――翌朝 アルフレイド家邸宅前。
第三地区に建つアルフレード邸の入り口は外敵を遮る堅牢な前門で閉ざされ、隙間を覗き込めば広々とした庭が見える。
昨日に紹介状を手渡し、宿泊先に連絡も来ていたのでインターフォン越しに要件を伝えを対応を待ちます。
数分もしない内にガチャ、と屋敷の扉が開きメイド服の女性が出迎えてくれました。
ふむ…知識に無いメイドさんですね。
やはりクビや解雇を含め辞職者が多く、原作開始一年程度前の時期には見知った方々はいないのでしょうか?
しかしそんなものは今この瞬間に比べれば些細な問題でしかありませんね。
前門を抜け屋敷へと足を踏み入れます。
すかさず深呼吸を繰り返します、あのロザーナ様と一つ屋根の下同じ空気を吸っていのです。ふぅ…あまりのエクスタシーに全身が痙攣していまいました。
どうやら面接の必要は無いらしく私はあの執事の仕事を引き継ぐようです。
メイドでは無く執事ですかぁ~…男装コスプレ感が出ないか心配ではありますが働けるだけ良しとしましょう。
女性専用の使用人室に案内された後、簡単な仕事内容と制服の支給を受けました。
胸が少しキツイですが、男性用だけあって難なく着ることが出来そうです、後日サイズに合った専用の服を用意して下さるそうで、やはり金持ちたるもの見栄には金を惜しまないのでしょうか。
「貴女…凄い身体してるわね。格闘技でもやってたの?」
「いえいえ、そんな大した事はしていませんよ…前職の環境で最低限必須だったので、辞めてからも出来るだけ身体は鍛えるようにしているんです」
着替える私の背後からメイドさんの視線が痛い程注がれます。
女を捨ててる筋肉でバキついた身体が物珍しいのは理解出来ますが、私は珍獣ではありませんよ。
「まさしく全身凶器!貴女がいれば強盗なんかが入ってきても安心ね!」
「ふふ、お役に立てるように全力で働かせて頂きます」
今更コソ泥如きに遅れを取ることはありません。
必ずや従者としてお嬢様を守りきって見せますとも!
「執事もコックも辞めちゃって不安だったけど、貴女みたいのが紹介で来てくれて助かったわ」
シャツに腕を通しネクタイを巻き執事服に着替えている最中メイドさんは憂鬱な雰囲気で屋敷内の状況を教えてくれました。
どうやらあの執事以外にも自主的に数名退職しているようですね。
「貴女って給仕以外にも色々出来るんでしょう。
執事が最期の挨拶の時に言ってたわよ、コックも兼任させられるみたいだから頑張ってね」
あの腹黒野郎…ナイス。
「いきなり止めちゃってね、いきなりで悪いけど今日から厨房にもついて貰うことになるわ…」
「はい、問題ありません何時でもいけます」
退職理由をよくよく聞いてみれば納得、というか妥当すぎるくらい正当な退職理由でした。
料理人の料理が高頻度でカーペットに打ち捨てられた挙げ句廃棄される、毎度繰り返される悪夢のような光景が原因で重度の鬱病を患ってしまい入院からの退職。
そら辞めますね、私もお嬢様じゃなかったら即辞めます。
「後本来給仕がやらないといけないんだけど、お庭の体入れや館のお掃除なんかも手伝って貰えるかしら」
「構いません、メイドではなく執事となりましたがメイド・オブ・オールワークを信条にこれまでの経験を存分に活かして参りましょう」
メイドの方は退職者が一名、退職予定者が一人らしいです。
このデカイ屋敷に対して標準で三人しか雇用枠が存在しないのにこの退職数はもう色々とヤバいですね。
で、気になる退職理由ですが…もの凄くストレートに言って、自分が偉いわけでも無いのに親の権威を傘にきて舐めた態度を取るクソガキとかマジ許せん、しかも愚痴をきかれただけで給料半分カットとかもうマジ無理辞めるわ、って感じみたいですね。
お金の為に我慢して残ったのに結果的に給料カットされたら…こっちもまぁ理由としては妥当ですね。
恨みは持たれてても忠誠心とかは欠片もなさそうです。
