トリオ工場長がサイエンスドワーフだったという衝撃の事実を告げられた一行は、ドワーフショックが抜けないまま発電所からほど近い本拠地に帰り着いた。
しかしドワーフショックはこれからが本番であった。
試しに何か作ってもらおうと鉄のインゴットを手渡すと、トリオは作業台すら使わずに自前のハンマーで鉄を加工し、大まかに鉄板と歯車とパイプに成形すると、それらを組み合わせて件の900kW蒸気機関を組み上げてしまった。しかも作業台にとどまる必要が無いからと言って拠点の中を見て回りながら平気でこの作業をこなしていた。聞けば運転しながらの片手間でも出来るという。流石はドワーフの職人、人間の理解の範疇を軽く超えていた。もののついでに追加の蒸気機関1つとボイラー1つも作ってもらい、石炭を投入したらしっかり1.8MWを生み出した。出力安定性に問題は無く、とてもハンドメイドの信頼性ではない。
じゃあ工作台を使ったらどうなるのかとFICSITの工作台を使ってFICSIT規格品を作ってもらうと、見る間に作業速度が加速していき、しまいには通常の3倍のペースになった。FICSITの工作道具は工程ごとのアシスト機能が豊富で誰が使っても一定の精度の部品を製造出来、更に多少の習熟を経て速度も一定に達する優れた設計になっているのだが、自前でその精度を出せる人外の技巧がある場合にはアシストを無視することでその一定速度を超えられるようであった。トリオに比べるとFICSIT正社員の自分でもFICSIT初心者のトピアと五十歩百歩なのかとサティはへこんだ。
実に
なおFICSIT工作台名物の金槌音は連打が速すぎてもはやマシンガンのようになっていた。
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トリオ「ふむ、このパンやたら美味いの」
伝説の パンを咀嚼するトリオの正面のコップには 伝説の バイオエタノールが入っている。つまり食事の傍ら飲酒しており、いかにもドワーフらしい光景に見えるが、このバイオエタノールが問題だった。どういうことかと言えば、クラフトピア産のバイオエタノールにはメチルアルコールが入っている疑いがあるのだ。
当然トピアはそれを忠告したのだが、ドワーフにはメチルアルコールどころかある程度までの放射線も全く効かないそうで、工場長はバイオエタノールを平気な顔で飲み干していた。科学の申し子でございという面構えのサイエンスドワーフもやはりファンタジー生物ではなかろうかという疑いが強まった。常識のずれは余所と比べてみるまで分からないのだ。人類の皆様は絶対に真似しないでいただきたい。
サティ「FICSIT社員とは……
トピア「サティ姐さーん? 帰ってきてくださーい? ご飯とプラン検討の時間ですよー!」
一方、自信を打ち砕かれたサティはテーブルに突っ伏しており、トピアがそれを必死に立て直そうとしていた。
トリオ「まったく、技術レベルの圧倒的格差で儂の仕事の大半を奪ったFICSITの社員が情けないのう。足りんものがあるなら身につければ良かろうが。儂はそうする」
言いながらトリオは食事の片手間にFICSIT規格部材を
なお普通はFICSITの機材が無いと同じものは作れないので一応の技術漏洩防止策になっているのだが、トリオの場合は自前の技量でそれを乗り越えているので無意味であった。まあ元々漏洩しても問題の無いレベルの技術しか使われていない上に、そもそも別の世界に飛ばされてBETAと戦う羽目になっているのにそんなことを気にしても仕方が無いのだが。
サティ「うっ、その通りだわ。こんなことでくじけてる場合じゃないのよ私。技量次第で生産効率が上がるという実例が目の前にいるんだから逆にチャンスじゃない」
Tシャツ姿で食堂のテーブルに突っ伏していたサティは、体を起こして 伝説の パンにかぶりついた。やはり不自然に美味い。
トピア「それで、確かまだ原油採掘関連が解放できてないんですよね。そこに辿り着く為にこなすべき作業の順番ってどうなります?」
