走り続けて突撃級の目前まで到達したトピアは一旦立ち止まり、何をするかと思えばおもむろに料理を取り出した。ただの料理と侮るなかれ。 伝説の 特級の 高級な 上質な ムニエルである。元々の効果と4つのエンチャントの消耗品効果の重ねがけを合計して攻撃力+275、ライフ1,237回復、マナ962回復、満腹度825%回復の効果があるという、師匠お手製のまさかのフルエンチャント消耗品だ。回復ポーションでそれぞれ最上位のハイライフポーションがライフ450回復、ハイマナポーションがマナ回復350、ハイミックスポーションがライフ200回復、マナ150回復であるのと比べると圧倒的である。ポーションは素材の関係上エンチャントをつけられないためにこのような逆転が起きている。しかもハイポーション系はインベントリの1枠に40個しか持てない。料理と違って使う際に殆ど動きが止まらないという利点はあるが。
このありがたい料理を、トピアはそこにあった痕跡すら残さずキャプ食いする。あらゆる料理を秒で平らげるのは理想郷の建設者の基礎技能である。そう考えると理想郷の建設者は格闘ディナーでも上位を狙えそうだ。
トピア「うまし」
実際は味が分かるような食べ方はしていないが、師匠お手製というだけでプラセボ効果がかかり、やる気が湧いてくる。そして次は追加のバフだ。
まずは戦闘スキルTier1、『武具研磨』×5で攻撃力+140%の効果が既にかかっている。これは通常次の一撃だけに適用される。
戦闘スキルTier2、『バトルヒム』Lv6(Max)。攻撃力+130%の効果。効果時間300秒。範囲型。
魔法スキルTier3、『マナサイフォン』Lv6(Max)。マナ消費+150%と引き換えにスキルダメージ+200%の効果。効果時間43秒。
ここまでは定番の常用スキルであるが、残りのバフをかけようとしてトピアは僅かな躊躇いを見せた。
トピア「ええい女は読経! ナムサン!」
トピアは読経により自分に気合を入れて追加でリスクのあるバフをかける。度胸の間違いのような気もするが、覚悟が決まったのなら問題は無い。
戦闘スキルTier3、『背水の陣』Lv6(Max)。防御力-85%と引き換えに攻撃力&魔法攻撃力+200%の効果。効果時間60秒。
戦闘スキルTier3、『バーサーク』Lv6(Max)。防御力-45%と引き換えに攻撃力+30%、モーション速度+40%の効果。効果時間120秒。
防御力は文句なしの0、絶無である。絶壁ではない。自分で容姿を選んだのだから自分が満足する程度にはある。いや話が逸れた。実を言うとこのバフをかけてもトピアの防御力は全く減っていない。何故ならこの双撃決闘者の装Mk.2は防御を捨てて一撃の威力に特化したもので、つまり防御力が最初から0だからだ。僅かに躊躇いを見せたのは、デバフをかけても防御力が減りようが無いような装備であれと戦うという事実を嫌でも直視せざるを得なかったからだ。
バフを積むだけ積んだ結果、基礎攻撃力4,443+275に装備エンチャント効果の+183%とバフ合計の+500%を併せて+683%、つまり7.83倍で攻撃力は36,942。これに更に装備エンチャント効果の与ダメージ+70%、近接スキル与ダメージ+10%、マナサイフォンのスキルダメージ+200%、ついでに今から使用する攻撃スキル固有のクリティカル固定倍率1.5倍が乗って1.7×1.1×3×1.5=8.42倍のダメージになる。
あとはやるだけだ。それでも恐怖はある。いざ本番となれば足は震え、歯の根が合わず、心臓の鼓動が加速するのを止められない。迫るBETAはもはやそそり立つ壁のようだ。そもそも殆どのBETAは人間が生身で戦えるようには出来ていない。
では祈るか? 祈る相手は誰だ。少なくともあの女神的存在ではない。
信じるものは何だ? 神や仏ではない。それは英知の結晶だ。これまで自分が、師匠が、理想郷の建設者達が積み上げたもので、人間と文明を無礼腐ったBETAどもに目にもの見せてやるのだ。他ならぬ師匠に任された自分ならば出来るはずなのだ。積み上げてきたものに裏打ちされたそれは蛮勇ではない。そう、勇気だ。
「スゥーッ! ハァーッ!」
