【完結】匠 VS BETA   作:MMZK

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205. 我らの選択は間違っていなかったと思いたいな

 2001年11月9日、トピアがこの世界に来てから19日目。

 月面攻略作戦を翌日に控えて強化訓練が()()終了となり、沙霧 尚哉と駒木 咲代子は休暇で日本帝国の帝都東京へと帰郷していた。帰郷と言っても匠衆(マイスターズ)が国連軍基地の隣に設置したポータルを潜るだけではあったが。

 

 

 

 今回の帰郷よりも前にスカウトを受けた11月3日の時点で二人は一度日本に戻っている。戦略研究会のクーデター計画を白紙に戻すためだ。同志を集めてクーデター中止を告げたときは、当然ではあるが驚きを以て受け止められた。それだけの問題意識と熱意をもって進めてきたのだ。

 だが二人は言葉を尽くし、可能な限りのことを仲間に伝えた。少なくとも榊首相の行動は将軍殿下の意向に反していないこと。榊首相が彩峰中将の志を密かに継いでいたこと。将軍殿下からの下命で榊首相が政府の引き締めを行うことが決定されたこと。そして同じ方向性の仲間内だけで議論してきたことで国賊判定が厳しくなりすぎていたことなどだ。勿論トピアに言われたことそのままではなく、自分の中で咀嚼してからだ。

 選択肢が限られていたとはいえ榊首相の今までの行動が全て将軍殿下の意に沿っていたというのにはいささか疑問の余地があったが、改めて将軍殿下の意を受けて政府を改善すると言っているのならばこれを邪魔することはまさに国賊である。

 少なくとも本当に改善されるのか暫く様子を見ること、そしてすぐさま解散するのではなく逆に一部が暴発しない様に目を光らせることには全員が同意した。

 ただしこれで止められるのは全員ではない。米国中央情報局(CIA)の魔の手を完全に振り切るためには、指向性蛋白質や催眠を仕込まれた者をあぶり出さなくてはならない。連中は身内の米軍兵士にまでそれを仕込んでいたのだから、帝国軍相手にやらないと誰が言えようか。これらはBETA大戦中にはBETAの恐怖を誤魔化すためにも使われていたため、完全に除去することが非常に難しかったのだが、幸いにして今は大戦が終わったことで一斉に検査と除去が進められている所だ。

 米国中央情報局(CIA)の間者そのものを戦略研究会だけで捕らえるのは難しい。情報戦のエキスパートがいないからだ。仮にそれをやろうとするならば帝国情報省の手を借りる必要があるが、そうなれば独立組織としての政府動向監視が出来なくなる。しかし米国主導のクーデター計画については既に将軍殿下と首相と情報省の課長が知る所となっており、米国中央情報局(CIA)への直接の対処を将軍殿下が鎧衣課長に対処を命じていたので、このあたりはもう情報省に任せてしまうしかないだろう。

 

 

 

 そういった段取りを一通り済ませてから沙霧と駒木は匠衆(マイスターズ)に加入し、再訓練に励んだ。魔法の存在を前提とした訓練は短期で成果を出すためか地獄もかくやというものであったが、帝国軍でも精鋭である二人は経験と根性で食らいつき、最終的にはターニャが最低限必要という基準を余裕をもってクリアした。これは新規参加者の中でも上位のスコアであり、帝国軍精鋭の面目躍如といった所だ。ただし国連軍最精鋭と言われる黒の宣告(シュヴァルツェスマーケン)抽出中隊はほぼ全員がその上を行く。世界は広い。更に()()()1()()()()()()()となる強化訓練の最終的な要求水準はまだ上にあるらしく、引き続き予断は許されない。

 

 なお今後もBETAと戦い続ける匠衆(マイスターズ)では、指向性蛋白質や催眠といった精神保護処置が禁止されている。BETAへの恐怖程度自力で克服出来ないような奴は要らぬということだ。

