『暇なら聖地に来て』
ルスランが火を放ったせいで学園が半分燃えカスとなり、前倒しとなった夏休み。これ幸いと溜まりきった疲れを解消するために食っちゃ寝の怠惰な日々を過ごしていた僕の所に届いたアルファの手紙。
中身はたった一言。彼女が筆無精とかではなく、僕ならこれだけで十分と思っている故の一言。絶対に聖地で何かあるから来いって言ってるよね、これ。朝起きたら枕元に置かれていたことも相まって遠回しの脅迫かと思った。背筋が嫌な汗でぐっしょり濡れたよ。
聖地リンドブルムは学園から馬車で四日ほどかかる。全力ダッシュなら一日くらいで着く。僕は馬車を選んだ。アルファの手紙的に今回はそれほど緊急性の高いものではないというのが一つ。夏休みモードに入った僕の意識が楽な方へ流されたのがもう一つだ。
そんな僕はゴージャスな馬車に乗っていた。何故かローズと二人きりで。何故か対面にも椅子があるのにローズはべったり密着するように僕の隣に座っている。乗り心地は最高なのに居心地は最低である。楽な方へ身を任せたことに罰が当たったのかもしれない。
ケツの痛くなる安物の馬車で乗り換えないといけない宿泊町に辿り着き、降りると同時に豪華ででかい馬車に乗りこもうとするローズと出会ったのが運の尽き。王族パゥワーと美少女スマイルでゴリ押ししてくるローズを目的地が違うからとのらりくらりと躱していたのに、安物馬車の御者が「あんちゃん聖地に行きてーんだろ? なら乗せてってもらえよ。そんで不敬働いて首切られちまえ」と吐き捨ててくれたせいで押し切られた。その御者はローズがお礼をしたいと言って黒服の護衛にどこかへ連れて行かせた。そして二人きりのまま馬車は出発した。
「外は暑そうだね」
「そうですね。今日は日差しも強そうです」
そうだろう暑いだろう。だから離れろや。
言外の言葉はローズに伝わらない。手で汗の滲む白い首を扇いでいるというのにもう片方の手はガッチリと僕の腕を掴んでいる。くそぅ、汗かいてるくせに甘くていい匂いしかしねぇ……。
居心地の悪い理由がこれである。簡単に言えばローズが僕に対して過保護になった。一歩間違えたらヤンデレになりそうな過保護っぷりである。既にストーカーになっているようなものだが。
あのテロ事件で盾になったのがまずかった。守ると誓ったのに逆に守られたことがローズにとって身を引き裂かれるように辛かったらしく、もう徹底して僕を守れるよう傍にいるのだ。食事中、散歩中、鍛錬中……トイレと入浴と就寝以外の時はずっと隣にいる。どっかのウンコ貴族二人は心底羨ましがっていたけど、いくら美人でも四六始終張り付かれたら恐怖でしかない。夏休み、身体を休めるために寝まくったものの、正直休めた気がしない。
だが付き纏いは序の口。この馬車に乗ってから露になり始めたローズの真の目的に比べれば可愛いものだった。
「頑張りましょう、シド君。『女神の試練』を乗り越えたら誰もがシド君を少なからず認めてくれます。それでも私達の結婚は祝福されないかもしれませんが、幸せな未来のために頑張りましょう」
どうやら責任を取るために僕と結婚する気のようだ……それ、普通男がやるもんだよね? そして僕の意思を綺麗さっぱり無視している。ローズ個人は好ましいが王族には絶対なりたくない。だって面倒だもの。
くっ、耳を塞ぎたいのに片腕をホールドされてるからできない。まさかこれを見越して? 好きな子がいると言えば引き下がる……駄目だ、じゃあその子は側室にしましょうと真っ黒になった瞳で笑う未来しか見えない。そしてそんな嘘に協力してくれそうな子がいない。正確にはいなくなった。
協力してくれそうだった知り合いのシェリー・バーネット。優しくて儚げな彼女はもういない。いるのは『シャドウガーデン』の研究者、狂信者ウィクトーリアちゃんとしのぎを削る全肯定ヒロイン系マッドサイエンティスト、シェリー・バーネットだ。どうやらルスランの本性と僕が奴を嬲るところを見ていたらしい……嬲るのは負けフラグって戒めてたのにな。
というかシェリーのこと狙ってたのに! 一応爵位を持つ貴族だから婚約者見つけないとでしょ? シェリーはいい子だし優しいし学術学園の生徒だから奇行に走っても斬りかかったりしてこないと思ってたというのに、一番重要視してた性格がどうして狂ったんだろうか。答えは出ない。
暗い顔の僕と明るい顔のローズを乗せた馬車は快適な乗り心地で次の宿泊町へ進んでいくのであった。
予想通り、僕はローズと同じ最高級の宿に泊まった。予想外だったのは彼女と同じ部屋で寝ることだった。学園でも見舞いの時以外は部屋に入ってくることはなかったのに……護衛を引き離したのはそのためか!
