マインが少し考え込んでいた間にサティとテクスは眠りに落ちていた。天使の光輪級の脅威を伝えに来たトピアまでもだ。マインが艦内・艦外に呼びかけても返答は無い。物理的生体構造が無いシュミットまで寝ているのだ。元々念話能力と睡眠習慣があったからだろうか? ともかく、このままでは全滅は確実だ。マイン自身もそろそろ危ない。
マイン「起きろニンジャ! BETAにとどめを刺すぞ! 貴様匠衆の代表がそんなことで恥ずかしくないのか!? マジでかなぐり捨てンぞ!?」
マインが怒鳴りつけてもトピアの反応は無い。安らかな顔からして、九十九師匠と楽しく遊んでいる夢でも見ているのだろう。いや、夢を見ているのならばまだ眠りは深くないはずだ。マインは眠い頭を働かせてトピアの夢をぶち壊すであろう言葉をひねり出した。
マイン「……ハッ、この程度でくたばるとは、貴様の師匠とやらも全く大したことはなかったな!? 所詮はアワレな雑魚狩り専門か!」
その罵倒に反応したトピアの瞼が上がり、半目になった所で停まった。そして焦点が定まっていなかった眼球が動き、渦を巻いて緑色に輝く瞳でマインを睨みつける。
トピア≪アアン、死にたいのか一般人?≫
マイン「アイエッ……!?」
効果は覿面であったが、通信画面に映ったトピアの表情はまるで般若のよう、普段は周囲を和ませる美声も地獄の轟きのようだった。マインはその豹変ぶりに肩を跳ねさせた。危うく急性NRSを発症する所だったが、お陰でマインの方も目が覚めた。結果オーライだ。
マイン「よ、よし起きたな。こうなれば艦ごと奴にぶつける。貴様は右舷カタパルトで待機しろ」
トピア≪む……わかりました≫
トピアは眠い頭を振りながらトキソピッド・オーバー・ミラージュを操作して右舷カタパルトへと引っ込んでいった。トピアはTOMを移動させながら眠気覚ましに聖水を飲んでいたが、聖水は複数の状態異常回復に対応しているとはいえ睡眠デバフそのものに対応しているわけではないので、どうも気休め程度の効果しかなさそうだ。
それを見届けたマインが艦長席のコンソールを操作すると、コンソールの下から単独操縦用のツインスティック操縦インターフェイスがせり出してきた。原型のオムラがそうであったように、インファクトリも艦長席から殆どの操作が可能だが、普段は邪魔なので仕舞ってあるのだ。仕事を分担する場合、艦長の仕事は状況を見極めて戦術的に適切な指示を出すことであり、操艦は操舵手の仕事だ。その分業によって戦術判断力に余裕が出るのだが、操舵手が寝ている以上全部艦長がやるしかない。勿論変動する周辺状況と未完成な主機関、パワーリソースの監視もだ。普段のマインなら機関トラブルへの対応以外は軽々とやれるのだが、生憎眠気というデバフが強烈に掛かっているので長時間は無理だ。
マインは電力供給に問題が無いのを確認すると全ての攻撃を停止し、浮いた電力の全てをバリアフィールド、リペアフィールド、構造強化、冷却、そして時空勾配推進機へと注ぎ込んだ。時間をかけて良いのなら自動射撃で攻撃を続けさせれば倒せそうな気配はあるのだが、時間をかけすぎるとたとえ勝利しても本当に永遠に眠ったままになりかねない。そうなれば相討ちとなった後に月から新しい着陸ユニットが降ってきてBETAの天下が確定するだろう。もはや手段を選んではいられなかった。
砲撃戦のために空中で停止していたインファクトリの艦体が前へと滑り出し、強烈な重力加速によって標的までの50kmの間にマッハ10へと到達した。このスピードで防御リングが覆っていない方向まで回り込むことも出来なくはないが、旋回では慣性力を無視出来ないので容易に対応されてしまう上に最終的に超音速で突入するには結局加速距離が必要なので、現状の距離を活かしてまっすぐ加速したのだ。
マイン「我が匠衆の技術の結晶、その身で味わうがいいッ!」
