【完結】匠 VS BETA   作:MMZK

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 7日ぶりにプラス評価を戴きました。ありがとうございます!


188. あなた方の国では恩のある相手に感謝することを禁じているのですか?

 ソ連と中国の国連大使代理が席についた所で、モモ王女は発言を再開した。

 

モモ王女「次に、環境回復についてのお話を致しましょう。匠衆(マイスターズ)には散布することで汚染土壌や砂地を森同様の土に変える茶色の環境変更液(Brown Solution)というものがございます。生産量が限られるため一度に大量に販売することは出来かねますけれど、まずは少量の無料サンプルを差し上げますわ。こちらが実際に使用した映像ですが、けちって薄めると効果がありませんのでご注意下さいまし」

 

 モモ王女が茶色い液体が入った小瓶をかざして効果を説明すると同時に実際に使用した映像が流れ、総会ホールをどよめきが満たした。両手持ちの水鉄砲のようなもので茶色の環境変更液(Brown Solution)を散布するとほんの数秒で砂漠が豊かな土に変わり、部分的には草さえ生え始めたのだ。合成映像でないのなら驚くべき効果だ。

 

カナダ国連大使「それは放射能汚染にも効果があるのですか?」

 

モモ王女「まず間違いなくありますが、まずはサンプルでお試し下さいませ」

 

カナダ国連大使「おお、神よ! 感謝致します!」

 

 アサバスカに落着したBETA着陸ユニットを短期殲滅するために仕方なかったとは言え核兵器の集中運用を行ったことで現在に至るまで国土の多くが放射能汚染されてしまっているカナダの代表は、国土を回復する手段を得たと知り天を仰いで感謝を示した。

 同じく、かつて国連の予算配分の問題で砲弾が不足していたためにBETAの侵攻を退ける窮余の一策として国内で核爆弾を使う羽目になっていたフィンランド代表も色めき立った。

 撤退戦の際に度々核兵器を使っていた中国とソ連の代表代理も喉から手が出るほど欲しいが、足元を見られないようにポーカーフェイスに努めている。

 

エジプト国連大使「砂漠を畑に変えることも可能ということですか?」

 

モモ王女「出来ますわ」

 

オーストラリア国連大使「生産量が限られるとのことだが、それはライセンス生産出来ないか?」

 

モモ王女「作り方を教えるのが難しいのですわ。そちらで研究して複製できるのであればむしろ助かるのですけれど」

 

 BETA大戦初期に核兵器を多用したのをどうにか出来るだけでなく、砂漠を緑地化することも可能だという。消耗品でありながら恒久的生産力に直結しかねないマストアイテムだ。しかもコピー出来るのなら勝手に生産しても構わないときた。研究開発力に自信がある米国、英国、ソ連、日本の他、放射能汚染や砂漠化に悩まされている各国は研究予算をどこからひねり出すかを考え始めた。

 

モモ王女「今回の復興支援の内容としては以上ですわ」

 

 なるほど、無償ではないが現状の地球からひねり出すのは難しい十分以上の支援だ。地球の復興は格段に早まるだろう。茶色の環境変更液(Brown Solution)は仮に自力で同等の互換品を作れなかったとしても永続的に必要なものではないし、土地が豊かになれば食料も通常グレードと同等のものならばいずれほぼ自力でまかなえるようになるというのも都合が良い。

 ただ気になるのは、ここまでの助力に対する見返りだ。

 

米国国連大使「全く素晴らしい技術だ。しかしここまでのことをしてもらえるとなると、匠衆(マイスターズ)()()に何をお望みかな?」

 

 米国は相変わらず自分こそ地球代表のような顔をしているが、今は些細なことだった。

 

モモ王女「我々匠衆(マイスターズ)があなた方に望むものは2つ、1つ目はどのような立場の方でも自由に人材勧誘させてほしい。そして本人の合意が得られた場合はそれを阻害しないでほしいのですわ」

 

 なるほど、既に国連軍横浜基地でヘッドハンティングの予告をしてきたようであるが、着せた恩に対しては要望がやけに慎ましい。むしろこの要望すら地球側の利益になり得る。当然多くの国連大使がそれに気付いたが、英国代表が一手早かった。

 

英国国連大使「それはそちらからの指名以外に我々の側から人材を推挙することも可能かな?」

 

モモ王女「人数と能力に制限はありますし、工作員の類いはお断りでございますが、そういったご提案も可能ですわ。ただ色んな国から一斉に提案されても困りますので、一旦国連でまとめてからにしていただきたいですわね」

 