トピアがコップ入りの水を差し出しながら問う。湖からバケツで汲んだ水を調理用なべで蒸留したものである。いや実際の原理・工程は不明なのだが、ともかく飲める水なのだ。サティ同様、工場長も食材や料理に関する用意が乏しいので、食事や飲み物を用意するのは大体トピアの役目になりつつあった。
サティは水を飲んでパンを流し込むと、プランを語り始めた。
サティ「そうね、今回の目標がTier5の『石油の精製』だから、それに必要な納品物を製造可能にすることと、ハードルになる軌道エレベーター納品フェーズ2を達成する必要があるわね」
トリオ「ふむ」
トリオは既にHUBコンソールのマイルストーンと納品要求を確認していたため、それを自分で言うところのサイエンスパックを生産して研究を進めるのに相当する工程と理解していた。
サティ「依存関係をまとめると、最短で『基本的な鋼鉄生産』、『先進的な鋼鉄生産』、納品フェーズ2、『石油の精製』の順番で進めることになるわね。フェーズ2の納品要求がフェーズ1の10倍以上になっていて、今後も鉄・鋼鉄・銅・石灰岩製品は嫌になるほど要求されるから、まずは素材別の部品自動生産ラインを整備するわよ」
トピア「具体的には何から始めます?」
サティ「まず探索ね。ここから多少離れても鉄鉱石と石炭と石灰岩が近い距離にあるところが望ましいわ。それから拠点に近い所で銅鉱脈と3つ以上の鉄鉱脈」
トピア「遠い方は私が行ってきましょうか? この間の遠征で少しは資源分布が分かってますので。あと結界の旗はチェストに入ってるので適当に使って下さい」
この間の遠征とは、ぬいぐるみ作りのために突然思い立ったキングモノ狩りで方々を彷徨ったアレである。一応仕事もしていたのだ。
サティ「助かるわ。それが全部見つかったら、前者の方に鋼鉄系とコンクリートとその両方を併せたコンクリート被覆型鋼梁のラインを建造、近い方にまず簡単な銅系、最後に種類が豊富な鉄系のラインを建造することになるわ」
トリオ「儂が出来ることは?」
サティ「まず間違いなく建築資材が足りなくなるから、そのための規格部品の増産を工作台でお願いできるかしら? 鉄や銅の材料はトピアが山ほど溜め込んでくれたから、それを部材にする工程ね」
トリオ「任された」
サティ「それでは行動開始! やぁっておしまい!」
トピア「アラホラサッサー!」
サティの号令に応じてトピアは例の肘を高く上げる敬礼を返したが、工場長は意味が分からずそれを眺めているだけだった。
トリオ「……何じゃこのやりとり?」
サティ「案の定滑ったじゃないの!?」
トピア「ええー、折角背が低くてムキムキな3人目なのに」
その理屈で言うとトピアは女子高生大好きな細身の赤鼻出っ歯担当になるのだが。いや近年のビジュアルは割とイケメンだったか。
トリオ「ようわからんが儂は仕事を始めるぞい。ああそうじゃ、手が空いたらあのFICSIT携帯端末、右手用のを分解してみてもいいかの? 複製できるならしてみたい」
サティ「ビルドガンのこと? 複製できそう?」
トリオ「分からん。しかし最悪壊したりはせんぞ」
サティ「じゃあお願いするわ」
トリオ「任せい」
興味深い研究対象を確保したトリオは歯を見せて笑った。
FICSITの多目的携帯端末であるビルドガンは右手用と左手用の2つがあるが、それ以上の予備は無く、2つ目が無いと左右端末による同時操作が必要なホバーパックを使えなくなるため、今のところサティだけが使っている。これが増やせるならFICSIT規格設備の建設を同時並行でこなせるので、より捗るようになる算段である。
なお
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作業は順調に進んだ。サティが近場で手早く銅部品工場の建設を終える頃にはトピアが戻ってきて鋼鉄・コンクリート工場の候補地発見の報をもたらしたので、サティは手間のかかる鉄部品工場を後回しにして鋼鉄・コンクリート工場の建設に出発。その道中は結界の旗が完備済みなので、念のためにトピアは往路だけ護衛し、サティが立地条件にOKを出して作業開始したのを見届けて拠点に戻った。