初恋の幼なじみと敵対することになったけど、とりあえず倒幕はします。 作:レソン
原作:Fate/GrandOrder
タグ:R-15 オリ主 Fate FGO 沖田総司 土方歳三 作者は日本史赤点のカス 幕末 独自設定 恋愛
幕末の日本で、もしかしたらあったかもしれない恋愛噺。
日本史赤点のカスです。
なので明治維新とかあの辺の時代あんまり詳しくないので、たぶんおかしいと思うところがあると思いますが、冷たい目でスルーしてくれると助かります。
──男は義憤に燃えた。必ず、かの旧態依然とした江戸幕府を倒さねばならぬと決意した。
ㅤ『三輪栄一』というひとりの男の人生を仮に物語として記すならば、そのプロローグの第一節はこのようになるだろう。
ㅤ江戸は麻布の、これといって特筆すべき功もない足軽の家系の次男坊として誕生した彼の幼少期は、まさに荒れに荒れていた。
ㅤ現代風にいえば、三輪は血気盛んな不良少年だ。
ㅤ三輪が町を闊歩すれば、必ず一人は彼の理不尽とも言える暴力に晒されるのが当時の麻布に住む子供たちの常識だった。
ㅤ気弱な子供を虐める集団がいれば、水を得た魚のように単身突貫する。
ㅤ相手が五人であろうが十人であろうが、あるいはそれ以上の数だろうが、家に置いてある使い古された木刀を片手にその場の全員を締め上げるのだから、当時の子供たちが恐怖を抱くのは当然だった。
ㅤ彼は、取り巻きを引き連れて威張り散らすガキ大将の類ではない。彼の周りに友人なんてものはなく、むしろ同世代のみならず歳上も歳下もみな彼を避けていたから、取り巻きどころか常に一人で過ごしていた。
ㅤなのに、どこからともなく現れては、木刀でいじめっ子たちを滅多打ちにしてくる。
ㅤまるで”辻斬り”のようだった、と当時の彼を知る者は口を揃えてそう言う。
ㅤ実際、後年の彼は”幕末の五大人斬り”に名を連ねることになるのだが、それはとりあえず置いておく。
ㅤ幼少の三輪栄一がどうしていじめっ子を木刀で叩きのめすようになったのかは詳細が分かっていないが、もしも彼の性格が幼時から一貫しているとするのであれば、その理由を推測するのは容易い。
ㅤ正義感が強いのだ。
ㅤそれも、行き過ぎたレベルで。
ㅤ独自の指標、独自の指針のもと、自分が悪人だと思った者に対してはたとえ大人数が相手でも容赦がない。
ㅤ驚くことに、この彼の攻撃的な行動が牙を向いたのはいじめっ子のみならず、悪事を働く大人に対してもそうだった。
ㅤたとえば、女性に対して執拗く絡む男が居たとする。仮に三輪がその場面を目撃したならば、瞬きする間にもう木刀を構えて突っ込んでいただろう。
ㅤ彼は、そういう人間だ。
ㅤしかしそんな彼の”悪者退治”は、ある時期を境に落ち着くこととなる。
ㅤ天然理心流を学ぶ試衛館道場への入門である。
ㅤある程度日本の歴史に通ずる者ならば試衛館の名は知っているだろうが、この試衛館には日本人ならば誰しもが知る幕末の剣客集団──京都の治安維持を任された『新撰組』の結成に深く関わることとなる、近藤勇や土方歳三、沖田総司などの剣士たちが門人として剣術の鍛錬を行っていた場所だ。
ㅤ木刀を扱っていたとはいえ、剣術のけの字も分からぬ不良少年の三輪が試衛館に入ったキッカケは、端的に言ってしまえば、近所に住んでいた沖田総司と知り合ったことだった。
ㅤ三輪栄一と沖田総司。
ㅤのちに日本史に名を刻むこととなる二人が出会ったのは、三輪がいつものように町を散策していたときのことだ。