英国国連大使「承知した」

 

 指向性蛋白質を一目で見破ったのだから、プロの工作員や催眠を掛けた無自覚な工作員も露見する恐れがある。幸い英国は安全保障理事会で匠衆(マイスターズ)に対する核攻撃を選ばなかった実績もあるのだから、基本的には友好的な交渉で地道にやっていく方が利益になるだろうと英国代表は算盤をはじいた。英国は必要とあらば利益のために汚いこともするが、それは絶対にばれないかもしくはばれても大したダメージにならないことが前提なのだ。リスクを考えない悪事など三流のやることだ。

 

英国国連大使「……ちなみに匠衆(マイスターズ)はそちらのテラリア王国のように国家単位での加盟を受け付けているのかな?」

 

 この発言に対し、モモ王女は意外そうな顔をした。地球側から加盟を打診されるとは思っていなかったようだ。少しは予想を上回ることが出来たようだと英国代表は内心満足感を覚えた。

 

米国国連大使「何だ、国連に匠衆(マイスターズ)を加盟させるのでは駄目なのか? 我々は歓迎するぞ?」

 

英国国連大使「相手は複数の世界に跨がるような組織だぞ? 到底国連の枠組みには入りきらん」

 

 確かにそれは匠衆(マイスターズ)を御するためのプランの一つとしては存在していたが、状況が変わった。相手はバンクーバー協定を知っている。国連に加盟すれば匠衆(マイスターズ)だけでハイヴを攻略してもそこから得られる利益を国連にかすめ取られることくらいは承知しているのだ。それに逆に今地球が匠衆(マイスターズ)に加盟しておけば、この圧倒的武力を持つ宇宙規模組織に2番目に加盟したという実績が手に入り、逆にこの宇宙の多くの惑星、恒星系、銀河、果ては銀河団に対し大きな影響力を持てる見込みがあるのだ。現に目の前のモモ王女が幹部ポジションについているではないか。そのくらいの計算が出来ないのならずっとお山の大将をやっていろと英国代表は暗に批難していた。米国はBETAに対する油断は少ない方だったが、ナンバーワンという自負に逆に振り回されるきらいがある。

 また逆に匠衆(マイスターズ)が覇権など取らずに宇宙の警備保障会社的な存在になる可能性もあるが、それはそれで加盟は警備保障会社との契約程度の意味になるのだから、迂闊に入るのはどうなのかなどと気にする必要は無い。どっちにしろ今のうちに入っておくのがお得だ。

 

英国国連大使「すまないねレディ、話が逸れた。それで返答は?」

 

モモ王女「ええ、最終的にはもっと大きな単位での加盟が仕様となりますが、今現在では惑星単位での加盟を受け付けておりますわ」

 

英国国連大使「ありがとう。その件についてはこの後で審議しよう」

 

 それはそうだろう、最終的に宇宙全体のBETAを駆逐するのであれば一つの惑星に数百も存在する地域国家単位での意見など扱っていられない。惑星単位ですらサービス期間であると言える。だから即決こそがチャンスなのだ。生憎地球には統一政体というものは存在しないが、代わりに惑星としての代表意見を出せる国連というものがある。そして英国はその国連の中でも一大勢力を誇っている。利用しない手は無い。

 

モモ王女「宜しくお願いしますわ。それでもう一つの要望は、我々の神に祈る人を迫害しないことですわ」

 

 この要望に対し、まず日本帝国代表が挙手して質問を述べた。

 

日本国連大使「我が国としては、我々の信仰や文化を否定しない限りならば許容出来ますが、どのような教えなのでしょう?」

 

 かつて戦国時代から江戸時代初期にかけてキリスト教の宣教師によって文化を破壊されかかった経緯のある日本はこのあたり慎重であった。

 

モモ王女「特にございませんわ」

 

日本国連大使「……は?」

 

モモ王女「救いの神として感謝の祈りを捧げていただければ十分ですの。押しつけるような教えは何もございませんわ」

 

日本国連大使「……でしたら日本としては何も問題ございません」

 

 日本は多神教文化なので従来の宗教との共存が可能ならば新たな神に祈る程度のことは十分許容範囲だ。一方、米国、英国、フランス、オーストラリアといったキリスト教圏は一神教なのでその教えを忠実に守ろうとすると原理的に共存は難しいが、現実的には原理主義者以外は妥協して共存しているので何とかなるだろう。中世とは違うのだ。

 しかしこれに黙っていないのがソ連と中国だ。

 

ソ連国連大使代理「我が祖国では宗教を禁止している。神への祈りは認められない」

 

