確かにピアノでおびき寄せようとしたのは僕だけど、実際にホイホイ来られたら心配になる。オレオレ詐欺にもあっさり引っ掛かるんじゃないかアイツ。
「アンタ、今お姉ちゃん以外の女のこと考えてない?」
「気のせいだよ」
はっ、いけないいけない。今は朝から部屋に殴りこんでくるなり馬乗りになってきて、僕の首をギュウギュウと締め上げる姉さんの相手をしていたんだった。昨日ローズを探すという大義名分で怒った姉さんの対応を未来の僕に任せて先送りにして、今日の僕も未来の僕に託すべく脳裏に流れてきた昨日の出来事の走馬灯に逃げようとしたのだが……ダメだったか。
とりあえず首を絞める手を緩めてほしい。よく考えたら走馬灯を見てしまうってどんだけ力入れてるの? 僕はローズの婚約者と違ってマゾじゃないから嬉しくないよ。このままだと生存本能に秘められたパワーにより姉さんにとんでもないことをしてしまうかも。
懇切丁寧な説得により姉さんの怒りは収まったらしい。明日の僕は『ブシン祭』のことだけを考えていればよさそ……えっ、姉さんの試合を見に来い? しかも特別席で? 僕の予定は関係ない? えぇー?
特別席なんて所にいたら僕が変装しているジミナ・セーネンの試合が近付く度に離席する奴として怪しまれてしまう可能性がある。あの手この手で特別席のチケットを受け取らないようにしたけど、首を鷲掴みにされながら額がくっつくくらいの距離で睨まれつつ無理矢理チケットを持たされたら拒むことは不可能だった。僕を陰キャにした姉さんには勝てなかったよ……。
え? 怪しまれるのが嫌ならジミナを棄権させたらいいって? ガンマ達を泣かせてまで参加したのに今更辞められる訳ないじゃん。予選だけで「目的は達した……」とか言っても絶対に自分達が愚かなせいで僕は作戦を破棄せざるを得なかったと思い込むよ、彼女達は。
頻繁にトイレで離席するモブに特別席の人達が注目しないことを祈りつつ、僕は目を閉じた。明日の『ブシン祭』のための気合い補給と意味のわからないことを言いながら僕を抱き枕にしてきた姉さんを意識しないようにしながら。
♦♦♦
そんな出来事があった翌日。
僕は姉さんから貰ったチケットの裏面を頼りに会場をうろついていた。そして辿り着いたのは個々で座席があるとかそういうレベルではない、場所そのものが隔離されたような部屋。扉は非常にゴージャスでロイヤル。一縷の望みをかけてスタッフさんに確認してみればここで間違いないと言われた。
おまけに案内された席の隣にいる人を見て僕は天を仰ぎながら神は死んだと確信する。
「あら?
燃えるような真紅の髪と同色の瞳の美女。この国の王女にしてアレクシアの姉、アイリス・ミドガルが
「えーっと、失礼ですが姉に対する挨拶と間違えておられませんか? 僕とアイリス様は初対面のはずですけど……?」
「えっ? ……あぁっ、そうでしたね! 失礼しました、クレアさんと似た雰囲気でしたのでつい!」
「あ、謝らなくて結構ですよ。よく姉と似ていると言われるので……アハハ」
から笑いを無理矢理捻り出していれば周囲の人達も『なるほど……』『クレア・カゲノーの弟か。言われてみれば似てなくも……』『アイリス様もあのような間違いをするのですね』と勝手に納得して興味をなくしていく。……ふぅ。どうにか誤魔化せた。
「(……すみませんシドさん。以前、身分の違う者が友人として振る舞った時、周りからどのように見られるかを知ったというのに……私は学んだつもりになっていただけなのですね)」
「(いえいえっ、本当に大丈夫ですから! こう言っちゃなんですけど、生真面目なアイリス様が僕との関係を隠せているだけで凄いですよ!)」
「(シドさん……ありがとうございます)」