ㅤ当時既に中性的で整った顔立ちの美少年として町人たちに知られていた沖田が、酔っ払いに絡まれていたのである。この頃、二人の間に近所に住む同い年の子供という関係しかなく、当然顔も合わせたことは無かった。
ㅤとはいえ正義感の強い三輪は、当然、沖田を助けるために木刀を構えた。そうしていつもの様に乱入しようとしたのだが──まだ十代になったばかりとはいえ、相手は稀代の天才剣士・沖田総司である。
ㅤ三輪が酔っ払いに剣を振りかざすよりも先に、沖田がその男の意識を奪った。
ㅤ沖田は道場からの帰りで、背中には自身の鍛錬のために使っている木刀を背負っていた。大人の男とはいえ、大した武もなさそうな人ひとり、試衛館で鍛えに鍛えられた沖田の相手ではなかったのである。
ㅤこの場面を間近で見ていた三輪は、数秒呆然としたのち、戸惑ったようにこちらに視線をやった沖田に対し、「(あなたのその強さが)好きです!!」と叫んだようだ。
「えっ、ごめんなさい」
ㅤ本当に沖田がそう言ったかは定かでは無いが、三輪の告白まがいのこの言葉をきっぱりと断られたのは間違いない。
ㅤすぐに誤解は解けたが、この奇っ怪な出会いを契機に知り合った三輪と沖田の関係は『近所に住む同い年の子供』から、『妙な憧れを向けてくる不良とそれに構ってあげる優等生』くらいにグレードアップした。
ㅤそれからというもの、三輪は沖田のもとを訪ねることが多くなった。
「沖田ァ!来たぞ!俺に剣を教えろ!」
「えぇ……またですか?」
ㅤ最初は困惑していた沖田だったが、自身の得意とする剣に関しての教えを乞う三輪のことを邪険にすることはなかったという。
ㅤそもそも沖田には試衛館の同門を除けば、同年齢の友人というのがいなかった。周りにはむさ苦しい歳上の男ばかりであったし、かといって本人は今さら友達作りに励むような歳頃でもない。麻布の子供たちが、三輪と遭遇しないようにほかの町で遊んでいたことも影響しているだろう。
ㅤ歳が同じで、近所に住んでいて、実直なまでに強くなろうとする。その上、自身への憧れも向けてくる三輪のことを沖田もそれなりに良い印象を抱いていたようで、二人が無二の親友となるのにそれほど時間は要さなかった。
ㅤ三輪にとって沖田とは、自分が目的とする”強さ”の到達点に近い存在だ。だから暇つぶしのための町の巡回はさっさとやめて、暇があれば沖田のもとを訪ねて剣の鍛錬をしていた。
ㅤただ、剣に関しては、沖田も友人だからといって加減するほど甘い性格では無い。
「はいそこ! 振りが甘い! 力を込めすぎてはダメです、適度に脱力して振るんです!!」
「あー違いますよ!!基礎が出来なくて何が応用ですか!舐めてるんですか!?エェ!?」
「ひぇ……頼む相手間違えたかな」
ㅤ普段は押しの強い三輪であるが、この剣の鍛錬に関して言えば沖田の方が押しが強かった。
ㅤやるからには中途半端は許さない。
ㅤそう言わんばかりに容赦なく木刀で三輪の身体を打ち付けて、時には地面に投げ飛ばしたりしていたようである。
ㅤしかし二人は剣の鍛錬ばかりしていたわけではなく、普通に遊んでいたことも多かったという。
ㅤおおよその子供が経験している子供らしい遊びをしたことがないという沖田を引き連れて、三輪は”鬼ごっこ”や”だるまさんがころんだ”で遊んだり、団子屋や饅頭屋などの飲食店を巡っていたといわれている。
「沖田ァ!このあと団子食いに行こ!!お気に入りの店、紹介してやるよ」
「お金ないんですけど……」
「阿呆、そんくらい俺が出すわ!!」
ㅤなお、三輪が気に入っていたというその団子屋を営んでいた女性の娘が、大正九年の新聞の取材の際に当時の情景をこう振り返っている。
