「アキ君。体育祭が行われるのは明日なのですよね?」
「え、そうだけど、どうしたの突然?」
こんな会話が始まったのは雄二の人生をかけた体育祭まであと半日をしきった夜10時、いつものように遅い帰宅をした姉さんと夜ご飯を食べているときの事だった。
今は長期出張とやらで毎日家を空け、帰ってくるのも遅い姉さんが学校のことを口にするのはこれが恐らく初めてのことだ。
なのでそもそも体育祭があることを知ってること自体が僕としては驚きなんだけど、さも当然かのように語る姉さんはなんだか楽しげだった。
「はい。姉さんはお仕事を頑張って明日はお休みを貰えることになったので是非アキ君の晴れ姿を見に行こうと思いまして。」
「…ま・じ・で?」
衝撃発言に震える。えっ?なに?そんな話こっちは一言も聞いていない!
なんて返したら良いものかもわからず上手く言葉が出てこない。
完全に動きがフリーズした僕と対比するかのようになかなかのハイペースで箸を進める姉さんは、突然の宣告で波立ち始めた僕の心のざわめきなど知ったこっちゃないと誇らしげに続ける。
「もちろんまじです。ああ、頑張るアキ君に(女性として)またときめいてしまった
お姉さんは一体どうすれば良いのでしょうか…?」
「知らないよそんなもん!なんてことだ…プリント類も念入りに処分しておくべきだったか…!」
主菜の香ばしく焼けた鶏肉を箸で掴みながらうっとりとする姉さんを横目に絶叫する。まさにノーマーク、想定外もいいところだ。いつも僕が起きるより早くに家を出て遅くに帰ってくる姉さんが僕の学校生活に関心を持っていたなんて。けれど後悔してももう遅い。全ての情報が伝わっている以上ごまかしは利かないだう。
本来なら保護者が体育祭に来るというのは別段珍しい事ではない。実際去年の体育祭も多くの保護者が訪れて保護者競技など盛り上がったものだ。
だがそれはあくまで【普通】の保護者の場合だ。残念ながらこのうっとりしながら僕を見ているこの姉はその範疇には収まりそうもない。
実の弟である僕に対する異常な愛情表現には千歩…いや、一万歩譲って目をつぶるとしよう。
しかしそれでも常軌を逸した常識レベルや行動などを相殺するには至りそうもない。衆目に晒すにはあまりにも危険が高すぎる…!
「あはは…せっかくの休日に無理しなくてもいいんだよ?ほら、僕の競技を見たいなら友達に頼んでDVDにでも焼いて持ってくるからさ。」
兎に角まずは説得を試みるべきだろう。勝機が薄いとは言え0ではない。
僕の学校における尊厳が0になること間違いなしのこの状況はなんとしても回避しないと…ら
しかし僕は侮っていた。こんな常識的な説得で、あの姉さんの翻意するはずがないことをいつの間にかすっかり忘れていた。
「いいえ、心配には及びません。姉さんは明日の為に約二週間万全の体調管理を続けてきました。むしろ外に出て熱気に包まれるのがベストコンディションになるはずです。」
「いらない…そんな高度なテクニックを使う必要はどこにもないんだよ姉さん…!」
思わず机をバンッ!と叩いて立ち上がるが、どうですか?、と言わんばかりに胸を張る姉さんをもはや直視できない。
この姉、常識には重大な欠損を抱えているが偏差値的な頭はとんでもなく良い。
その姉さんが自信を持って言い切るということは明日の為にいかに正確かつ無駄な努力をしてきたのか疑う余地もない。
「食事中に立ち上がるなんてはしたないですよ。」
「くそ…万事休すか…」
ここまでマイペースな人に恥ずかしいとかなんとか言われるのは納得いかないがこれはこっちが間違っているので逆らうことなく席に座る。というよりも頭を抱えてうずくまるといった方が適当か。
そのままの姿勢で必死に頭をフル回転、今後の対策を考える。だが状況は絶望的だ。
体調、という唯一の希望さえかき消えたのだ。残念ながら明日の降水確率は見事に0%。日本全体が高気圧に覆われて全国的に快晴になるでしょう、とニュースで言っていたし雨天中止に望みを託すのも無理といったものだ。
「良いじゃないですか。もしもここでアキ君が頑張れば点数を加算してあげますよ?」
そんな僕をどこか慰めるように姉さんはそう言った。
「点数?」
なんだか聞き慣れない言葉に思わず聞き返す。そもそも点数の加算もなにも教師でもない姉さんに僕の点数を加算する権限なんてないはずだ。もしも楽に点数を取れる攻略法を教えてくれるというのならいくらでも聞くが姉さんに限ってそれはないだろう。こんな風に見えて実のところ努力の塊のような人間なのだから…