はいわかりました。だから周りから見られてないタイミングを見計らって僕の耳元に近付いて囁くのやめて貰っていいですか。悪いと思えばすぐ謝罪なんて今はしなくていいんだよ。相変わらず腹芸が苦手だなこの人。
――ゼノン先生が首謀者だったアレクシア誘拐事件。僕はこれが解決した数日後にアイリスに呼び出された。僕が容疑者として捕まっている間にアイリスに直談判しに行った姉さん経由で。
あの時の僕は天敵を前にしたハムスターよりも震えていたと思う。王国最強の魔剣士で、王族で、美女。陰キャの僕とは真逆の位置にいる御方からの招集である。いっそ『姉が無礼働いたけど将来有望だから代わりにお前死刑な』って言われた方が心の準備ができる。
実際に会ってみてわかったのは割と優しくて真面目な人ということ。わかりやすく言えば裏表のない委員長タイプ。決して話しやすいとは言わない。
王族の人に気を楽にしてとか普段通りにふるまってほしいとか言われても、こっちはいつ何が原因で無礼だ、処刑! ってされるかわからないのだ。アレクシアみたいに猫被ってるタイプの方が気を遣わなくていい。
ちなみに呼び出した理由は僕への謝罪とアレクシアの様子を知りたいというものだった。僕は尋問してきた奴が悪人だったので遠慮なく仕返しをして溜飲を下げていたのだが、アイリスはミドガル王国の騎士団にわだかまりを抱いていると思っていたらしく、非公式で謝罪をしたかったそうだ。もう怒ってなかったのですぐ許した。
面倒だったのはもう一つ。アレクシアの日常を話していたら彼女の気持ちをもっと知るべく『お忍び』をすると言い出したのだ。『お忍び』というのは僕とアレクシアが嘘で付き合っていた頃にしてた王都の散策のことである。アイリスは市井の人々の暮らしを理解するための視察をアレクシアがしていたと考えていたようだが、絶対にそれはない。
そして何故か僕を『お忍び』のエスコート役に指名した。僕以外に適した人がいると言ってもアレクシアを知っている貴方がいいと聞いてくれない。嫌がらせでも何でもなく本気で言ってるから質が悪い。純粋に妹を想うアイリスの気持ちを無下にできず、姉の将来に影響しそうなので断ることもできず……僕はエスコートをした。
それから何度かアイリスの『お忍び』に付き合っている。気に入られた理由はよくわからん。でも『お忍び』をする時は絶対に呼び出される、姉さん経由で。
そんな訳で僕はアイリスと初対面じゃない。でも会ったりしたのは全部が非公式の場。おまけに身分違いの友人が周囲から心無い言葉をぶつけられると知っているため、アイリス自身も僕との交友関係を内緒にしているのだ。
閑話休題。
さっきから小声で話していたのはあまり聞かれたくない話だったからだが、王女であれば嫌でも周りに注目される。なのでここにはいないアレクシアや姉さんの話をしていれば他の人達も話に加わり始め、最初にアイリスと話をしていた僕は蚊帳の外になった。よくあるよねこういうの。僕はちょっとしょっぱくなったサービスのドリンクを飲んだ。
僕を除け者にした会話の話題は『ブシン祭』の注目選手になったようで、アイリスやアンネローゼの名前が出ていた。『ブシン祭』の初代優勝者にしてエルフの剣聖、『武神』ベアトリクスという聞いたことのない人の名前もあった。ついでにアンネローゼの相手であるためジミナも話題に上がるもクソ雑魚認定されていた。
(へっ、本選まで勝ち上がった時点で何かあると気付けるだろ節穴どもめ!)
心の中でジミナをボロクソに貶した現役魔剣騎士団長の娘さんや公爵家のイケメン次男を嘲笑う。決して出場している姉さんの話になったせいで弟の僕にも注目が集まり、『才能がない』『パッとしない剣』とか言われたことにイラついたわけじゃないよ?
おっと、そろそろ試合の時間だ。節穴どもめ、その目をよーく開いて見てろよー。まっ、見ていてもわからない速さで終わるかもしれないけどねぇ!
