実のところTechインベントリサーバーが使用不能になる少し前から本土との通信は途絶しており、ユグドラシル大陸本土は混乱に見舞われていた。
まずコアベース中央のポータルから突如闘士級が湧き出してきた。これを最初に発見したのは料理担当員で、彼女は呆気にとられている間に殴り飛ばされた。そして殴り飛ばされた後に異常事態に気付いて悲鳴を上げた。幸いフルエンチャント装備のお陰で、闘士級程度の攻撃には耐えられるようになっていたのだ。侵入してきた闘士級はポータルをくぐれるようにするためか大柄な人間程度の大きさまで縮小されており、通常よりはパワーダウンしていたのも幸いした。しかし攻撃を受けても簡単には死なないとはいえ、一般作業員にはBETA小型種を簡単に討伐出来るほどの攻撃力と度胸が無い。
悲鳴を聞いてまず駆けつけたのはファムだった。
ファム「封鎖します!」
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戦闘用の装備を身につけていたファムはまずはポータルに向けてバフ無しのボールライトニングを発動し、湧き出してくる闘士級を90万DPSの電撃で黒焦げにした。ここを押さえればこれ以上中に入られることは無いと考えたからだ。しかし既にコアベースに侵入している分を片付ける手が足りない。携帯レーザー防御モジュールは起動しているが、物陰に入られるとどうしようもないのだ。また、向こう側のポータルを奪還しないと次にどこが襲撃されるか分かったものではない。ファムは通信機で全体に襲撃を伝えたが、ポータルを占拠されている以上、今応援に来ることが出来る人員は限られていた。いやポータルを撤去すれば侵入は抑止出来るのだが、BETAに占拠されている向こう側のポータルを奪還しなければ根本的な解決にならないし、ここから他の拠点への移動に時間が掛かるようになってしまう。ファムは次の一手を迷った。そこにカミールからの通信が入った。
カミール≪こちらにもBETAが湧いてきたぞ! 非戦闘員を退避させられる場所は無いか!?≫
ファム「ユグドラシルにも!?」
カミールは今ユグドラシルの工房にいるはずだ。ということはユグドラシルの拠点も襲撃を受けていることになる。同時襲撃ともなれば計画的なものを感じる。
マイン≪援軍を手配した、少しの間持ちこたえろ。非戦闘員はコア003へ退避……≫
ファム「……マインさん? マインさん、応答願いますマインさん!?」
しかも襲撃の報を受けたマインの返事が途中で途切れた。通信妨害か、それともマインの身に何かがあったのか。いや、カミールとも繋がらないからには通信妨害だ。話に聞く電波妨害級の仕業か。
しかし退避先の指定もよく分からない。兵器開発拠点となっているコア001ならば迎撃のための戦力も十分にあるだろうから納得だ。コア003はユグドラシルから東に900kmほど行った所で、確か惑星間加速器を建設するための敷地を確保していたはずだが、他にも何かがあるのだろうか。また、退避先は003でいいとしても、そこに移動するためにはまずはポータルを奪還しなくてはならない。ファム一人ではどう考えても不可能だ。援軍を待つにしてもどのくらい持ちこたえればいいのか。闘士級の流入速度は先ほどよりも加速している。いつまで支えきれるか。
ファムがポータルの封鎖を続けながら悩んでいると、そこに虹色に光る剣と戦士の幽霊のようなものが現れ、ポータルから現れるBETAへの攻撃に参加した。
モモ王女「加勢しますわ!」
援軍とはモモ王女のことだったのかとファムは困惑した。今攻撃に参加した7本の剣と上半身のみの戦士の幽霊のようなものは、モモ王女を守護するものだ。彼女はコアベースに侵入した闘士級を片っ端から片付け、討ち漏らしが無いか確認していたので駆けつけるのがやや遅くなったのだ。
