いつしか王都の空を暗雲が覆っており、大気を切り裂く稲妻が薄闇に包まれた周囲をひと時眩く照らす。叩き付けるように降り始めた雨粒を弾き飛ばしながら『武神』と呼ばれるエルフの長剣と漆黒の刀が斬り結ばれていた。
(やっぱ強いな)
ローズを逃がした後、できることなら戦いたくなかったベアトリクスと剣を交えながら僕は改めて彼女の強さを理解する。彼女の技量は『シャドウガーデン』で僕が知っているどのメンバーよりも上だと。
ローズに吐いた痛々しいセリフ、特別席に潜んでいた『シャドウガーデン』のメンバーにキメ台詞を指揮者の真似事をしながら復唱させたこと、今までの黒歴史が溢れるように蘇りボディーブローのように脇を抉ってきたことで僕の疲労は限界に近い。脳ミソちゅーちゅー君が壊れないように気遣っている為に激し過ぎる戦闘ができず、ベアトリクスを倒せないでいる。
自然なままで振るうことで相手に警戒を許さず無防備なままで攻撃を受けさせる技もベアトリクスは勘で防いできた。本当に嫌になる。脳ミソちゅーちゅー君が使えればもうスキップしながら帰っているのに。あれは本当はベアトリクスに対する切り札だったのに。
完璧に直ってる長剣をもう一度壊すことも考えたが、それをやってペロペロのことを連想されそうだからできない。誰だ直したの、この短期間で直せるのイータくらいしか知らないぞ。おまけにアルファのことが頭をよぎるから本当に戦いにくい。
それに……そろそろ横槍が入って来る。
「待ってください……私も混ぜてもらいます」
横を見たら古代文字が刻まれた豪奢なミスリルの剣、アーティファクトを持つアイリスが立っていた。国民に慕われる毅然とした態度はどこにも見受けられず、何かに取り憑かれたかのような顔つきになっている。
まぁ彼女の気持ちはわかる。『ブシン祭』を好き勝手に荒らした奴が王国の怨敵シャドウで、そいつを何もせず逃がすなんて許せないのだろう。どんな手を使おうがシャドウを倒したという事実さえあれば、王国はアイリス・ミドガルがいる限り安泰だと思わせることもできるだろう。前者にしろ後者にしろ、彼女が僕を見逃す理由がない。
そして僕はとても困る。僕は女の子を殴ったり斬ったりするには大義名分が必要なタイプだ。試合だったらまあまあ容赦なくボコれるけど、シャドウに化けている現状では最低でも九割ぐらい僕が悪い。
せめてアイリスとベアトリクスが男だったらなー……良心の呵責なく腹パンして気絶させられるのに。女性は攻撃できる場所が少なすぎる。人形のように整ったお顔やら野郎に比べて薄く柔らかいお腹やら、殴ったら駄目な箇所が多い。胸は一発アウト。お尻だって叩いていいのは夜のベッドの上限定だとオトンも言ってた。そのオトンにオカンは「子供に何言ってんだこのハゲェエエエエエー!!」と怒鳴り散らしていた。
現状を打破しようとしていたらくだらない昔のことを思い出して小さく笑ってしまった。それが嘲笑に見えたのかは不明だが、アイリスが憤怒に歪んだ形相で怒鳴りながらアーティファクトを薙ぎ払った。剣の軌跡をなぞるように炎が迸る。
「あまり大きな声を出すなよ……」
怖く見えるぞ。アイリスの背後に回り込みながら思わず零した助言は、彼女が振り向きざまに振るった剣から生み出された炎と雨の音にかき消されて誰の耳にも入ることはなかった。
ベアトリクスが再びシャドウに斬りかかり剣戟の応酬が始まる。技量が眼前の二人に劣ると理解しながらも、苦悩と怒りと屈辱を力に変えてアイリスは打ち合う二人に飛び込んでいった。
♦♦♦
戦場を街中に移しながら戦いは続く。
(……コイツ、周りのことが見えていないのか?)