ㅤその団子屋の娘は三輪と沖田とは三歳歳上で、取材当時は既に80歳のご老体であったが、快く取材を受けたそうだ。
ㅤ女性はゆっくりと、しかし噛み締めるように穏やかな雰囲気で語った。
『栄一くんはねぇ、一人でいる時は凄いつまらなそうにしていておりましてねぇ、歳の近かった私がよく話し相手になってましたよ』
『一体、どんな話をされていたので?』
『野犬を虐めていた人がいたので倒したとか、道に迷っていた人を隣町まで連れていったとか、そういったようなことを聞いていました。不良だなんていわれて避けられていましたが、とても素直で良い子だったんですよ。ああ、あと好きな子が出来たとも言ってましたね』
ㅤこの女性の会話の中に出てくる”好きな子”に関しては諸説あるが、ネット上では『三輪は同棲愛者で沖田に対して好意を抱いていた説』と『団子屋の娘さんに好意を抱いていた説』のふたつが有力視されている。
ㅤ当然、学術的な価値のあるような話では無いので研究されているわけではないが。
『はじめて沖田ちゃんを連れてきたときなんかは、とても楽しそうにしてましたねェ。二人とも初々しくて微笑ましかったのを覚えております。肩を並べて座ってね、笑顔で団子を食べてるんです』
『”ちゃん”?沖田総司は男ですよね』
『……ああ、まあ、そうですが、とても中性的で綺麗な顔立ちだったので、私も母も当時は沖田ちゃんと。』
ㅤ時が経ち、平成の中頃にこの取材の会話記録が掘り出された際には、ネット上では『沖田総司男の娘説』と『沖田総司実は女説』が対立し、令和に入ってもなおそれぞれの説を信じる者たちの
ㅤとにもかくにもこうして友情を深めつつあった三輪と沖田であったが、ある日、いつものように鍛錬をしているところにとある人物が現れたという。
ㅤ沖田と打ち合う三輪の剣を見て、「天才ではないが、秀才ではある」と評したのは何を隠そう、のちの新撰組局長・近藤勇だ。天然理心流宗家の長男でもあり、当時の試衛館に彼と並ぶ腕を持った者など片手の指の数よりも少ない。
ㅤ”うちの道場に来い。お前はもっと強くなれる”
ㅤどのような会話が交わされたのかは分からないが、三輪が遺していた日記では、そのようなことを近藤に言われたらしい。
「いいですね、三輪さんも一緒に試衛館で鍛錬しましょう!!もっともっと強くなれますよ?」
「あっ……」
「え、まさか嫌なんですか? 貴方の師であるこの沖田さんが誘ってるのに、まさか断るなんて不義理はしませんよね?もしそうなら──」
「しません!!是非ともよろしくお願いします!!」
ㅤ三輪の日記では『ほんとは断ろうと思っていたが、沖田に強引に決められた。あと近藤さんの顔が怖かった』と記されている。
ㅤ新撰組研究の専門家は『友達である三輪ともっと一緒にいたいという沖田のわがままの現れではないか』と推察しているが、生憎その真相は定かでは無い。
ㅤこうして麻布の不良少年は、沖田と近藤の誘いもあって剣客揃う試衛館の門人となったのである。
ㅤ沖田ひとりに教えられるのと、道場でしっかりと教えられるのとでは成長速度に大きな違いがある。
ㅤ近藤や土方などの年長者や先輩の門人から鍛えられ、また空いてる時間は沖田による地獄の鍛錬を受けていた三輪の実力はメキメキと伸び、わずか二年で沖田と本気の打ち合いが出来るまでに至っていた。
ㅤ数年に渡り試衛館に身を置いていた三輪であるが、その交友関係は間違いなく広がっていた。
ㅤ腕っ節は良く、剣の筋も悪くない。それを驕ることなく、貪欲に強さを求める少年に対して試衛館のもの達が悪印象を抱くはずもなく、すぐに馴染んだ。
