南瓜のかぶり物を取ったステークの言葉に、会議は混乱した。
サティ「……つまりこの人が何度もループして地球のBETAを打倒した英雄ってこと?」
トピア「そういうことになりますね。私も今知りましたが」
ステーク「よしてくれ、オレは英雄なんて上等なもんじゃない。むしろオレが全てを台無しにしてしまったんだ」
ステークは英雄呼ばわりされて毛ほども喜ぶ様子は無く、むしろ片手で顔の半分を覆って自責の念を露わにしていた。何やら事情がありそうだ。
称えられることに嬉しさしかないマインにはその心境が理解出来ず、怪訝そうな顔をしていた。いや、少しだけ理解した。作戦自体は空振りだったのに結果的に勝っただけのことを褒められるとあまり嬉しくない感じに似ている。
テクス「どういうことでござる?」
九十九「ふむ……ステーク君は前にもそんなことを言っていたネ? 救っているつもりで滅ぼしてしまったとか。そのあたり、詳しく話してくれるかネ?」
ステーク「ああ、後悔の念だけ本体から剥がれ落ちた所までは今説明したな。問題はその後のことだ」
エクストラ世界へと戻る白銀 武から剥がれた後悔の塊、後のステークであったが、オルタネイティヴ世界に実体化することは出来なかった。白銀 武を覚えている者は、彼に幸せな世界へと戻ってほしいと願っており、またこの過酷な世界へ来てほしいとは願っていなかったからだ。また、分離した一部分であるからそもそも存在としての量が少ない上、鑑 純夏のような因果導体の元がオルタネイティヴ世界に存在しないせいでもあった。だから彼は幽霊のような不確定で曖昧な存在となってオルタネイティヴ世界の行く末を見続けた。分離した半身がエクストラ世界へ帰ったことまでは感覚的に理解していた彼は、こうなれば見届けることが出来るだけでもありがたいと考え直した。だが彼らが命懸けで守った地球人類はといえば、はっきり言って酷いものだった。
いや、BETA大戦自体はその後人類優位に転じたのだ。しかし余裕がなくてもなお足を引っ張り合っていた人類が、余裕があるのに足を引っ張り合わないわけがない。BETAとの戦いが消化試合になってから人類同士の争いで滅びかけたこともあるほどだ。ステークは地球人類の愚かさに何度も絶望した。
ステーク「オレは……オレはさあ、悔しかったよ。みんなが命を捨ててまで守った人類ってこんなものだったのかって。何でこんな奴らを生き残らせるために純夏が、冥夜が、みんなが死ななきゃいけなかったんだって!」
トピア「ステークさん……」
トピアはマブラヴ地球人に良い印象は全く無いが、個人レベルでは善良な人や立派な人がいることも知っている。しかしその人類全体のモラルは酷いものだ。あの世界は何十年も生存戦争を続けていたせいで、今まさにステークが叫んだように、他者を思いやる人間ほど率先して死んでしまい、そうではない人間ばかりが大量に生き残ってしまったのかもしれない。いや、志願制から徴兵制になってからはそこまでの影響はない気もするが。そもそも衣食足りて礼節を知るとも言う通り、生活に余裕がなければ人の心は荒むものだ。
ステーク「いや、分かってはいるんだ。みんながみんなそうじゃないって。特にオレとの約束を守ろうと頑張ってくれた二人は輝いていたよ。まさに救いの光だった」
ステークは人類に絶望していたが、そこには2つの光があった。香月 夕呼、社 霞の二人だ。
香月 夕呼はその天才的頭脳でその後何十年も続いたBETA大戦を終結に導き、火星圏までのBETA駆逐を達成した。同じ人類に足を引っ張られながらだ。彼女は兎に角勝利のために手を尽くした。例によって後ろ暗い手も使っていたが、人類を勝たせるという目的だけはぶれなかった。この人がいなければ地球のオリジナルハイヴ攻略達成という決定的な勝機を掴みながら人類は十中八九自滅していただろう。
社 霞は42年掛けて人類の政体の統一を成し遂げ、人類統合体の初代総監になった。残念ながらテロリストの類いはまだ存在していたが、霞はあの地球人類をとりまとめることに成功し、47年でBETAの元凶である珪素生命体との対話へと遂に踏み出したのだ。
2049年1月1日の出発記念式典を見ていたステークは泣き崩れた。
ステーク「二人はみんなが命と引き換えに手に入れたものに、意味を与えてくれた。無駄じゃないって証明してくれたんだ。オレは嬉しかったよ。救われた気がした。……でも、それなのに、オレは地球人類の門出を素直に祝福することが出来なかった。『でもどうせこれからもこいつらは人の足を引っ張り続けるんだろうな』と思ってしまったんだ。自分が何を思ったかに気付いて愕然としたよ」