トピアはいつもの調子で深くチャドー呼吸をして自らを落ち着かせると、可能な限りの攻撃力を上乗せしたジークフリートを右腰に構えて正面から突撃してくる突撃級を睨んだ。その瞳には勇気の輝きがある。ややぐるぐるしている気もするが、この際大した問題ではない。
衝突寸前、トピアは『忍道』Lv6(Max)の無敵時間0.5秒延長を見越して回避アクションで斜め前に転がるように走り抜け、ほぼ交通事故のようなすれ違いざまに気合一閃。
トピア「一文字流斬岩剣ッッッ!!!!」
これを喰らった突撃級は全くの無反応で通り過ぎたように見えたが、トピアが納刀のモーションを終えるとその背後で斬撃の跡が水平に走り、上下に真っ二つになった。
トピア「……この世に斬れぬものはなし」
全力居合斬りに勝手につけた技名はともかくとして、トピアは自身の10倍もある突撃級を一刀両断することに成功した。BETAの脅威を知る諸氏は幾ら何でもあり得ない光景だと思ったかもしれない。だがこれは理想郷の建設者達が計算してはじき出した勝算をトピアが信じた結果なのだ。
そもそもの話として理想郷の建設者もLv1の状態では攻撃力たったの5、どこぞの尻尾が生えた声が素敵な黒ブルマ兄さんにゴミ扱いされそうなくらいの申し分ない一般人ステータスであり、案山子や動物を殴っても10前後のダメージしか出せない。
これに対しフルエンチャント装備での一般ボス周回用のボールライトニングは1HITあたり13万前後、更に双撃決闘者の装Mk.2はフルバフの居合の一撃で400万前後のダメージを叩き出す。つまり後者は一般人のパンチの40万倍ほどの威力があると言える。
鞘も無いのにどのあたりが居合斬りなのか、そして一体どこに納刀したのかという疑問は理想郷の建設者にとっては今更のことなので横に置いておく。そもそも剣2本分の攻撃力が一刀流居合に乗ること自体がおかしいのであるからして。
一応双剣装備状態の攻撃力は最大で6割しかスキルに適用されないという法則があり、これを真面目に計算すると居合用にそれぞれフルエンチャント装備を揃えた場合は双剣よりも片手剣や両手剣の方がややダメージが上になるという試算があるのだが、実際に居合専用のフルエンチャント装備一式をそれぞれ作って使ってみると双剣で400万前後のダメージを叩き出すのに対し、片手剣でも両手剣でも260万程度しか出ないという結果になった。400万に0.6をかけると240万になり概ね試算通りになるので、これはつまり6割法則を無視して10割の攻撃力が乗っているということになる。クリティカル率が100%、クリティカルダメージ倍率が1.5倍で強制的に固定される居合スキルは恐らくその特殊計算ゆえに攻撃力6割法則の適用外になっているものと思われる。
トピアは特にその辺りの説明無く師匠から双剣居合を勧められ、後で6割法則に気づいて検証してみた結果がこうなので、やはり師匠の言うことは正しいのだと確信を深める結果になったものである。
なお師匠の考えは剣が2本あるんだから6割でも1.2倍になるのではという程度のどんぶり勘定であり、エンチャントの攻撃力補正まで6割になると双剣が不利とは気づいていなかったにもかかわらず結果が偶然正しかった形であった。本人のあずかり知らぬ所での過剰評価である。
それはさておき対BETAの計算に戻ると、運動エネルギーに換算するなら145g、140km/hの野球ボールの運動エネルギーが110Jであり、一般人の全力パンチがこれ以下、大雑把に100J程度であるとすると、その40万倍は40MJである。これは50口径三年式2号20.3cm砲の弾頭運動エネルギー43.9MJに匹敵する。突撃級は角度次第で120mm砲を弾くとされるが、これは戦術機の突撃砲に備えられた120mm滑空砲のことで、突撃級相手に用いられる弾種は装弾筒付翼安定徹甲弾になる。しかしこれは短砲身かつ反動軽減のため低初速で撃ち出した砲弾をロケット推進で加速しており、実在のM829A3 120mm 装弾筒付翼安定徹甲弾の運動エネルギー12.1MJと同等かそれ以下と考えられる。装甲侵徹効果を踏まえればそれ以前の形式の砲弾よりは貫通力が高そうではあるが、それでも破壊エネルギーが運動エネルギーそのものを超えることは無い。