ㅤ特にそのきっかけを作った近藤と、彼の面倒をよく見ていた土方の二人に対しては「大兄」と呼ぶほどには慕っており、家族から半ば放任されている三輪の私生活の世話まで支援していたくらいだ。
ㅤ一方で沖田はといえば、相も変わらず剣を握れば気絶させるまで叩きのめしては、1日の鍛錬が終われば普段通り二人きりで遊んでいたそうだが、二人の関係にもある程度の変化が見られた。
ㅤそれは徳川第14代将軍たる徳川家茂が上洛する際に、彼の警護を目的とした組織である浪士組が結成されることとなる、およそ半年ほど前のことである。
ㅤ時は文久二年の、ある秋の日のことだ。
「……栄一?最近、様子が変ですよ」
「…………いや、なんでもない」
ㅤ当時、試衛館の門人であった男が遺した手記には、『文久二年中秋、三輪が思案に耽ることが多くなった。みな心配して声をかけたが、その悩みを口を開くことはついぞなかった』と記されている。
ㅤもしもこの時に、最も身近に居たであろう沖田総司が彼の抱えていた悩みを聞いていれば、日本史は少しばかりの変化が見られたと語る専門家も居る。
ㅤ彼の悩みの正体、それが試衛館の者達に明かされることとなったのは、江戸で結成された浪士組が清河八郎によって上洛したときのことだ。
ㅤ清河八郎は、浪士組結成の目的であるはずの将軍警護ではなく、むしろ浪士組を幕府から切り離し、組織を尊皇攘夷の先鋒にすることを唱えていた。
ㅤこれに同意した者たちは新徴組として清河と共に江戸に戻ることになっていたのだが、近藤や土方らを初めとする隊士24名はそれに異を唱え、彼らと袂を分かった。
ㅤそうして近藤たちは壬生浪士組を経て、のちに幕末における京都の象徴的存在ともいえる新撰組へと発展していくのだが、三輪はというと、壬生浪士組に名を連ねることはなかった。
ㅤ壬生浪士組にはそれこそ近藤や土方、沖田といった試衛館の門人が多数いたし、試衛館派といってもよい形態であったが、試衛館の門人であるはずの三輪の名はどこにもなかったのである。
「──なぜ、なぜなんですか。なんで私たちから離れるんですか!?」
「俺は幕府を倒すべきだと判断した。この国を欧米の植民地に貶めるわけにはいかない」
ㅤ自身を引き留めようとする沖田や近藤に対して三輪は、”腐りきった幕府ではこの国を守れない。故に帝の御稜威のもと結束して西洋に対抗すべきだ”と主張して譲らなかった。
ㅤ元々、蘭学を通じて国外の情勢に精通していた三輪は幕府の存在に対して懐疑的であった。
ㅤ医学ひとつとっても、蘭学は当時の日本にとってかなり先進的なものであったし、かつて浦賀に来航した合衆国の黒船の存在こそ、オランダ以外の西洋諸国も日本以上に発展している確固たる証左であると考えていた。
ㅤそれこそ、中華ですら彼らの足元にも及ばぬくらいには、と日記に記されていたことからもわかる通り、かなり先見の明があったと言えるだろう。実際、それから遠くない未来に中国は阿片に汚染されるという憂い目に遭うのだから。
ㅤ本当にこのままで良いのか、このままでこの国は大丈夫なのか。そんな鬱屈とした想いを抱えたまま流されるように京都に来た彼にとって、尊皇攘夷を訴える清河八郎の演説が行動指針を定める決定打となったのは当然のことだ。
ㅤただ、それを沖田たちがはいそうですかと受け入れるほど、彼らの築いてきた信頼関係は柔くなかった。
「考え直せ、栄一」
「──近藤大兄に、返せぬほどの大恩があることを承知の上です。何卒、御無礼をお許しください」
「おい、三輪ァ……」
「土方大兄。アイツを、どうかよろしくお願い致します」
