装飾のない白く無機質な事務用の部屋にカタカタと響くキーボードの音。このキーボードは茶軸とやらでできているらしく、茶軸は打鍵感と音の両立が出来る構造で!と熱く語っていたヴェリタスの子たちの顔が浮かんでくる。
こういったものには疎いから、それぞれに頼れる生徒がいるの本当にありがたいことだと思う。...まあ、盗聴器が付けられてたから、取り外してもらったけど。
「...最近暇ですよ~せんせ~。」
「そうだね。最近は大きな事件とかはないし...ちょっとアビドスとか百鬼夜行の方は忙しかったけど。ミレニアムは暇だよね。」
椅子に両足を乗せて、桃色のツインテールを揺らしながら回っているコユキが、声をかけてくる。
「そう!前までやってたじゃないですか!生徒にドッキリを仕掛けるって!あれ、結構準備してたんですけど!」
「ああ、やってたね。本当はやりたいけど...」
「けど?何ですか!リオ会長が帰ってきたせいで監視の目も厳しくて...資産の横領もできないんですから...スリルのあることをしたいんですよ!」
そんなコユキの言葉を聞いて、私の胸の中に沸々と衝動が湧き出てくる。
生徒を導く存在...先に生きる者。教え、師事する者。そうであるべきという鎧がポロポロと剥がれていく。
「またぁ...昔みてえに...!生徒...!泣かしてもいいかなあ!!!」
「いや、普通にダメだとは思いますけどね。」
「そうと決まれば早速作戦を立てるぞ!!!」
「ああ。もう話聞いてないですよこの人...」
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『やっほ~!先生!来ちゃった☆』
『ああ。いらっしゃい。ミカ。』
また、こうして画面の前で手助けをする立場になっちゃった。
にはは...今回は苦労しましたよ...
『えへへ☆前の水着褒められちゃったから!着てきちゃおうかな!って思ったけど...』
『また変な噂が立つからやめて!』
『も~☆話はちゃんと最後まで聞いてよ~!私もお姫様なままじゃないからさ~!さすがに着てきてないよ!』
じゃん!と見せびらかすようにハンガーを前に突き出すミカさん。
トリニティの人ってこんな感じの人しかいないのかな...?晄輪大祭の時のピンクの人もこんな感じだったし。
『今日は室内でお手伝いって聞いてたし!汚れてもいいようにこっちも持ってきてるんだ!』
『...懐かしいね。そのスクール水着も。』
『でしょ~☆さすがにボロボロだから、先生の前でしか着ないけど...ね?』
そんなイチャイチャを横目に、手元にある資料に目を通す。
ミカさんは、とある事情から先生に凄く信頼を寄せているんですって。
依存にならないように、丁重に扱って。そうして今の関係を作ったらしいです。
『せっかく汚れてもいい服を持ってきてくれたけど...今日の仕事は資料整理だからね。使う場面はないと思うな。』
『そっか~。残念☆それで!何を手伝ったらいい~?』
『そうだね、まずは...そうだな。この辺りの物を...』
ミカさんはめちゃくちゃ強くて、執念強いみたいです。前みたいに私が直接手伝うと最悪殺されるかもって、先生は言ってました。実際、エデン条約の間は危なかったらしいし...