つまりこの自称一文字流斬岩剣は戦術機のたった6発の切り札である120mm装弾筒付翼安定徹甲弾の3倍強の破壊力があることになるので、突撃級の装甲を貫徹するくらいわけはないのである。
……といった結論が間違っていると理解出来た貴方は正しい。装甲を貫徹出来るかどうかは衝突の結果生じるダメージにダメージ倍率を乗算する前の段階で判定するべきだからだ。いわゆるアルテリオス計算式の基本法則である。つまり防御貫通判定に用いられるエネルギーは各種スキルとエンチャントのダメージ倍率とクリティカル倍率を乗算した8.42で割らなければならない。40MJ÷8.42=4.75MJである。これでは120mm装弾筒付翼安定徹甲弾12.1MJの半分以下のエネルギーしかないではないか。
だが実際に突撃級は真っ二つになっているのだ。これはどういうことか。
原因は居合斬りのヒット判定にある。居合斬りのヒット判定は実際にどこに当てたかに関係なく相手の胴体に吸われる為、正面から攻撃しても突撃級の非装甲部分である胴体の防御力を基準にダメージが計算されることになる。つまり居合斬り自体が突撃級特効になっているのだ。これが理想郷の建設者の示した勝算である。わざわざ計算したダメージ量とエネルギーの関係は、既存の兵器と比べることで一撃で確殺出来るかどうかを検討したものにすぎない。
余談であるが、初代の時点で素で数百万から数千万のダメージを叩き出す極まったディスガイア勢はこのようなからくり無しで正面から突撃級を両断できるはずである。あと本家一文字流の赤石剛次本人なら計算を無視して一刀両断してしまいかねない。
以上の雑学を以前トピアは師匠が主催する研究会で聞き及んだことがあったが、それは正しいことが今この場で実証された。
これら様々な教えが実戦において実を結んだことで、預言のごとくこれらの知識を授けてくれた師匠の元々無駄に高い信頼度が益々急上昇して遂にモモンガ様クラスの信仰に昇華された。
トピア「ふふ、やはり師匠の教えはいつでも私を導いてくれる……!」
師匠に実力を認められて推薦されたのだから信頼を裏切らぬように責務を果たさねばと意気込んでいたが、自分はまだまだ師匠の掌の上のようだとトピアは師匠の偉大さを再確認した。さしあたって御神体は暇を見て増やすべきであろう。
汗が噴き出し、緊張の糸が切れて地に着けてしまいそうな膝に活を入れながらトピアは状況にそぐわぬうっとりとした笑みを見せる。先ほどほぼ交通事故のようなすれ違いざまと記述したが、実際には完全に当たっていた。何しろ突撃級の幅は17m。中央から端まででも8.5mもあるので回避アクション1回の5mでは届かず、延長無敵時間0.5秒以内に接触が終わるであろうあまりにも速い相対速度までも活用して敢えて当たりながら斜めに押しのけられるに任せてすれ違う形になったのだ。自ら防御力を0にした上でこれをやるのだから、計算上実現可能ではあっても心臓に悪すぎる、到底正気ではない戦い方である。だが計算上実現可能で最も効果的な手段であるからにはトピアにとっては選ぶべき選択肢であった。何故ならトピアは頭のおかしい変態理想郷の建設者なのだから。
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一方、自身が知らぬ間に信仰対象になってしまったことで師匠の背筋にぞくりとした悪寒が走った。しかし愛くるしいゲル状モノボディには何の異常も無かったので、一通りの自己診断の後に念のため寝ることにした。弟子を自分の代わりにベータテスト世界に送り込んだことで恨まれることはある程度覚悟していたが、厄介なことに何故かその逆になりつつあることには……いや、どうせこの時気づいても遅かった。ぼっちに懐かれた時点である意味既に手遅れだったので諦めてほしい。
今回嫌な予感がして参加回避はしたが、流石に件の外敵がBETAであることまでは師匠も予想していなかった。師匠はE & E精神の権化ではあるが、それ故にやばすぎて笑い話にもならないような所に嬉々として送り込むほどの外道ではないのだ。つまり逆に対BETA戦闘を予期して知識を授けたなどという事実もどこにも無く、彼は今回も勘違いされていた。
いつからか寝室に置いてある 伝説の ふかふかの 布団は今日もいい匂いがした。