 確かあれは国連施設襲撃を星屑の聖十字軍(スターダスト・クルセイダース)が防いで見せたあとのことだが、匠衆(マイスターズ)で鍛えた戦力ならばBETAなど物の数ではないという証拠映像……戦意高揚映像? が新規参加者一同に提示された。匠衆(マイスターズ)戦闘班の四人が()()()戦線遅滞防御をする場面やフェイズ0~1のハイヴに()()()突入して攻略する場面だ。フェイズ1ハイヴに至っては光線(レーザー)級まで映像に映っていた。

 地球では到底考えられない非常識な絵面に、これはBETAが弱いと言うよりも匠衆(マイスターズ)戦闘班が命知らずなだけではなかろうかという疑問が皆の頭をよぎったが、兎に角彼らの勇猛さは見習うべきものだった。なお同じく勇猛さで知られるグルカ族の戦士であるタリサはそのノリが肌に合うのか、いつの間にかトピア達と仲良くなっていた。絵面だけ見れば年若い少女達が仲良くしているだけにしか見えないのだが。

 

 

 

 さて、本日の帝都の様子だが、強化訓練前に戻ってきた時よりも街に活気が溢れているのが分かる。ひとまず地球上のBETA大戦は終了し、美味しい食べ物で皆の腹が満たされたのだ。

 流通状況を集計した所、日本の物資紛失率はわずか0.9%、外部機関による検査でもほぼ誤差は無く、堂々の世界一位を記録したという。それだけ国民に大事な食料が行き届いたということだ。やはり日本のこういった真面目さは世界に通じるものだと沙霧達は誇らしく思った。

 一方で、この数字は民衆の意識だけでは達成出来ない。そう考えると国土の半分を踏み荒らされても高い治安と流通機構を維持している日本政府もまだまだ捨てたものではないのかもしれない。沙霧達は榊総理達の仕事を悉く否定的にしか見ていなかった自分達の盲目さを恥じた。トピアも東ドイツの様な言論の自由が無い状況ならともかくと言っていたが、確かに他の国と比べてどうかというのは沙霧達は殆ど考えていなかった。少なくとも物質面では戦時中という事情を加味すればかなりまともに国が運営出来ているのに不満を爆発させて武力蜂起など贅沢を言いすぎだといわれるのも無理は無い。

 

 また、今は支援という形になっているが、地球の各国が匠衆(マイスターズ)から買い付けるだけでは経済的にバランスを欠いてしまう。それを考慮して匠衆(マイスターズ)は代わりに購入したいものを提示した。それは地域の特産品、服飾品、娯楽品といったものだ。

 

 特産品は例えばコーヒーベルトで生産されている世界各国のブランドコーヒー豆。特にデグレチャフ准将が好んで飲んでいるようだ。他にも味噌や醤油など匠衆(マイスターズ)で大量生産していないものがよく売れている。味噌や醤油は元々主食として作付けを優先されている米や米が育たない所でも作付け出来る大豆が原料だが、佐渡島にハイヴを作られたあたりで日本一位の稲作地域である新潟が壊滅して米の生産量は足りなくなっている。しかし匠衆(マイスターズ)が米や万能豆を大量に輸出しているため、今後は生産量が安定していく見通しだ。

 

 服飾についてはかなりの賞金額を提示した匠衆(マイスターズ)の各種制服のデザインコンペティションが開催された。また、最終選考まで残った国には優勝ほどではないが幾ばくかの賞金が出された。

 制服は通常業務用制服(夏服・冬服)、歩兵用のBDU(バトルドレスユニフォーム)(+フライトジャケット)、パイロット用の衛士強化装備(+上着)に分かれ、要するに6種類ほどになる。BDU(バトルドレスユニフォーム)は元々匠衆(マイスターズ)製の防御力に優れるものがある上にエンチャント構成の最適化で色々と種類が変わるため省くとして、残りは5種類だ。