結局僕は同じ部屋で、同じベッドで一緒に寝た。ソファで寝ようともローズもソファに来るので致し方ない。彼女が護身用ですと言って壁に立てかけた細剣が唯一の味方だった。
ちなみに夜の同衾生活はもう一日続いた。
♦♦♦
「何やってんだコイツ」
聖地リンドブルムに到着してからもにっこにこのローズに連れ歩かされていたげっそりした僕は、道連れとして並ばされた大人気作家のサイン会を見てそう吐き捨てた。
サイン会を開いている作家の名前はナツメ。サインを書いてもらうために買った本の名は『吾輩はドラゴンである。名前はまだない』『ロメオとジュリエッタ』『シンデレーラ』。進んだ列の先にいるのは美しい銀髪とブラウスから覗く胸の谷間が目を引く女エルフ。
何やってんだと思うのも無理はないだろう。この数々の大ヒット書籍を生み出したらしいナツメ先生は僕のクリエイター魂をズタボロにしたベータだったのだから。
ベータ、この女、僕の作品はボロクソに貶したくせに自分は丸パクリかよ。新しい作品のインスピレーションを得るためとか言って僕に『お姉ちゃん』だの『お嬢様』だの『プリンセス』だの呼ばせたのは何だったんだ? リアリティがいるとか言って色々付き合わせたのは? 断じて許せん。作家の風上にも置けない奴だ。
サイン会を人気作家殺人事件にしてしまう凶器になる可能性を秘めた本を読む……読む……読む……。
「本をこちらに」
「生意気言ってマジすみませんでした」
「急にどうしたんですか……あの、計画の詳細……!?」
ベータと顔を合わせられなくてサインをもらうなり急いで立ち去る。僕が話した前世の名作を文書化したのがベータの作品なのだが、めちゃくちゃ読みやすかった。僕がやったら百倍くらいつまらない作品になっていただろう。クリエイター名乗ってごめんなさい。
まぁそんな謝罪の気持ちも本に書かれた古代文字で消え失せた。計画の詳細とか言ってたのがちらっと聞こえたけど、僕は古代文字を読めない。アラビア語を呼んでいる気分だ。覗き込んできたローズ曰くこれはただでさえ難しい古代文字をかなり崩したものらしい。むしろこのミミズがのたうち回った落書きみたいなのを古代文字と認識できたローズも異常な気がする。
そして今日も僕は最高級ホテルに泊まる。部屋はもちろんローズと同じ。なので古代文字を徹夜で解読するなんてこともできない。
本当に楽な方を選んでから女難しか起きてない。本気ダッシュで来てたらローズの結婚計画やベータの読めない計画に頭を悩ませることはなかったのに。本当に最悪。
今日はもうローズを待たずに寝よう。リンドブルムは温泉の名地でもある。話を聞かない王女なんて放っておいてのんびりと温泉に浸かってやるぜ!
ニューも候補に入れかけたけど、側室にするなら調査されるよね? 存在をなかったことにされてるから探られるのはあんまりよくない。