住み込みで働くわけですし、四六時中いつ嫌味が飛んでくるか分からない環境ですか…客観的に言って職場環境最悪の部類ですね。
私としては寧ろそこが良いですが。
「単純な疑問なのですが人手を増やしたりはしないのでしょうか?」
「あー…執事がそのことを旦那様に相談したこともあったんだけど、お嬢様の「騒がしいのはゴメンよ」の一言で提案は即却下されたわ。
女だけじゃなくて男手が必要なのに奥様も旦那様も年頃のお嬢様に過保護になりすぎててね、使用人志望がいても男性は積極的に弾いちゃうのよ」
あー…これはうん、凄く納得、納得過ぎる理由。
そういえば愚民が多いから屋敷の外に出ないような方だった、減らすことはあっても増やすことなんて絶対無いでしょうね。
そんな屋敷の近況を聞きながらも執事服に着替え終わり、最後にキュっとネクタイを締めて制服を整える。
「あら良いじゃない、似合っているわよ。
それじゃ他の仕事仲間を紹介するわ、て言っても三人だけだけどね」
先輩メイドさんが次の場所へと歩き始めます。
しかし次の瞬間使用人室の扉がバンと開け放たれ調理服に身を包んだ男性が入ってきました。
「厨房に新人が入ったって本当か!挨拶をしにきたぜ!!」
「ちょっとシショー!ここは男性の立ち入り厳禁だって何度もいってるでしょう!もぉ…あぁ、紹介するわね、この館一番の古株のシショーよ。
細かいことを気にする性格じゃないからフランクに接して上げて」
うぉ…眩しッ!
この輝き、貴方はまさしく…別名『ハゲ愚民』ことシショーさんじゃないですか!
「本日から住み込みで働くことになったメアリー・カーティスです。
新人ではありますが身を粉にして働かせていただく所存です」
「ハッハッ…!堅苦しいのは苦手だ!男同士気軽にいこうぜ!」
「いえ、私は女です…」
「俺より身長も筋肉もスゲぇのに女なのか!そいつぁスゲぇ!尊敬するぜ!」
うぅ~~ん、このデリカシーの欠片もない図太い神経は間違いなくシショーだわ。
嫌味も皮肉もない純度100%の歓迎ムード全開ですね、ピュア過ぎて恐いくらいくらい。
後声が馬鹿デカイ。
「あはは…この敬語は癖のようなものなので難しいですね。
ともかく新米ですがよろしくお願いします」
「そうか…変な癖だな!
奥様と旦那様の料理は俺が作るからお嬢様の料理は頼んだぜ!わからないことは何でも聞いてくれ!!」
「えっ…いきなり私一人にお嬢様の料理支度を任せてくださるんですか?」
なんでしょうこの聖人…頭だけじゃなくて心まで仏なんですか。
レストランのコック共は新人とあれば下処理や皿洗いでネチネチ虐め抜いてきたのに、なんという心の広さでしょう。
「あぁ!旦那様も期待してるみたいだ!!新人は皆お嬢様に料理を出すのを嫌がるからメアリーも嫌かもしれんが頑張れ!!応援してるぜ!!俺もお嬢様のために秘伝のタレ作りを頑張るからな!!」
ふふ…感謝しますハゲ愚民様。
私の料理が皿ごと宙を舞うことは確定的事実、あぁ…今まで磨き上げた集大成がゴミと同じ様に打ち捨てられるの瞬間が待ち遠しい。
生まれながらの階級コンプレックスを刺激する強烈体験を存分に堪能しましょう。
「ありがとうございますシショー、私なりの最善をつくします」
そう返事を返すとシショーは満足そうに頷き扉を空けて出ていった。
「はぁ~…ごめんなさい。
あの人悪い人じゃないんだけど、ちょっと空気が読めなくてね」
「とても元気な方でしたね、私は嫌いではありませんよ」
「そう…変わった趣味してるわね。
気を取り直して次に行きましょう。」
なんだか変な誤解を受けた気がしますが気の所為でしょう。
その後は屋敷の案内を含め他のメイドさん達の紹介が終わりました。
ですが全員間違いなく近日中に辞めるのが分かる程度に覇気がありませんでした。
心底嫌気がさしている雰囲気が全身から滲み出てしましたね。
