ソ連共産党本部は決戦に備えてアラスカの防備を固めた。アラスカ側ならば監視体制も行き届き、ロシア人主体の防衛軍も待ち構えている。だが決起軍はすぐにはアラスカに攻め込まなかった。その代わりに新国家、『東欧連邦』の樹立を宣言した。大統領はあのラトロワで、親から子を引き離す制度の撤廃と監視体制の撤廃、段階的な資本主義体制への移行、そして選挙制度の実現を掲げていた。首都はバイカル湖沿岸でBETAからギリギリ守り切っていたイルクーツクであるとされた。
ここに来てのんびり長期戦にでも移行するつもりかと共産党本部は訝しんだが、その意味はすぐに分かった。国連総会に『国際連合における東欧連邦の合法的権利の回復』と題する決議案が提出されたのだ。提出国はバルバドス他25箇国。
中国共産党との内戦で国土の大半を失った中華民国(台湾)から中華人民共和国へ中国代表権と常任理事国の権利を移譲させた通称アルバニア決議の正式名称は『国際連合における中華人民共和国の合法的権利の回復』である。更に現在東欧連邦は元ソ連の国土全域を実効支配しており、一方ソ連共産党は米国から借りているアラスカしか領有していない。ならば今回の決議案が何を言わんとするかは分かるだろう。
今ソ連の命綱となっているのは国連安保理常任理事国としての拒否権だ。これを失えば何が起きるか。共産党による圧政がこれから世界に知られることになるのは火を見るより明らかなのだから、世界中から袋だたきにされてもおかしくはない。アルバニア決議では提出から議決に至るまで3ヶ月の時間を要したが、BETA大戦が終了してからの昨今、国連の動きは速い。あとどれだけの猶予があるか分かったものではない。
速やかに事態を打開しなければならないが、ソ連首脳部の手にはまだ一つの対抗手段があった。核ミサイルだ。だがこれは核保有国に対しては相互確証破壊で相討ちを狙える程度のものでしかない。他の国の宇宙軍に先んじて衛星を破壊される可能性すらある。だが東欧連邦軍に対してはいまだ有効ではないかという閃きがソ連首脳部の脳裏をよぎった。今のうちに東欧連邦の政府さえ潰してしまえば何とか打開出来るのではないか。ソ連首脳部はイルクーツクへの核攻撃を命じた。別に彼らだって進んで核攻撃をしたかったわけではないが、
ソ連はBETA大戦の焦土戦術で度々核弾頭を使っていたので人間に対する核攻撃が国際的にはどのように受け止められるかという感覚が大分おかしくなっていた。
まさかの同胞への核攻撃を命じられたソ連航空宇宙軍戦略軌道部隊は、覿面に動揺した。こちらにも政治将校や
地上と違って監視側の戦力も大きかったために簡単に反乱は成功せず拮抗状態となったが、ひとまず発射の阻止には成功し、国際チャンネルでソ連の非道が拡散された。ここでソ連共産党は状況の致命的まずさに気付いたが、その拡散される間ですら核の発射を巡って航空宇宙軍戦略軌道部隊と
国連安保理でソ連の拒否権がなくなったことで大手を振って東欧連邦側に国連宇宙軍が加勢し、ソ連の核ミサイル発射は完全に阻止された。土壇場で反乱を起こして核攻撃を阻止した元ソ連航空宇宙軍戦略軌道部隊は、東欧連邦の国民を救った英雄としてこの後盛大な式典で国に迎えられたことは言うまでもない。
東欧連邦の代表団はすぐに国連本部に招待され、各国代表と固い握手を交わした。
ところで『国際連合における東欧連邦の合法的権利の回復』はバルバドスを始めとする25箇国が提出したものだが、その構成はバルバドスを含めて大半が英連邦の構成国であり、一体どこの国が糸を引いていたかは火を見るより明らかであった。奴は自らの手を汚さず、政治的・物資的に支援する程度であとはソ連の国民と戦力だけで反乱を起こさせてソ連を根底からひっくり返したのだ。