ㅤ最初は説得に回っていた近藤も土方も、三輪の意思が揺るぎないと察した後はもう止めなかった。
ㅤ”好きにするといい、ただ次相まみえた時はいくらお前とて斬ることに躊躇はせぬ”と近藤は言った。三輪も土方も、他の者達もそれに頷いて別れの挨拶をそれぞれ行った。
ㅤ最後まで引き留めていたのは、やはり沖田であった。
「いやです。師匠命令です。一緒に付いてきてください……お願いです、栄一」
「……分かれ、沖田。俺は清河に付く。新徴組に加わるかは決めていないとは伝えてあるが、少なくとも尊皇攘夷には俺も賛同している。江戸に戻るまでは共に行動するともな。お前たちがそれに異を唱えるならば、もう一緒には居られない」
「なんで……」
ㅤ泣き別れだった。
ㅤ三輪と沖田が最後に交わした会話は、それだけだった 。踵を返して清河たちのもとに足を進める三輪を、目に涙を浮かべて呆然とする沖田。
ㅤ麻布で出会った唯一無二の親友と、互いに袂を分かった瞬間だった。
──清河率いる新徴組は紆余曲折を経て江戸に戻ったが、結局、三輪が新徴組に入ることは無かった。
ㅤ彼の剣の腕を大いに買った清河たちからは熱心に誘われたものの、三輪は自分で自分の組織を作るといって譲らず、そのまま市中で別れたといわれている。
ㅤそれから暫くしないうちに三輪は、江戸市内の尊攘派を密かに集めて〈東征党〉を結成している。
ㅤこの”東”が何を表すかなど明らかであった。
ㅤ京に構える朝廷にとっての東、すなわち西国の終わりたる尾張藩から向こう側に立ち並ぶ東国列藩であり、そして東国とは即ち江戸のことであった。
ㅤ東征党が結成された前後の動向は詳細が分かっていないが、同年には幕府のお膝元である江戸から逃げるようにして尊攘派の多い長州に渡っていたといわれている。
ㅤそう暫くしないうちに清河が暗殺されたことを鑑みれば、この判断は英断であったといえるだろう。
ㅤその後、長州藩に雇われた東征党は同年の下関事件、元治元年の馬関戦争に従軍し、列強諸国の強大な軍事力を身をもって二度痛感した。
「見たか、あれが西洋だ。見たか、これが日本だ。見えたか、東西文明の決して埋めれぬ彼我の差を」
ㅤ米英仏蘭の四カ国連合艦隊による苛烈な砲撃を目にして、どこか嬉しそうに三輪はそう呟いたという。
ㅤ彼を初め、隊士たちはますます幕藩体制を維持することへの危機感を強めた。なにせあれほど誇りに思っていた剣の腕は、彼らが思っていたほど役立つことがなかったからである。
ㅤ三輪だけは到底敵うまいと内心諦観していたようだが、いざ戦争が始まれば、下関砲台を占拠した敵兵目掛けて単身特攻し、十余名を切り捨たのちに即座に退避したというのだから驚愕に値する。
ㅤ馬関戦争のあとも長州に滞在していた三輪たちは、その後、戦争での活躍を長州藩に高く評価されたこともあって金銭的支援を受けることとなった。
ㅤそうして多額の資金を蓄えた東征党は、屈指の武器商人であるトーマス・ブレーク・グラバーと接触する。
ㅤ当時の日本人としては珍しく英語が堪能だった三輪は、グラバーとの商談において彼からえらく気に入られたようで、信用を得ることに成功したという。
ㅤ多数の先進的なライフルや弾薬を入手した東征党は、しかして京都に出陣することなかった。
ㅤというのも倒幕するにあたって武器も人員も予算も不十分だと三輪が判断したからである。
ㅤ長州藩が倒幕運動を本格化させるまでは東征党単独で決起することは避けるべきとのことだった。
ㅤ文久三年に大和で決起した天誅党が幕府軍に呆気なく鎮圧されたことを思えば、彼がそう考えるのも当然だったし、三輪に付き従う隊士たちも賛同していた。
