だがドイツは滅びる。これは歴史の必然であり、避け得ないことだ。BETAにドイツが呑み込まれるその日、666中隊初期メンバーは自分達だけでも最後まで残り、身を挺してドイツの国土を守ろうとした。しかしそこに待ったを掛けたのがターニャだ。
ターニャ≪こぉの馬鹿者どもが! 貴様らがいなくなれば誰がドイツを守るというのだ! 市民に戦えというのか!?≫
アイリスディーナ≪閣下、しかしもうドイツは!≫
テオドール≪そのドイツが無くなっちまうんだよ!≫
ターニャ≪そうだ、形の上でのドイツは今日滅びる! だが人ある限りドイツが滅びたわけではないのだ! 一時の感傷で故郷に殉じるなどという無責任な真似は断じて許さんぞ! 貴様らは次の戦いでも、そのまた次の戦いでも、この私がこき使ってやるのだからな! 覚悟しておけ!≫
東ドイツを積極的にすり潰そうとしていた女のものとは到底思えない台詞であるが、666中隊はターニャの本音など知らない。彼らは涙を呑んで故郷ドイツを後にした。次の戦いでも、そのまた次の戦いでも死なせてやるつもりはないと、ターニャがそこまで親身にドイツと666中隊を案じてくれているという勘違いを益々膨らませながら。守るべきドイツの国土を失うに至り、彼らを導くターニャはもはや666中隊の精神的大黒柱にして母のような存在となっていた。もしターニャ本人が聞いたなら、そのおぞましさに悲鳴を上げて嫌がるに違いない。
実際の所、ターニャとしては多数ある国の一つが失われるという小イベントのたびに自ら育て上げた有益な人的資源を無駄に失ってたまるかというのが本音だった。軍艦が沈むたびに妙な責任感の発露で毎回艦長を失うなど無駄の極みどころか利敵行為だと切り捨てるのと同じ感覚だ。
ターニャは可能な限りルールと約束を守る主義だ。これは彼女の色々と歪んでいる人格上でも指折りの美点である。だが当初のそれはかなり冷徹で利己的なものだった。例えば前世、幼女戦記初期の漫画版第2巻の頃のターニャの考えは「わたし以外の全てを血に染めてでも生き残ってみせるぞ!!!」などという到底人前に出せない様なものだった。しかしターニャは信頼出来る部下を育てたことで自身も成長した。第20巻の頃にはむざむざとダンケルクを許した帝国に失望し、帝国はもはや泥船だと理解しつつも、亡命するのが適切だと勧める前世人格にNOを突きつけ、「お前とは違うさ」と言い切っていた。損切りとは別に、信頼を裏切らないという考え方を持つことが出来る様になったのだ。そしてターニャは今世でも戦友に誓ったのだ。
かつて、BETAに対する間引きの有効性を実証しようとしたオペレーション・ブルー・ドリルの直後のことだ。国連の防衛予算が通らないというまさかの事態によりフィンランド防衛の為の砲弾が不足。屈辱に耐えてワルシャワ条約機構軍の艦隊に助力を乞うてまで防衛戦に挑んだのだが、それでもまだ足りていなかった。そのため、ターニャは戦友たるジョン・ウォーケン大佐とその部下に死ねと言うのも同然の状況で光線級吶喊を命じざるをえなかった。その結果、防衛は辛うじて成ったが彼らは帰らぬ人となった。そしてターニャはその棺に誓ったのだ。このような失態、悲劇を繰り返さないと。非効率と、無能に打ち克ってみせると。だからこそターニャは彼らを無駄に死なせないように無用な横槍を排除し続けたし、無責任な死も許さない。どういうわけか666中隊を指揮下に入れたあたりからやたら妨害が増えていたが、ターニャはそれに適切に対処し続けた。
なお米軍から匠衆に来ているアルフレッド・ウォーケン少佐は、ターニャが死なせてしまったジョン・ウォーケンの息子である。彼は父を喪った当初はターニャを恨んだが、事情を知るほどにその原因の方に矛先が向き、亡き父との約束を守ろうとするターニャには逆に敬意を抱くようになった。だからこそ、彼も政治的事情や上の無能により兵が喪われることなどあってはならないと強く思っているのだ。
国連軍統合代替戦略研究機関局長として米国を始めとする世界各国に戦略を提示し、グレーテルに手伝わせて政治的都合による横槍や書類上の誤魔化しに目を光らせ、惑星規模の総力戦の流れをどうにか多少はマシにしながら、精鋭の実働部隊を時には主力として、時には不測の事態への対処として動かし、戦略の正しさを実証していく。史実プラス10億人の残存は、このサイクルをおよそ考え得る最高効率で回し続けた結果だ。本来准将相当官がやるような仕事ではないのだが、ターニャは神の加護も無いただ一人の人間でありながらこれをやってのけたのだ。人間を人的資源、消耗品として想定する思考が前世でレルゲンを戦慄させていたことはターニャ自身も気付かずじまいであったが、効率主義とはつまり最善を尽くすということであり、結果として多くの人々を救ったことに間違いは無いのだ。それに誰が文句を言えようか。その仕事ぶりを間近で見てきたグレーテルも、当初は主義の違いで反目していたターニャの結果第一の恐るべき合理性に畏れを抱き、いつの間にか一番の信奉者になっていたほどだ。