拒否権、核攻撃、そして宇宙軍という抑止力を失い、世界の国々に敵と見なされたソ連にはもはや勝利の二文字は存在しなかった。だが共産党首脳部はここに至っても降伏を選ぶことが出来なかった。何故なら降伏した所で彼ら自身の処刑は免れないからだ。なので彼らは勝ち目が全く無いにもかかわらず徹底抗戦を主張した。
そこに英国が忍び寄って囁いた。
――この無益な殲滅戦を回避するために我が国はソ連首脳部の亡命を受け入れる用意があります。
ソ連共産党首脳部はこの提案に乗った。国連でソ連の立場を失わせた英国の口車に乗るのは屈辱であったが、事ここに至っては自身の命を守る選択肢が他に無かったからだ。もはや国の存亡になど構っていられなかった。国家の責任を残った連中に押しつけて彼らは逃亡を図った。
だが残された連中はたまったものではない。今から滅ぶ国家の全ての責任を取れというのだ。冗談ではない。
そこにまた英国が忍び寄って囁いた。
――おやおや、逃がしてしまっていいのですか?
――彼らを討つことこそ東欧連邦との融和に繋がる唯一の道ではないですか?
――大丈夫、あなたたちは裏切り者ではない。散々圧政を敷いた上に命惜しさに逃げ出した彼らこそが国家に対する裏切り者なのです。
――そして裏切り者達を討ち、東欧連邦との無用な戦いを回避して民衆を救った暁にはあなたたちこそが……あとは分かりますね?
お得意の二枚舌、三枚舌も絶好調である。
残された共産党幹部達も天啓を得たとばかりにこの提案に乗った。何故なら他に選択肢が無いからだ。逃亡を図ったソ連共産党首脳部はその日のうちに捕縛され、処刑台に吊された。これを手土産にソ連の新しい幹部達は東欧連邦への併合を求め、ここに偉大なるソ連は消滅を迎えた。
ところで残された共産党幹部がその後どうなったかというと、一時的には最後の英断を下して国民を救った英雄に祭り上げられたものの、東欧連邦への併合が完了した後にスキャンダルが盛大にばらまかれて失脚、その後再び政治の表舞台に立つことは無かった。共産主義者が再び盛り返す芽を丁寧に摘み取る、英国流のアフターケアであった。ただし結果的に彼らの決断が民衆の命を救ったという功績を考慮して命までは取らなかったあたり、英国にしてはまだまだ有情である。
その鮮やかな手際にこれはヤバイ相手と組んでしまったとラトロワも戦慄し、当面英国と友好路線を崩すことは出来ないと方針を固めた。
実は東欧州社会主義同盟の盟主である東ドイツも多少なりとも国土の拡張を目論んでいたのだが、中国、北朝鮮、ソ連の顛末を見て慌てて計画を破棄し、西ドイツに「話し合いによる平和的統合」を持ちかけるという生存戦略に走った。
現在の東ドイツ国家主席はベアトリクス・ブレーメではない。彼女は最後の最後まで東ドイツ単独によるBETAへの勝利を諦めず、東ドイツの国土がBETAに呑み込まれる際に自ら最後まで抵抗して戦死しているので、今現在の東ドイツはベアトリクスが主導していた時期ほど強硬ではないのだ。
ベアトリクスはドイツ国民にとってはかなり迷惑な指導者であり、国民には今も恨まれているが、その命が尽きるまで主張が一貫していたことと、対BETA戦で周囲の国家が期待したよりも頑強な抵抗を見せたことだけは今も評価されている。あとは性格はともかく美人だったという評価もあるが。
他の東欧共産主義国家もソ連や東ドイツの圧力で共産主義体制をやらされていたという事情が大きいので、米国や英国の敵ではないことを主張するために次々に資本主義に鞍替えを決めた。