そんなことを考えていると相変わらず箸を進める手は止めないままに少しだけ真剣な表情をしてこう切り出した。
「はい。実はお姉さんの出張期間もあと2週間なのですが…」
「えっ!?あとたった2週間!やっ(ベキッ!)……僕は悲しいよ姉さん…」
「そうですよね?お姉さんもとても悲しいです…」
どちらかというと僕が悲しいのは何時の間にか姉がどっかのダンボール大好きな蛇レベルのCQCの技術を身に付け、あろうことか実の弟に実践してきているという事実のことだけど。最近関節技に対する免疫はついてきたと思っていたけどそんなものは思い上がりだと暗に説教されてるんじゃないかと錯覚するほどのキレだった。
そんな物騒なことを僕が考えていることも知らずにヨヨヨ、っと泣き真似をする我が姉(御年24)
何故だか終始楽しそうなオーラが出ていることは言及しちゃいけないんだと思う。
「ですがお姉さんはアキ君のことがとても心配です。いくら高校生になったとは言えアキ君はまだ未成年、そんなあなたを日本に1人にしておくのはお姉さんも、お母さんも、家族2人とても不安なのです。」
「なんで父さんが含まれてないのかはふれないでおくよ…」
父さん…もしものことがあったら匿ってくれ。あの2人は常識の尺度では計れないい。その時はたのむ! なんて言っていたのに連絡すら出来ずに始末されたのか…合掌。
まあそれはどうでもよいとして姉さんが僕を本気で心配してくれているのは確かみたいだ。一転して真剣な空気になったのが何よりの証。そこだけは、本当にそこだけは僕は姉さんに感謝しなくてはいけないところだと思う。何だかんだでいつも姉さんは僕の味方だったし気にかけてくれている。
そしてそのことを証明するかのように茶目っ気なしで姉さんの話は進んでいく。
「それでですね。姉さんは考えました。どうにかして日本に帰れないか?と。ですが日本支社への配属はそう簡単なことではありません。それに何よりお母さんが反対しています。」
ふむふむ、確かにその通りだ。姉さんの会社がどれだけの規模かは知らないけど海外配属なんて余程のエリートじゃなきゃ出来ないだろう。
それに我が家では母親が最高権力者だ。いくら姉さんと言えどその意向は簡単には無視できないはずだ。
「そして頑張りました。必死の思いで働いてようやく勤務地を自らの意志で選んでもよいという所まできたのです…ですがそれだけでは解決したのは半分だけ。お母さんの反対は別にかわりません。だけどお姉さんは諦められませんでした。アキ君が心配、
「待って!今の言葉には明らかにおかしなふりがなふってるよね!?」
「少し黙りなさい。今は私が話しているのです。逆らうとアキ君が寝た後全部脱がして一部始終を動画投稿サイトにアップしますよ。」
「すいませんでした。」
この人には勝てそうにもない。
気付いたら土下座していたという事実に驚愕しながら思い知らされた。相変わらずこの人とは本気で口喧嘩をすると瞬殺されてしまう。
悔しいけれどそれが頭の差、というものなんだろう。
「よろしい。そして考えつきました。アキ君に私が絶対に必要だと納得させることが出来れば私の願いが叶うのではないか、と。アキ君?私とあなたが一番違っているのはどこですか?」
「…頭の良さ…」
渋々ながらビシッと指差す姉さんの質問に答える。
残念ながら同時期の偏差値でタブルスコアをつけられている以上これは認めざるを得ないと思う。
「その通りです。ですから私がアキ君に勉強を教えなければならない状況なのだと言うことが証明できれば良いわけです。」
だからと言ってこんな理由で居座ることを許容したいとはどうやっても思えないけど。
「まあ言いたいことはわかるけどさ…」
ただ僕がバカなのは母親もよく知ってるからそう簡単にはいかないと思うんだけどそこはどうなんだろう。
「なので姉さんはまた頑張りました。アキ君から送られてくる学力調査の結果をぎりぎりまでマイナスの表現をしお母さんの不安を煽ることを…」
「もしかしてそれが最近仕送りの減った原因じゃない!?」
そう言えば今月の仕送り額がとんでもなく少なくなっていたのは記憶にあたらしい。間違いかと電話しようにもよりにもよって息子の番号を拒否するという蛮行に及んだ我が家の暴君のおかげでそれすらできず泣き寝入りせざるを得なくなっていたんだけどまさかこんなに近くに伏兵が潜んでいたなんて…!