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モモ王女の装備である光晶王女の装Mk.1は、見た目の服装自体は普段のドレスと変わりない。しかし性能面ではラリーの過保護なところが前面に押し出されており、まずはテラプリズマという虹色に光る7本の剣が自動的に空中を飛んで行って目に付く敵を切り刻む。更にスターダストアーマーのセット効果で姿を現すスターダストガーディアンという上半身だけの戦士の幽霊が装備者に接近するものをラッシュで殴り倒す。こちらはトピアが見た瞬間に「星の白金……?」と呟くほどに幽波紋そのものだった。これらの2つはどちらもモモ王女自身がどれだけ無警戒でも勝手に敵を撃退するためのもので、召喚獣扱いでクリティカルが出ないので一撃の攻撃威力は1万程度だが、アサルトライフルでも当たりさえすれば撃退可能な闘士級に対しては十分だ。戦車級でも相手に出来るだろう。
なおテラプリズマは一旦召喚してしまえば手放しても召喚したままになる。そのため今モモ王女が武器として持っているのはラストプリズムだ。そう、最も目を引くのがそのラストプリズムの収束攻撃装甲貫徹力173万、マナサイフォン使用時2億7700万DPSだ。ラリーがわざわざフルスペック装備を用意しただけあって本当にラリーと同等の攻撃力であり、モモ王女を戦わせたくないと言っていたラリーが一体何と戦う想定をしていたのか知らないが、小回りがきかない過剰攻撃なので今のところ使っていない。収束前の六条の光線がどこに飛ぶか分からないという問題もある。
ファム「助かります! しかし向こう側を制圧しないと問題が解決しないのですが……」
モモ王女「向こう側の場所と戦力が分からないのが問題、ですわね。いいでしょう、こちらは片付きましたからわたくしが参りましょう」
ファム「えっ、いやそれは」
思い切りが良すぎる。幾ら何でも一人で行かせて良いものか。しかし現在カミールはユグドラシルの防衛をしているし、匠の生産班はコア001もしくは003にいるはずだ。他に頼れる人がいない。いや魔法の鏡を使えばこっちに来ることは可能だろうが、ポータルが塞がっている以上一旦戻ってきたらもう一度他に行くことが出来ない。既にユグドラシルが襲撃を受けている以上、安易な一方通行の移動は出来ないだろう。
ファムがボールライトニングを維持しながらモモ王女を引き留める言葉を発せずにいると、今度は東の方で爆発音がした。この方向はテクスの研究所、Techインベントリサーバールーム、統合監視室のある方だ。
モモ王女「何事ですの!?」
幸い人員は全員地下集合住宅の方に避難済だ。しかし仮にサーバールームが吹っ飛んだとなると工場でも前線でもTechインベントリシステムを使えなくなってしまう。大惨事だ。
王女に続いてファムも東の方を見やれば、今度は東の壁をぶち破ってBETAが侵入してきた。しかも今度は闘士級だけではない。まず戦車級がわらわらと入ってきて、天井に頭がつっかえている要撃級や突撃級までもが穴を広げようとしている。どうやら監視課の人員が退避した隙に地下から侵攻してきたと見受けられる。
ファム「まさか下から!?」
モモ王女「殲滅しますわ!」
突撃級以上は自動迎撃レーザーだけでは撃退が難しい。モモ王女がラストプリズムを起動してBETAをなぎ払うと、その白光は流石の威力で目の前のBETAを消し炭にした。だがそれでもBETAは次から次へと湧いてくる。それにラストプリズムが1度に攻撃出来るのはあくまで1方向で、障害物越しの攻撃も出来ない。今度は北側の壁にも次々と穴が空いており、モモ王女は魔導ビームを振り回して交互に迎撃する羽目になった。さながらモグラたたきだ。北側は不味い。住民が退避している地下集合住宅の入口がすぐ側にあるのだ。
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モモ王女が危機感を募らせていると、北側から侵入しようとした闘士級や戦車級の群れが浮いてあらぬ方向に引き寄せられ、謎の爆発で大半が消滅。更に残りの要撃級や突撃級も天井から降ってきた棺に次々と踏み潰されていった。顔と太い一本足が付いたエジプト風の棺だ。
アヌビス神「XX(ここは通さぬ)!」
ファム「アヌビス様!?」
北側の壁の向こう、西側から現れて北門に立ち塞がったのは、黒い衣装に身を包み3mほどの背丈に巨大化したアヌビス神。頭の上には「Lv.255 審判の神≪アヌビス≫」と書いてあった。戦闘形態の通称ダークアヌビスモードで、Lv.255ということは怒りMAX状態である。しかも名前からしてLv.7島限定の強い方だ。