インファクトリはBETAの最終兵器に匠衆の技術の結晶を物理的に味わわせるべく自らを矢と化して金色に輝くリングの束へ艦首から突入、4層目までを貫通した。しかし突入の瞬間に連結輪翼級の集合体である防御リング全体がインファクトリに柔軟に絡みつくことで突入を阻止し、インファクトリは中核である二輪戦艦級を目の前にして停止した。いや前に進んではいるのだが、天使の光輪級はそれと同じ速度で後退している。つまりインファクトリに絡みついて相対速度を合わせることでこれを防いだのだ。スパイダートロンが最初に突撃級と戦った時の緊急対処法に似ているが、絡みついた連結輪翼級はバリアフィールドを侵食してインファクトリを締め上げ、しかもどこから湧いてきたのか他の種類のBETAまで集ってきて、装甲を剥がして内部に浸透しようとしていた。
ならばとマインは主砲発射を試みた。敵は目の前で、射線は隙間を通る。しかし艦橋一体型レーザー主砲にはエラーが出ており、一向に発射可能にならない。エラー内容は漏電。丁度主砲のエネルギー供給ラインからエネルギーを吸い出されていたのだ。フィールド侵食もエネルギー吸収も凄乃皇四型が受けたのと同様の攻撃だ。敢えて射線を空けることで主砲にエネルギーを回させ、エネルギーを吸い出しやすくしたのかもしれない。
マイン「バックステッポからのエネルギー吸収だと? ……いや、これは!」
見れば正面の天使の光輪級の中枢部分である二輪戦艦級の穴が緑色に光りながら塞がりつつあった。電力と一緒にリペアフィールドの効果まで一緒に吸い出しているようだ。なるほど、インファクトリに搭載している修復装置は時空操作による状態復元なので、敵味方識別さえ誤魔化せば原理的には生体組織の復元も可能だろう。
おまけに武装の制御を奪われつつあり、射撃管制が定まらない。主砲も砲塔があらぬ方向に旋回を始めた。このままではあの威力過大な主砲で味方を撃ってしまう可能性が高い。普通に考えればエネルギー供給をカットするべきだが、ここで引き下がるマインではない。
マイン「ならば貴様にジュースを奢ってやろう! 遠慮せずに飲むがいい!」
マインは逆に主砲へ供給するエネルギー量を3倍の3EWに上昇させた。一見敵に塩を送っているようだが、決して自棄になったわけではない。そもそもBETAのエネルギー吸収能力はそこまで高くない。漏電している状態での主砲発射が危険だからエラーが出ていたのであって、縮退炉から供給する電力を全部吸われていたわけではないのだ。つまり目の前のBETAは凄乃皇四型のムアコック・レヒテ機関が発するものよりも遥かに膨大なインファクトリの電力を持て余しており、吸収が追いついていないのだ。インファクトリの蓄電設備でもあっという間に一杯になってしまい、過充電事故を避けるために余剰電力を再質量化する必要があるくらいなのだから当然だ。繰り返すようだが、匠衆のインフレぶりは既にBETAが追随を諦めて搦め手を使い始めるほどなのだ。だからBETAがインファクトリの主砲を発射させようとしているのは既に沈黙している艦載機を撃つことよりも余剰電力を放出させることが主目的なのだろう。
それを裏付けるように絡みついた連結輪翼級はマインがエネルギー供給量を増した途端に煙を上げて痙攣し始めた。一部の制御が戻ったため、マインはありったけのミサイルとレールガン、電撃を自爆覚悟で連結輪翼級に叩き込んだ。5層目が砕け散り、前方への道が開ける。
しかし排除出来たのは前方だけで、後ろ側に絡みついた連結輪翼級やその他のBETAはそのままだ。これでは相変わらず距離を詰められない。更に無理をさせたFCSも沈黙しており、これ以上の攻撃が出来ない。待てば修復されるかもしれないが、侵食の影響から抜けきれていないのでリペアフィールドが正常に働くかは怪しいし、修復出来たとしてもその時間で連結輪翼級はまた隙間を埋めてしまうだろう。
そこでマインはトピアへの通信ラインを開き、右舷カタパルトを作動させた。
マイン≪行けっ! 標的は目の前だ!≫
トピア「トピアいっきまあす!」
トピアのTOMは、ハッチが閉まったままの右舷カタパルトで加速を開始した。今から開いても衝突は避けられないが、トピアに迷いは無い。
ハッチを開いたり破壊したりすればすぐにも内部へのBETA浸透を許すことになる。そもそもインファクトリのハッチは非常に頑丈で、TOMの武装、重水素ミサイル以外で瞬時に破壊出来るかがまず疑問だ。
