記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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断れない性格なので

 ーーこうして少年は、数々の困難を掻い潜り、無事に少女の元へと万病を治す薬を持ち帰ったのです。

 

 その時にはもう、少女の体はほとんどが石になっていました。

 

 少年が少女の手を握ると、その冷たさが伝わります。

 

 一縷(いちる)の希望をかけて、ほとんど動かない口にゆっくりと薬を流し込ました。

 

 すると、なんということでしょう。

 

 少女の体は温かさを取り戻し、以前のように笑えるようになったではありませんか。

 

 病は影もなく治りました。

 

 二人はとても喜び、互いを抱きしめ合います。

 

 めでたし、めでたし。

 

 

 ----------

 

 

 本が静かに閉じられる。

 大団円のハッピーエンド。機転という名のご都合主義で危機を退(しりぞ)け、食傷気味にありきたりな物語。なんのひねりもない、そんな他愛ないもの。

 椅子に座ったアネットの膝の上で、現世から取り寄せた絵本を読み聞かせてもらっていたニルフィ。少女は従属官(フラシオン)に尋ねた。

 

「ねえ、アネット。この人たち、このあとどうなったの?」

 

 従属官(フラシオン)だからという理由で、アネットはさん付けされるのを拒んだ。グリーゼも同様で、他の十刃(エスパーダ)の知り合いもバラガンを除けばOKが出ている。まあ、バラガンに関してはニルフィがさんを付けないといけない気がしたからだが。

 

「そこまでは書いてないわね。幸せに暮らしたとかじゃないですか」

 

 アネットが答える。

 登場人物の中で、主人公はただ『少年』とだけしか呼ばれていない。これも名前を呼ばれず『少女』とだけ書かれた女の子が体が石になる病に罹り、『少年』がそれを治すための薬を手に入れる物語だ。

 ドラゴンを出し抜いたとか、鬼を斬ったとか、そういう部分にニルフィの関心はない。

 

「どうして、この男の子は自分から危機に飛び込んでいったの?」

「そうしないと女の子を助けられないからですよ。大切な人のために命張るって、ロマンでしょ」

「大切って、どんなふうに?」

「えぇっと、それは......」

 

 視線を逸らしながらアネットが言いよどむ。

 『少女』はただ『少女』としか呼ばれず、『少年』にとって恋人だったのか肉親だったかのかまでは、この絵本には記されていない。

 恋愛。友愛。親愛。そのほかのどれのために『少年』が動いたのか、はっきりしていないのだ。夢のない言い方では、報酬として大金を貰えるからだとか、そういった理由でもあるかもしれない。

 さすがにそこまでアネットはストレートに言わず、多少ぼかす。

 

「きっと、失いたくないぐらい大切だと思います」

 

 アネットは仮面の名残である、朱色の髪が流れる頭の横から目立たないように見え隠れする羽飾りをいじった。本当は別のことを言おうとした。けれどそれを言っても何も変わらないと、無難と思える受け答えをしたのだ。

 

「大切、かぁ」

 

 そこまで、『少女』は『少年』にとって、自分の命よりも重い価値があったということか。

 ニルフィとしてはありえないと考える。命があってのもうけものだし、自らの能力も確実に生存するためのものに特化しているからだ。理解は出来ないはずだ。それでも胸にもやもやとする、しっくりこないものが居座った。

 

「さて、次はどの本を読みますか?」

「んーっとね」

 

 ニルフィは自分の部屋に届けられた巨大な箱の中を漁っていく。すべて現世のものだ。中には小説やおもちゃなどが雑多に詰められていた。

 娯楽がないなら取り寄せればいいじゃない。そんな考えから、ニルフィは現世のものを藍染から貰っていた。普通の破面(アランカル)ならばこういった道徳を学ぶものなど邪道以外の何物でもないが、ことニルフィに関してはそれが当てはまらない。

 便利だし、楽しめる。それだけあれば彼女にとっては十分だった。

 

「この本はさっき読んじゃったし、あ、この『人生ゲーム~揺りかごから墓場まで~』って面白そう......あれ? こんなの頼んだっけ?」

 

 ニルフィが箱の中から服を取り出した。

 サイズは小さく、ニルフィにはぴったりだろう。黒のワンピース、フリルの付いた白いエプロンを組み合わせたエプロンドレスに、同じく白いフリルの付いた猫の耳を模したカチューシャ。

 堪え切れないと言った様子のイイ笑顔でアネットが言った。

 