アヌビス神「XXX, XXX. XX(我から攻撃することは禁じられているが、我が住処に踏み入られれば話は別だ。手を貸すぞ)」
ファム「ありがとうございます!」
ダークアヌビス神(強)は堂々とした佇まいからも見て取れる通りクラフトピア最強のボスキャラで、Lv.255ならば地獄でなくても3,519,000ものライフを誇るのだが、一つ問題がある。ステータスが試練を与える敵キャラ基準なので攻撃力が理想郷の建設者を一撃で仕留めるには十分な程度の5,899しかなく、クリティカル率やクリティカル倍率もデフォルトのままなのだ。勿論技倍率が掛かればそれなりの威力にはなるのだが、突撃級の甲殻を抜くには厳しい。幸いダークアヌビス神の攻撃には敵の動きを大幅に鈍くする呪いデバフがあり、更に棺による踏みつけなど相手の上側からの攻撃なら突撃級の甲殻に覆われていない部分を攻撃することも可能なので、突撃級まではぎりぎり何とかなる。しかし今後要塞級まで出てきたならいよいよ手助け程度にしかならなくなるだろう。
こんなことなら装備を整えてもらっておくべきだったとアヌビス神は悔やんだが、今更の話だ。だが少々の違和感がある。あの何事にも用意周到な匠達が、特にあのトピアやマインがこのような事態への備えを怠るなどということがあるだろうか?
そうしている間にも壁が崩壊して穴が増えていく。今度は南側だ。おまけに牧場や養殖施設も崩壊してBETA以外のモンスターも溢れている。流石に手が回らなくなってきた。
すると、光の矢が飛んで南側の突撃級を貫いた。あれには見覚えがある。マグナムショットだ。
ファム「スコアさん!?」
思わずファムは振り向いた。それと同時にモモ王女が使うのと同じ白光がBETAの群れを焼き、更に橙色の衝撃波を放ちながら人影が突撃していった。その装いは聖騎士の兜、聖騎士の鎧、聖騎士の盾。どう見てもスコアではない。聖騎士だ。ただ人数が多い上に持っている武器が3種類に分かれている。
聖剣騎士「ここは我らにお任せいただこう!」
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こちらはハイヴ攻略に出撃中の聖騎士と全く同じで、フライングドラゴンを装備した聖剣騎士。
聖弓騎士「人々を守るは我ら聖騎士の使命!」
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パルスボウを装備した聖弓騎士。単発攻撃力は抜群だが、スキルのための枠が少ないのでクールダウン並列数をあまり増やせないのと、聖騎士自身の弓の扱いが人並みなのであまり命中精度が高くないのが難点だ。
聖光騎士「今こそトピア殿より授けられたプラン12、星屑の聖十字軍作戦の発動を宣言する! ウッ!」
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ラストプリズムを装備した聖光騎士。レベルを上げすぎると基礎魔法攻撃力が0以下に収まらなくなってしまい、魔法攻撃力-2,565%のせいで逆に最終魔法攻撃力が大幅に下がるためLv.97のままだ。実際の所Lv.197までは大丈夫な計算だが、余裕を持たせた結果だ。
聖騎士軍団が力強く宣言している間にも彼らはどんどん数を増やし続けていた。ファムはこの現象が何なのか理解し、同時に戦慄した。そもそもどうやって聖騎士がLv.255に到達していたのかということだ。
ファム「もしかして交配所で自分自身を増やしているのですか……?」
そう、交配所によるレベル上昇は本人のレベル上限に関係なく255が上限だ。簡単な話、交配の相方を聖騎士よりレベルが高い相手にするだけでも親の平均レベルが上昇して増える個体のレベルも上がるし、親の平均を超える突然変異では更にレベル上昇が見込める。
聖剣騎士「然り! 住民の増殖は基本的には禁止のようであるが、緊急時ゆえ許されよ!」
聖弓騎士「元々三人体制で慣れていた上に、本格的に増えてみるとレベルは上がるわ装備も増えるわでいいことしかないのである!」