ㅤこうして時が経ち、もはや徳川の世の終焉が近付いてきたことを察知した幕府は朝廷に政権を返上した。
ㅤ王政復古の大号令である。
ㅤ名実ともに倒幕が達成された瞬間だった。
ㅤだがこの大号令に幕府軍の多くは不満を抱いていたようで、鳥羽・伏見の戦いで新政府軍と衝突することになった。そうして始まった戊辰戦争で、東征党は無類の強さを発揮する。
ㅤ力を蓄えるべき、勢力の拡大に勤しむべきとする三輪の判断は正しく、近代的な火器で武装する新政府軍の先鋒として戦場で暴れ回ったのである。
「ふははは、やはり幕府など恐れるに足らん。だからさっさと倒幕しておくべきだったのだ」
ㅤ鳥羽・伏見の戦いのあと、三輪は東征党の隊士のうち約半数を引き連れて江戸に潜んでいた。どうやって江戸に渡ったかは定かでは無いが、海路で渡った説が有力視されている。
ㅤ新政府軍は依然として江戸へ進軍していたので、新政府軍が江戸へ到着した際に三輪は残りの隊士たちと合流し、幕府の中心地たるをこの江戸の地で幕府軍を叩きのめすことを目論んでいたという。
ㅤ実際、江戸城に放火する計画も立てられていた。
ㅤそんなこんなで江戸に潜伏していた三輪だったが、とある隊士が「新撰組の沖田総司が病に伏せている」という報告が彼の元に舞い込んできた。
ㅤ沖田総司は鳥羽・伏見の戦いに参加していなかったのである。三輪も幕府軍の中から沖田の姿を探していたようだったが、結局見つからず意気消沈していたらしい。
ㅤさて沖田がどこに行っていたのかといえば、大阪に護送されていたのである。鳥羽・伏見の戦いに敗戦したあとは、奇しくも三輪と同じように海路で江戸に渡り、甲陽鎮撫隊に参加していたが、途中で離脱。
ㅤ幕府の軍医・松本良順に、江戸は千駄ヶ谷の植木屋に匿われて療養に励んでいたとのことだった。
ㅤそれを知った三輪は、沖田に接触するか迷っていた。
ㅤなにせ喧嘩別れどころか、もっと酷い別れ方をしたからだ。その自覚が本人にあったからこそ、なおのこと。
「いくら沖田総司といえども、病に倒れればもはや敵ではありませぬ。三輪さんが沖田に会うのであれば、全力を尽くて警護致しましょうぞ」
「………いや、しかしなあ、どんな言葉をかければ良いのやら分からんのだ。もう何年も会っていないしな」
「無二の友に逢うのに飾った言葉が必要ですか?」
ㅤ敵対する新撰組のメンバーが多く属していた試衛館の出であることは、東征党隊士の間では周知の事実であった。だから沖田の居場所が発覚した際には血気盛んな少年隊士を力づくで抑えて、真っ先に報告したし、会うように働きかけていた。
ㅤ新撰組と直接対峙した経験がほとんどなかったといはえ、今や朝敵となった旧幕府軍の著名人である。
ㅤ新撰組の天才剣士として名を馳せる沖田の首を掲げれば新政府軍がさらに勢いづくのは間違いなかったが、皆がすんでの頃で刀を抑えたのは、不滅の忠誠を誓った三輪がその沖田が親友であることを知っていたからである。
「…………私情を挟んで申し訳ない」
「何をおっしゃる。この戦争、私情だらけではありませんか。いかに御一新という大義があれど、いざ戦うのは大義ではなく私情に塗れた人間であります。某も、あなたも、人間ではないか」
「………そうだな、お前の言う通りだよ。人払いは任せる。沖田の所へゆくぞ、数年越しの仲直りだ」
ㅤそうしてある夜の日、東征党隊士の警護のもと、三輪は沖田と再会した。
ㅤ月光の指し照らす部屋で、布団にくるまって寝込んでいた沖田の姿を見た三輪は、しばし固まっていた。