「色々言いたいことは分かるけど次は旦那様と奥様の挨拶に向かいましょうか。
貴女も此処で働くなら嬢様の愚痴は言わないことね、さっきの娘達みたいになるわよ」
なら平気ですね。
私はお嬢様崇拝全肯定ウーマンを志す愚民、愚痴を言うなどありえません。
中央ホールから階段を登り旦那様と奥様の部屋へと向かいます。
高そうな彫像品から一目で高価とわかる壺が飾られた通路を抜ければ部屋の前に到着です。
どうやら屋敷の大まかな構造はゲームマップとはそう変わらないようですね。
「ここからは貴方一人で挨拶してきてね、四回ノックして返事が返ってきたら入室…わかった?」
「ご丁寧にありがとうございます、失礼がないよう挨拶をして参ります」
「そう…ならいいわ。
後、歓迎されないでしょうがお嬢様にも挨拶してきてね」
「勿論!是が非でも御挨拶を申し上げてきます!」
「そ、そう…酷いこと言われるかもしれないけど気を落とさないでね。
それじゃ、私は仕事に戻るわ」
ふッふッ…何を当然のことを、私がそんなビッグイベントを見逃すとでも。
挨拶不要なんて言われたら適当に理由をこじつけて会いにいってる所ですよ。
「ですが先に雇用主様に挨拶するのは礼儀ですね。
ロザーナ様のご両親です、敬意を持って接せねば…よし。
旦那様、奥様、新たに執事に就任しましたメアリーです、お時間よろしいでしょうか?」
扉ノックをノックし返答を待つ。
「おぉ…丁度良かったゾイ、入ってくるが良いゾイ」
「例の執事ザマスね、お話あるザマスから入ってくるザマス」
独特の語尾と共に入室の許可がおりる。
私は扉を開きソファーに座る御二方に向かって執事の礼を取る。
「旦那様と奥様にご挨拶を申し上げます。
この度は執事として雇用していただき感謝します、不肖メアリーこの御恩に報いる為、命を課してアルレイド家に尽くすことを誓します」
「うむ、前任者が言っていた通りやる気はあるようだゾイ、頭を上げるがよいゾイ」
「お仕事は信用が第一ザマス、礼儀はなっているようで安心したザマスよ」
おぉ…この方々が実物のゾイザマス。
娘以外にはもっと嫌味な金持ち成金みたいな対応を想像していましたが、意外と優しいですね。
「旦那様と奥様の貴重なお時間を割いて頂き感謝します、遅れましたが就任の挨拶に参りました」
「気にする必要はないゾイ、私達もお前に丁度話があったんだゾイ」
「この人は四六時中家にいて時間なんて有り余ってるザマスよ、余計な気を使わずそこに座るザマス」
「別に暇な訳じゃないゾイ…」
「ろくに使いもしない杖を何本も買い漁って浪費するだけの生活なら暇人と変わらないザマス!」
「最近はカメラしか買ってないゾイ…」
なんというか会話から力関係が伺えますね。
それにしても旦那様ってなんのお仕事をされているんでしょうか。
財力は有り余ってるように見えますし、多数の不労働所得を持ってたり大地主だったりするんでしょうか…。
「それでは失礼します…それで、お話というのは?」
対面に用意された椅子に腰掛け、お二人に向けて会話の続きを促す。
すると旦那様はどこか言い淀んだ様子で口を開きました。
「前任者からお前は優秀だという報告を受けておるゾイ、自分に出来なかったことも出来るかもしれないとも言っておったゾイ。あの執事は有能だったゾイ…だからお前の腕も信頼しておるゾイ」
あの執事めちゃくちゃ信頼されてたみたいですね、絶賛じゃないですか。
それでも娘の一言でクビにしてしまうのだから親馬鹿としか言いようがありませんね。
しかし、ロザーナ様にだだ甘になる気持ちは痛いほどよくわかります。
「回りくどいザマス、早く本題に入るザマス!」
「むむ…話とは娘のことだゾイ。
最近ますます偏食が増え初めているゾイ、お前には早急に用意しているという対策を講じて欲しいんだゾイ」
「食わず嫌いは構わないザマスが食が細くなっていくのは問題ザマス!成長期なんだからもっと食べなといけないザマス!!」
