H17マンダレーは人里に接するハイヴだ。そしてインファクトリがH17マンダレーにさしかかった時、地震影響圏内にはまだ人が残っていた。別に避難を拒否したわけではない。突然世界中のハイヴ攻略が始まり、しかもペースが異様に早いので、避難が遅れていたのだ。何しろ次々にハイヴを4つ攻略してまだ1時間も経っていない。現地では大東亜連合と国連の混成軍が急ピッチで避難を進めてはいるが、到底間に合わない。
ここでこれまでと同じ攻略方法を実施されるとどれだけの被害が出るか分かったものではない。どうかあの
インファクトリは最短経路を外れてマンダレーハイヴの南東側に少し迂回すると、ここで初めての登場となる
マイン≪
艦載機の名前がトムと聞いて戦術機開発者のハイネマン博士が眉を跳ね上げたが、
トムの強みはすぐに分かった。まず戦術機とは比べものにならないほど大量の武装を平然と持ち歩いている。そして発射点となる胴体を8本の脚で支えているため射撃安定性が極めて高い。それでいて
一方、溢れ出すBETAをせき止めるための艦載機をばらまき終わったインファクトリはバリアを張って
地球人類もこの攻略法を考えなかったわけではないが、
しかし見たところあのトムにも欠点がある。あの図体ではフェイズ3以下の道幅が狭いハイヴを攻略するのは困難だろうということだ。地球の戦術機にもまだ利点はあるのだ……と、この時専門家達はまだ思っていた。
結局そのマンダレーハイヴも突入から5分とかからず攻略完了宣言が出され、インファクトリは艦載機を回収して次のハイヴへと出発した。
マンダレーにBETAは幾らか残ったままだったが、現地の混成軍でも対処出来る程度の物量であった。現地の大東亜連合軍はBETAの後片付けに励んだ。そして国連軍は攻略済のハイヴに突入していった。放送を見る限り、このマンダレーハイヴに貯蔵されたG元素は手つかずである可能性が高いからだ。1979年に締結されたバンクーバー協定により、ハイヴから得られる物は国連の管理下に入ることが決まっているのだ。
一見酷い決まり事のように見えるが、バンクーバー協定はハイヴから得られた物の独占禁止と国連の承認を得ない積極攻勢の禁止を謳ったもので、要するに最初に
その協定を地球外からの来訪者にまで勝手に適用することでハイヴを潰してくれた相手から報酬をかすめ取るような行為に大東亜連合軍は白い目を向けたが、そもそもハイヴをクレーターにするのが基本の攻略方針ならば、連中はG元素に目もくれていないだろうというのが国連及び米国の見解だ。攻略の速さや兵士の安全性を優先するという発想は無いらしい。
ところで大東亜連合軍とは、BETAとの戦いの最前線になっている国家や既にBETAに国土を奪われた国家の兵士達を優先的に使い潰そうとする国連軍に直接指揮されるのを嫌がった東南アジア諸国が結成した多国籍軍だ。使い潰す云々は別に悪意でそうなってるのではなく単に政治的配慮の必要が少なくて命令系統もシンプルになるからそうなっているのだが、使われる方としては大した違いではない。
そのため大東亜連合軍は国連軍とは命令系統も情報伝達系統も仕入れルートも全く異なる。仲違いとは言わずとも距離を置いている国連の盟主的存在が大半の戦術機の供給元の米国なので、型落ち品以外の戦術機がなかなか入手出来ないのが悩みの種だ。これまでは戦術機が対BETA戦の主役であったため苦汁をなめてきたが、インファクトリと多脚艦載機がBETAを完封したことで、「別に戦術機でなくてもいいのではないか」という意見が出始めた。まあそれ自体は間違っていないのだが、どちらにしろ現在の地球の技術では到底作れないのが問題であった。
国連安全保障理事会ではマンダレーでの戦闘結果についての議論が続いていた。人がいる所で大量破壊兵器の使用を自粛したということは軍や住民に最低限は配慮するつもりがあるということだろうか。いや、あの大量破壊兵器の在庫が尽きたか、或いは心許ないので節約しているのではあるまいか。ならば戦力が低下した所で配慮の足りなさを理由に賠償を要求しよう、ついでにハイヴのG元素を台無しにした賠償も要求しようなどという意見が早くも出始め、夕呼は頭痛を覚えた。そんなものはさっき無視されたばかりだろうに。連中は地球の事情にかなり詳しい。相手の配慮に付け込んでもっと配慮しろと文句を付けるような品性下劣ぶりが軽蔑されているのが分からないのだろうか? これまでの行動原理から推察すれば簡単に分かる。連中は無辜の市民やそれを守ろうとする軍隊には一定の配慮を見せるが、地球でしか通じない国家権力などには大した価値を見出していないのだ。
その後もインファクトリは時計回りにユーラシア各地のハイヴを落として回った。人里から遠いハイヴには容赦なく大量破壊兵器による攻撃を実行する一方、人里に近い所では艦載機による包囲と突入を実行した。これを使い分けているということはやはり配慮の一環なのだろう。