中国国連大使代理「我が国は信仰すべき宗教は厳格に管理・指導している」

 

 共産主義のこの2国では基本的に宗教を敵視しているのだ。国内の宗教弾圧ぶりは目を覆うほどの惨状であった。まあ中国は今現在その国内というのがもはや存在しないも同然なのだが。

 

モモ王女「おかしいですわね、わたくしは今し方()()()()()()()と申し上げたはずですが? あなた方の国では恩のある相手に感謝することを禁じているのですか?」

 

中国国連大使代理「……いや、相手は神だろう?」

 

モモ王女「『宗教は抑圧されし生き物のため息であり、心無き世界での心であり、魂無き状況での魂である。宗教は大衆のアヘンである。宗教を人々の幻想上の幸福であるとして廃止する事は彼らに真の幸福を求める事である』、でしたか? よく分からないものにすがらず現実の幸福を求めようという点に関しては立派なお考えとは存じますが、我々の七柱の神々は実際に手を差し伸べた現実の存在ですのよ? それを幻想や現実逃避と同列に語られると?」

 

 共産主義の開祖たるカール・マルクスの著作であるヘーゲル法哲学批判の一節を諳んじ、あまつさえ肯定までしてみせたモモ王女の言葉に中国・ソ連代表代理の動きが固まった。確かに現実に存在する神がもたらすものは幻想上の幸福ではないのでカール・マルクスの言葉を是とするからこそ否定する理由が無い。

 

ソ連国連大使代理「いや……そうだ、そもそも神だという証拠が無いだろう! 君もあの犬頭もESP能力で喋っているだけではないのかね?」

 

中国国連大使代理「そうだ、それ以外も我々が見たことも聞いたこともない存在ばかりではないか! いきなり出てきて神を名乗られても困るぞ! 一体()()()()だと言うのだ!」

 

 ESP能力者の人為的製造にある程度成功しているソ連では言葉を介さない意思伝達が既に人の手が届く物になっていた。だから尚更信じられないのだ。アヌビス神をも犬頭呼ばわりして否定するこの言い様にエジプト代表がまなじりを釣り上げ、更に()()()()()()()()()()()()()をわざわざ問いただそうとする無神経な中国代表代理の質問で議場に緊張が走った。

 日本を始めとする多神教文化にとっては新しい神が増えても、或いはどの神が頂点であってもどうということはないのだが、一神教にとっては信仰する神以外がこの世界に存在すること自体がもう死活問題なのだ。それでも信ずる神が頂点に位置していればまだ面目は立つが、そうでなかった場合は目も当てられない。

 

モモ王女「全て他の世界の神々なのですから、あなた方がご存じないのは当然でございましょう。また、ソ連の方の言い分を肯定するのであれば神も宗教も関係なくなりますので、尚更受け入れられない理由が無いのではないですか?」

 

 なるほど、神でないのならばそもそも宗教禁止という条項から尚更遠ざかることになる。ただ助けに感謝するだけの話に収まってしまうのだ。そして全員他の世界の神ということで一神教文化圏の出席者が胸をなで下ろした……ところでまた中国代表代理が余計なことを言い始めた。

 

中国国連大使代理「全員余所者だと? ではこの世界の神はどこにいるのだ?」

 

 こいつ消えてくれねえかなという剣呑な視線が中国代表代理に集中したが、これにアヌビス神が回答した。

 

アヌビス神「XXX. XXX(この世界の神にはまだ連絡が付いておらぬ。だが汝らの窮状は放っておくには忍びなかったのでな)」

 

中国国連大使代理「何だ()()()()()()()()()()()()()()のか! ならば我らが感謝などする謂れは……」

 

 無断介入という反撃の手がかりを見出して批難を始めた中国代表であったが、その言葉を机に叩き付けられる拳の音が遮った。見れば米国代表が鬼のような形相を浮かべていた。

 

米国国連大使「ええい、先ほどから黙って聞いていればごちゃごちゃと!! ()()()()()()()()()()()()()()()()相手に対してその言い草は何だ!? 私は同じ地球人類として情けないぞ!! 恥を知りたまえッ!!」

 

 米国の正義(ジャスティス)が顕現したかのようなこの発言に、議場の外では盛大な「U.S.A.!!」コールが湧き上がった。米国の政治の闇は色々とややこしいが、国民はこういう分かりやすい勧善懲悪が大好物なのだ。叩く相手が自由(フリーダム)を否定する邪悪な共産主義者ともなれば尚更だ。

 