ステークは俯いて一旦言葉を切った。余程人間の醜い所ばかりを見てしまったのだろう、と言いたい所だが、希望の光を見ていてさえそれにいちいち邪魔が入るのだから始末に負えない。
ステーク「でもな、言わせてくれ。人類のためにあんなに頑張った二人が無用な横槍で作戦失敗を強いられたのも、研究成果を横取りされそうになったのも、工作員に命を狙われたのも、一度や二度じゃないんだぜ? まあ夕呼先生だって清廉潔白なわけじゃないから仕返しをされることだってある。でも実際にはあり得ないほどくだらない私利私欲や政治の都合で邪魔をされることの方が余程多かった。中には悪の元凶だと思い込んで善意で抹殺しようとする奴までいた。それが人類統合体が出来た後ですら続いたんだ。到底許せるものじゃなかったよ。……つまり二人の長年の努力の成果である人類統合体を、人類の未来を信じ切れないオレは、もはや人類に仇なす側だ。もうそこにいるべきじゃなかった。そもそも後悔の塊でしかないオレの出番は、最初から無かったんだ」
自分の出る幕は無い。見届けるのは十分だ。ステークは後悔の塊である自分を更に分解して消えようとした。だがその途端に……何もかもが消えてしまったのだ。
今まで見ていた統合体宇宙総軍軌道異相空間転移ゲート『フォーマルハウト』も、使節艦隊のエルビス級跳躍航宙母艦も、第8世代戦術機F-47イシュクルも、史跡となった横浜基地宇宙港 桜花作戦戦勝記念広場も、そこで演説していた社 霞も、それを見守っていた香月 夕呼も、影も形も見当たらない。その代わりに目に入ったのは天井。ベッドの上に寝ているようだ。つまり実体がある。このベッドと天井は忘れもしない自分の部屋のものだ。この状況には嫌と言うほど覚えがある。まさか。いや、まさか、そんなはずはないというすがるような思いで恐る恐る右後ろを振り返れば、カレンダー機能付きの時計が目に入る。2001年10月22日8時4分。ステークの体から一斉に汗が噴き出した。
着替えもせずに慌てて部屋から飛び出し、階段を降り、玄関の扉を開けると、そこにはやはり一面の廃墟、左を向けば擱座した撃震があった。間違いない。ループの初めまで世界が巻き戻っている。だが何故だ。もう因果導体ではなくなったはずなのに一体どういうことだ。今更全てが夢だったなんて考えるほど暢気ではない。困惑するステークの目の前に突然人影が現れた。鹿のような角が生え、鼻も若干獣っぽい変わった風体の女性だ。彼女は告げた。地球の歴史を滅ぼした因果導体である白銀 武にやり直す機会を与える、と。その存在が現れた瞬間に世界の色が失われ、全てが停まっていることにステークは気付いた。そもそも相手は宙に浮き、後光を発している。只者ではないことだけは確かだ。
自分が地球の歴史を滅ぼしたと言われたステークは食い下がって詳しい話を聞き出した。結論から言うと、エクストラ世界に戻らずに悔いを晴らすために分離したステークであるが、因果導体ではなくなったためにオルタネイティヴ世界にいられなくなったので、オルタネイティヴ世界に戻るために自ら再び因果導体になってしまったようなのだ。言われてみればもう一度武に会いたい一念で奇跡を起こした鑑 純夏と似たような状態であると言えなくもない。そして、因果導体となったからには悔いを晴らさないまま終わろうとしても本人の意志と関係なく悔いを晴らすまで巻き戻ってしまうのだ。
ステークは絶望した。二人があれだけ頑張った47年を、命を捨ててまで時間を稼いだみんなの思いを、よりによって自分が台無しにしてしまったのだ。だが、だからこそ座り込んでいる暇は無い。そうだ。二人に報いる方法は1つしかない。どれだけループを繰り返そうと、前より良い結果を導き出すのだ。
ステークが自分のやらかしは自分で何とかすると告げると、不思議な女神的存在は案外簡単に引き下がった。
その後ステークはループを繰り返したが、一向に良い結果は導き出せなかった。
まず最大の問題として最も助けたい鑑 純夏そのものを救うことは絶対に出来ない。2001年の時点で鑑 純夏は既に脳髄だけの状態になっており、体が無い。全ての事情を話して香月 夕呼に検討してもらっても、あの状態から普通の人間に戻す事は不可能であるらしく、かと言って00ユニット化するとなればその時点で生物的には死んでしまう。それに00ユニット無しでオリジナルハイヴを攻略するのもまず無理だ。ただ、朗報とも言いがたいが一つ分かったことがある。00ユニット化した純夏も因果導体の元として判定されていたこともあり、00ユニットとして生きていれば巻き戻しが発生せず、純夏は死んでいないと判定されるようなのだ。