そしてインファクトリはH10ノギンスクを落とした後すぐにH18ウランバートルには向かわず、どういうわけかシベリア上空をジグザグに迷走してからH19ブラゴエスチェンスクへ向かった。
誰もが首を傾げる謎の行動であった。当のソ連だけは核の報復をされるのではないかと戦々恐々としていたが、結果的には杞憂であった。放送画面では代表の少女が眉をしかめて不思議そうにしていたのが印象的だった。
H19ブラゴエスチェンスクはインファクトリが地球に来てから初めて攻略に挑むフェイズ3ハイヴだ。道幅が狭いことで却ってフェイズ4以降のハイヴより攻略しづらいのではないかと予測されていた。しかしインファクトリは構わずシールドに乗ったトムを降下させ、
国防担当者や戦術機開発者達は唖然とした。確かに道幅が広いハイヴより時間は掛かっているだろうが、そんなものはあの圧倒的な殲滅力を考慮すれば大したデメリットでもない。それに溶かして削り取ったハイヴ内壁が足元に残ると掘削の意味が無いはずなのだが、どういうわけか土砂がどっかしらに消えている。トムが極めて強力なハイヴ攻略兵器であることは認めざるを得ないが、到底真似出来るものではなかった。
インファクトリが更にH18ウランバートルとH20
日本海、佐渡島手前では戦艦大和と武蔵が僚艦を引き連れ、砲身を水平にしてインファクトリを待っていた。流石のインファクトリも人類居住圏に近い所では航行速度を大分控えめにしており、交差する際に上空を飛ぶインファクトリと海上の大和艦隊で普通に無線による交信が可能だった。なおシベリア上空ではソニックブームが届かないくらいの高高度を飛んでいたので速度は気にしていなかった。
大和の田所艦長と武蔵の井口艦長が敬礼とともに武運を祈る旨を伝えると、
なおインファクトリが住民を無為に傷つけないと判明してからは日本だけでなく各国でも歓迎ムードが出始めたのだが、生憎報復を恐れるソ連領以外は殆どBETAの支配領域ばかり通行していたので、軍艦での出迎えという形になったのはここが初めてだった。出迎えようにも回航する暇も無かったという事情もある。日本帝国も出来れば地球人類史上最大を誇る紀伊級戦艦で出迎えたかった所だが、紀伊も尾張も太平洋側の横須賀配備なのでわずか6時間で日本海まで回航するのは流石に無理で、妥協して舞鶴の大和級を出したのだ。
さて、そのH21佐渡島攻略戦だが、インファクトリは例によって佐渡島を一周しながら蜘蛛型の艦載機トムをばらまいたものの、そのトムは何故か寄ってきた一定範囲内のBETAの迎撃しかしない。佐渡島の端にトムを並べると中央部までほぼ射程圏内に入るにもかかわらずだ。視聴者が疑問に思いながら眺めていると、インファクトリは続いて違うタイプの艦載機を投下した。名前はジンライ。文字は恐らく疾風迅雷の迅雷だろうか。全高20mほどの人型機動兵器だ。しかも日本帝国の第三世代戦術機、不知火にどことなく似ている。だが日本帝国はそんなものを開発していないので一番驚いているのは日本帝国の戦術機開発関係者だ。
6機のジンライはそれぞれ異なる武器を持っており、それは刀、西洋剣、光の剣、槍、弓、そして光るプリズムのようなものであったが、近接武器を持ったジンライは発艦と同時に文字通り稲妻と化し、雷速を以てBETAの集団に斬り込んだ。この一瞬で千に近いBETAが真っ二つになった。雷速と言えばマッハ440。第3宇宙速度のマッハ49をも遥かに超えており、人間が乗っていれば確実に死ぬ加速の筈だ。何故か衛士は元気に通信しているし、超音速衝撃波も発生していないようだが。
更にどういうわけか、槍持ちのジンライには代表を名乗ったトピアという少女が自ら乗っていた。代表自ら戦うということは、
そして弓を持ったジンライは光の矢で大型のBETAを次々に撃ち抜き、プリズムを持ったジンライは白光で見える範囲のBETAをあっという間になぎ払った。他の機体ほど移動しないが、殲滅速度ではこの光を放つプリズムが一番凶悪だった。
いずれも衝撃的な性能だ。スケールは殆ど同じなのに地球上のあらゆる戦術機が全く比較対象にもならない。同じ土俵でも絶望的な差を見せられた戦術機開発者の多くは即座に心を折られたが、ハイネマン博士はあの性能を実現するために現状で何が足りないのかを模索し始めていた。タフだ。
6機のジンライは佐渡島を覆うBETAをあっという間に討ち減らしていき、それぞれ別の
中枢攻略完了の報を受けた残りの5機はハイヴの掃除を始めた。そしてこの掃除で分かったことなのだが、佐渡島ハイヴ最深部からの坑道が本州の半ばまで伸びていた。ここで発見していなければ地下から襲撃される所であった。危機一髪である。
更に彼らはその坑道を辿って
