「見えた?」
「いいや、全然。」
「「でしょうね。」」
「吉井、坂本、今のは開始の合図と同時に懐まで瞬時に入り込み左手で正中を撃ち抜くと見せかけてフェイント、まんまと引っかかりとっさに上体を反らした野村の首筋が通過する位置に手刀を置いておき相手の力を利用することで意識外から労することなく急所を取りそのまま気絶、というのが一連の流れです。」
「セイバーさんって格闘技好き?」
「は……?」
「なんでもないや。」
どうやらセイバーさんは外国の人によくありがちなプロレスファンとかそんな感じの類の人みたいだ。確かに女の子がそういうのに積極的な興味があるって公言するのは恥ずかしいってイメージがあるかもしれないけどそんなことないのに。
「吉井……?」
けど敢えて隠すって事は僕らがまだセイバーさんに信用されてないということの裏返しだろうしもっと友達としての距離を詰められるように気を使ってあげないと……
「あの……」
「ほっとけセイバー、この面を見てなんも思わないか?」
「これ以上なく見事なアホづ……いえっ!瞑想ですね!!」
「セイバー、無理しなくていいんだぞ?」
「ですが士郎!せっかくできた大切な友人に対してこんな表現しか出来ない自分が私は恥ずかしいのです!」
そんな決意を固めたというのに逆になぜか気を使われている気がするのと同時に非情な宣告を受けている気がするのは何故だろう。
周りから苦笑い混じりの視線を感じながら僕は首を傾げる。
雄二の人生がかかった文月学園体育祭もいよいよ折り返し地点へ向けて午前の最終種目、そして特別種目でもある教師種目へ突入している。
年齢性別ともに全く違う教師に一律てガチンコ体育をやらせるのはどうかと思ったけど鉄人こと西村先生を擁する僕達Fクラスにとっては都合が良いのでそこにはあまり触れないでおく。
そして僕達の思惑通り鉄人は見事に準決勝までを危なげなく勝ち進みついに決勝の舞台に駒を進めたのである。
「ウオオオ!!さすが鉄人!!」
「トライアスロンは伊達じゃねえ!!!」
「よっ!フィジカルモンスター!!」
「ば、ばかかお前ら!本人の目の前で……」
「「「あ……」」」
あまりの興奮で自ら死地に飛び込んだ亡友もたくさんいるみたいだけど。
「……」
「「「あっ……あれ?」」」
普段なら禁句である呼び方をされたはずの鉄人だが今日は全く怒る様子もなく自分の椅子に座り姫路さんが気を利かせて渡したドリンクを飲みながら沈黙している。どうも雰囲気が違う。
「どうしたんだ鉄……西村先生、こんなお遊びで本気の集中なんてあんたらしくもない。」
「最初にいらん言葉が聞こえかけなければ良かったんだがな、坂本。今は見逃してやる。集中したいんでな。」
少しピリッと張り詰めた空気を嫌がったか半分ちゃかすように雄二が話しかけるがそれにも鉄人の集中が解けることはない。
ここらへんで僕らはみんな同じような違和感を感じたに違いない。
「「「(鉄人が鉄人呼びを許すなんて気持ち悪すぎる)」」」
この思いはリンクしているはずだ。
「何を言ってるんだ鉄人?あんたならもう楽勝だろ?」
「本当にそう見えたか?」
「なに?」
「まあ良い。言っておくがあれは本物の武人だ。立ち姿に非凡なものを感じることはあったが葛木先生がまさかあれほどの使い手だとは思っていなかった。武道を嗜む者として致命的な不覚を犯した上に万全の状態で臨まないとなればそればもはやそれは罪だ。」
「???」
よくわからないけど鉄人が真剣なのだけはよく分かった。
「先生。そろそろ時間です。」
「うむ、それでは行ってくる。」
そう言って立ち上がった鉄人の背中はとても大きく、どこか遠く見えた。
ーーーーー
「それでは決勝戦、なんでもありのガチンコバトルを開催します。」
もう聞き慣れてきた淡々とした高橋先生の進行。そんななかでも今回の盛り上がりは今までを遥かに上回っていた。
「それでは対戦選手の紹介です。葛木宗一郎、科目倫理、3ーB副担任。西村宗一、科目学年指導、2ーF担任。この両選手によって行われます。」
体育館中央にいつの間にか設置されたリングの上で紹介された2人が頭を下げると握手する。その光景はこの間雄二と見に行ったプロの格闘技の試合以上に張りつめていた。
「鉄人いけえええ!!!」
「鉄人くたばれえええ!!!」
「お前ら一体どっちなんだよ……」
荒事になると野郎の声が大きくなる。