しかし妥協して00純夏をセーフ判定にしたとして、頭脳級が産出するODLを定期的に交換しなければ00純夏は数日で死んでしまう。頭脳級に接続せずにODLを交換することで00ユニットの情報を抜かれる問題には対処可能だったが……次の問題は佐渡攻略の甲21号作戦だ。凄乃皇四型どころか凄乃皇弐型すら完成していないことが発覚したのだ。
凄乃皇とはHI-MAERF計画で作られていたXG-70を改修して00ユニットがコントロール出来るようにしたもので、ムアコック・レヒテ機関による重力制御が可能で浮遊、防御、そして余剰電力を活用した超威力の荷電粒子砲を備えている。その威力は既にトピアが語った通り、地表構造物を吹っ飛ばすほどだ。弐型の方が荷電粒子砲のみを装備したタイプ、四型の方がその他の自衛武器も装備して周囲の味方機を重力場に巻き込まないようにしたアップデートバージョンだ。安定制御のために00ユニットが不可欠だが、2001年時点での人類の切り札とも言える存在である。
その凄乃皇が完成していないのはどうしてなのかと夕呼を問い詰めた所、12・5事件を利用して日本と国連の仲を修復してHI-MAERF計画接収を進めるというプランが、この事件を穏便におさめるべく奮闘したステークのせいでポシャったからだという。一応それ以外の手段で接収を進めたが、遅れはどうにもならなかったそうだ。そして佐渡攻略とBETAの重要情報抜き取りを目指す甲21号作戦が12月までに間に合わないと、オルタネイティヴ4は破棄されてG弾によるハイヴ破壊と一部人類脱出を目指すオルタネイティヴ5が発動されてしまう。こうなってしまえばもうどうにもならない。
ステークは凄乃皇弐型抜きで戦術機だけで00ユニットをエスコートして佐渡から重要情報を抜き取るプランを提案し、何度も失敗してどうにか細い穴を通すことに成功した。だがその次には横浜基地襲撃がある。佐渡島の反応炉が無事なのに何故、とは思うが、どうも本州半ばまでの坑道掘削は11月11日の新潟上陸が完璧に防がれた時点から準備を始めていたようなのだ。これもステークが犠牲を減らそうとした結果だ。しかも佐渡島ハイヴのBETAが殆ど減っていないため、以前にも増して無尽蔵のBETAが攻め寄せてくる。ここでまず確実に大量の死人が出て、桜花作戦どころではなくなった。XM3評価試験の際に死人が出ないように頑張りすぎたため、国連軍横浜基地の空気がたるんだままで、友軍が全く頼りにならないというのも重くのしかかった。
それでもステークは夕呼と一緒に入念に防衛プランを練り上げ、どうにか横浜基地防衛戦を完遂した。とはいえ記憶に残っていてループのトリガーになる人達を生き残らせるという条件をギリギリ達成出来ただけだ。しかもどうにかしたとして基地を放棄するか反応炉を爆破するかという結果で、どちらにしろODLの供給が断たれることになった。それでも数回分のODLを事前に確保しておくことで、次のハイヴ攻略までもたせればいいというなけなしの希望を繋げることは出来た。まあ押し寄せるBETAから横浜基地を防衛することも出来ていないのに、一度占拠された後でハイヴに攻め入って駆逐するなど土台無理な話ではあるのだが。
更にここから喀什ハイヴ攻略のための桜花作戦を完遂する必要があるのだが、この時点で凄乃皇四型も凄乃皇弐型も存在しないため、決定的に戦力が足りなかった。これをどうにかする方法は事実上1つしか無い。五次元効果爆弾、通称G弾の集中投下だ。ユーラシア全体ではなく喀什だけに投下してあ号標的だけ始末すれば大陸を沈めることもなく状況をどうにか出来るかもしれないという発想だ。幸いG元素は横浜ハイヴ攻略時に確保したものがある程度はある。本来は凄乃皇に使われるべきものだ。だが元々オルタネイティヴ4は政治的にはG弾反対派を味方に付けてやって来たプランだ。その意見を急に翻すとなると、支持者の説得は容易ではなかった。そこで揉めているうちにODLが尽きるなりG弾反対派に囲まれるなり夕呼が暗殺されるなりと、碌でもない結果でやり直しとなってしまった。
ならば表向きHI-MAERF計画ですという体で未完成の凄乃皇を喀什ハイヴで暴走させてG弾にするという佐渡島プランは、パイロットが生還出来る見込みが無い上にそもそも00ユニットによる制御が完成していない凄乃皇ではまず現場に辿り着けないのでどうしようもなかった。
