一旦言葉を句切って深呼吸したトピアが続きを語り始めた。
トピア「いや失礼。でもそもそも前から疑問だったんですけど、日本帝国の一番上は皇帝陛下でしょう? んでその代理が政威大将軍殿下でしょう? そのまた代理の議会・内閣が政治をやるのにはどうして納得出来ないんですか? どう考えても将軍一人にやらせる方が無理があるでしょう?」
沙霧「いや、代理だからと言って将軍殿下の意思を蔑ろにすることは許されないことです!」
トピア「へえ、じゃあその将軍殿下が皇帝陛下の意思を蔑ろにしてないかどうかはちゃんと確認してるんですか?」
沙霧「無礼な、将軍殿下が皇帝陛下の意思を蔑ろに
トピア「ほら、碌に確認もしてないただの願望じゃないですか。あなた方はどうしてそんなに将軍殿下ばかりにこだわって皇帝陛下を蔑ろにしたがるのか、私にはそれが分からないんですよ。帝国斯衛軍っていうのもインペリアルガードとか呼ばれてる割にその将軍殿下と五摂家関係者だけを守るためのものでしょう? 皇帝陛下と皇族の皆さんは守らなくていいんですか?」
トピアが返答を求めて見回すと、帝国斯衛軍大将の
志虞摩「皇室を守る組織は別にありますぞ。軍とは別の管轄で、大規模な武装はしておらんだけで」
トピア「へえ、それはどうしてですか?」
志虞摩「江戸時代以前からの伝統ですな」
トピア「なるほど、幕府体制と似たようなものですか。つまりあなた方は、江戸時代どころか室町時代あたりから皇帝陛下の権限を専横し続けているわけですか?」
志虞摩「いやそうではない、陛下から全権代理として正式に任命されているのです」
トピア「ではどうして陛下本人が執政なさらないのですか?」
志虞摩「いや物理的に無理でありましょう」
トピア「では将軍殿下には出来るんですか?」
志虞摩「いや、流石に単独では……」
トピア「つまり将軍って役職は無くても成立しませんか? 実際他の多くの世界の日本ではそうなってるようですが?」
沙霧「代表殿、将軍殿下まで愚弄なさる気か!?」
将軍不要説を唱えられて頭に血が上ったのか、沙霧大尉が食ってかかった。日本人なら誰もが黙ってはいられない所だが、
トピア「沙霧さん、論点をはっきりさせたいんですが、私は将軍という地位に就いている悠陽さんを馬鹿にしているとか仕事をしていないと言っているわけではありません。これは役職の仕組みの話です。皇帝陛下から全権代理を経て更にその代理に仕事を投げるのは却って皇帝陛下の意志を反映させづらくなるのではないかと言っているのです。間に挟まる人が増えるほど意思伝達に齟齬が生じやすくなるというのは疑うべくもない当然の原理でしょう?」
沙霧「いや、それは……」
トピア「ご理解戴けたのなら将軍という役職が日本帝国に必要不可欠な理由を言語化して下さいどうぞ」
沙霧「それは日本人の……魂! であります」
トピア「うーん、抽象的ですね。つまり他の世界の日本には魂が無いと仰る?」
醍三郎「いや、そうではないのです。うちの日本ではこの方が民心が安定するのですぞ。伝統とは心のよりどころなのだから」
今度は紅蓮 醍三郎が挙手してフォローに入った。
そう、確かに目と鼻の先にハイヴという脅威があった日本帝国の民衆は、将軍を心のよりどころにすることで辛うじてまとまっていた所がある。
この意見に、トピアは何か理解出来るものがあったようで、顎に手を添えて考え始めた。
トピア「おっ? ……つまりは、既に将軍殿下が上に立つ形態が当たり前になっており、激動の時代だからこそ変わらないものが柱になると」
醍三郎「然り」
トピア「なるほど、一理あります! 伊達にグレンダイザーしてないですね!」
醍三郎「グレンダイザー? よくわからんですが、強そうな名前ですな?」
トピア「ジッサイ強いですよ?」
ニックネームだろうか。名前と似ているが聞き覚えの無い言葉に紅蓮 醍三郎が首を傾げた。
トピア「あと将軍殿下、面前で失礼を申しました」