「それは現世では『猫耳メイド』なる服ですよ、アタシが頼んだの。かしずかせてあげるのもそそるわね。ささ、着ちゃって着ちゃって」

「......この薄くて体にフィットしそうなのは?」

「それも現世の、『スク水』なるものですよ。その背徳感で今からでも興奮しているわ。オプションでランドセルなるものもあります。ささ、着なさいな」

「......着たらどうするの?」

「それはもう舐めまわすようにというか実際に舐めまくって可愛がってあげた後にベッドに抱えていって布団にもぐりこんでたっぷりドップリ他人水入らずなほどにあーんなことやこーんなことして足腰立たなくさせるわね。それがなにか?」

 

 エマージェンシーコール。緊急事態ともいう。ニルフィの頭の中で警報を壊れそうなほどに鳴らす。

 アネットの言っていることは少しも理解できない。けれど身の危険を、あろうことかなぜか自分の従属官(フラシオン)からびしばしと伝わってくる。

 

 虚楼響転(オブスクーロ・ソニード)

 

 即座にニルフィは部屋を埋め尽くす数に増えた。文字通りの人海戦術で、アネットを押し流すように大量の実体を持った幻影が、勢いよく地面に投げつけたスーパーボールのごとく部屋中を飛び回る。

 そっ......と、ニルフィが姿を消したまま部屋を出た。

 

「わっふ!? さてはアタシをかわい死にさせるつもりだな! 柔らかいお腹、マシュマロほっぺ、くりくりの大きな眼! あぁもう、抱きしめ心地も最高。アタシの天使(アンヘル)が天国に連れて来てくれたみたい!」

 

 半狂乱のアネットの声がニルフィの背中に届く。いまだに、あの従属官(フラシオン)がなにを考えているのかニルフィにはわからない。少女が可愛かったから。それだけしか理由を言わないが、他にも隠し事をしているらしいのはなんとなく察している。

 決まってそんなとき、アネットのいつもの天真爛漫な笑顔に悲哀が含まれるのだ。

 自分に執着している理由もそれが関係しているのかもしれない。

 といっても、あの状態のアネットが素に戻るまで時間を潰そうと、ニルフィは自分の宮を飛び出した。

 

 

 ----------

 

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)のどことも知れぬ廊下をてってけと歩く小さな影。

 終わりの見えない廊下に徒労感を募らせながら、ニルフィは不安そうに周囲を見回していた。

 端的に、迷った。

 他の破面(アランカル)も見当たらず、ニルフィの軽い足音だけが寂しい通路に反響する。

 

「だれか~」

 

 呼んでも返事があるはずがない。

 どうして宮を飛び出してきてしまったのか。アネットのセクハラから逃げるためとはいえ、第7宮(セプティマ・パラシオ)の中でも隠れる場所はいっぱいある。

 アネットの温かい優しさが、すぐに恋しくなった。あの従属官(フラシオン)も暴走さえしなければ、ニルフィにとっては良き姉のような存在なのだ。グリーゼも寡黙で怖かったが、話してみるとただ口下手なだけで、必要なことを言う前に口を閉ざすから誤解されやすいだけで。

 

「............」

 

 ニルフィがふいに立ち止まった。

 心細さと寂しさで、目に厚い涙の層ができる。すぐにでもこぼれてしまいそうだ。

 強さなどではどうにもできないことだってある。

 

 カツン......。

 

 背後からの靴音に、アネットかグリーゼが迎えにきてくれたのかと、それはもうパァッと顔を輝かせてニルフィが振り返る。

 そして凍結させられたように固まった。

 そこにいたのは全くの別人で、さらには危険な雰囲気を纏わせていたからだ。

 襟の後ろが大きく丸く伸びている長身で長い黒髪の男。左目の眼帯の隣には、ぎらつく眼光を宿した三白眼。見た目からして凶悪そうな人相をしている。

 そんな男が目を細めながら威圧的にニルフィを見下ろしているのだ。ビビるなというほうがどうかしている。

 

「アァ? うぜえガキかと思えば、新しい十刃(エスパーダ)サマじゃねえかよ」

 

 霊圧を高圧的に発散しながら、男はニルフィへと顔を近づけた。怯えながらニルフィは壁際まで追い詰められ、男が壁に右手を突いて彼女が逃げられないようにしたことで、小さな体を震わせる。

 男の背後にいた右目に眼帯を付けた従属官(フラシオン)が見かね、男をいさめた。

 

「ノイトラ様、絵面的に完全に犯罪者です」

「テメエは黙ってろ! テスラ!」

 

 テスラを一蹴したノイトラと呼ばれた男は、蛇を思わせる一睨みでニルフィの顔を舐めまわすように眺める。

 