因みに良くも悪くも9割方が鉄人に対するものだ。僕らはもちろん応援するし、鉄人自身厳しいのは確かだが生徒に対し真剣なのは間違いないので純粋に尊敬し声援を送る人も一定数いる……が、逆にそれを疎ましく思い厄介なやつと思う人もまた多くいる。
と言うわけで賛否両論怒号が飛び交っている。
「……」
対して葛木先生は本人も外野も静かだ。
なんというか印象がないんだよなあ……あの人。
「そういちろうさまぁぁぁ!!!」
奥さんだけはめげない。というよりもなんで1人だけであれだけの声量が出せるのか全く分からない。学園全体の声に対抗出来ているのが地味に恐ろしい。
「よろしくお願いします。まさか葛木先生が武道をしておられたとは。」
「……妻の手前ですので。あれの期待を裏切るわけにもいかんでしょう。」
「家族思いなのですな。ですが私は手を抜くことは」
「御安心を。そのような配慮は不要です。」
ステージ上で握手を交わす2人。
見れば見るほどどちらも尋常な体付きではない。鉄人の分厚い筋肉が鎧ならば葛木先生は全身剣といったところだろうか。
『それでは決勝戦を開始します。両者コーナーへお下がりください。』
葛木先生、鉄人共に無言のまま一度互いに背を向けるとコーナーへと歩く。
先ほどまで騒いでいた野次馬の声もいつの間にかやんでいた。
「……」
「……」
「ねえ雄二?」
「なんだ。」
「なにこの空気、ここって武道館かなにか?」
「少なくとも高校の体育祭で流れるようなウキウキした空気じゃないのは確かだな。」
重い!なんかよくわかんないけどとんでもなく重い!!
「はじめ!!!」
その言葉と共に弾けるように2人の武人が地を蹴った。
ーーーーー
「ぬぅぅぅ!!!」
「……!」
何度目か分からない、拳の交差。
形上どちらも未だに決定機を掴めずにいる。
だが趨勢は誰が見ても明らかだろう。
「(この俺が圧されている……!)」
試合開始直後に轟々と響いていた生徒達の声援は消えた。いや、変わったと言うべきだろうか。
集中を削ぐ耳障りなざわめきはそういうことだろう。
「フッ!!」
致命傷になりえる一撃以外は無理に避けようとせずにカウンターに力を込めるが何事なかったのかのようにその拳は空を切る。
「鉄人が一方的に打ち込まれてるぞ!!」
「おいおい…鉄人は木偶の坊じゃないぞ……むしろあの身体でスピードがあるから恐ろしいってのに……」
あの方向は……Fクラスか。ふむ、俺の折檻を何度も受けているからこその分析なのだろうがその考察力を少しは勉学に回してもらいたいものだ。
「だが……」
残念ながら的を射ている。
今でこそまだ耐えることが出来ているものの葛木先生の拳を俺はまだ一度として見切れていない。
「……」
「グヌッ…!」
全く読めない拳筋、呼吸や癖を見抜こうにも淀みというものが欠片もない。
そしてその細身からはまったく想像もつかない一撃の重さ。徐々にだが確実に削り取られていく体力に焦りに近い感情が湧き始める。
「……これでもまだ耐えますか。」
「……!?」
押していたはずの葛木先生が自らパッと飛び退き距離をとる。
ーーなぜだ?
状況の判断が出来ないような素人ではないだろう。それはここまでの動きを見れば明らかだ。
しかし何故それなら退いた?密接時のスピードで上回っているにも関わらず下がるのは何も利点がない。
「………」
「相変わらずなにも読めないな……」
ここまでなにも読めないと自分の観察力、洞察力に悲しさに近い感情すら湧いてくる。
それはあのバカ共(Fクラス)を真っ直ぐに指導してやることも出来ない訳だ。
こんな所で教師としての不徳を突きつけられるとは思いもしなかった。
「しかしだ。」
ならば尚更生徒の期待を背負っている以上負けるわけにはいくまい。
「……シッ!」
軋む身体に鞭を打ちもう一度最高速で踏み込む。
なにを思ったのかは知らないがせっかくこちらから場を動かす機会が巡ってきたのだ、そのチャンスをみすみす逃す手はあるまい……!!
「……!」
「……!?」
瞬間、目の前の敵の右腕は文字通り視界から消えていた。
「ガッ……!」
本当にすみませんでした。(土下座)
シンプルにアイデアがわかず、加えて私生活が忙しかったこともあり更新がどんどんおざなりになってしまいました。まさかここまで書くことなくなるとは……
ええ、年内完結を目指した結果がこれですよ。まさか年内更新すら危うくなるとは……プロットは作り込まないと難しいと今更実感しました。
とりあえず体育祭編も後半へ向かいます。しばらくは展開も更新ものんびりだと思いますがよろしくお願いします。
それではまた!