トピア機はハッチにぶつかる寸前にロッド・オブ・ハーモニーを発動してハッチの外へと転移した。転移先の状況が全く分からない危険な転移だ。カタパルトからの出撃を警戒していたのか、案の定TOMに光線が集中するが、ミラージュシールドを構えて大半を跳ね返す。標的は目の前だ。中枢を撃つべくレーザータレットのミラー端末を展開しようとすると、展開までの僅かな時間にBETAの自爆特攻で片っ端からミラーを弾き飛ばされる。更に大量のBETAにしがみつかれた上に連結輪翼級に挟まれて身動きが取れなくなった。相変わらずBETAの連携は抜群だ。それらを時空勾配推進機の推力で引きずりながら前へと進もうとするも、やはり同じ速度で相手が後退してしまうためあと一歩足りない。
中央の穴が塞がりつつある二輪戦艦級が至近距離で輝いて一層の眠気がトピアに襲い掛かってくる。光の発生源が艦橋あたりなのでそこが中核なのだろう。しかし時間が無い。トピアはバフアイテムとバフスキルを使うと残されたありったけの精神力を集中し、ロッド・オブ・ハーモニーを使って身一つで機外へと転移した。狙うは奇襲だ。
二輪戦艦級の銃座がモノリスと再創造のボタンを警戒して機銃の狙いを上へ振り分け始める。その瞬間にトピアは師匠の言葉を信じてマニュアルでスキルを発動した。
――トピアも槍でなら掴みかけているんじゃあないかネ?
トピア「雷速流星衝!!」
見よう見まねの雷速機動、そしてまだ実装されていない槍の奥義である流星衝。本家本元のマッハ440の半分ほどしか出ない上に複雑な軌道も描けないが、トピアは正面から二輪戦艦級の艦橋構造物へ飛び込んだ。衝突の瞬間はトピアにも知覚出来ておらず、気付けば重頭脳級が後ろにあった。ラザフォード場で受け流されたようだ。しかし余力が少ないからか、フィールドの半径も小さく、中核部と反応炉部分のギリギリまでしか覆っていない。
振り返るトピアの顔に笑みが浮かぶ。その瞬間、重頭脳級とその周囲を橙色の光の柱が覆った。トピアの左手には建設の魔導書があり、重頭脳級の頭上には大量のモノリス。生活スキルTier3、マルチデプロイだ。建設の魔導書で通常1つずつ設置する設備を一斉に雑に沢山並べるという、普段は全く使い道の無いスキルである。これでモノリスを雑に大量に並べたのだ。
この大量のモノリスを重頭脳級は大量の触手で瞬時に迎撃し、光の柱が消えた。警戒していただけあって大した対応力だ。いや、光の柱が一つだけ残った。二輪戦艦級が原因を走査すると、遥か下、地表にモノリスが設置されていた。マップでのトピアの位置と先に発生した光の柱を頼りに九十九が置いたものだ。この時九十九も迅雷を乗り捨てて生身で戦場に出ていたのだが、九十九の見た目が兵器どころか人間でもない雑魚モンスターなので、BETAは迎撃優先度を低く見積もっていたのだ。
九十九≪トピア、やっておしまいなさい!≫
これに対し二輪戦艦級は緊急回避機動で光の柱から中枢を逃がした。そもそも固定目標だと光の柱をよけられないから敢えて打って出たのだ。分かっていてよけないわけがない。これで逆にトピアが光の柱の範囲内に入ってしまった。
だがトピアはそもそも再創造のボタンを握っていない。このやりとりの間にトピアは足元に床を設置し、しっかり足を着けると右前に槍を構えた。装備は機動軽槍兵の装Mk.X。武器はヒルデブラント改+99だ。
Mk.Xは双撃決闘者の装Mk.6のマスタリパッシブスキルを付けた5箇所に旧来の槍やすぐに用意できる装備を組み合わせてでっち上げたもので、戦闘用と言うよりは練習用の装備だ。その証拠に、同じ中華斬舞を使うのならば威力がMk.8の1/4程度しか出ない。トピアは今後を見据えてマニュアルスキルを使いこなすには使い慣れたヒルデブラントが必要だと確信し、Mk.8とは別に使い慣れたヒルデブラントを中心とした装備をとりあえず流用品の組み合わせで作って登録だけしておいた。だから戦闘用装備のナンバリングが振られていないのだ。
攻撃力が低いのは空回りアセンではないためで、これはMk.8にヒルデブラント改+99を装備すると基礎攻撃力が0以下にならず800以上はみ出してしまい-4,475%が掛かって最終攻撃力が0になってしまうことと、今後迅雷に乗る場合には空回りが逆効果になるのでそれに合わせてみたというのが理由だ。