いっそオルタネイティヴ5に権限を委譲する代わりに喀什をG弾で集中攻撃してもらう取引をしたこともあった。しかし連中は権限を握った途端に地球脱出と全てのハイヴへのG弾投下を実行するトライデント作戦の準備を始めた。実行されれば重力異常でユーラシア大陸が沈むとともに他の大陸も不毛化し、実行されなくても時間切れなので、これもどうしようもなかった。
喀什ハイヴ限定のG弾の投下自体は実現出来たプランもあった。G元素生産プラントであるアトリエが喀什ハイヴに存在するという情報を餌にして米国を一本釣りするものだ。これは桜花作戦で米国や国連軍の全面協力を取り付けた状況とよく似ている。しかしこのプランでも反応炉狙いでG弾が投下されることは無かった。それをやると肝心のアトリエが吹っ飛んでしまうからだ。
そもそものG弾運用戦略からして「G弾で地表構造物と地表のBETAを削り取って突入路を開き、然る後に戦術機でハイヴに突入して攻略のついでに貯め込まれたG元素を確保し次の作戦で使うG弾の原料にする」という一石二鳥狙いの作戦のため、案の定喀什ハイヴの膨大なBETAを処理しきれず、二兎を追う者は一兎をも得ずの結果になった。これは材料を着陸ユニットやハイヴからしか調達出来ないというG弾戦略そのものの欠陥でもある。本来の桜花作戦の際でもあの後が無い状況で攻略をほったらかして陽動名目でG元素確保を優先しようとした連中なので、桜花作戦と違ってBETAに情報が渡っていない状況で欲望だけで釣って動かしたならば尚更攻略を優先するはずがない。
G弾を投下してからの突入でも駄目だということは、当然凄乃皇もG弾も無しの正面攻略では尚更どうしようもないということだ。
これらの失敗により、ステークは桜花作戦完遂がどれだけ奇跡的な出来事だったかを改めて知った。
人が死なないように頑張るほど状況が悪くなることにステークは頭を抱えた。犠牲を出しながらでも最善を選んでいく夕呼のやり方は結局間違っていなかったのだ。その結果に不満を抱いてやり直そうとするなど、何と愚かな思い上がりだったのか。結論としては完全に詰んでおり、このままでは地球の歴史は永遠に前に進まない。まさに地球の歴史を滅ぼしたも同然だ。
すっかり意気消沈してうなだれているステークの目の前に、再び女神的存在が現れた。またしてもやり直す機会を与えるという。いや、やり直しなら嫌になるほどやって来たのだが……ひとまずステークは話を聞くことにした。この巻き戻り現象が因果導体故のものであるのならば、女神的存在が与えるやり直しの機会とは一体何なのか。
最初の提案内容は、この世界から切り離すので新しく作る世界の文明を導けというものだった。少なくともこれで因果導体としての縁が切れてこれ以上巻き戻ることがなくなるという。それをやるなら巻き戻る前にしてほしかったと言いたい所だが、後の祭りだ。それに巻き戻ることが無くなったとして、白銀 武やそれに類する存在を欠いた地球人類が辿る運命は滅亡以外に無い。ステークとしては地球人類全体はそろそろどうでも良くなっていたが、大切な人達までそれに巻き込まれるのは許容出来ない。
だが、実際の所救う手立てで行き詰まっていた。夕呼のプランをなぞらないと必要な戦力が揃わないが、そのプランだと死人が出てすぐに巻き戻ってしまうので前に進めない。また、因果導体としての縁が切れた状態で一度だけやり直したとして、ノーミスで完遂出来る自信が全く無いし、特に桜花作戦を完遂したとしても純夏が死んでしまう可能性が非常に高いという問題を解決出来ていない。これが許容出来るのならば後悔の塊が人格を持ったりはしないのだ。
ならばその救う手段を身につければ良い、ということで女神的存在が提案したのが自らの管理するクラフトピアワールド、いわゆる魔法世界での修行だ。現在の地球の科学では無理でも、魔法や錬金術を駆使すれば瀕死の人間を五体満足まで回復させることは可能だ。更に、凄乃皇四型抜きでBETAに対抗する力を身につけることも不可能ではないという。そして十全な力を身につけてからまたリトライすれば良いのだ。この条件であれば因果導体のループ特性はむしろプラスに働くだろう。
色々検討したがこの時点で自力ループだけでは万策尽きており、この女神的存在の提案にステークは頷いた。
こうしてステークはクラエル神の第一の信徒となり、鑑 純夏を助ける力とBETAを駆逐する力を付けるための修行と研究に邁進するようになったのだ。再び戻ってくることを誓って。