『このぐらいでいいかな?先生!』
『うん。わかりやすくまとめられてて、やりやすいよ。ありがとう。ミカ。』
『えへへ~...そうだ!先生喉乾いてない?結構いい茶葉を持ってきてるんだ!』
『せっかくだし、貰おうかな。』
だから、事前の「仕込み」が必要だったんですね。例えば、トリニティ生のSNSグループに入って、彼女が好きな茶葉を調べたり。
『私、あんまりティーパーティーじゃ紅茶入れることなくって!ほら。ナギちゃんとか厳しそうでしょ?』
『海ではハスミと言い合いもしてたし...そういう印象はあるかな』
『ほら。蒸らしが足りないとか!空気を含めてないとかさ~。結構言われたから、紅茶には自信あるよ!』
トリニティ印のティーポットから、紅茶が注がれていく。
これははちみつ紅茶。仕事で疲れている先生を労おうと、ミカさんが頭を悩ませて買った、少しお高めな紅茶です。
『ほら~☆甘くていい香りでしょ?これね~はちみつ紅茶!甘くてポカポカして美味しいよ~!...まあ、ナギちゃんからはウケが悪いんだけどね~。』
彼女が手に入れるはずの物を、トリニティの子に忍び込んで貰って入れ替えてもらって。
そうして用意したのは、悪評轟く茶葉工場の茶葉。
『はい!どうぞ~!』
『うん。いただくね!こ...これっ...』
先生は差し出された紅茶を飲み込むと、途端に苦しみ始める。胸を手で押さえ、過呼吸となり。うまく息も吸えていない。声を出そうとしても、ヒューヒューという空気が漏れる音しか聞こえてこない。
...いつ見ても、仮死薬は気分のいいものじゃないですね。
『先生!?どうしたの!?』
『...こきゅうが...くるしい...その...茶葉...』
『この茶葉が...?嘘...ラベルが...別の物...?』
『アレ...ルギー...の薬をっ...!そこに...』
先生は、そばアレルギーらしいです。実際はどうか知りませんが。今回に関してはひどいそばアレルギーという設定です。
血を吐いて、息も絶え絶えな先生を見たミカさんは、焦った様子で裏の倉庫に駆け出していきます。
『どこ...どこ!早くしないと先生が...っ!』
棚という棚をすべてひっくり返し、アレルギー薬を探すミカさん。
鬼気迫る様子で、見ているだけで胸が引き裂かれそう...だけど。
「これも、ドッキリなので。」
けたたましい音を立てて、倉庫のシャッターが閉まる。先生曰く、「ミカならワンパンでぶち抜く」らしいですけど。今回は、ぶち抜かれても問題ないようにしてますよ。
『やっと見つけたっていうのに...邪魔しないで!』
ドゴン!とシャッターが吹き飛んでいって。ミカさんは注射型の薬を持って先生に駆け寄っていきます。
されど、もう先生から音はしていません。
『先生...!先生!?見つけてきたよ!刺せばいいよね!?』
返事はなく。足に刺しても先生から反応は帰ってきません。仮死薬の効果がやっと効いてきたのでしょう。心臓も。止まっているはずです。
そんな、絶望的な状況で。心臓マッサージだけ辛うじて行っているタイミングで。テレビの電気だけ通してあげます。
『先日、食品偽装を行ったとして、〇〇茶葉工場が摘発されました。〇〇茶葉工場では、茶葉を選別する作業工程の中で、複数のアレルギー物質も同じレーンで扱われていたようです。クロノススクールは、事実の追求を求め...』
真っ暗い部屋に差す、文字通り毒々しい光。赤青緑の点滅と音声が彼女の頭を焼いていく。
「...えっ...この茶葉って...」
テレビに映し出された会社名と、テーブルの上に置かれた偽装茶葉の会社名を見比べる。
同じ茶葉だ。
先生がきっと何かのアレルギーで、私が確認もせずに食べさせたから。
私のせいだ。
私は何をやってもいつもそうだ
何か変わった気がしてた。
でも、結局変わってなかった。
私は、魔女だ。
「ちがうよ。ミカはお姫様だからね」
「せん...せえ?」
心臓マッサージを受けていた肉体が、熱を持って私の体を持ち上げて。私と向き合っている。死んだと思っていた、私が殺した先生が。
「なんで、私が、殺したはずじゃ...」
「死なないよ。だって...これは!ドッキリだから!」
ドッキリ大成功という看板を何処から出したのだろう。ポップな赤い文字。デカデカと掲げられたそれを見て、一瞬理解が及ばない。
「ドッキリ...これが...?」
「そう。私はアレルギーなんか無いし。」
「じゃあ、あのニュースは。」
「嘘のニュース。」
そっか...じゃあ。
「先生は、生きてるんだね。」
「うん。今は、生きてる。」
「色々と言いたいことはあるけど。今は、もうちょっとこうさせてほしいな☆...なんて。」
「勿論、これくらいなら幾らでも。」
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「それで、その後どうなったんですか?」
「丸一日ショッピングに付き合って。寝る前までモモトークで会話してたね。送ってくれたパジャマ姿が可愛かった。」
「えぇ...その、メンタルでいれるの、貴方だけですって...」