英国国連大使「議場のマナーとしてはどうかと思うが、我が国も米国に同意する」

 

日本国連大使「日本も同意します」

 

 そして空気を読んだ英国その他も次々にそれに同意した。有権者の支持を集めながら宗教的地雷原タップダンスをやめさせる一石二鳥の流れなのだ。このビッグウェーブに乗らない理由が無い。米国代表も一見正義感から叱りつけているように見えて、その辺りの計算は出来ている。それにしては怒りの形相が真に迫っているが、どちらかと言えば宗教的地雷原タップダンスの方にイライラしていたに違いない。あのまま最後まで言わせていたなら、「まずはこの世界の神に許可を取ってこい」とでも言い出しかねなかったのだから。なお元々宗教的にはダメージにならない日本は普通に中国代表代理の言い分が聞くに堪えないと思っただけだ。武士道が現役の国なので。

 米国の正義に次々に賛同意見が集まったことで米国民は益々気を良くし、今こそ彼方から来た友人と手を取り合うべきだという民意が高まった。

 この流れでは同陣営のソ連代表代理ですら中国代表代理の肩を持てなかった。客観的に見れば中国代表代理がラインを踏み越えているのは明らかだったからだ。かと言って簡単に相手側に同意することも出来ないのが困った所だ。ソ連は元々ウクライナを中心とした広大な穀倉地帯を抱えていたが、現在までにその全てがBETAに蹂躙されているので安価で美味しい食材は喉から手が出るほど欲しい。放射能汚染を解決する茶色の環境変更液(Brown Solution)に至っては望外と言ってもいい。しかし勝手に信仰の自由を認めて共産党上層部の機嫌を損ねれば物理的に自分の首が飛ぶのだ。悲惨な板挟みであった。

 

英国国連大使「……ソ連と中国の代表は、自分で決められないのなら本国の意向でも伺ってきたまえ。その後に採決だ」

 

 英国国連大使の言葉に素直に従ったわけではないが、ソ連と中国の代表は一旦離席して議場を退出した。党上層部の意向に逆らえず無茶な論調を展開せざるを得ない身の上には多少の同情があるが、そんなものは実現不可能な理想を追い求めていつまでも革命家気分の独裁政権が幅をきかせる歪な国家体制がそもそも悪いのだと英国代表は切って捨てている。その点英国は憲法の草分けにあたる大憲章(マグナ・カルタ)発祥の地であるという歴史的自負があるのだ。ただし帝国主義の植民地支配を最大規模で具現化した悪名高い大英帝国の記憶は、彼の中では未開文明を文明化させた強国の証として都合良く美化されている。

 現在の国連において英国の発言力はかなり高い。米国は流石に別格だが、実際に国連安全保障理事会常任理事7箇国でも米国とその影響下の日本で米国が2票、英国とその影響下のオーストラリアで英国が2票持っているとも見られている一大勢力だ。軍事的にも英国は欧州諸国の中でも数少ない本土の完全維持を果たしている国家であり、BETAのドーバー海峡越え侵攻を半年の間迎撃し続け、ロンドン南部まで攻め込まれながらもハイヴの建設を許さずに撃退したという日本帝国の上位互換のような強国だ。第3世代戦術機、EF-2000ユーロファイターを(共同開発のドイツ・フランスが抜けたことで結果的に)ほぼ独自開発した実績もある。この世界の英国は腹黒くて口が達者なだけではないのだ。

 他にも、国連安保理常任理事7箇国には入っていないがピレネー防衛線を堅持していたスペインやスエズ防衛線を堅持していたエジプトも同じ理由で比較的発言力が高い。逆に国連から十分な防衛予算を注がれたのに横流しとサボタージュの容認が原因でまともな要塞を作れずBETA侵攻開始から碌な抵抗も出来ずあっさり瓦解したギリシャの発言力は底辺を彷徨っている。同じ予算で長期間抵抗出来ていた東ドイツの方がまだ評価が高いくらいだ。まあ残念ながら立地が悪く、現在では国土を失ってしまっている上に共産主義陣営全体が弱体化しているので、その東ドイツもそれほどの発言力は無い。一応東欧州社会主義同盟の盟主ではあるのだが。

 また、国連軍で最精鋭と言われ欧州で赫々たる戦果を上げている部隊の中核メンバーが東ドイツ出身であり、彼らは健気にも()()()復興を掲げて日々戦っている。しかし彼らがドイツ人の評価を上げるほどに、彼らを権力争いのために謀殺しようとしていた東ドイツ政府の評価は下降の一途を辿っている。

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