【問題】羞恥心で人は死ぬか?
【答え】タヒぬ。
アレクシアを『シャドウガーデン』を騙る黒服から助けた翌日、僕はクラスメイトから距離を置かれていた。彼等彼女等は遠巻きから僕を眺めてヒソヒソと話していて、耳をすませば走りながら路上でウンコを垂れ流す姿を大勢に見せつける奴がいたらしい。そいつは昨日門限を守れなかった男子生徒の一人だという。
昨日門限を破ったのは僕しかいないな……店を開けるくらい花を摘みまくってくるという僕の人生で一番雑な嘘をガン無視して、門限も尊厳も守れなかったウンコ野郎の噂を流してくれた二人組にはとびきりの薬をプレゼントしてやろう。最低でも一ヶ月は肛門括約筋が職務放棄する薬だ。食事中、授業中、ナンパ中、どんな時でも便意を伝えてトイレに駆けこまなければならない恥辱に苦しむがいい。
――シドの精神的HP、残り84/100。
復讐計画を立てて一時的にヒョロとジャガへの怒りを忘れた僕は二人と一緒に『チョコを渡してモテモテ』作戦を実行した。婚約者のいる先輩や一方的に知っている女子生徒に声をかけて屍になった二人と違い、僕は実にスムーズに学術学園の生徒さんにチョコを渡せたよ。
もうアルファ達と何年も過ごした僕は桃色髪のおっとりふわふわ癒し系美少女に緊張なんてしないし? ガンマのドジがうつって何もない所でこけたりなんかしないし?? 放り出したチョコを咄嗟に受け取った女の子に倒れたままキメ顔で「チョコあげる」なんて言ったりしないからぁ!!!
――シドの精神的HP、残り59/100。
ヒョロとジャガがいなくなった一日を過ごした帰り道、眼鏡と化粧と髪型で目立たない生徒に化けたニューと遭遇した。最初は非常に気まずかったものの、先日の魔力供給の件をニューの方から切り出した上で笑って許してくれたおかげで一気に肩が軽くなった。姉さんにも見習ってほしい優しさである。あとはディアボロス教団のチルドレン3rdとか1stの『叛逆遊戯』のレックスとか詳しく説明してくれたら完璧だったのに……レックスは別にいいや。心の古傷が開きそうだし。
エスコートする男子とされる女子を装い、腕に伝わるニューの柔らかさにどぎまぎしながら情報交換を順調に進めていたのだが、見知らぬ野郎がニューにも聞こえる声で「ウンコ野郎」と叫んだせいで空気が最悪になった。急ごしらえで与えたせいで大分減ったニューの中の魔力を補給して別れようと思っていたのに台無しである。
ニューに仲間とはいえ他の人が見てる前で魔力を与えたことを反省していた僕は、今の大声で人が集まって来るのを察知して仕方なく自分の部屋に彼女を連れ込んだ。上品な大人のお姉さんに自分の部屋を見られるのはとても恥ずかしかった。
――シドの精神的HP、残り12/100。
二日連続で色々あって疲れてるのに今日行われるのは選抜大会。姉さんさえいなければ『地味キャラの僕が大会で無双してモテモテになった件』作戦ができたのになぁ……異世界でも陰キャをぶちかましている僕だけど、オレTUEEEの夢は未だ諦められない。
対戦相手はローズ・オリアナ。一昨年まで学園最強の魔剣士だったアイリス王女が卒業してすぐにミドガル魔剣士学園の絶対王者として君臨したオリアナ王国の王女である。芸術の国出身なのになんでそんなに強いの? 進〇ゼミで習ったよ、これ勝ったら間違いなくモテモテになるパターンだよ。熱い眼差しで僕を見つめてる目の前の王女様にも惚れられる流れだよ。なのに負けるしか選択肢がないって、前世で何かしたかな?
僕がそんなことを考えているとは露程にも思っていないであろう大観衆の中で剣を抜く。誰一人として僕のことを応援してない。味方はしっかりと対戦相手を見据えているローズだけである。流石は二年生で生徒会長に選ばれた御方だ、その辺の石ころみてーなモブにも全力で戦う気概を見せている……一撃で終わらせてね? この国の王女みたいに嬲ったりしないでね?