絶え間なく攻撃を続けてくる二人を捌きながら僕は眉を顰めた。
ベアトリクスにはまだ常識がある。どこか戦闘狂の気があって戦いを楽しんでいるフシもあるが、市民に気を遣い建物の破損も最小限に抑えている。ヒヤリとする一撃も時折くり出してくる。何処かで会ったことがあるか? という一言には一番ヒヤリとさせられた。
問題はアイリスだ。流石にアーティファクトを市民がいる方向に撃つことはしないけど、建物を破壊した時の二次被害を考えていないような攻撃をすることが多々ある。実際に僕がわざと空を飛んで誘導しなかったら被害が出ていたかもしれない攻撃もあった。
自分の目で見たものしか信じない……見たいものしか見ない悪癖。アレクシアが
なまじっか力が物を言う場所では意見を通して来たから武力の関わる事柄では頑固で諦めが悪い。自分が生涯負けることはないとでも思っているのだろうか? 人生は有り得ないことの連続なんだよ、僕が異世界に転生したようにね。
とりあえずアイリスに時には引くことも勇気と知ってもらうため、ベアトリクスを倒そう。これまでより素早く背後に回り込んで剣を振るう。
ガキン。……止められた。
「慣れた」
真顔で呟くベアトリクス。僕も真顔になった。
……慣れてるんじゃない! 僕は戦い始めてからずっとお前の雨に濡れてエッチな姿に慣れずに動揺しまくってるというのにさぁ!
「……ずっと気になっていた……見覚えのある気がする立ち振る舞い、何故か傷つけようとすると重くなる剣……まさか、シ――」
「フンッ」
「くきゅっ」
首を挟むように放たれた二つの手刀を防げず気絶するベアトリクス。今シャドウって言おうとしたんだよね? 断じてシドではないよね?
思わず気絶させたのに速攻で叩き起こしたくなる衝動に葛藤していると、
「ウォオオオオオーッ!!」
髪を振り乱しながら雄叫びとともにアイリスが突っ込んでくる。解除していたスライムソードを再出現させながら受け止める――ことをせず、出したばかりの武器を僕は手放した。
雷鳴が轟く。白んだ視界でも彼女が混乱する様子が見て取れた。意味不明な行動に戸惑った彼女が硬直した一瞬を狙い、彼女の目の前で大きく手を叩く。
「が……ァ!?」
全身を痙攣させながら気絶したベアトリクスの隣に倒れ込むアイリス。ぶっつけ本番だったけど上手くいったみたいだ、前世の暗殺者達の教室で登場した技。意識の波長とやらは見えないから手を叩く衝撃に魔力を乗せて、三半規管と脳を揺らしているだけだけどね。
一息吐いて周囲を見渡す。敵もいないし味方もいない……遠くからミドガル王国の騎士がこちらに向かってきている。最低でも十分はかかりそうだが、頑丈な魔剣士ならその程度の時間雨ざらしにしても平気だろう。
倒れ伏す女達に一瞥をくれて歩き出す……硬質な何かと何かがぶつかるような音が後ろから響いた。
「っ……待、て……」
足を止めて振り返ればアイリスが剣を支えに立ち上がろうとしていた。瞠目しながらどうやって
……ここまで来ると感心より面倒臭さが大きくなる。いい加減に倒れろよ。
「こんな……好き勝手に、王都を暴れ回っておいて、ただで済むと思っているのか……!」
「……」
「今頃、王都中の騎士達に、動員がかかっている……」
「……」
「この王都の全てが……ミドガル王国の全てが、お前の敵だ! もうどこにも、お前に逃げ場はない!!!」
「フッ……クックック」
美人の激昂に僕は怯えるどころか笑いがこみ上げてきていた。あまりにも滑稽な言い分だ。
好き勝手に王都で暴れ回って?
王都の騎士を動員? 闘技場の特別席でベアトリクスと少し戦った時、遠巻きに囲むだけで動けなかった連中に何ができる?
ミドガル王国全てが敵? そんなものが僕の敵になると思うか?
あーあ、プライドとか名誉を考慮して立ち回ってあげたのに腹が立ってきた。
この猪突猛進ガールめ。実力差は明らかなのにまだ喧嘩を売ろうとするのかが理解できない。もう立つのもやっとのくせになんで突っかかってくるんだ。これで僕がマジモンの敵で喧嘩を買ったら死ぬからね? 目先のことしか見えないから政治にも向いてないんだよ。蛮勇に国を付き合わせて諸共滅ぶつもりなのかな?
「逃げる? 誰が? どこへ? なぜ!!」
アイリスがビクッと震える。そりゃ急に笑い出した奴が一転して怒鳴り、王都を覆い尽くすほどの魔力を迸らせたら怖いよな。狙い通りの反応をしてくれて何よりだよ。
「仰ぎ見よ! そして知るがいい! 地を砕き、天を穿つ、我が至高にして究極たる、最強無比の一撃を!」
とりあえずこれで頭を冷やすといい。
はい、元の予定ではノーマルルートはここで完結でした。
ですが、アニメで元々魅力的なキャラが増々良くなっており、それに伴いR18の方も書きたいキャラが増えてしまいまして、原作3巻以降も書くかもしれません。正直このシャドウは偽札作ろうって発想になりそうにないので、あんまり期待しないでください。