その後もう暫く詳細を審議してから採決した所、まず人材勧誘の自由は本人による拒否権と物価に基づく一定の就労条件を設けることで可決した。勧誘に一口噛んで対価をせしめられないことに難色を示す連中もいたが、英国代表から見れば人材を送り込むこと自体に価値があることに気づけないか、気づいていながら欲をかいているどうしようもないアホだ。信仰の自由はソ連・中国が棄権したものの同じく可決、地球の国連が匠衆に加盟するのもスピード可決となった。大した要望でもないのにここでごねても食糧や茶色の環境変更液の支援が延び延びになるだけで損にしかならないし、何より頭上にインファクトリが浮いている状態なので兎に角早く片付けたかったのだ。
また、匠衆からの食料支援と輸出は一旦国連が窓口になり、そこから各国へ振り分ける形となった。ただし一箇所で25億人分を受け渡ししてもボトルネックになって鮮度が落ちるので、世界各地の国連施設に物資転送装置を設置するという。その意味でも各国に施設がある国連で一元管理するのは都合が良かった。当然設備の盗難が心配になるが、盗めるもんならやってみろという程度には設備自体が重武装しているそうだ。日本海沿岸に設置されているレーザータレットのようなものだろうか。幾らか犠牲者が出そうではあるが、リスクを判断できないアホが死ぬのは自業自得だろうと各国代表は判断した。そういう意味では平和ボケしてはいないのだ。
なお食料がまともに行き渡らない場合にはペナルティとして取引停止するという話については、粘り強い交渉でかなりの譲歩を引き出していた。まず現状でインフラ自体が万全には程遠いという事情があり、加えて紛失率の測定にも労力が掛かるため、当面は通常グレード品に限り人数分の必要量は各国に供給し、紛失で足りなくなった分は自分の国で何とかしろという形になったのだ。
ただ、そもそもこれは匠衆にとって何かの利益があるような条件ではなかったので、譲歩をしたという形を作り出すために敢えて提案されたものではないかという見方もある。
それはさておき、このルールの良い所は、テラリア王国から輸入した食料を短期努力で行き渡らせることが出来ない国は足りない分を合成食料を含む地球産食料に頼らざるを得ないことだ。つまり全面的にテラリア王国産食材に頼ると潰れてしまいかねない地球の食品産業の業務転換にゆっくり時間を取ることが出来る。
また、上位グレードの食材取引も条件付きでやることになり、その条件は初回サンプルの物資紛失率5%以下と定められた。紛失率の測定は各所の流通拠点や配給所で出入り量を照らし合わせて確認する形になる。日本は普通に可能で、米国、英国あたりも国内を引き締めれば達成可能な数字だ。ソ連や中国も統制には自信があるので実態は別として書類上の数字だけは0%を出せるはずだ。偽造したところで簡単に見破られそうなので意味は無いのだが。一応一定期間ごとにリトライの機会も設けられるが、しかし政府の管理能力以前に国民性に横領や賄賂が根付いている国もあるため、実際に改善可能な国がどれだけあるかは不明だ。
あとは、国連の管轄でも難民キャンプの管理を担当している治安維持軍は難民が多すぎて中国を笑えない程度には機能不全を起こしているので超特急での対策が必要であった。亡命政府を立ち上げている各国も今まではBETAとの戦いが優先で強いことを言えなかったが、BETAが概ね片付いて戦後が始まったとなれば話は別だ。国連の管理が杜撰なせいで自国民へ食糧が届かないなど冗談ではない。
なお物質が紛失していなくても買い占めと値段のつり上げが発生する可能性はあるのだが、それについてはわざわざここで取り決めなくても各国ごとに法律があり、例えば日本では喀什落着と同じ1973年に『生活関連物資等の買占め及び売惜しみに対する緊急措置に関する法律』が制定されている。そういったものが機能していなければ結局国が悪いということだ。紛失と合わせて精々民衆の恨みを買ってもらおう。