「ローズ・オリアナ対シド・カゲノ―……試合開始!!」
僕は速攻で駆けだした。何故かと言えばローズが待ちの剣の構えを取ったからである。このまま僕も待ってしまえば大舞台の上で見つめ合うだけの気まずい空間ができあがってしまう。それを避けるべく僕は剣を振りかぶって走る。
振り下ろした剣はもちろん遅い。12歳の頃の姉さんでも余裕綽々で捌ける一撃を学園最強のローズが対処できないはずもなく、僕の剣はいとも容易く弾き飛ばされる。彼女は流れるように反撃で剣を突き出した。
これで後はがら空きになった胴体に反撃を叩き込まれるだけ――だったのだが。
「シド君……貴方はスタイリッシュ盗賊スレイヤーさんですね?」
「ぐ、ぐはッ、ヴぉえええぇぇぇぇぇぇッ!」
僕は盛大に吐血した。ローズの細剣は僕の胸に軽く当たる程度だったのに、そこに込められた恐ろしい破壊力によって古傷を開かれた僕はきりもみ回転しながらぶっ飛ばされて無様に地面を跳ねて転がる。まさかローズがそれほどの腕前だったなんて……この僕の目でも見抜けなかった。
人が死にかけてるのに大歓声が上がることに殺意を覚えつつ、膝をガクガク震わせながら立ち上がるもあと10秒後で死にそうな僕を前にローズが口を開く……嘘だろ? まだやるのか? やめろー、死にたくない、死にたくなーい!
「大丈夫ですか、スタイリッシュ盗賊スレイヤーさん!」
「グゲッ、ゲヴぉおおぉぉおおおおッ!!」
かつて名乗った恥ずかし過ぎる名前を連呼される苦痛に耐えきれず、胃に穴が開いて血を吐いた僕の視界は真っ黒になった。
――シドの精神的HP、-999/100。
♦♦♦
ローズは大切な記憶がある。誰にも話したことのない彼女だけの秘密。芸術の国の王女である彼女が剣の道を歩むきっかけとなった憧れの人との出会い。幼い頃に誘拐されたローズを救ってくれた、自分と同じくらいの年齢なのに美しい剣を振るう少年との思い出。
捕まっていたローズを解放する時に安心させるために浮かべた笑顔、お礼を望んだ彼女に自分と出会ったことは内緒とウィンクをしながら交わした約束、大人のいる所に行くまで繋いでいた手の温もり……夢と思ってしまうほどともに過ごした時間は短かったが、ローズは全て覚えている。
だから舞台で向き合った時、彼がスタイリッシュ盗賊スレイヤーだとローズはすぐに気付いた。シド・カゲノーの身のこなしはスタイリッシュ盗賊スレイヤーに比べれば遥かに稚拙だ。しかし、記憶の中の彼も盗賊を倒しきった途端に身に纏う空気を一般人としか思えないものに変えていた。故に間違えることはない。――成長したらこんな男性になるだろうと何パターンも想像していたので間違えない。
選抜大会を勝ち抜いた次の日、怪我の治療で休暇を与えられたシドの部屋へお見舞いに行った。本人も認めたことでローズは舞い上がるほど喜びたかったが、シドが話さずに隠そうとした事情に胸を締め付けられていた。
(スタイリッシュ盗賊スレイヤーさん……いえ、シド君。私はまだ貴方を支えることができないのですね)
シドは怪我の後遺症か何かで弱っている。でなければ子供の頃にあれほどの強さを持っていたシドが学園の底辺でくすぶっているはずがなく、ローズの剣を避けることもできずに血を流すことなんてあるはずがないのだから。
きっと彼はかつてローズを救ったように誰かの為に戦い続けていたのだろう。そして力を失ってしまったのだろう。そんな彼に頼ってもらうこともできず、気を遣った言い訳や笑顔で隠させてしまった自分の弱さがただただ辛かった。
それでも、とローズは彼に誓った。もう戦えない貴方に代わり、私が貴方と貴方が守りたいものを守る。それが私の責務。この学園で唯一彼の正体を知っている私の使命。
(そう、誓ったのに――)
彼女の腕に抱かれる少年の頬に涙が落ちる。少年の身体は息をしておらず、鼓動を刻むこともなかった。
シド・カゲノーは二度死ぬ。