「そしてついにお母さんからとある条件つきで日本に帰ることを許されました。それは…」
そんな僕からしたらだいぶ切実な心の叫びも聞こえていないかのようにマイペースを貫く姉さん。
やっぱりどこがどころか何もかもずれていると思うのは僕だけではないはずだ。
「それは…?」
とは言ってもここは恐らく大事、それもかなりなところだ。余り余計な口は挟めない。
ゴクリと唾を飲む。あの母親を動かしたとなれば並大抵の条件ではないはずだ。
一体どんな極悪非道な条件が課されたというのか…
「今度の期末試験でアキ君の点数が前回比+400点を達成できなければアキ君の家庭教師兼保護者として日本滞在を許可する、と。」
「は?」
いま、明らかにおかしな単語がいくつも飛んでこなかったか?
「それ姉さんじゃなくて僕に対する条件だよね絶対!?なんで教えてくれなかったのさ!」
冷静になると確かに極悪非道な条件だ、問題はそれが課されている相手が姉さんではなく僕であることだけど。
400点プラスだって…?僕の総合点数を考えると大まかに約4割は得点アップを果たさなければならないということになる。
それが出来るか否か、考えるまでもなく否だ。そして何よりもそんな大事なことを今まで一言も言ってこなかった姉さんには怒りに近い感情すら覚えてくる。
何でそんなことを…
「そのほうが面白いかと」
前言撤回!この人やっぱり僕の味方でも何でもないや!むしろ敵!
思いつく限り最低の理由が返ってきたこともそうだが自分の中で姉さんの評価を上げていたことにもなんだか無性に腹がたってきた。
「全然だよ!」
何時の間にか僕の一人暮らし生活が剥奪の危機を迎えていたことへの怒りも込めてこう言い放つ。
言いたいことはほかにも山ほどある…のだが言葉にすると大変なことになりそうなのでグッと堪えるのが残念ながら吉なのだろう。
「…これは決定事項です。それでもしも明日の体育祭で頑張ったら特別に+100点してあげようと思いまして」
「それで点数か!わかった!」
「…?アキ君、どちらへ?」
「もう寝るよ。明日に向けて万全の調子でいかないと…」
食器を洗う際につけていたエプロンをぬいで足早にリビングを後にする。
睡眠時間は少しでも多い方が良い。寝不足なんてことになったら出来ることもできなくなる。
「それもそうですね。私も期待していますよ、アキ君。」
それは心からの激励なのか、それともまた別の何かなのか、ともかくヒラヒラと手を振る姉さんに返事をすることなく放っておいたまま自室に向かう。
「とにかく明日は早く起きて…それと勝つための作戦を…」
ベッドに倒れ込みすぐに寝ようかと思ったけど1つやるべきことを思い出して携帯を開きメールをうつ。個人の頑張りも勿論大事なんだろうけど団体のそれも姉さんならば全て加味するはずだ。それならまだやれることがある。
携帯の画面に移る送信完了の文字を見て今度こそ寝ることにする。
何としてでも明日は頑張らないと…!
姉さんには申し訳ないけど絶対にこの一人暮らしは守ってみせる!
雄二の事を笑っていたら自分にもっときついことが跳ね返ってきた。
人のことをあーだこーだ言っているとそれは全て自分に戻ってくるんだな。そんな人生の教訓のようなものを得て徐々に眠気の中に落ちていく。
あとおよそ10時間で体育祭開幕、その先に僕らを待っているのは天国か、それとも地獄か。
どうもです!
ついに復帰!とりあえずアキラさんのターンということで体育祭前日譚を。
次回は衛宮家と雄二で行いいよいよ体育祭本番へ突入する予定。
そう言えばお気に入り数が何時の間にか当初目標にしてた250を越えてましたね。皆さんに感謝です。
あと文のスタイルを少し変更。会話のテンポよりも地の文の厚さを重視してみましたが皆さんどっちのが良いですかね?
感想、評価、お気に入り登録じゃんじゃんまってます!
それではまた!