ターニャの手を取ってブンブンと上下に振るトピアの様子を見て、夕呼が茶々を入れる。
夕呼「あらあら、仲が宜しいんですのね。お知り合いで?」
ターニャ「初対面だ。……トピア代表、そろそろ離していただけませんか。……力が強い!?」
人類勢力の保全に活躍したことを褒められたのもターニャとしては微妙な所だ。確かにターニャは人的資源と生産力を極力保全するように動いてきたが、その所為で結果として共産主義国家勢力も想定より大きく残ってしまったのは非常に、非常に気に入らない所であった。このタイミングで助けが来ることを知っていたならどうにかこうにか調整して
ターニャは適当なところで手を振りほどこうとしたのだが、思いのほかトピアの力が強いことに困惑した。握った手を潰さないように加減しつつ、引き剥がされない程度には強い力で関節を固定しているという器用な力の入れ方だ。いや、魔法が使えるのならばこの程度のことは可能だろう。
トピア「あ、これは失礼」
急にトピアが手を離したのでターニャはたたらを踏んだが、体幹の強さで転ばずに済んだ。
トピア「ではアイサツも済んだ所で純夏さんを治療しましょう。ステークさん」
ステーク「分かった。……夕呼先生、治療後にシリンダーを解放できますか?」
夕呼「こっちでコントロール出来るわ」
夕呼に確認を取ってから、自分をじっと見ている霞に手を振りながらステークは脳髄入りのシリンダーに歩み寄り、両手をかざした。
ステーク「……純夏、今助ける。オーバーリザレクションッ!」
ステークの両手から緑色の光が溢れ、シリンダーに注がれた。膨大な魔力の光が部屋全体を昼間のように照らし出す。ステークが放った魔法の光が脳髄を包むと、魔法の光が更に輝いて肉体と頭髪を形作った。それは一旦乳房や陰核が異様に肥大化した歪な状態になったが、ステークが目を逸らさず魔力を注ぎ込み続けると、更に状態を遡って元通りの一糸まとわぬ少女の姿になった。1998年の横浜陥落当時、つまり3年前の状態なので中学生くらいの筈だが、発育は高校生並だ。いや、確か2001年時点で高校3年生なので、中学3年生なら別におかしくはないのかもしれない。
まさに神の奇跡とも形容できるその光景に、夕呼の視線が好奇に染まり、ターニャの目は忌々しげに細まった。その魔力の流れは、
トピア「先生」
折角体が元通りになってもこのままでは溺れてしまう。トピアの呼びかけに応じて夕呼はコンソールを操作してシリンダー内部の液体を除去しつつ、液面の低下に合わせてシリンダーカバーも降ろしていった。
支えが無くなり倒れようとする純夏をステークが抱き抱え、呼びかける。ハイリザレクションの時点で回復即覚醒効果があるが、オーバーリザレクションは更に意識混濁や精神不安定、重度のストレスなども一緒に治療するため、原作00ユニット純夏のように最初は対話がままならないということも無いはずだ。
ステーク「純夏、目を開けてくれ純夏!」
純夏「だ……れ……?」
ステーク「オ、オレが分からないのか!?」
ターニャ「いや、そのかぶり物のせいで分からんのでは?」
ステーク「あっ」
純夏が自分を認識しないことに動揺したステークであったが、ターニャの冷静な突っ込みで原因に気付いた。
ステークは左腕で純夏を抱えたまま右手でジャック・オ・ランタンマスクを脱ぎ去り、更にどこからか微妙に不細工な人形を取り出した。原作と同じ手作りだが、長年
ターニャはやはりか、という納得顔をしていた。
ステーク「純夏分かるか、オレだ、武だ!」
純夏「タケル……ちゃん……? うそ、うそだよぉ、タケルちゃんはしんじゃったもん……タ、タケルちゃん、しんじゃっ……う、うええええええん! タケルちゃんしんじゃやだああああ!!」
ステークは自分の素顔を見せながら、手作りのサンタウサギ人形を見せて純夏に握らせた。しかしもう一度会いたいとずっと求めていた当人が目の前にいても、これまで辛い現実を見てきた純夏は簡単に目の前の光景を現実と認めることが出来なかった。却って武が目の前で死んだのを思い出して泣きじゃくり始める始末だ。
だからステークは純夏が認識する現実を一旦
ステーク「ああそうだ純夏、この世界のオレは死んだ! だから他の世界から純夏を助けに来たんだ! オレはここにいる!」
純夏「……ほかのせかいの……タケルちゃん……?」
ステーク「そうだ。オレは諦めが悪いんだ。いっぺん死んだくらいで純夏を置いて行けるかよ」
純夏はステークの顔と左手に握ったサンタウサギ人形を見比べたあと、両手でステークの輪郭をなぞった。それは間違いなく彼女が知る武のものだ。少しばかり成長しているけれど。
目の前に武がいることを漸く認めようとした純夏は、しかしそれと同時に別のことを思い出して錯乱し始めた。
純夏「で、でも、駄目、駄目なの! せっかくタケルちゃんが来てくれたのに、わたし、わたし……!」
ステーク「そんなことは知っている!」
純夏の後ろ向きな拒絶の言葉を阻止すべく、ステークは純夏の肩を抱いて食い気味に答えた。純夏は肩を震わせて目を見開いた。
ステーク「おまえを救うためにオレがこの世界を何度繰り返したと思ってる? いいかもう一度言う!