他の全く無関係なユーラシア各国も現状の混乱に乗じて領土を広げようという欲が大なり小なりあり、特に聖地エルサレムの扱いについては一触即発の状況だったのだが、あっという間に大国2つが潰される大惨事を見て聖地周辺諸国も肝を冷やした。彼らは掌を返してまずは聖戦の完遂を協同で祝い、国際協調を謳いながら軍が暴走しない様に引き締めに奔走する羽目になった。まあ水面下の暗闘はその後も続いたが、武力衝突よりは余程マシであろう。
国連安全保障理事会常任理事国の構成国は米国、日本帝国、中華民国、英国、オーストラリア、東欧連邦、フランスの7箇国となり、これで米国側3票、英国側3票という勢力図になったわけだが、まあ非常任理事国もいるためこの票数が絶対的というわけでもないので、拒否権を握り続けているフランスとしてもあまり面白くはないが焦るほどの状況ではない。焦って自爆した連中の跡を追うのは御免だ。幸い相手は共産主義国家ほど話が通じない相手ではない。共産主義という経済上の互換性が無い国が概ね滅びたので、いっそ地球圏統一経済という形に持っていって長期的計画でその主導権を握るのもありではなかろうかなどと今後の身の振り方を考えていた。
ともあれ、ここに共産主義の脅威は事実上の滅亡を迎え、同時に武力による領土争いや安易な核使用にぶっとい釘を刺すことにも成功したのだった。
ターニャ「フハハハ悪は滅びたッ!!」
ターニャは諸手を挙げて高笑いした。共産主義の大国を悉く滅ぼしたことを心の底から喜んでいることがよく分かる。
今回滅ぼした中華人民共和国、北朝鮮、ソ連は共産主義国かつ核兵器保有国(今後含む)なので、今後の地球の平和と融和、そして
トピア「BETA大戦を突然終わらせたらあの国の政策からして民族大反乱でも起きないかなとは思ってましたけど、事前準備が整ってたお陰で思った以上に綺麗に決まりましたね。というか何故英国に?」
ターニャ「ソ連は腐っても共産主義の総本山です。正面でレッドシフトを敷いている米国は流石に警戒してるでしょうし、共産主義に汚染されずに反乱工作を完遂するには、連中くらい腹黒くないと務まりませんからな」
BETA大戦終結時に民族問題を爆発させてソ連を発破解体する計画を立てたのは他ならぬターニャである。原作トータル・イクリプスのユーコン基地占拠事件でインフィニティーズが暗躍していたことからも分かる通り、元々米国はソ連が戦後大量のG元素を得ることを非常に警戒していた。これに密かに対処するとして、米国にも
夕呼「片手間でよくここまで準備してたものね」
ターニャ「人類の生存が確立出来た以上、次は当然人民の幸福の追求でありましょう。そして大戦終了直後はそれを為すまたとない好機に違いありません。無論、生存のための努力に手は抜いておりませんが」
ターニャ・デグレチャフは共産主義を撲滅するためには手段と協力者を選ばない女であった。同様に共産主義国家の失策を期待していた
などと言うとターニャも無駄な争いを引き起こす地球人の一人であるように聞こえるが、沙霧達と違ってターニャはBETA大戦が終わるまでは我慢して大嫌いな共産主義国家とも協力しており、大戦後に潰す相手も国民を不幸にする国家に限っているのが違う所だ。まあ結局ほぼ全ての共産主義国家がそれに当てはまるのだが、実在の国民の幸福を無視していつまでも達成不可能な夢想を追い求めて邪悪な社会実験をしているのが悪いのだ。
それはともかく、確かソ連崩壊直後は混乱で生活レベルがかなり低下していた筈なので、食料だけでも多めに送っておこうかとトピアは考えた。トピアはラトロワさんは嫌いではないのだ。原作では部下のジャール大隊の