そしてもう一つ決まったことがある。匠衆に地球の人材を編入しての月・火星攻略だ。月や火星には住民がいないのでインファクトリの性能ならば艦載機無しの攻略も可能だが、新たな人員の練習を兼ねて突入攻略作戦を実施するという。彼らの強力な軍備を以てすればその程度は犠牲を払わずに簡単に出来ることであるし、太陽系の奪還作戦を人任せにせず地球人も一緒に戦ったという実績は今後重要になるだろう。ついでに分け前として国連にG元素の一部が入るのだから何も言うことは無い。
採決後にモモ王女と国連事務総長が書面への調印と握手を交わし、その後希望の人材勧誘リストを国連事務総長が受け取った。
内容を見てみれば、なるほど最初に国連軍横浜基地に声を掛けていただけあって、その多くが国連軍横浜基地の人材だ。まあ一応国籍のある各国に通達する必要はあるだろうが、国連の管轄内であれば話は通しやすい。
国連軍以外の対象は日本帝国の者が多い。中でも吃驚するのが首相の榊 是親や政威大将軍の煌武院 悠陽の名前が並んでいることだ。拒否権があるから普通に断るだろうが、何故リストに入れたのだろうかと勘ぐってしまう所だ。まさか単に会ってみたいだけではあるまい。
また、国連の組織内の人間ではあるが見過ごせない人物もリストに入っている。国連軍横浜基地の副司令にしてオルタネイティヴ4計画の責任者、香月 夕呼博士だ。今のところオルタネイティヴ4本来の研究目的に対し大きな成果は上げておらず、政治的には微妙な立場になっているが、戦術機の運動性能を大幅に上げるXM3を研究の副産物として作ってしまったことからも分かる通り、彼女の能力は本物だ。だからこそお買い得だと真っ先に目を付けたのだろうか? 次に、珠瀬 玄丞斎。国連事務次長にしてやり手の交渉人であり、あちらの身内にしてしまっても地球のための利益を引っ張ってきてくれるだろう。そして何より目を引くのが、国連事務次長補相当官にして国連軍統合代替戦略研究機関局長であるターニャ・デグレチャフ。BETAとの初接触であるサクロボスコ事件の頃からBETAと戦い続けてきたルナリアンであり、その破滅的予測が悉く的中することから破滅の予言者とも呼ばれる女傑だ。皮肉のつもりなのか、コールサインでは自らカッサンドラ01を名乗ってすらいる。やり方が合理的すぎ、秘密裏に葬り去られたという悪夢のBELKA計画の発案者でもあるため方々から恐れられているが、匠衆はどうやら彼女の功績を正しく知っているようだ。何しろこの星に彼女がいなければ現時点で地球にハイヴがあと2つ増え、地球人類はあと5億人ほど減っていたかもしれないと言われるのだ。BETAと今後も戦い続けるのであれば、能力的には彼女を見逃す手は無いだろう。そしてBETA大戦の地球戦線が終焉を迎え、月・火星攻略の見込みが立っている現状では、地球としてはどうしても引き留めなくてはならない人材というわけでもない。言わば高く売れるチャンスである。むしろ米国国防総省は彼女を恐れるあまり早いところ手放したがっているくらいだ。国連事務総長はBELKA計画の中身までは知らないので、それがどんなに恐ろしいものだったかは想像するしかないが、余程のものだったのだろう。
国連事務総長は早速リストにある人材の担当部署と所属国家に連絡するべく部下に指示を出し始めた。
なお匠衆に加盟するからには地球からの匠衆常駐代表、国連加盟国で言う所の国際連合各国政府常駐代表 = 国連大使が必要になるのだが、当然ながらこの枠が地球全体で1つしかない。これを誰に任せるのかで各国の意見が割れており、もう暫く審議に時間が掛かりそうだ。
と言うのも、インファクトリは既に国連本部の上空から去っており、この件については火急ではないので明日以降に慎重に審議することとなったのだ。