「ロザーナの好物は肉だゾイ、偏食はよくないが食卓には出してあげて欲しいゾイ」
「嫌いなものをワザワザ出す必要は無いザマス。今は食事量の改善が先ザマス!」
これは…愛情のあるめっちゃ良い親。
家の母親とは正反対です、娘を甘やかしまくるって本人に強く出れないのは難点ですが普通に良いご両親で羨ましいですね。
とは言え家からほとんど出ないらしいお嬢様が少食…それは正常なのでは。
「かしこまりました…今晩から色々と工夫してお嬢様の食事改善に努めさせて頂きます」
「うむ、食材の費用には糸目をつけず最高級品を使うゾイ」
「ロザーナは炭火焼きよりも薪火で焼くのが好みザマス、焼き加減の好みは日毎に変わるようザマスから注意するザマス」
「参考になります、焼き加減は時間を掛けて見極めていこうと思います」
「夕食時には寝ていて深夜に起きてくることもあるから常にロザーナの為の食材と調理の準備しておいて欲しいゾイ」
「夜更かしはお肌の大敵ザマスが昼夜に寝ていれば問題無いザマス。お食事の件も含めロザーナのお願いは全て叶えるようにするザマス」
「えぇ喜んで奉仕致します、お嬢様のお望みを叶えられるなどまさしく至福の時間、従者冥利に尽きます。」
「おぉ、前任の執事も有能だったが今回の執事は更に使えそうだゾイ。期待しているゾイ」
「ロザーナの為にしっかり働くザマス、働いた分はしっかり給金を弾むザマスから執事としてこれから励むザマス」
よしよし…嬉しいことに掴みは上々ですね。
きっと私のロザーナ様愛が伝わったのでしょう。
「これで話は終わりゾイ、仕事に戻ってくれて構わないゾイ」
「ロザーナに挨拶するなら今から行くと良いザマス、さっきまで起きていたザマスから会えるザマスよ」
「それは素晴らしい…感謝します奥様。
それでは私はこの辺りで失礼しお嬢様への挨拶を済ませに参ります」
周りからの評価はイマイチみたいですがやっぱり普通に常識人で良い人達です。
もしかしたら私が小市民過ぎるだけで金持ち同士では嫌な部分が見えてしまうのかもしれませんね…。
争いは同じレベルでしか起きないというアレに習うなら…私の社会的地位?階級ステージが低すぎるのでしょうか。
私は椅子から立ち上がると再びの礼をし部屋を退室しました。
扉が完全に閉まるのを合図に早足で廊下を駆け抜けます。
「つ、ついにこの時がやってきました…ッ。
ロザーナ様の御尊顔を網膜に焼き付けるこの瞬間がッ」
ふぅ~ふぅ~、いけません鼻息が荒くなっています。
このままでは変態だと思われてしまう!私は変態ではなくロザーナ様に魅了されてしまっただけの一般愚民。
落ち着かなければ…。
「よ、よし…問題は無いはず、いきますよ。
お嬢様、新しく執事を勤めさせていただくこととなったメアリーです。
御挨拶をする機会を頂けますでしょうか?」
先程よりも慎重にノックをし挨拶に来たことを伝えます。
「――入りなさい」
その瞬間脳が震えました。
お嬢様の一言が鼓膜を揺らし脳味噌に染み渡った瞬間…私の脳内は幸福ホルモンで満たされ昇天しました。
「あ、あッ…は、わぁ…――し、失礼します!」
いかん、余りの美し過ぎる声に小さくて可愛い生き物と化すところでした。
こんなことでトロケていては仕事は勤まりません、よし、もう持ち直しました…いけます!いざ女神の元へ参らん。
「ご機嫌麗しゅうございますお嬢様、私の名はメアリー・カーティス。
気軽に愚民Dとお呼び下さい、本日は高貴なるお嬢様の御部屋へ足を踏み入れる栄誉を授けて頂き感謝を申し…上げ、ますッ」
入室後はすかさず頭を下げ礼の姿勢を取り御挨拶。
精神的に一切の余裕はありませんが、それらの不安要素は全て脳が補い最適な行動を示してくれます。
そうして恭しく下げた頭を上げた瞬間、眼球から脳味噌に美の結晶体と呼んでも過言ではない情報が叩き込まれました。
――うッ゛!!