「ゾマリの野郎を殺ったってのが、テメエみてぇなヤツだとわよ。笑わせてくれんじゃねェかよ、オイ。貧相な体で精いっぱいの色仕掛けして、油断したトコをチョイ、か?」

「............」

「ハッ、だんまりかよ」

 

 怯えたまま活路を見出そうとするニルフィ。

 ノイトラを見るのは初めてだが、その視線に含まれた棘は、以前の第7十刃(セプティマ・エスパーダ)に正式に認められた際に感じたものだ。友好的ではない。隙さえあれば、容赦なく潰す算段を持った視線。

 

「わ、私に、なにか用なの?」

「丁度いいから顔を拝もうと思っただけだ。別に取って食いやしねえよ。それともなんだ? 襲われるとでも思ったか?」

「......うん。そう言うなら、殺気を抑えてよ、ノイトラさん」

「つれねェやつだな」

 

 斬魄刀らしいものをノイトラは所持していない。隠している気配も同じくなかった。けれど油断したら、目の前の男から虚閃(セロ)なり拳なりが、ニルフィの顔めがけて飛んできそうだ。

 

「気に入らなかった? 私が十刃(エスパーダ)になったこと」

「気に入らねえ、だと? そりゃそうだろうな。ゾマリの野郎が死んだことには何も言わねえ。けどな......メスが調子に乗るなよ」

「乗ってないよ」

「それが調子こいてんだって言ってんだ。まァ、藍染サマからはやんちゃは止められてるからな。ここでなにかしようってわけじゃねえ。けどなーー背中には気を付けとけよ。どっかのバカみてえに、頭がパカッとイッちまいたくなけりゃあ、なァ」

「......ッ!」

 

 いままでの威嚇のようなものとは段違いの霊圧が、ニルフィの矮躯に叩き付けるように生まれた。

 思わず攻撃をしそうになる。しかしニルフィが先手を取れば、ノイトラはそれを理由に嬉々として殺しに掛かってくるだろう。

 何も出来ず、ただプレッシャーに晒されるのかとニルフィが身を強張らせた。

 そんな時だった。通路の奥から誰かが歩いてやって来たのは。

 

「なんだノイトラ。てめえにガキをいたぶって喜ぶ趣味があったなんて、初耳だぜ」

 

 馬鹿にするような物言いに、ノイトラが顔の不快さを隠そうともせずにそちらを見やる。

 ニルフィも、やって来た人物の顔を、涙のにじむ視界に収めた。

 右顎を象った仮面の名残を着けた、端正な顔立ちに水浅葱色のリーゼント風の髪をした不良風の男。ショートジャケット風の死覇装を着ており、腹部にある孔が覗いていた。

 

「アァ? 随分上からな物言いだなァ、グリムジョー」

「知るかよ。それより俺は、ガキをいたぶって楽しいのかって訊いてんだ。こんな辛気臭ぇ場所で雑魚みてぇに振る舞ってんのが目障りなんだよ」

「チッ、王子サマ気取りってか?」

 

 どうやらこの二人は仲がひどく悪いようで、顔を合わせただけで殺気を飛ばした。

 ノイトラが興醒めというように舌打ちし、ニルフィから離れた。最後に一度だけ見下ろすと、弧を描く笑みをさらに深めるように顔を歪ませる。

 

「せいぜい、気を付けろよ」

「............」

 

 押し黙るニルフィを鼻で笑うと、ノイトラが興味をなくしたかのように足を踏み出した。

 

「戻るぞ、テスラ」

「ハッ」

 

 背を向けて通路を行ってしまったノイトラをテスラが追っていった。

 重圧から解放されたことにニルフィはほっとするものの、新しくやって来たのがグリムジョーというまさにヤンキーな男であることに、恐る恐る彼の顔を見上げる。

 ニルフィが十刃(エスパーダ)であることに多少の警戒はあれど、グリムジョーの目には敵意などはなかった。

 思わず、口をついて言葉が出た。

 

「あ、あの! ありがとうございます、助けてくれて」

「勘違いすんなよ。俺はあの野郎が気に入らなかったからやっただけだ。お前のことはどうでもいい」

「でもっ、あのままだったらノイトラさんに何されてたか......」

「お前も十刃(エスパーダ)なんだろ。気に入らねえなら気に入らねえって、ちゃんと言葉で言いやがれ。でないと、アイツを付け上がらせるだけだ」

 

 無愛想な物言いながら、ちゃんと忠告をしてくれた。根はいいというか、曲げたりはしない性根なのだろう。グリムジョーの言葉に偽りはない。

 

「私、ニルフィネス・リーセグリンガー。最近、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)になったの。よろしくね、グリムジョーさん」