ところで666中隊は第1陣の勧誘説明会には呼んでいなかったが、全員トリガーからは外れている上に彼らが加入するかどうかはターニャの加入意思次第であったため、第2陣としてこの後合流予定だ。無論ターニャ直属の部下としてである。
トピア「合流が楽しみですが、とりあえず今は襲撃事件の方ですね」
ラリー「ともかく問題は今回の襲撃で最後の花火を咲かせて満足するはずがねえってことだな」
ターニャ「まずは今回蜂起した民衆を指導者が新しい手駒にするのを阻止することが肝要かと」
サティ「実際武装した民衆がその武器をどこから持ってきたのかを探ると大分怪しいのよね」
ターニャ「何しろ民衆の煽り方もこれまでの難民解放戦線と同じですからな」
スコア「酷いマッチポンプもあったものだな」
つまり指導者はこの後使えなくなりそうな今までのテロ勢力の在庫一掃セールをしながらより多くの新しい手駒を取り込もうとしている所なのだ。効率だけを考えればうまいやり口だ。マッチポンプがばれたら台無しではあるが。
トピア「とりあえず非武装施設だと治安が悪い国では襲撃にあうことが証明されたので、多少遠かったりインフラが滞ったりしても国連軍施設へ物資転送を集中して対処する流れですね」
今この場にいない珠瀬 玄丞斎元国連事務次長はテロ組織の肥大化を阻止するためにその方針を国連と折衝しに行っている所だ。
モモ王女「そうして武装した民衆を正規軍に取り込むと同時に国連への依存性と相対的信用を高めるのですわね」
ターニャ「ククッ、上手くいけばまず中国は潰せますな」
ターニャは心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
トピア「デグさん本当に共産主義潰し好きですね」
ターニャ「何を仰る、元々あなた方が考えたプランではないですか。それに共産主義国家がこの世から減るほどに不幸になる人間も減るのですから、悪いことではありますまい」
つまりこのままだと国連の権威が高まってしまう、という連中の主張は全くの的外れではなかった。匠衆から見て窓口を一元化した方が楽であるという事情に加えて、信用ならない国に任せるより遙かにマシだからそういう方向に誘導しているのだが。いっそ地球連邦政府か人類統合体政府でも出来てくれば万々歳だ。
彼女達は悪い笑顔を浮かべて悪巧みをしているようにも見えるが、救われるべきは民衆であって邪悪な政府ではない。匠衆のこういった方向性もターニャが加入を決めた理由の一つであった。
それに、こういった事態を予想して食糧支援とは別に救済の手を差し伸べている。
聖騎士「星屑の聖十字軍の配置も問題無しである。怪我人の治療も既に始めている」
テクス「怪我人を治療するだけならあくまで医療支援であって武力介入には当たらんでござるからな」
九十九「信仰の回収が捗るねェ」
神々の使徒である聖騎士達がわざわざ地上に降りて奇跡のような魔法で怪我人を治療していくのだ。瀕死の人間も手足がちぎれた人間も治してしまうのだから、それは信仰も高まるだろう。
見方によっては今回の騒動の発端が匠衆であると言えなくもないが、やっていることと言えば惑星規模の食糧支援と医療支援という申し分ない善行であり、決して信仰を高めるためのマッチポンプではない。このような事態を見越して用意していただけなのだ。別の言葉では未必の故意とも言うが、変な連中が欲望を滾らせて襲撃を始めなければ穏当に済んだ話だ。人のせいにしないでいただきたい。
テクス「更にこの混乱を隠れ蓑に、立場を無くしたオルタネイティヴ5の連中を煽っているようでござるな」
トリオ「地球製の武器でインファクトリに効きそうなのはG弾くらいじゃからな」
スコア「あとは嫌がらせでSHADOWの乗っ取りくらいか」
夕呼「そうなるとインファクトリに向けられるより地球に向けられる方が余程厄介ね」
サティ「ああ、地球人類の滅亡を願ってる連中だからそういう方向もあるのよね」
マイン「対処は可能だが、面倒な話だな」
トピア「ハイヴの攻略はほぼ地球の人材で十分なので、我々はそういった妨害に備えるのがメインになりますね」
ステーク「分かってはいたが、BETAの殲滅よりも地球人への対処の方が遙かに面倒なのがまた何とも言えないな……」
ステークは救いに来たはずの地球人類の面倒さに頭を抱えた。その頭を霞がよしよしと撫でており、純夏は席順の交代を要求して却下されていた。