全てを見下したような鋭い瞳、リボンで纏めたロング茶髪、シミ一つ無い純白のシャツ、胸元に身に着けた緑のブローチ、血のように赤いベスト、蒼のスカート、黒のストッキング、可愛らしいパンプス。
前世から恋い焦がれた本物のロザーナ・アルレイドが目の前にいた。
私があのロザーナ様の視界に入っている、愚民の一人だと認識された。
あ、あぁ…無理、脳味噌沸騰しそう。
「そう、減ったと思ったのにまた愚民が増えるのね。
躾けはなってるみたいだし、あの執事みたいに私に歯向かわないのなら好きにしてくれて構わないわ」
――しゅき♡カッコいい♡かわいい♡
湧き上がる多幸感、際限無く湧き上がる極まった感情の波に脳の処理が追いつかない!
あ、鼻血出る。
「ちょっと…私の部屋を愚民の血で汚さないでくれるかしら。」
」
「申し訳ありませんお嬢様。
私の不徳をお許し下さい」
すかさずハンカチで鼻を塞ぎ、血が滴り落ちる前に拭います。
お嬢様の醜態を晒すなど一生の不覚…ですが血が抜けたおかげか頭が少しずつ落ち着いてきました。
私は自身の脳味噌を過信していました、お嬢様とのファーストコンタクトの感動に耐えられない筈がないなど驕り以外のなにものでもありません!
「謝罪する暇があるのなら早く血を止めなさい。
見苦しい愚民だわ」
「それは……――いえ、止まりました」
やろうと思えば筋肉の神経から痛覚までコントロール出来るハイスペックボディーであっても流石に血流をどうこうするのは…あ、出来ましたね。
「血って止めようと思って止められるものだったかしら。
気持ちの悪いわね」
心地よい罵倒ですね、QOLが高まるのを感じます
食人鬼化したお嬢様の場合人肉をパクパクしないと好感度は稼げませんが、今ならまだ従順な犬として媚びまくれば好感度を荒稼ぎ出来る筈です。
公式の攻略情報なので間違いありません。
「お嬢様のご命令とあらば心臓すら止めてみせましょう」
「別に死ねなんて言わないわよ。
でも愚民にしては立場を弁えてて偉いわ」
ほ、褒められた。
う゛ッ…また死ぬ。
「ゴホン…本日からお嬢様の身の回りのお世話とお食事は私が担当することとなりました。
改善点などがあれば是非お嬢様のアドバイスを頂きたく思います」
「いきなり職務怠慢ね。
主人に言われる前に改善するのが愚民の仕事ではないかしら。
まさか私が愚民に気を使うべきとでも?」
「いえ、一切必要ありません…不快に思われたのでしたらそれ相応の罰をこの愚民めにお与え下さい。」
「従順なのは嫌いじゃないわ。
けど愚民はやっぱり馬鹿ね。」
これこれ、お嬢様の魅力はこれよこれ。
隙あらば揚げ足を取ってくるこのキツイ性格が好きなんですよね。
お金には然程興味は無いし、最悪半分になっても弟に送りつける分には十分な額が頂ける筈ですから減らしてくれても全く問題ありません。
「はい何せ愚民ですから。
高貴なるお嬢様の役立つ名誉を与えられ、些か気が高ぶって平時よりも馬鹿になっていたようです」
「あなた……少し変わった愚民ね。
今回のことは特別に許してあげる」
どうしたんですかお嬢様。
私のロザーナ様への忠誠心は最早ストップ高ですよ。
「慈悲深き許しに感謝しますお嬢様。