……心の中で蔑むことしかできない僕の方がよっぽど惨めな気がした。
♦♦♦
正気に戻ったせいで心に大ダメージを負った僕はトイレに行くと告げて部屋を抜け出し、選手控室に向かって廊下をトボトボ歩く。姉さんの試合も一応見た。結構優勢で勝っていたのでいいところまで勝ち進むかもしれない。
――そんなことを考えていたからか、それとも落ち込んでいたせいか。いや……それ等もあるけど、一番の原因は相手の技量が高かったことだ。
「エルフの匂いがする」
「うぇっ!?」
前から来た漆黒のローブの人を避けるようにしてすれ違う。そしたらびっくり、いきなり後ろから手を掴まれた。驚くべきことに触れられる寸前まで彼女――ハスキーな女性の声だった――が僕を捕まえようとすることに気付けなかった。
僕の手を掴んだまま、黒いのローブの人は隙間から覗く濃い青色の瞳で僕を見据える。
「エルフの知り合いがいる?」
「いるけど」
「私はエルフを探している」
「そうなんだ。……特徴は?」
「可愛い子だった」
「いや、エルフって大体可愛いけど。男? 女?」
「妹の忘れ形見だ。私とよく似た女の子だ。心当たりはないか?」
「ローブで顔が見えないからわかんない」
「そうだった」
いそいそとローブが取られる。曝け出された素顔に僕は全力で動揺を隠した。
目の前のエルフはアルファと聖域でちらっと見たオリヴィエによく似ていた。オリヴィエは英雄、目の前のエルフさんは立ち振る舞いから読み取れる技量から察するに多分『武神』ベアトリクス。もしかしてベアトリクスは英雄の子孫で、彼女の姪っ子であるアルファも英雄の子孫。
……アルファってとんでもない人物では? そして僕はアルファにとんでもないことをしている。一生責任持たないといけないレベルの。
「ちょっと心当たりがないかな」
バレたらヤバい。僕は教えないことにした。
「そうか」
彼女は残念そうに肩をすくめ、息をするようにごく自然な動作で剣を抜いた。
――時に話は変わるが、皆はいきなり目の前にゾンビが現れたらどうするだろうか? もっと簡単に言えば咄嗟の状況でどう動くか、だ。
即座に逃げる、勢い任せに殴りかかる、冷静に対処する。今までの僕は『一瞬硬直した後、逃げる』だった。
異世界に来ることになったトラックを何度か避けられたのは遠くから走って来るのが見えていたから。もし僕が森からいきなり飛び出し、そこにトラックが迫って来ていたら僕は速攻で轢き殺されていただろう。
この癖を改善しようと思わせてくれたのはアレクシアだ。彼女がチョコを投げ渡しただけで当然のように斬りつけてきたからこそ、僕はそう考えられた。
これには大きなメリットがあった。そう――咄嗟の状況であれば、普段のモブらしい振る舞いを超える力を使っても火事場の馬鹿力的なアレによる反射的な行動と解釈してもらえるという利点がなぁ!
(嘘がバレたのか? 狙いは――首!)
首目掛けて振るわれる彼女の剣。殺気も予備動作もない必殺。
僕は『いきなり斬りかかられてなんとか反応できたモブ』らしく、思わずといった動作で肘と膝で挟み込むように彼女の剣を迎え撃つ。
バキッ! ブシュッ!
「「あ」」
ベアトリクスは普通の剣より長く、細い、つまり他の剣より横からの衝撃に弱く……付け加えると砕けた時の破片も多く飛び散った。その内の一つが僕の首を掠めて……あっ、なんか赤い液体がぴゅーっと――
「ッ!!」
「ほあぁ!?」
なんか傷口に噛み付かれてるー!? なんか凄い舐められてるー!? なんか凄いぬるぬるするー!?
「ひふふちにふはをふへへばなおふとひいはのに……!」
「口付けたまま喋らないでくれない?」
天然かよ。民間療法はそんなに万能じゃない。あと魔力を使えば治せるから。
「! そうだった」
「そうだよ」
傷を治した僕と彼女はいきなり斬りかかったことと剣を壊したことをお互いに謝って別れた。……お互いに名前を教えてないことに気付いて引き返し、名前を教えて、もう一度別れた。
試合の相手はアンネローゼという人だった。残像みせながら瞬殺した。
世界規模の厨二病ごっこのリーダーさせてるから一生責任持たないといけないよね(すっとぼけ)。
これでベアトリクスにも唾つけれたな。逆だけど。