 

 グリムジョーはしばらく何とも言えない様子で顔をしかめていた。

 邪気のないニルフィの笑顔。それがなにか調子を狂わせてくるようだ。なぜ自分になんの警戒もなくそんな表情ができるのかと訊きたいくらいの、それほど無邪気な、グリムジョーが初めて向けられた笑顔だ。

 しかし、ついに口を開く。

 

「......グリムジョー。グリムジョー・ジャガージャック。第6十刃(セスタ・エスパーダ)だ」

 

 なぜ、自分も名乗り返したのか。それはグリムジョーにもわからないことだ。

 金色の双眸を、この時だけは直視できなかった。

 

第6十刃(セスタ)? キミとお隣なんだ。すごい偶然だね」

「かもな。それよりニルフィネス。てめえはこんなトコで何してやがった? ガキが来る場所じゃねえぞ」

「......今度から私のことはニルフィって呼んでね。ま、それはともかく、迷っちゃったの。適当にぷらぷらしてたらノイトラさんに捕まって、それでグリムジョーさんが来てくれた」

「帰れんのか?」

「んー、無理かも。オジさん、あ、3ケタ(トレス・シフラス)の巣にいる人とか、ハリベルさんの所で道を教えてもらおうと思ったんだけど、そもそもそこに辿り着けるかどうかもわかんなくなっちゃったの。遭難だね」

 

 グリムジョーにはなぜニルフィが楽しそうに話すのか理解できない。頭の中に花畑でもあるのだろうか。いや、そうに違いない。でなければ、自分の目を見ながら真っ直ぐに話しかけてくるなど、とても正気とは思えないからだ。

 破面(アランカル)たちに恐れられているのはグリムジョーも理解している。

 それは十刃(エスパーダ)全員にいえることであり、彼らが顔を突き合わせれば殺伐な空気を醸し出すことになるだけだ。

 ニルフィのようにここまで無警戒に笑顔を向けてくるものなどいない。

 だからこそ、グリムジョーは戸惑っていた。それを押し殺すように、少女に背を向ける。

 

「......チッ、付いて来い」

「え?」

 

 きょとんとしたニルフィの顔に苛立ちが生まれた。それは単にムカついたとかではなく、わざわざ自分の口から言うことへのらしくなさを隠すためのものだったのかもしれない。

 それをグリムジョーが素直に認めるはずもないのだが。

 

「いいか? 俺は第6宮(セスタ・パラシオ)に戻るつもりだ。このまま知らねえフリして、ここでうろちょろされてんのは目覚めが悪い。ついでだ、ついで」

 

 呆けたような表情のままニルフィが遠ざかっていくグリムジョーの背中を見つめていた。

 

「さっさとしろ」

「う、うんっ」

 

 怖い人かと思えば、さっきのノイトラとはまったく違う。

 歩幅の違うニルフィが懸命に小走りに追ってきているのを見て、グリムジョーが少し歩を緩めてくれたりした。ぶっきらぼうな言葉で勘違いしてしまうが、ニルフィに対しては悪意などがないことが分かる。

 

「............」

「............」

 

 廊下に響くのは無機質な靴の音だけ。

 手の寂しさからニルフィがそっとグリムジョーの死覇装の袖を軽く掴んでも、彼は何も言わなかった。

 愛想がないように振る舞う背の高い青年。俯きがちに健気にそのあとを追う少女。

 なにも知らない第三者がこの光景を見れば、兄弟か、はたまた親子にでも見えてしまうかもしれない。

 グリムジョーのやっていることを見れば、彼を知るものなら『ありえない』と口を揃えるはずだ。言われなくとも、グリムジョーだって理解している。柄にもないことをしていると。

 ニルフィの目には、純粋な好意。子供特有の、少しとはいえ優しくされたからといった理由で生まれた穢れのない感情は、ねじまがった根性の持ち主でなければ拒みがたい。

 何を言いたいかといえば。

 かなり直情的な性格のグリムジョーでは邪険にできなかった。それだけである。

 グリムジョーの隣を歩きながらニルフィが彼の顔を見上げた。そのことに気づいているはずだが、グリムジョーは何も言わなかった。

 開けた場所に出ると、ニルフィの探査回路(エスキス)に覚えのある霊圧が引っかかる。

 

「ニルフィ、大丈夫でしたか!?」

 

 響転(ソニード)で移動していたアネットがすぐにニルフィの前に現れた。怜悧な美貌を焦燥に染め、そっと主を抱きしめる。いつものいやらしさなどはない、ただ優しさだけの抱擁だった。

 