悠陽「いえ、
別に将軍殿下本人を馬鹿にしたわけではないと主張していたトピア代表が意外にあっさり頭を下げた。理論武装一辺倒で人を人とも思わない態度であれば反感を買うであろうが、基本的には謙虚なので却って隙が無い。なお立場の偉さとしてはトピアの方が上の筈だ。
トピア「それでちょっと話を戻しますと、
この指摘にはウォーケン少佐も耳が痛いようで、表情を歪めていた。彼の部隊の装備はその対人仕様のF-22なのだ。
トピア「んでそのF-22ラプターが制式採用されたのが1990年ですよね。1991年にG弾が実用化されたせいで戦術機の価値が低下して実際の配備は大分遅れたそうですけど。んで
彩峰中将の事件の話から米軍を経由していつの間にか斯衛にまで飛び火していた。
真那「待っていただきたい、
冥夜の警護に就いている
トピア「あのですね真那さん。将軍殿下が間違った判断をしていると思った場合にそれを指摘することも許されないのであれば、それこそそんな役職は即刻廃止するべきだと私は思いますよ?」
真那「う、いや、それは……出過ぎたことを申しました」
案の定却って将軍という役職の価値を貶める結論が導かれてしまい、真那は反論に窮した。
醍三郎「ふむ、斯衛が独自に装備調達するのも伝統の一環ではあるのですがな……」
トピア「にしても実害が無い範囲にしましょうよ。
醍三郎「まあ、今思えば、備えが万全だったとは言えませんな」
トピア「あ、ちなみに
醍三郎「がはは、お分かりいただけるか!」
いつの間にか紅蓮 醍三郎が
トピア「……で、また話を戻しますけど、沙霧さん確か米軍に出てけとか言ってましたよね。日本軍だけでBETAから国土を防衛できる自信がどこかにおありで?」
沙霧「日本が滅ぶのはBETAに侵攻されたときではない……施しに甘んじ日本の民たるを忘れたときこそが日本の最期なのです」
トピア「貴方のその台詞、意味がすっごく分かりづらいんですけど、国土を全部奪われて難民になっても日本の心を忘れなければセーフって言ってます? それとも外国にずるずる頼って生きるくらいなら日本人の独立心を持ったまま死んだ方がマシって言ってます?」
沙霧「……後者ですが」
トピア「そうですか。つまり先の回答は結局日本単独で防衛出来る見込みは無いってことですよね? 軍人の役目は民を守ることだったはずなのに何で投げ捨ててるんですか? 物理的に滅んでも死ぬまで日本人の心のままなら滅んでないって判定になるなら、
沙霧「いや、それは……」
なお冥夜も日本人で無くなるくらいなら死んだ方がマシという意地を国民全員に押しつけるのはいかがなものかと思う。
トピア「現実の国民の保護は無理だけど概念上の国民が記憶の中に生き残ればヨシなんて体たらくで、政府が責務を果たしてないとかいう言葉が一体どっから出てくるんですか? 生きてさえいれば何とかなるという信条で何を頼ってでもどんな汚い手を使ってでも国民を物理的に守ろうとしてる榊総理の方がよっぽど現実の国民を見てるじゃないですか」
沙霧「しかしそれでは生き残っても日本人ではなくなってしまう!」
トピア「だったら
沙霧「いえ、国民の命がどうでもいいわけではありません。それでも国は大事なのです!」
トピア「はいはい、どうでもよくはないけど国に比べると軽いんですよね。……ところで、今後国連を通じて
沙霧「……程度によります。支援を通じて支配しようとするならば心を失う前に反抗せざるを得ない」
唯依「大尉! 確かに国や心は大事ですが、そろそろ
沙霧大尉があまりにも無謀なことを言い出すので篁中尉が止めに掛かった。現状の戦力差で戦争でも起こそうものなら滅亡は必至だ。仮に戦うことになるとしても、それは勝てる算段を立ててからやることだ。こいつは抜き身のナイフか何かなのか。流石にBETA大戦中にクーデターを起こそうと考える奴は発想が違う。