そこそこの時間をかけて佐渡島の掃除を終えたインファクトリは、次に建設ロボットと呼ばれる箱形のドローンのような機械を放出し、その機械は佐渡島に何かを並べ始めた。何か。沿岸部から5kmほどの距離を取ったラインに床を並べ、その上にタレット、恐らくレーザータレットを並べていっている。タレット以外にも箱形の何かを置いていたが、もしかすると発電機だろうか。ともかくこの建設ロボットも大概おかしい。ターゲットポイントに光を照射して、明らかに自身の中には入りきらない設備を次々と設置していくのだ。無から生み出しているのでなければ空間圧縮、もしくは転送技術だ。インファクトリから不自然なほどの大量の艦載機が出てくるのも恐らく同じ原理であろうと思われた。
インファクトリは次に本州に上陸すると、同じように建設ロボットを出して日本海側の沿岸にも同様の設備を並べ始めた。
まさか佐渡島のみならず日本をBETAに代わって占拠するつもりなのか、と緊張が走ったが、幸いすぐに説明があった。
トピア≪あ、説明がまだでしたね。他全ての攻略を完了したので、残存BETAが補給のために
なるほど、日本帝国もBETAの上陸は警戒しているが、備えがあるのは有難いと言える。日本国内に勝手に武器を置かれるのは法的には明らかに不味いが、既に一度BETAに国土蹂躙を許している日本帝国の国民としては法律よりも安全の方が大事だ。
国としては勝手に入ってきて勝手に守られるのは面目が立たないので帝国議会は紛糾したが、最終的には超法規的特例措置による設置容認という方針になった。許可するかどうかで揉めている間にBETAの上陸を許しては本末転倒だからだ。
トピア≪あと、言うまでもないですが、設備を盗もうとする人は容赦なく迎撃しますので、命が要らない人だけにしておいて下さい≫
言うことは分かる。発電機やタレットだけでも高度技術の塊だろう。帝国議会の一部の者は技術を盗むチャンスだと主張していたが、結局は迎撃されない距離から偵察するだけという方針で落ち着いた。設置されているタレットの数が多いので、一人に催眠を掛けて囮にして他の者が奪取するというのもまず無理だろう。
あと横浜基地の反応炉が生きていることは公表されていないのでハイヴ扱いされていることに対し政府発表が必要だ。次はそれを議論する必要があった。
なお生放送でこのあたりのコメントをしながら
そこで思い出したかのように爆弾発表が告げられた。
トピア≪今私達が食べているのと同じ食材を通常グレードなら
この一言で
そして困ったのが各国の交渉担当だ。言われなければかなりの関税を掛けても交渉をまとめつつ食品産業を守ったという実績に出来たのに、先んじて言われてしまったからには輸入した食料が高ければ政府や交渉担当の責任にされてしまう。数日中とも言われているので、調整が難航すればやはりそれも責任問題になるだろう。だからと言って素直に通せば食品産業が潰れる。いや、現在主流の合成食品加工業を天然食材に対応出来るように転換すれば需要自体は何とかなるか。予算を使ってもその方針で行くしかない。……といった方針がまとまったのは実は少数派で、他は仕事を押しつけ合ったりいかに利益をかすめ取るかの算段を立てたりしていた。
それはともかく南東方向へ向かった理由だが、ここまで来れば分かるだろう。目的地は最後に残った22箇所目のハイヴ、H22横浜だ。しかし横浜ハイヴは反応炉だけは残してあるものの、現在は地球人類が制圧して国連軍横浜基地となっている。流石に強引に攻略を開始することは無いだろうが、真意を問わないわけにはいかない。その矢面に立ったのは基地副司令の香月 夕呼であった。
夕呼「
夕呼はパウル・ラダビノッド司令と並んで通信画面を開き、相手の反応を観察した。すると総軍大元帥のマインには大した反応が無かったが、その他の反応は露骨だった。
まずステークと呼ばれていた南瓜頭が夕呼達の姿を見るなり肩を震わせた。そして次に代表を名乗るトピアが目を輝かせてはしゃぎ始めた。
トピア≪おお、夕呼先生! 生夕呼先生ですよ師匠! いや通信ですけど、生放送中ということでセーフになりませんか!?≫
師匠≪生夕呼先生、魅力的な響きだネ!≫
マイン≪ええい、はしゃぐんじゃあない鬱陶しい≫
夕呼としては面識は全く無いのだが、何故か一方的に知られているようだった。いや、様子からして一貫して顔を隠している南瓜頭の方に面識があるのかもしれない。好感度が高いのは悪いことではないが、ある程度後ろ暗い手も使ってきた夕呼としては、どれだけ知られているのかは問題だ。夕呼は今一度気を引き締めた。
トピア≪おっとそうでした。それで用件なんですけど、夕呼先生並びに横浜基地の皆さんをヘッドハンティングしに来ました! ウォンチュッ!!≫
夕呼「……は?」
モニターの向こうの少女にウィンクとサムズアップで勧誘された夕呼は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をせざるを得なかった。