「あぁ、たしかに本物の匂いがする」

 

 変態的な言葉は口から出たが。

 

「霊圧が大きく揺らいだのを感じたから、ホントに心配したわよ」

「ごめんね、アネット。勝手に外に出ちゃダメだって約束破っちゃった」

「......いいんですよ、アタシも大人げなかったので。ただ貴女が無事でいてくれたことが、なによりも安心できますから」

 

 ホッとした微笑を浮かべるアネットが顔を上げ、隣にいるグリムジョーを見た。

 顔見知りなのか、口を開く様子に戸惑いはない。

 

「ありがとう、グリムジョー。まさか貴方がこの子を連れてくるなんて。見ての通りすごい無防備でね。襲われたりしてないか、まあ普通なら襲った馬鹿が死ぬでしょうけど、なにかあったりとかって思ったら心配でした。もしかして貴方、ロリコンじゃないの?」

「まて、最後おかしいだろ! 礼のためにやったわけじゃねえけどな。繋がってねえだろ、それまでの言葉とよ!」

 

 顔をしかめながらグリムジョーがアネットを睨みつけた。

 

「でも、珍しいわね、グリムジョーがわざわざ連れて来てくれたなんて」

「それがどうした。何しようが俺の勝手だ」

「ニルフィ、変なことされなかった? 言うなって釘刺されてるだけで、怪しいイタズラとか身におぼえない?」

「俺をなんだと思ってやがる」

「だってホントに珍しいからよ。ていうか、この子の霊圧乱れた時になんかされてたのは事実なんでしょ。ニルフィはね、イヤなことされてもイヤな顔できないイイ娘なのよ。そんなことも分からずにむやみにセクハラする輩は、この世に存在する価値なんてないわ」

「その理論でいきゃあ、真っ先に死ぬのはてめえだな」

 

 その苦い顔は、苦手な相手を前にしたようなものだ。しかしこれが彼らの挨拶のようなものなのだろう。どちらかといえば短気なグリムジョーは呆れたように受け答えしている。

 長い付き合いなのだろうか。

 そのことを考えると、ニルフィはなにか面白くない感情が胸の中に渦巻いた。その名前を彼女はまだ知らない。

 

「アネットは、グリムジョーさんの知り合い?」

「ええ、そうですよ。アタシが十刃(エスパーダ)にいた最後の期間に、同僚として知り合ってました。面白い人ですよ」

「てめえにとってな」

「ふぅん」

「ニルフィ? どうしたのよ、拗ねちゃって」

「なんでもないよー」

「ならこの膨らんだ頬はなんですかー?」

 

 風船のようになっていた頬が、アネットに挟まれてしぼんでいく。

 観念したかのように、消え入りそうな声で呟いた。

 

「......私より、二人とも仲良さそうだから」

 

 アネットはその答えに微かに目を見開いた。

 子供っぽいニルフィの仕草に苦笑し、優しく頭を撫でる。硝子細工でも扱うような手つきだ。

 言い聞かせるように感情を染み込ませていく。

 

「心配しなくても、貴女のことを邪険になんてしませんよ。それに、一人になんてさせませんしね。一人は、悲しいものですから」

  

 静かに紡がれた言葉にグリムジョーは舌打ちし、さっさとこの場を去るために響転(ソニード)を使おうとした。

 咄嗟に声を大きくしてニルフィが呼び止める。

 

「グリムジョーさん!」

「......なんだ、チビ」

「ーーありがとうね」

 

 喉に骨がつっかえたような顔をしたグリムジョー。苛立たしげに頭を掻き、深いため息。

 

「今度から迷うな」

 

 それだけ言い残して響転(ソニード)を使った。 

 ニルフィはしばらく青年のいた場所を見つめていたが、一度頷くとくるりと体を反転させた。静かに死覇装の裾が舞い、落ち着く。

 

「私たちも帰ろっか」

「ええ、そうしましょう」

「............」

「今度第6宮(セスタ・パラシオ)に遊びに行きましょうか」

「ホント!?」

「ええ、きっと(主にアタシが)楽しめると思うわ」

 

 グリムジョーの知らぬところでは、とても小規模で派手さのない、しかし彼にとって面倒極まりない計画が進んでいた。

 --そういえば、訊きそびれちゃったなぁ。

 強い存在と会えば必ずしようと思っている質問。それを今さらながら思い出し、しかしニルフィはまた会う時に訊けばいいかと考え直す。

 グリムジョーならば、きっと何かを掴ませてくれる気がした。

 それだけの予感を胸に、ニルフィは手の中に残る温もりを忘れぬように握りしめる。




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