僕は温泉が好きだ。プラシーボ効果もあるのかもしれないが、普通の風呂より汚れとか邪念とかが身体から排出される気がするからである。今日も起きた時結構汗をかいていたので洗い流せば最高の朝になるだろう。
そして一人風呂が好きだ。今言った汚い物は他人の身体からも流れ出る訳で、それが自分の中に入って来る気がするからである。
だから一緒に入っているアレクシアには早めに上がってほしい。色んな意味で。
「何か言いたいことがあるのかしら?」
「あり過ぎて何から言おうか迷ってるよ。とりあえず僕から離れろ」
「残念ながら無理ね。貴方に非が大きくあったけれど恋人の身体を斬り刻んじゃったもの。ちゃんと怪我が治ったのか確認しないといけないわ」
「君と一緒にいると治ったはずの傷が復活しそうだよ」
「あら、こんなところに新しい傷が」
日が昇るよりも前にやってきた僕が貸し切りの温泉を楽しみ、そろそろ上がろうかという時にやって来たアレクシア。高貴な方々専用であるせいかこの温泉は早朝はしきりを取り払って混浴にしている。故に彼女が僕と同じ湯に浸かることも不自然ではない。
だがこの女は曲がりなりにも一国の王女だ。僕のような貴族の端っこに辛うじて引っ掛かってるような男に裸体を見せていい存在じゃない。だから引き返すかと思ったというのに、あろうことかこの女、僕に肌がくっつくくらい近くに入りやがった。下を向けば大事な部分が見える距離にお湯にタオルを入れるのはマナー違反なんてことを無視し、咄嗟に局部を隠した自分をほめてやりたい。
「何よ、私達は恋人同士なんだから裸くらい見せあってもいいでしょう」
どの口で言っていやがる。アレクシア誘拐事件が終わった後、まさか恋人のふりを続けるというセリフを聞き返しただけの僕の言葉を了承の返事と都合よく受け取っただけのくせに。ふりって言ってたのに恋人って言いきってるし。
はっきりと「アレクシアは美人(だけど性格がクソ)だからね。いつこの(手が出そうになる)衝動を我慢できなくなるかわからないから遠慮しておくよ」と言ったのに、言質は取ったと言って聞かなかっただろうが。
おまけにどこから聞いたのか見舞いに来るなり「シェリーさんにチョコを渡したみたいね? 同じように渡してくれる? 恋人のわ、た、し、に」とやたら圧のある笑顔で命令してきて、お望み通り一番安いチョコを買って投げつけたら斬り刻んでくれたからね。選抜大会の後が本当の休養期間になった。チョコ欲しいなら買えよ。温泉に保存の難しさやら販売数の少なさで馬鹿高いキンキンに冷えたフルーツ牛乳を二本も持って入ってるくらい金あるんだから。
「完璧に美しい私の裸を見ていいと言ってるんだから、見ない方が不敬と思わない? それと湯船に浸けてるタオルを出しなさい、マナー違反よ」
美しい日の出からも全力で目を逸らしている僕の視界にアレクシアの肩から上が映り、更に首を捩じる。局部を隠しているタオルも魔力を使った凄絶な怪力で引っ張られるが、絶妙な体捌きと大量の水の中という状況を活かしてそのままタオル諸共動かされることで局部を隠し続ける。
アレクシアが来てからずっとこんな感じだ。端に行っても中央に行ってもぴったりついてきて、僕の視界に入ろうとしてくるのだ。今だって覆うものが何もない肌を僕に擦り付けている。
色々プッツンしそうでも歯を食いしばって耐える。自分の局部は見せないしアレクシアの裸体も見ない。恥ずかしいのもあるけど誘惑に負けて見てしまえば何を要求されるかわかったもんじゃないからだ。
「紳士な僕が見ないようにしてるのにどうして君がそれを無意味にしようとするのかな?」
「紳士? その前に『ど』で始まって『い』で終わる単語が抜けてるわよ。悔しかったら見てごらんなさい」
マジでわからせてやろうかこのアマ。ローズのせいで三大欲求の内の一つは常に上限まで高まっているからな。というか簡単に裸を見ろとか言うんじゃない。一応アレクシアも見た目はいいから間違いを犯さないと断言できないんだよ!
「……別に我慢しなくてもいいのに」
何か小さい声でボソッと呟いてるみたいだがはよ上がれ。僕を抱き枕にしてたローズを起こさないようこっそり抜け出して来たから急いで戻らないと不味い。でも僕のエクスカリバーが臨戦態勢だからお前がいなくならないと出られないんだよぉー!
♦♦♦
普通に抜け出したのがバレてローズにたっぷり絞られました。『女神の試練』の前夜祭で外は楽しそうなのに、「今日は私がいないと外出禁止です!」と宣言したローズが聖教会のパーティーに招待されていなくなったせいで僕はホテルに軟禁されていた。
まぁ普通に窓から出て祭を楽しんでるけどね。部屋の外の見張りが返事だけで僕が部屋にいるかどうかを確認していることはわかっているので、細く長く伸ばしたスライムを使って糸電話の要領で声を届けている。緻密な魔力の操作と制御が必要不可欠な技だ。
魔力で緻密と言えば僕の隣でりんご飴を齧っている、先程落としたお金を追った先の路地裏で出会って行動をともにしているエルフの美人の二つ名が思い浮かぶ。彼女の名はイプシロン。五番目の『七陰』であり、最も魔力コントロールが上手い子である。
僕は彼女をとても気に入っている。一口齧ってしまったりんご飴でも目を輝かせて喜んでくれたのもあるが、一番はシンパシーだ。僕等はお互いに見栄を張っている。僕は頭が良くて強いと思われるように振舞い、イプシロンはスタイル抜群の美女と見られるためにスライムを盛っている。大人に見られたくて背伸びをしている子供みたいで微笑ましい。
「シャドウ様、ずっと歩いてお疲れではありませんか?」
「そうだね、ちょっと疲れたかもしれない」
「で、では! ちょっとそこで休憩していきませんか!?」
わざとやってるのかとツッコみたくなるセクシーポーズを決めるイプシロンが指で示すのは『休憩所』だ。僕はほっこりした笑みで首を横に振る。スライムスーツを剥ぎ取れば彼女は12、3歳の少女なのだ。そういう大人の道はまだ早い。故に大人の余裕を漂わせながら断った。
「そろそろローズ先輩も戻ってくるみたいだから帰るよ。イプシロンも風邪には気を付けてね」
「……はい!」
イプシロンのおかげでメンタルを回復できた僕は軽快な足取りで民家を駆け上がり、スタイリッシュにホテルの窓から帰還を果たし、深い眠りに落ちていった。
去り際、少女の自信と一緒に盛ったスライムが崩れる音がしたが、幸か不幸かシドの耳には入らなかった。
イプシロン、七陰の中で唯一の子供と思われてる。