しかし言われた方のトピア代表はただ深いため息を吐いた。
トピア「支配ねえ……正直に申し上げるとですね、ここにいる方々個人の評価は勿論別ですが、今の
沙霧「な……」
沙霧大尉の考えは杞憂であったが、その理由はと言えば、善意から支配する気が無いのではなく、単に面倒だから関わりたくないという。
しかしなるほど、BETA大戦の結末が殆どの場合において地球人同士でいがみ合ったまま滅ぶというものであれば、地球人類の評価が低くなるのも仕方が無いだろう。
トピア「でもですね、私思ったんですよ。衣食足りて礼節を知るって言うでしょう? だからせめて危機的状況が終わって満腹になればもうちょっとまともな倫理観も見せてくれるんじゃないかとね、ちょびーっとだけ期待してる所はあったんですけど、何で更に期待の下を潜ろうとするんですかね? どうして期待すらさせてはいただけないんですかね? 貴方たちが手を取り合えないのは衣食以前のもっと根本的な何かが原因なんですか?」
トピアは人差し指と親指の間にほんの数ミリの隙間を作ってその期待度の低さを示していた。そのまなざしは実に冷たい。
トピア「ぶっちゃけてしまうとですね、これから宇宙全体で一致協力していこうというのに、地球の中ですら日本とそれ以外の差を絶対視して、BETA大戦の最中でも或いは我々を敵に回してでも、余所と協力しようとするのは売国奴だ、日本人でなくなるくらいなら死んだ方がマシとか言って人を無益な戦いに駆り立てようとする貴方のような破滅的な国粋主義者は、人類の融和を妨げる典型的な人類の敵だと思ってますよ」
冥夜「失礼、質問をお許しいただきたい」
千鶴「冥夜!?」
トピア「はい、御剣 冥夜さんどうぞ」
訓練生までわざわざ指名しただけあるのか、トピアは冥夜のフルネームを普通に覚えていた。
冥夜「国に対する想いは無価値だというのですか? 我々はまだ訓練生ではありますが、それを支えに励んでいるのです」
トピア「ええはい、仰りたいことは分かります。人々を守るためのモチベーションとしてならある程度必要なものだと思います。しかし逆にそのモチベーションの維持を目的化してそれのために戦争や内戦を起こすのは全く本末転倒だと思いますね。それに根本が人々を守りたい気持ちなのであれば、守る範囲が必ずしも惑星の一角を占める一国家である必要がありません。地球だって人類だって知性体だっていいんです。あんまり範囲を広げるとイメージが出来ないというのなら逆に家族とか大事な相手だっていいじゃないですか」
冥夜「なるほど……ご回答に感謝致します」
守りたいという気持ちは必要だが、守るべき対象が必ずしも国という単位である必要は無い。言われてみればその通りではある。
トピア「まあ国同士が仲良くするにも勿論程度問題もあって、他との協力というのが一方的に相手に利益を献上するようなものなら、お前誰の味方だってなりますけど、沙霧さん達の国賊判定はそこを大幅にはみ出してるんですよ。日本だけの自力でどうにも出来ない状況だったのに援助で飼い慣らされるのが気に食わないから武力蜂起するぞって何贅沢言ってんだって話ですよ。その援助を引き出すために貴方の言う売国奴さん達がどれだけ頑張ったと思ってるんですか? 将軍殿下さえいてくれれば大丈夫とか思ってる人には到底分からない話でしょうけど」
自分のために国益を売り渡すなら売国奴呼ばわりもやむなしだが、国のために他から援助を取り付けることまで日本の心を売る売国奴呼ばわりするのは幾ら何でも極端すぎる。そういう話なのだろう。
トピア「あとですね、我々はBETAとのインフレ競争に勝利して味方に犠牲が出ない戦い方を確立したので、そんな精神力に頼らないと戦えないというような状況は今後そうそう発生しません。
沙霧「BETA以下の評価、か……」