ㅤどうにも覇気がない。
ㅤ幼少期、あれほどまで叩きのめされた三輪だからこそ分かる覇気のなさ。音に聞こえし天才剣士が、まさかここまで病気に侵されていようとは想像もしていなかったのである。
ㅤ呆然とする三輪の気配に気づいたのか、沖田はパチッと目を覚ました。寝たまま首を動かして、月明かりに照らされる三輪の姿を捉えると、沖田はなんてことないように口を開いた。
「おや、夜這いの相手が貴方とは。ついに私も目が腐りましたかね」
「見ぬうちに随分と痩せ衰えたものだな、沖田ァ……」
ㅤ沖田の軽口に三輪は特に反応を示すことなく、その衰えぶりに悲嘆したという。
「で、今さら何の御用です。まさか本当に夜這いしに来た訳でもないでしょう」
「当たり前だ、阿呆め。江戸に進む官軍さまを待ち侘びてるんだよ。ここに来たのはちょっとした暇つぶしだ」
「…………そう、ですか」
ㅤ会話が途切れる。
ㅤ方や病に倒れた旧幕府軍の侍で、方や絶頂期にある新政府軍の兵士。敵同士であることに違いは無いが、友であることにも違いなかった。
ㅤだからこそ、惜しい。
ㅤもう沖田と、三輪と、互いにかつてのように遊び回るような関係に戻ることが出来ないからだ。
「──音に聞こえし関東武士、どっちへ逃げたと問うたれば。城も気概も捨てて東へ、捨てて東へ逃げたげな。トコトンヤレ、トンヤレナぁ」
「それをその関東武士の前で唄うあなたの神経を疑いますが、……くそ、刀あればその脳天叩き割ってやったのに。というかあなたも関東の出じゃないですか」
「武士がどうのこうの言う時代は終わるんだよ、アホめ。俺ゃあ武士じゃなくて草莽の志士だぜ」
ㅤ三輪は、唐突に”宮さん宮さん”を歌い出したという。これは端的に言えば朝敵である幕府軍をディスる内容の歌詞であるが、その朝敵を前にこれを歌うあたり、三輪の愉快な性格が現れているだろう。
ㅤぐぬぬ、と僅かな力を振り絞って三輪を睨みつける沖田だったが、ふと力が抜けたようにため息をついた。
「……まったく、いつからそんな酷い性格になったのやら」
「お前と離れてからかね。随分と酷い別れだった」
「そうですよ、ほんとに。何度も夢で見たんですからね、起きたら枕は涙のあとだらけ──傍に、来てくれますか」
「………応」
ㅤ沖田の枕元に、ゆっくりと三輪が近づいた。
ㅤ夜がふければ、もう二度と会うことは無い。それを口にすることは無かったが、互いにそう察していた二人は最後の時間をゆっくりと過ごすことに決めた。
ㅤ礼儀正しく、背筋を伸ばして正座する三輪に沖田ははにかんだ。その細く白い手を近づけて、三輪の拳に重ねる。
「その…………私、栄一のことが」
「待て待て、それを言うのか。口に出すのは野暮ったいだろうとは思わねぇか」
「あの…………結構緊張してたんですけど、割り込まないでくれます?乙女の純情なんだと思ってるんですかね、あなた」
「何が乙女だ。毎日毎日ボコボコにされてたんだが………俺だって、お前に会うの緊張してたんだぜ。一応、初恋の相手だし」
「うぇっ?……奇遇ですね、私も初恋です。でも貴方のことだから、女性のひとりやふたり侍らせていそうですが?」
「阿呆。俺は一途なんだぞ」
「……もう、そんなこと言われたら死んでも死にきれないじゃないですか」
「…………」
「…………」
ㅤ今度こそ、もう会話はなかった。
ㅤただ、三輪が帰ってきたのが夜が明けてからということから、一晩中人払いに勤しんでいた隊士たちは暖かな視線を向けていた。
──それからしばらくして、沖田総司は死んだ。
ㅤ
ㅤ初恋は、巡る時代の波涛に飲み込まれて露と消えた。