その優しさに報いるため日々研鑽を積み努力致します」
「大袈裟だけど悪い気はしないわ。
慈悲の施しにお礼を言えるのは良いことよ」
「先程のお嬢様が発した教養ある忠言こそが、私にお嬢様こそ全てを捧げ忠誠を誓うべき御方だと教えてくれました」
私はお嬢様の前に片足で跪くと本気の眼差しでお嬢様を見上げます。
少しでも私のロザーナ様愛が伝わるように願って。
「随分口先が軽いのね。
無給にされても同じことがいえるかしら?」
「無論でございます、例え享受されるべき全ての権利が剥奪されたとしても私の気持ちは決して変わらないでしょう」
「愚かな愚民ね。
卑しい愚民が対価を求めないなんてありえないわ。
そんな殊勝な愚民が本気でいるとでもおもってるのかしら?」
「お嬢様のために働けることこそ最高の対価、そうは考えるのはおかしな事でしょうか…」
「――愚民D、自分が言ってる意味を理解出来ているのかしら?
お父様に雇われている内は給料も出てるし、他の雇われ愚民と変わらないわ」
あ、なんか空気が変わりましたね。
お嬢様の眼が獲物を狙う肉食獣みたいにギラついています。
「そうですね…」
当初予定していた流れとは違う方向に話が進んでいる気がします。
本当に攻略ってこれであってるんでしょうか?
「あなたが口にしたのは愚民以下。
私の”物”に成り下がるという意味よ」
えっ!?
い、いやこれは攻略のチャンス、お嬢様の信頼を掴むまたとない機会に違いありません。
「それを望めるのであれば、私の全てをお嬢様に献上します」
「ねぇ…愚民D。
私、少しあなたを気に入り始めているみたいだわ。
もし、私の”物”になりたいのなら許してあげる」
「ただし、この家を辞めて出ていくなんて許さないわ。
あなたは愚民以下の物、もう私の所有物でしかないの」
「もし物風情が私を裏切るような真似をしたら
―――どうなるかわかっているかしら?」
ひぇっ!どうなるのかまるでわかりませんが、お嬢様からマジでどうにかされてしまう凄みを感じます。
え、これ攻略出来てますか?
「ふふ…勿論です、お嬢様を裏切ることなど有り得ません。
例え裏切りの罰が私自身の死であったとしても…お嬢様に殺されるだなんて愚民にとって最高に贅沢な死に方ですね。
お嬢様の手で死ねるのであれば本望です」
おっと…お嬢様の顔が心外だとでも言いたげになってますね。
ついつい食人鬼のロザーナ様基準で話してしまいますが、今のお嬢様は年頃の傲慢な御令嬢でしかありません。
物騒な話題で興味は引けませんし控えましょう。
「と、冗談を口にしてみましたが…私にとってそれだけ本気ということです」
「そう、それならいいわ。
主人に従順な犬は可愛がってあげる。」
そう言いながらお嬢様は靴先を私に向かって差し向けてきました…。
これは、まさか…。
「何をボーとしているの。
私に忠誠を誓うと言ったわね…。
証明させて上げるわ…愚民ならどうすればいいか分かるでしょう」
これ、忠誠の証を証明する場所じゃなくて隷属の証なんですけど。
うん……ま、良いか、お嬢様だし。
「――はい」
初勤務のこの日、私は念願叶ってお嬢様の従順な愚民になりました。
よぉ~し今日からお嬢様のために頑張るゾイ!