また、インファクトリとは別にTOMが物資転送装置を設置するために各国の国連施設を訪問予定である。マッハ2近くで飛ぶのだから恐らく明日までに全ての設置が終わるだろう。
そうして一仕事終えてまた午後の国連軍横浜基地に戻ってきたインファクトリからはトピア代表と南瓜頭のステークが下船しており、二人には応接室で基地副司令の香月 夕呼が応対していた。
夕呼「派手にやってくれましたわね。そこまで熱烈にラブコールを送られると参ってしまいますわ」
トピア「ええ、穏当な手段の中ではこれが一番早いと思いましたので。とりあえず純夏さんに会わせていただけますか? 確か地下19階のS4レベルフロアですよね?」
夕呼「詳しいですわね……ええ、そうね。人材勧誘を妨げてはいけないんでしたわね」
夕呼は降参とばかりに肩をすくめてため息を吐いた。
そう、一見何ということはない要望だが、厄介なことに密かに保護している人物の勧誘も阻止出来ないのだ。予告の段階で提示された勧誘リストにも鑑 純夏の名前はしっかり入っていたので、夕呼はこの要望の意味が理解出来ていた。
トピア「ご協力感謝します」
夕呼「でもどうやって返事を訊くんですの?」
トピア「まずは話せる状態にします」
夕呼「魔法で?」
トピア「ええ、魔法で」
夕呼「インチキねえ……」
とはいえ既に社 霞のリーディング並びにプロジェクションというESP能力で今の状態でも会話は出来ているので、人のことは言えないのだが。
トピアとステークは、夕呼の案内で地下19階のS4レベルフロアを訪れた。トピアが物珍しそうに周囲を見ているのに対し、ステークは明らかに道を知っている歩き方をしているので、詳しいのはステークの方かと夕呼は察した。
そこには想定通り社 霞と、シリンダーに入った鑑 純夏の脳髄と……そして先回りしたターニャ・デグレチャフがいた。
1967年1月25日のサクロボスコ事件からBETAと戦い続けてきた彼女の年齢は2001年11月3日現在で59歳。背丈は低く、肌の張りも大分衰えているが、背筋は伸びており、眼光が鋭い。まさに地球人類最古参の女傑と言えよう。
JASRA局長→ターニャ「やあ、お待ちしていましたよ匠衆の皆様。国連軍統合代替戦略研究機関局長のターニャ・デグレチャフです。以後お見知りおきを。……それで、神の使徒の皆様が地球に何の御用向きで?」
国連軍統合代替戦略研究機関局長は国連で上から4番目の序列で、事務次長補相当かつ准将相当なので、軍事上の地位だけでも基地司令のパウル・ラダビノッド准将と同格かつ先任だ。基地の重要区画に入る権限があっても何も不思議は無い。夕呼ももう慣れているのかそれ自体には驚いていない。
握手の手を伸ばすターニャの態度は一見丁寧であったが、全身からは敵意と警戒心が滲み出ており、それを感じ取った霞がびっくりして距離を空けるほどであった。
ターニャは神を賛美する神の使徒というものを基本的に信用していない、いや、敵視していると言ってもいい。だが相手が表面上は地球に友好的に接触してきた以上、衆人環視の元で妙なことを言うわけにもいかない。その点、限られた人間しか入れないこの場は互いに本音をぶちまけるのに適切であった。ターニャは元々2001年10月22日以降の状況に対応するために横浜基地に来ていたので、移動には苦労しなかった。
あとターニャは表向き英語ネイティヴという事になっているが、相手に英語が通じそうになく、なおかつこの場には通訳がいないので、今回は日本語で発言した。前世のそのまた前世で扱っていた言葉だ。
トピア「あっ、デグさんここにいたんですね。活躍は伺ってますよ。ハイヴを4つも減らして10億人も助けるなんて大活躍じゃないですか!」
一方、匠衆代表のトピアは敵意や警戒心をまるっと無視してすぐに飛びつき、両手でターニャの手を握った。馴れ馴れしいと言ってもいいほどに友好的であり、反応が予想外だったのかターニャも片眉を釣り上げて面白い感じに表情を崩していた。