存在だけはほのめかされていた熟練の鍛冶屋の中の妖精を前にして、トピアは色々と聞きたいことがあったが、まず持ち帰ったエンチャント素材分のエンチャント小麦畑を作ってくることにした。
その間にある程度整理が付いたトピアは工房中央のテーブルのカミールの向かいの席につき、改めて熟練の鍛冶屋の妖精との対話を試みた。自分でも1週間掛かりそうな資料編纂を1日も掛からず終わらせそうな大戦力を放置できるはずがない。
トピア「それで妖精さん、まずはお名前を伺っても宜しいですか?」
カミール「ふむ……名前はまだ無い、だそうだ」
腕組みした二頭身の妖精がカミールの言葉に頷いた。
トピア「それでは何とお呼びすれば……ああいえ、その前に妖精さんの個体は複数いるのですか?」
カミール「それぞれの設備に1種類の妖精が宿っている。同じ種類の設備に宿っているのは共通人格の分体だ。ただし今意思の疎通が可能なほど自意識が育ってるのは熟練の鍛冶屋だけ、らしいぞ」
腕組みした二頭身の妖精がカミールの言葉にうんうんと頷いていた。
トピア「カミールさん、先に質問してたんですか?」
カミール「いや、今聞いたぞ。妖精さんは直接言葉は発しないが、このくらいの距離だと念話のようなもので会話できるんだ。そこだと遠すぎるようだな」
二頭身の妖精がまた頷いた。
なるほど人間でも遠距離では喋りにくいし、手乗りサイズの妖精のスケールを考えるならもっと近づく必要があるのは道理だろう。
トピア「そうなんですか? ……では失礼して」
トピアは席を移動し、カミールの左側の席を寄せて肩がくっつくくらいの距離に座った。
トピア「ここなら大丈夫ですか?」
熟練の鍛冶屋の妖精≪イイワヨイイワヨー。こうしてオハナシするのは初めてだわねトピアちゃん?≫
その見た目に反して二頭身の妖精の喋り方は近所のお喋りなおばちゃんのようであった。
トピア「おや、私のことをご存じで?」
熟練の鍛冶屋の妖精≪そりゃ一番のお得意様くらいは知ってるだわよ。今までアナタの工房で熟練の鍛冶屋が何回稼働したか覚えてる?≫
トピア「……4万回くらいですかね」
トピアは大雑把にフルエンチャント装備5つ×8千で数字を出してみた。成功率1/1000を8箇所で8千だ。よく考えると装備一揃えを作るのに毎回こんな数をこなしているのも大分おかしい。
熟練の鍛冶屋の妖精≪あらいやだ、36万6千回だわよ≫
カミール「そんなにか」
熟練の鍛冶屋の妖精≪共有工房だったから他の人の利用回数も含むんだけど、半分以上がトピアちゃんよ? トピアちゃんは試作品を色々作ってた上に装備のバージョンアップでも作り直してたし、品質のこだわりもすごかったからね。成功率が1/2500くらいでも成功するまで4並列の鍛冶屋で作り続けるし、成功率が1/100くらいのエンチャントならエンチャントの並び順が気に入らないと作り直すみたいなことも平気でやってたじゃない?≫
カミール「君も大概だね」
トピア「いえ、上位の
言いつつトピアは目をそらした。
かなり使い込んでいる自覚はトピアにもあるのだが、説明文にあった「妖精さんをブラック労働させている」という文言が気に掛かっており、自分が一番それを極めているというのは素直には認めがたかった。
熟練の鍛冶屋の妖精≪まったくいないこともないけどここまで使い込んだのはトピアちゃんだけだわよ? それでオバチャンうっかり自意識が芽生えちゃったくらいなんだから≫
トピア「え、自意識が育ったのってそれが原因なんですか!?」
熟練の鍛冶屋の妖精≪そうだわよー。使い込んだ道具には付喪神が宿るって言うじゃない? オバチャン達の設備には元から妖精が宿ってるんだから、尚更だわよ? ああ、毎回指示を出さずに自動で動いてる設備は使い込んでるカウントしてないからね?≫
付喪神は本来100年程度で生えるとされる。しかし利用回数366,000回を100年で割って3,660回、更に1年の日数で割ると約10回。つまり1日10回の使用を100年分繰り返した判定になったのならば付喪神化してもおかしくはないというわけだ。
どういうわけかオバチャンを自認しているようだが、本来100年程度で生えるとされる付喪神だからそれに準じるくらい精神年齢が育ってしまったのだろうか?
