンガーを
「え? あ、はいっ、頑張ります!」
「これで君は皆に認められたばずだ。新たな
「藍染さまの期待に応えられるようにします!」
気持ち悪そうに手にべちゃりと付着した血を払っていたニルフィが、慌てて一礼する。
仮面の名残であろう大きな角が、耳の上から髪を掻き分けて後頭部にまで沿うように伸びていた。
腹部で開いたパーカーのようなフードから所々覗く真珠色の肌は、傷を付けることなどおこがましいにもほどがある。
だからこそ、今しがた死んだ
彼らはニルフィがこの広間へとやって来た時から憤りを感じた者たちだ。
戦いの結果を外から見届けたバラガンは、あの九人と一緒に挑もうとした配下の血気盛んな若い
「言ったじゃろう、あの馬鹿どもと一緒になりたくなくば、見ていろとな。我が配下であるのならば
その
あの少女を初見で警戒しろというのが無理な話だ。バラガンでさえ、最初は油断をして痛い目を見ていたのだから配下の若者に強くは言えない。油断は戦いの中で最も忌むべきものなのだ。それを無意識に相手に刻み込むことに関しては、ニルフィほどのものはいないだろう。
それにゾマリが掛かったのか、それとも単純な実力差か。
どちらもだろう、というのがバラガンの予想で、それはたしかに当たっている。
「えっと、その、よろしくお願いします!」
ペコリ、と少女が先ほどの虐殺などなかったかのようにお辞儀した。
「改めて、私はニルフィネス・リーセグリンガー。どうかニルフィって呼んでね。ここではのんびり暮らしたいから、みんな仲良くしてね」
天真爛漫な笑顔のまま、手にくっついた血を霊圧で弾いて汚れを落とす。
背中を虫が這いまわるような錯覚をニルフィの過去を知っているものたちは受けた。
ああ、コレは昔のまま、バケモノとして生きているのだと。
ニルフィが藍染に呼ばれてここに入って来た時から、覚えのある特徴的な霊圧に身を震わせた。
久方ぶりに思い出した感情だった。これは恐怖だ。忘れもしない、絶対的な畏怖。
なぜここにいる。あのバケモノが。ありえない。死にたくない。喰われたくない。
姿形がいくら可憐で小さな花だとしても、彼らはもう騙されることなどしない。運よく生き残り、そしてその惨状を眼前でありありと見せられ、心を砕かれたのだから。
彼女の容姿を前にして、挑戦者が九人だけなのはあまりにも少なすぎた。
少し前にウルキオラが
彼らが共通に思ったことは単純にーー勝てない。それだけだ。
「おめでとう、ニルフィ、これで
「だ、大丈夫です......」
「遠慮する必要はない。君は
「二人、くらいは必要になると思います。いきなり多くても纏められないので」
「そうか。--では、この場に彼女の下に
「え?」
そんな酔狂な人物がいるのかとニルフィの口から声が漏れる。彼女は自分の姿をよく理解していた。そのため、こんな弱そうなヤツの下になろうとする人物がいるはずもないと思ったのだ。
「......俺がなろう」
いた。それも見覚えのある巌のような大男だ。
破面・No.101グリーゼ・ビスティー。彼が影から踏み出すように現れたことで、周囲の
藍染がグリーゼに訊く。
「いいのかい、グリーゼ?」
「......名を覚えて頂けていたことに至極恐縮」
「君のような人材が彼女の
言葉ほど驚いているようには見えない藍染が頷く。それを許可と取ったグリーゼがニルフィの元へと歩み寄った。ビクリ、とニルフィが体を強張らせるも、グリーゼは目礼をするだけで特になにかすることはなかった。
「他に望む者はいるかな?」
藍染が目を眼下に奔らせた。
そこに、一人の紳士が足を踏み出す。整えられた
「ふむ、これも何かの縁であろう。驚きもある。しかし! 麗しき
「はいはい、どいて! アタシ、アタシがその子の
「へぶらっ!?」
意気揚々と前口上を述べていたドルドーニは、背後からの突然の蹴りで吹き飛ばされた。
ドルドーニが床に倒れ込んだまま必死の形相をし、その人物へと向けて指を突き付ける。
「き、君ぃ! なにかね! 吾輩の高貴かつ優雅なる登場を蹴り一つで潰すとは!」
「これは早い者勝ちですよ? 競争相手は蹴落としたっていいんじゃないかしら。それを言うなら、あなたは蹴り一つで蹴落とされたってことになるわよ」
「むぐぅっ!」
「それにレディーファーストが紳士の心情ですよ。あれ? ここにいる紳士さんは、私に