聖光騎士「暫しお騒がせしてしまうことはご容赦いただきたい! ハハハ!」
ファム「はわぁ……」
同じ顔の人間が複数いることには慣れているファムですらこの狂った増え方には若干引いた。増えた聖騎士が更に聖騎士を増やしているのか、増加速度自体もねずみ算のように加速して人数は既に300人を超え、他の拠点へ飛び立っていく聖騎士もいた。勿論フル装備だ。住民や狂信者を交配増殖した例をよく考えてみれば、交配所で増やす際にはそれが何であれ身につけていた服装ごとコピーされていた。つまりフルエンチャント・精錬済・スキル付与済の強力な装備を纏った聖騎士が幾らでも増えていくのだ。単純な単体戦力ではトキソピッド・ミラージュの方が強いが、あれは天井まで80mくらいないと動かすことが出来ないのだ。ここのような閉所では圧倒的に聖騎士軍団の方が役に立ってくれるだろう。
かつてトピアは匠衆を結成する際に生産闘争と大量生産を唱え、意思の統一ぶりに勝利を確信した。次に聖騎士を引き入れた際にはこう考えた。この聖騎士にフルエンチャント装備をつけたらかなりの戦力になるのではないか。
つまりただでさえ剣の達人である上に交配増殖という荒技を使えて、常に複数一緒にいたため増殖に耐える精神性があって、善良で妙な野心が無く、レベルが上げ放題の上に装備ごと増える、という最終兵器クラスの要素を満たした聖騎士を最大まで鍛えて装備ごと大量生産すればとんでもないことになるのではないかということだ。
トピアは聖騎士にこれを頼み込む際に、自分たちには出来ない事なので貴方の命を下さいと表現した。出来ないというのは、マップに味方マーカーとして表示される匠達は理想郷の建設者と同等の存在と見なされているため捕獲も交配も出来ないのだ。もし出来るなら自分でやっているというのはトピアの性格を考えれば分かるだろう。もう一方の貴方の命を下さいというのは、勿論貴方の命を無尽蔵に増やして場合によっては消耗品扱いすることを許して下さいという意味だ。そのような命と尊厳を弄ぶがごとき行為に聖騎士自身が頷くかどうかが問題であったが、知っての通り聖騎士の覚悟の程はプロ勇者並であった。
こうして聖騎士を切り札とするべくプラン12の準備は実行されたのだ。3種の武器を携えた無数の聖騎士からなる聖騎士軍団。星屑の聖十字軍とはよく言ったものだ。軍の最高司令官であるマインにも当然話は通してあるが、ネーミングもトピアであることは説明するまでも無いだろう。
モモ王女「あなた方の使命に懸ける覚悟、見事ですわ! 感動しましたわ!」
アヌビス神「X,XX,XX. XXXX(うむ、そなたらの覚悟、しかと受け取った。我が名において存分に力を振るうが良い)」
一方モモ王女とアヌビス神は聖騎士の覚悟を絶賛していた。何はともあれ今の劣勢を決定的に覆す一手が切られたのだ。質と数を兼ね備えた聖騎士軍団はBETAの群れをあっという間に押し返し、戦力的にはモモ王女達が戦闘に参加する必要も無くなっていた。
ちなみにラリーと同等の攻撃力を発揮可能で恐らく交配増殖も可能なモモ王女もこの量産プランの候補には挙がっていたのだが、まずラリーが許さないだろうことと、人格面はともかくそもそも他の国の王族なので優先すべきものが違うだろうということで、結局実行はされなかった。ファムについてはやはり人格面の問題で、クラエル神の狂信者を増やすのが怖いので除外された形だ。カミールは現在準理想郷の建設者なのでそもそも増やすことが出来ない。
聖剣騎士「光栄の至り! ウッ!」
聖剣騎士はいつものように顔の前に光の剣を立てて返答した。なお聖弓騎士と聖光騎士は剣を武装にしていないが、騎士の誓いを立てるためだけの剣を別途所持している。
モモ王女「聖騎士様方、この向こう側のポータルを奪還していただけますか? ユグドラシルの方も襲撃を受けておりますので救援を」
聖剣騎士「承知! 吉報を待たれよ!」
戦闘班の中では比較的攻撃力が低いとは言え、生身で要塞級までの討伐経験がある聖騎士が数を増やしながら集団で反攻に出るのだ。言葉には自信がみなぎっており、その実績からモモ王女達の信頼感も抜群であった。