トピアの指摘は、国への思いを支えにしての戦いは既に技術と時代のパラダイムについて行けていないということだ。心の支えが重要なのは地球のBETA大戦のような兵士も国民も多大な負担を強いられる状況だからであって、そもそも兵士が死なず民衆の負担も無い戦いであればそんなものは組織の分断を誘発するデメリットでしかないというのだ。そこには価値観の断絶があった。
トピア「それともう一つ根本的な所で、沙霧さん達の国賊判定なんですけどね、実際に将軍殿下に伺ってみましょうか。榊総理の仕事ぶりはあなたの意志に反するものですか?」
なるほど、沙霧大尉の主張は、政府が将軍の意向を無視し、将軍と民を蔑ろにしているというものだった。それが無視されているに違いないという思い込みではなく、本当に無視されているのかどうかという話だ。
悠陽「……いえ、榊 是親総理大臣は
榊「私などには勿体ない過分な評価、恐れ入ります」
将軍に評価の言葉を賜った榊総理は席を立ち深々と頭を下げた。
トピア「ありがとうございました。……どうですか沙霧さん、これが話も聞かずに暴力に訴えるということですよ。貴方は殿下の心中を勝手に想像して、実際には忠臣と評価する相手を逆賊だと断定して手に掛けようとしていたわけです。ついでに言うと彩峰中将に
沙霧「そんな……まさか……!?」
沙霧大尉は膝から崩れ落ちた。想定と現実に相当の差があったのだろう。半ば将軍の意向を無視しているであろう鎧衣課長にそそのかされて将軍の意向通りに仕事をこなしている榊総理を手に掛けようとした自分こそが国賊であったことに気付いたのだ。しかも相手は彩峰中将の遺志を継いでいたというおまけつきだ。
トピア「大抵の場合リソースは有限なんですから、政治家だって何らかの取捨選択を迫られるんですよ。ましてやBETAに侵略されている最中なんですから選べるものは多くありません。それで自分が気に入らない結果になったからといって国賊扱いしていたら誰も政治なんて出来ません。まずは意思疎通をして下さい。……ああ、ちょっと先の天元山が噴火する頃の沙霧さん達なんですけど、救出の人手が足りないと分かっているにもかかわらず人員救出の方法に文句を付けて、もはや救い難しなどと偉そうに言い放ってるのは非常に滑稽でしたよ?」
沙霧「ぐふッ……!?」
駒木「あの、追い討ちはその辺りでやめていただいて宜しいですか?」
頽れた沙霧大尉の心を更に抉る言葉に、見かねた駒木中尉が割って入った。
トピア「ああ駒木さん、これもちょっと先の貴女の台詞なんですけど、『己の利益や立場を守る事しか考えずそのために他者を貶めるならBETAと何が違うのだ』っていうのは、こじつけにしても大分無理があると思いません? BETAって生体重機だからそんな難しいこと考えませんし、そんなのむしろ人間特有の思考でしょう?」
駒木「んんッ!?」
そしてあっさり延焼して羞恥に顔を赤くしていた。むごい。
トピア「まあそれはともかく、そろそろ終わりにするべきではありますね。……これでもまだクーデターやる気ありますか沙霧さんに駒木さん? あ、返答は将軍殿下に向かってお願いします」
将軍殿下に対する誓いの言葉ならば言葉を違えることは無いだろう。また、今更ではあるが日本国内同士のやりとりにすることで内政干渉を避ける配慮でもある。
沙霧「いえ、ありません……同志達も思いとどまるように誠心誠意説得してみせましょう」
駒木「私も同じく」
沙霧大尉達は将軍に対し膝を突いて誓いの言葉を奏上し、将軍はこれを受け取った。
悠陽「そなたらの志は受け取りました。よしなにお願い致します。代わりに榊総理には政府の引き締めを命じます。今後は余裕が出来るでありましょう?」
榊「この身に替えても」
トピア「いえ死なれると困るんですよ。ほどほどにして下さい」
まったく日本帝国人は死にたがりが多くて困ります、というトピア代表の言葉が印象的だった。
なお皇室周りに関する原作設定は碌に見つからないので、実際には小規模な警護部隊があるかすら不明です。