「ぐ、ぅおおおぅっ、久しぶりの再会ながら、君はまったく変わっておらんようだ」
「お互い様、でしょ?」
クスリ、と笑って、その女が肩ほどまで伸ばした朱色の髪をかき上げる。
彼女を見て、広間にさらに動揺が生まれた。
破面・No.110アネット・クラヴェラ。
その中の秘境を一目見ようとドルドーニが首を伸ばし、その顔面がアネットの鋭い蹴りが炸裂した。
「ふぐぉっ!? は、鼻が! 花のように散る!」
「ま、いいですよね。どうせどっちも
「う、うむ......。それでいいだろう。だからこのまま頭を踏みつけないでほしい。幼さへの誘惑を振りきったと思ったら、別の性癖に目覚めそうなのだ......!」
「決まりね」
アネットがニルフィへと向き直り、少女へと歩み寄る。
二人のやりとりに引いていたニルフィは体を固まらせるも、彼女の前へとやって来たアネットはそっと目線を合わせ、優しい表情となった。
「アタシはアネット・クラヴェラ。よろしくね、ニルフィちゃん」
「う、うん。よろしく」
「
「地位とかそんなの、私はよくわかんないからさ。アネットさんも敬語なんて使わなくてもいいんだよ?」
「ありがとう! 優しいわね!」
警戒を解いたニルフィはアネットに抱きしめられた。熾烈なのはあくまでもアネットの一面だけなのだろう。とても優しく、大切なものを抱くような抱擁だ。
ただし他の実力者以外たちの顔色は優れない。
「スーハースーハー、きゃーっ、髪もすごい良い匂い! お肌もこんなにすべすべでプニプニ~、これは天国のもち肌か! 涙目の顔も可愛くて、もうベッドの中で可愛がりたいよぉ! ク、クッヘヘヘヘ、たまらんなぁ、たまらんねぇ、この慎ましやかな胸もさぁ。こんな小っちゃくて可愛い娘と一緒にいるなんてもうーー役得」
鼻息荒くだらしない笑顔のまま抱きしめている幼女をまさぐっている姿を見ると、すぐにでも考えることをやめてしまいたくなるのだが。
ニルフィは泣くのを堪えながらドルドーニへと視線を送るが、紳士は胸を押さえながら何かを抑えるのに必死のようだ。内なる衝動とかそういったものと。これをアウトかセーフで表すならば、チェンジ! と声高に叫ぶところなのに。
もう
「決まったようだね」
言葉を失うような光景を前にしても、藍染のスルースキルは高かったらしい。
「グリーゼ・ビスティー、アネット・クラヴェラ。両者を
「い、嫌............いえ、いいです。はい」
「それはよかった。では、ここで解散しよう。集まってくれてありがとう。あとは自由に戻ってくれて構わないよ」
愛染が去り、
眼帯を付けた非常に長身の男が去り際にニルフィを睨んだが、件の少女はいまだにアネットに弄ばれており、気付いてすらいないようだ。
グリーゼがそれを見かねてアネットを引きはがす。
「なによう、グリーゼ! まだ可愛がっている途中なのに!」
「......主も困っているようだ。それにまだ、正式な自己紹介すらしていないだろう」
「あ、そうでしたね。では改めて、と」
アネットは名残惜しそうに立ち上がった。ニルフィとしては解放されて万々歳である。
キワモノ二人の
その立ち振る舞いは、さすがは元
「......グリーゼ・ビスティーだ」
「えっと、その、さ。グリーゼさんはなんで私の
「......先の戦いを見た。見事な手際と評そう。本気とはほど遠いだろうが、あれで十分だ」
「そっか」
「......時間があれば手合せ願いたい」
「初めての命令が『襲い掛かってこないで』になりそうだね」
戦いに独自の固執があるだけで、グリーゼの人柄は真っ当な部類に入るのだろう。
まともな部下を思わぬところから手に入れられて、ニルフィは付いていたかもしれない。
そしてニルフィは、どう考えても真っ当ではなさそうなほうの
「もう一度言うけど、アタシはアネット・クラヴェラ。好きなものは可愛いもの。嫌いなものは筋肉ダルマよ」
じろり、とアネットが隣の筋骨隆々な大男を見た。
美人の怖い顔は迫力のあるものだが、グリーゼは熊のようにのっそりとどこ吹く風だ。
「え、それじゃあ、なんで私の
「もちろんニルフィ、貴女が可愛いからに決まってるでしょ!」
「わわっ!?」
「アタシはね、地位とかそういうのには無頓着なんですよ。それで自由にここで生きてきたワケなんです。貴女の下に付こうと思ったのも、言いようによっては暇つぶしみたいな。あ、でも忠誠はちゃんと誓うわよ。それを骨の髄まで教えてアゲル!」