ステークの力強い断言に、純夏はまたはらはらと涙を流し始めた。
ステークは実際純夏の死を受け入れられずにあらゆるルートを試行錯誤して何万回もループを繰り返した執念の塊なので、トピアはその言葉に繰り返し頷いた。
ターニャはステークの言葉とトピアの反応から、まさかこいつ本当に何万回も繰り返してるのかと目を見開いた。
一方夕呼は今までの発言と因果律量子論との整合性を考えていた。
純夏「た、タケルちゃーん……! 会いたかったよう……! う、うえええええええん」
ステーク「ああ純夏、やっと会えたな……会いたかったぞ……!」
二人は再会に喜びの涙を流しながら互いを抱きしめ合った。それは美しい光景だったが、一つ問題があった。片や全裸、片やとげとげしい
純夏「タケルちゃん……ごつごつして痛いよう」
ステーク「あっ、すまん」
ステークは慌てて手を離した。しかし純夏の方は離れようとしない。
ステーク「おい、怪我する前に離してくれ」
純夏「タケルちゃんが治してくれるもーん」
ステーク「いや治すけどさ」
トピア「とりあえず服を着ましょうか」
トピアがフリーサイズの簡素な上下の服を手渡すと、しがみついて自分から離れようとしない純夏にステークが服を着せていくという妙な状況を経てひとまず直視が憚られる全裸状態を脱した。
ステークはそのまま純夏を横抱きにして抱え、念のため追加でアークヒールを唱えた。
ステーク「じゃあ純夏、オレと一緒に来てくれるか?」
純夏「うんっ!」
同意の言葉と共に純夏はまたステークにべったりと抱きついた。
ステークは純夏を抱え上げたまま向き直り、そして夕呼に向かって深々と頭を下げた。
ステーク「夕呼先生、純夏がお世話になりました」
夕呼「あら、研究素材扱いしてたことを怒らなくていいの?」
ステーク「いいんです。純夏が生きていてくれた。それが一番大事なんです。それに夕呼先生、そうやって自分を悪く言うでしょう?」
夕呼「……一方的に知られてるというのはやりづらいわね」
同じくトピアには一方的に知られているらしいターニャの視線も全くだと言っていた。
夕呼「それで、先生っていうのは他の世界のあたしのことなのかしら?」
ステークが他の世界の武だと言い出したことから、夕呼にはその程度の推測は出来ていた。
ステーク「はい。夕呼先生はオレが通ってた高校の物理の先生で……そうだ、むしろオレが謝らなくちゃいけないんです。夕呼先生と、霞に」
夕呼「謝る? あたしと霞に? いいわ、言ってみなさい?」
ステークはもう一度腰を直角に曲げて頭を下げた。純夏を抱えたままこの姿勢を維持するのはかなり大変なはずだが、全くぶれる様子は無い。鍛えているのだろうが、それ以上に不思議な力が働いている感がある。
ステーク「折角一度は
夕呼「うん?……ああ、勝ったけど鑑 純夏を救えなかったから、それからずっと繰り返してたのね。フフッ、何よ、一度は人類の勝利に辿り着けてたのね。流石はあたしだわ!」
一度は人類勝利に辿り着いていたと聞いた夕呼は、怒るどころかむしろ自分の才覚を実証できたことを知って満更でもない様子であった。
霞はステークの頭の中の未来のイメージでは自分が演壇に立って堂々と演説しているのを知り、今の自分とのギャップに少し驚いた顔をした。
霞「人類……統合体……?」
ステーク「ああ、霞がその初代総監だったんだ。地球人類みんなをまとめるなんて歴史に残る偉業だったんだぞ?」
本当にこのまとまりのない地球人類をまとめるなんて、とんでもない偉業に違いないとトピアも同意して頷いていた。
霞「実感がありません……」
ステーク「40年以上後のことだからな。死んでしまったみんなの頑張りは無駄じゃなかったって、夕呼先生と霞は、確かに証明してくれたんだ。オレはさ、嬉しかったよ。本当はありがとうって言いたかったんだ。でもオレの後悔でまた最初に巻き戻ってしまって……犠牲を減らそうとするとどうしても勝利に辿り着けなくて……結局純夏も救えなくてさ」
ターニャ「それで神の力にすがった、というわけですか?」
丁度いいとばかりにターニャが肝心の所を問い質すべく割り込んだ。
なんか引っかかる言い方だなと思いつつも、ステークもターニャが身内に引き入れるべき重要人物だと知っているので、ここは素直に答えることにした。
ステーク「ええ、その通りです。オレだけじゃ救えなかったのは情けないです。何度ループを繰り返しても、どんなルートを辿っても駄目で、結局何もかも救うには手段と力が足りないのが原因だってことで一旦ループから外れて魔法世界で53年ほど修行してきましたよ。それで今日やっとここに戻ってきた所です」
夕呼「ループ以外も大分頑張ったのね?」
純夏「タケルちゃん……!」
純夏は目を輝かせた。体を失った自分を救うためにあんな奇跡のような魔法を使えるようになるまで頑張ってくれたのだ。嬉しくないはずがない。
そこに、二人を祝福する拍手の音が鳴り響いた。ターニャだ。
ターニャ「おめでとうございます。まさか
ステーク「まあ端的に言えばそうですね」
ターニャ「ハッ、
ターニャは一応丁寧な言葉遣いを保ちながらも、忌々しげに吐き捨てた。
トピア「はて、連中……?」
ターニャと七柱の神々に接点があったとは聞かないが。いや、そもそも妙に警戒されているし、邪悪なマッチポンプとまで断定する根拠は何なのだろうか。確かにクラエル神が邪神ではないと完全に否定するのは今までの所業からして難しいが、それ以前に何かを見落としている気がすると感じたトピアは今一度ターニャの経歴を思い出してみることにした。