カミール「もしかして熟練の鍛冶屋の設備はキミの持ち込みかい?」
トピア「その通りです」
どうやら意図せず付喪神ごと持ち込んでいたらしい。
カミール「なるほどなあ」
カミールは話を聞きながら何やらメモを取っていた。文明研究の一環なのだろう。
トピア「事情は概ね分かりました。それで名前がまだ無いとのことですが、何とお呼びすれば?」
熟練の鍛冶屋の妖精≪そうねえ。『熟練の鍛冶屋の妖精』でも識別名としては機能すると思うんだけど、長いし名前っぽくはないわね。オバチャンって呼んでくれてもいいけどやっぱり名前じゃないし、
トピア「それは商人で同じ名前の人がいるのでやめた方が良いかと」
カミール「そうだな」
どうしてもあの髭面がちらついてしまう名前は宜しくない。
熟練の鍛冶屋の妖精≪そうなの? じゃあツクモ……は今度はお師匠さんと被るわね。ならシュミットオバチャンでどうかしら?≫
今度はドイツ風で攻めてみたようだ。だが被らなくなったのなら問題は無いだろう。また、もし熟練がついてない方の鍛冶屋の妖精に自我が芽生えた場合はまた別に考えるのだろう。
トピア「メッサーシュミットみたいでなかなかカッコイイと思いますよシュミットさん。それで、カミールさんのお仕事をどういう風に手伝っていたのか見せていただいても宜しいでしょうか?」
熟練の鍛冶屋の妖精→シュミット≪なるほど、オバチャンの仕事ぶりを見たいなら見せてあげようじゃないの。やるわよカミールちゃん!≫
シュミットは右拳を振り上げて仕事開始の号令を発した。
カミール「承知した。では続きから行こう」
カミールがエンチャントシミュレーターの端末を手に取り、その上にシュミットが飛び乗った。このポジションで入力を行うらしい。
シュミット≪次は戦闘スキルTier2『タウント』≫
カミール「タウント……これだな。『敵を挑発して敵を引き付ける。一定時間DEFと盾攻撃のATKが少し増加し、ガード中はDEFが更に増加する』。レベルは6まで、クールダウンは全て30、バフ効果時間は10、11、12、13、14、15、マナ消費は……」
シュミットがエンチャントシミュレーターのデータベースから旧スキルの名前をひくと、それに応じてカミールが自らのメニューから新スキルの説明文と性能を読み上げていく。それを聞いたシュミットは凄まじい速度でその内容を入力し、ホログラム画面に映る空欄を埋めていく。いや、よく見ると端末を操作するのではなく思考入力のようなことをしている。もしかするとエンチャントシミュレーターの妖精と直接コンタクトを取ってダイレクト入力しているのかもしれない。
シュミット≪入力完了。バフ効果時間が短くなってるわね。これもレガシーの最終性能以前に戻ってるのだわ≫
カミール「これもか」
トピア「ん? 戻ってるとは?」
カミール「ああ、ここまで入力してきて気付いたんだけど、このエンチャントシミュレーターにはスキル性能の履歴も残っているだろう? 更新時期も残っているが、その終盤更新の2つくらいは全く反映されていないようなんだ」
シュミット≪そのせいで大半のスキルの性能が低下してるんだけど、何でこうなってるのかしらね? それとは別に普通に性能調整されてるスキルもあるんだけど≫
トピア「終盤2つ……あっ、分かったかもしれません」
カミール「今の情報だけで分かったのか?」
トピア「確かシームレスワールド構築のお知らせが本格化したくらいの時期ですね。ということはその時期からスキル性能に調整を入れ始めたから、うっかりそれを上書きしてしまわないようにレガシーのスキル性能更新をシームレス側にフィードバックしなくなってそのまんまですねこれ」
何しろこの世界は未完成なのだから、あとで適用しようと後回しにしていても不思議ではないし、或いは最終的に全て調整するつもりで仮データが入ったままという可能性もある。
シュミット≪そういう事情なのねぇ≫
トピア「ともかくこの作業にシュミットさんの力が大きく寄与していることは分かりました。これからは今やっていただいたようなお仕事も含めて色々と頼りにしたいのですが、労働条件に不満はありませんか?」
シュミット≪不満? うーん、付喪神現象からも分かる通りオバチャンたちは仕事することイコール生きてることみたいなもんだけど、マナが潤沢ならそれに越したことはないわね。マナが足りない環境で仕事してるとどうにも肩が凝っちゃって。武器製造だけならそれほどでもないけれど、他の仕事もやるとなるとちょっと無視できないレベルだわね≫
シュミットはその小さな手で自分の肩をもみほぐした。二頭身で体に比べ頭が大きいので、肩と言うより首が凝りそうだ。
トピア「では小さなマナポーションとハイマナポーションのどちらがお好みですか?」
シュミット≪小さなマナポーションの方がいいだわね。飲みやすいし。設備外の作業をする場合は1日3本くらい必要だわね。鍛冶屋をフル稼働させる場合も1台につき1日1本くらいあれば助かるけど≫
トピア「分かりました。ではこの工房にシュミットさん専用の小さなマナポーション補給箱を置いておきますので、存分に使って下さい」
トピアはテーブルの上に一つ、4並列熟練の鍛冶屋の中央にもう一つ、チェストの中では比較的小型のテラリアンチェストを設置し、それぞれ小さなマナポーションをまず400本ずつ投入した。
シュミット≪オバチャン専用のマナポーション箱!? これが噂に聞く労働の対価……≫
シュミットは小さな喉を上下させた。
別にトピアは大盤振る舞いしたつもりは全く無いのだが、元々何の対価も無く霞を食うようにして働いていた妖精にとっては大層なものに見えるらしい。哀しい話である。
そう言えばクラフトピア方式の自動工場を密集させると動作速度が低下する現象はやはりマナが薄くなるのが原因というのがほぼ確定したわけだが、今回同様に小さなマナポーションを差し入れればもっと働かせることが出来るだろうか、とトピアは考えを巡らせた。まあ自我が育っていない妖精にマナポーションを飲ませる方法が分からないのですぐには実行できそうにないが。