「だ、ダメだって! ひうっ、ふ、服の中に手がぁ......!」
「一目惚れよ一目惚れ。こんな可愛い子になら、身を尽くしてもいいかなって。あ、信用してない? なら教えてあげますよ、どれだけ本気かってのを! 貴女のカラダに、ね」
「や、やめてぇ! そこダメ、あぅっ、ダメだって! グリーゼさん助けてぇ!」
「......承知」
「ちぃっ、この筋肉ダルマ! いまイイとこなのに!」
早くも騒がしい
それを見ていたバラガンはやれやれと首を振り、せっかくなのだからと祝い事の一つでも言ってやろうと足を踏み出した。
『む......』
同じタイミングで、同じ動作をした者が他にもおり、彼らは眼を細める。
バラガンの右側のハリベルも、左側のアーロニーロも、ニルフィの元へと歩いて行こうとしたところだった。
ならば一緒に行けばいいのだが、プライドの高い
なんか小っ恥ずかしいとか、らしくないという意識がそうさせたのか。何気なく話しかけて思い出したように褒めてやるつもりが、それが三人ともなれば褒めるために意図的に近づいたように見られるかもしれない。
難儀なものだ。
どっか行け。
貴様こそ。
邪魔。
類見ない視線の牽制だった。霊圧が剣のように尖り、彼らの
彼らは先にニルフィへと近づこうとさらに足を踏み出し、
「リーセグリンガー、どうやら無事に終わったようだな」
思わぬ伏兵に撃沈された。
「あっ、ウルキオラさん」
「聞いたぞ。俺の宮に来るはずが、まったく別の所に辿り着いたらしいな」
「白々しいね。知ってるんだよ、キミも加担してたってことくらいさ。そのせいでこんな
「藍染様の計画だ。不満を言うな」
ニルフィたちの背後ではアネットとグリーゼが言い争っており、これからが心配になる。
「でも、いいのかな」
「なにがだ?」
「私なんかが
「決めたのは奴らだろう。それを疑うこと自体が奴らへの裏切りだ。それを知っておけ」
「......そうなの?」
「喋りすぎたな。あとは自分で考えろ。お前の頭では理解までには及ばないだろうが」
「むっか、今度ウルキオラさんの宮の壁に落書きしてやるからね!」
「哀れなほど小さいな」
背を向けたウルキオラは一度も振り返らず、入り口の扉を潜っていった。
それに続いてバラガン、ハリベル、アーロニーロと、ニルフィも話しておきたかった人物たちがなぜか悔しげな空気を纏わせて出ていった。あとで挨拶参りに行こうと決心する。
「だいたいね、可愛い存在がなんでこの世にいてくれるか分かる? 愛でるためよ! 触りまくった手の感触思い出しながらご飯十杯はいけます!」
「......俺には理解できない性癖だ」
「性癖言うな! 志向と言え!」
「......
「ハッ、バレないようにヤるからいいのよ」
「......いっそ清々しいな」
なぜか新参の自分のためになってくれた
「
けれど、
それ以前だって、生きるための力を手に入れるために数えるのもバカらしい魂を喰らってきた。
「ぼちぼち、やってこっかな」
死なないように。楽しんで生きるために。時間はまだある。
自分の中で答えを見つけるのは、のんびりやっていけばいいだろう。
RoNRoNさん作
{IMG7941}
プロフィール
ニルフィネス・リーセグリンガー
性別・女
身長・130cm
性格・
好きなこと・食べること、お昼寝、イタズラ
苦手なこと・説教、戦闘
元
可愛らしいという言葉が具現化したような姿を本人は気に入っていないが、流麗な黒髪は自分でも好き。怒った顔をしても蚊よりも怖くない。ただし霊圧が殺傷レベルを持つため注意。
思考回路は子供と一緒だが、頭の回転はかなり早い。極度の方向音痴はそれでもカバーしきれないようだ。
戦闘能力は高いが、記憶が無くなっているために今の本人も全容を捉えていない。
技の模倣は能力ではなく個人的な技術によるもの。再現をするために必要なので、記憶力はかなりいい。ただし『視認』できないと形として表せず、さらに相手だけの固有の技(他人には絶対再現不可能の技)は通常の状態では模倣できない。
全体の戦闘能力を簡単に言えば、はぐれなメタルを超実戦的かつ強力に昇華させたような存在と考えてもらいたい。
豆腐メンタルではあるが、戦闘となれば性格が豹変。あくまで内に隠れた暴虐性が表に出ただけであるため、二重人格というわけではない。どっちの性格も彼女の顔である。