だがトピアには、使い慣れたヒルデブラントを運用可能という一点だけで今まさにこの練習用装備こそが必要だという確信があった。実際雷速流星衝を不完全とはいえ一発で発動出来たため、これが正解だという確信は深まった。そしてその確信を根拠としてトピアは更なるマニュアルスキルを練り上げる。
トピア「スゥーッ! ハァーッ!」
師匠のアシストにより余裕を得たトピアが敢えて一度目を瞑り、チャドー呼吸で精神を統一すると、再び開かれたその目は極限の集中によって瞳が渦を巻いて緑色に輝いていた。トピアは師匠の教え通りに腰を中心に全身を連動させて最大の捻りを導き出し、それに瞳を起点に渦を巻くように練ったマナを乗せて突き出した。それは一見、ただの基本攻撃であった。しかしトピアが数えるのも億劫になるほど繰り返してきた基本動作だ。積み上げてきたものに裏打ちされたそれは蛮勇ではない。そう、勇気だ。
トピア「イヤーーッ!!」
その一撃はラザフォード場を綺麗に貫通し、重頭脳級の中核部の目玉付き触手にさくりと突き刺さった。その地味な刺さり具合に反して余程のオーバーキルダメージだったのだろう。刺さった瞬間に重頭脳級の全体を粉微塵にし、その後ろの壁にも穴を空けて空が丸見えになった。更にはその空に浮かんでいた雲にすら穴が空いている。
トピアが槍を引き戻して軽く回転させ床に立てると、その衝撃でヒルデブラント自体も修復不能なほどに砕け散った。これはスタミナも耐久値も精錬値も一撃の威力につぎ込むように意識して発動したからだが、だから出来そうな予感があっても気軽に練習できなかったのだ。
例によってトピアの前に通知ログが出現し、トピアは討伐の完了を確信した。
外敵駆除
二輪戦艦級を1体倒す
Clear
Get!
EXP +40,000
レベル上限解放 +20
外敵駆除
天使の光輪級を1体倒す
Clear
Get!
EXP +60,000
レベル上限解放 +30
敵があまりにインフレしたからか、ヤケクソのような報酬になっていた。しかも合体ボスメカデューサの時と同様に、二輪戦艦級と天使の光輪級の両方が出ている。これでトピア達の上限レベルは169になった筈だ。
そして最後にもう一つ通知が出た。珍しく、ミッション達成通知ではない。
オリジナルスキルを習得
匠の槍
オリジナルスキルの習得通知であった。スキル名に自分の名前が入っているが、一体誰が命名しているのだろうかとトピアは首を傾げた。
匠の槍はマニュアルスキルなので使い方によって効果が変動するが、基本性能は以下のようになっていた。
■匠の槍
条件:槍装備
マナ消費:100
スタミナ消費:100以上
クールダウン:45秒
威力:50倍×スタミナ/100×武器耐久値/100×武器精錬値(※精錬石を使う方)×武器精錬値(※使用回数で貯まる方)/100、最低50倍
備考:武器は砕け散り、二度と使えなくなる
トピア「……これ、多分桁が2つ間違ってますよね?」
トピアは腕組みして首を傾げた。
前回発動した際に使ったガーストリィグレイブには武器耐久値も修理台強化も存在しないので壊れない代わりに最低保証程度の威力しか出なかったのはまあ良いとしよう。しかし現在のスタミナ上限が200、小さなスタミナポーションで+50、ヒルデブラントの武器耐久値は220、これを修理台で強化して2倍。精錬石を使った精錬レベルは199、武器使用回数依存の精錬値も100溜まったままなので、50倍×250/100×220×2/100×199×100/100=109,450倍になってしまう。普通に考えると武器を使い捨てにするとしてもやり過ぎで、精錬値が2つ存在する分100で割る回数をもう一つ増やすべきだが、あのオーバーキルの感触からすると恐らくそのまま109,450倍の威力が出ている。
トピアの想定ではG11が枯渇寸前のラザフォード・フィールドくらいは抜けるだろうといったものだったのだが、蓋を開けてみれば装甲貫徹力約60億だ。生身で使ったのに迅雷の必殺技すら超えている。幾ら理想郷の建設者が先手必勝の攻撃力至上主義だと言っても限度というものがあるだろう。
【挿絵表示】
明らかに今後ナーフされそうな壊れた性能に対するトピアのツッコミに答えるものは、この場にはいなかった。