 コンペティションでは日本帝国、米国、英国、西ドイツ、イタリア、東欧連邦、フランス、中華民国などが競って最終的にフランスが勝者となった。

 選考では「肩に変な分割があるので没」と日本帝国案と米国案が最初に弾かれていたのが印象的だった。あの肩を分割して尖らせた部分は国連軍や帝国斯衛軍の軍装で採用されている最新のデザインなのだが、どうやらお気に召さないらしい。

 沙霧達が今着ているのもそのフランスデザインの尉官軍装で、びしっと決まっているが派手すぎないと好評だ。フランスと言えば華美なイメージがあったが、流石に服飾デザイン先進国だけあって相手の好みに合わせて最適なデザインをする配慮が出来る様だ。つまりあの派手さは単にフランス人自身の好みということなのだろう。

 なおこの制服を実際に製造しているのは匠衆(マイスターズ)の自動工場で、材質にこだわっているほか、エンチャントを施してある程度戦闘に耐えうる性能になっている。

 すぐに必要だった制服以外の服飾品もテラリア王国の需要を含めて今後の輸入予定となっている。

 

 娯楽品はこの地球では長引く大戦のせいであまり発展しておらず、競技の試合も南北アメリカやアフリカなどの後方支援国家でしか開催されていない。しかし娯楽を生み出すには案を出す人数が必要ということで、匠衆(マイスターズ)はその溢れる資本力で早速漫画制作スタジオやアニメーション製作スタジオを各国に作ってしまった。

 物が出来るまでに時間が掛かることを見越して、出来た物を買うのではなく真面目に作り続ける限りは先払いで予算を注ぎ込むという積極ぶりで、これが雇用の創出に一役買っている。作った著作物は専売ではなく、本命の日本語版を作りさえすれば他国語版を他に売るのも許可するそうだ。この分野ではやはり映像産業が生き残っていた米国が先行している。

 また、もっと個人レベルで出来る創作物として小説や台本の執筆も推奨されており、出来の良い物には賞金が出て更に漫画やアニメーションの原作としても採用される様だ。現在は出版社がとりまとめる様になっているが、最終的には全世界的なネットワークを整備して更に気軽に投稿できるようにするという。なかなか壮大な構想だ。

 人はパンのみにて生くるものに非ずという。大戦が終わったからにはこういう産業も必要なのだろう。

 

 随分雰囲気が明るくなった街を沙霧達が歩いていると、ワンピースを着て帽子を被った髪の長い少女が駆け寄ってきて何か言いたそうにしていたので、駒木はしゃがんで目線を合わせ、話を聞くことにした。

 

駒木「なあに、お嬢ちゃん?」

 

少女「あの、あのね、おねえちゃんたち、まいすたーずの人?」

 

駒木「ええ、()()そうよ?」

 

 軍装が日本帝国軍の物ではないのもそうだが、既に月攻略部隊の構成員として周知されているので、沙霧や駒木の顔は日本中に知れ渡っていた。もはやこんな子供でも知っているくらいなのだ。

 少女は目の前のお姉さんが目当ての人だと分かって表情を明るくした。

 

少女「やっぱりそうなんだー! あのね、おかあさんがね、べーたをやっつけてくれてありがとうって! おいしいたべものをありがとうっていってたの!」

 

駒木「そうなの……でもごめんね、お姉ちゃん達はこの間まで日本帝国軍で働いてて、匠衆(マイスターズ)には入ったばかりなの。そういうお礼を言われることはまだしてないのよ。お礼は他の人に伝えておくわね」

 

 流石に自分がやっていないことでお礼を言われるのは心苦しかった駒木は、一旦受け取ってから当事者に伝えることにした。

 

少女「えっ、そうなんだー……じゃあ、じゃあー、ぐんじんさんなら、いままでまもってくれてありがとう、だね!」

 

 少女は少し考えた後、元帝国軍の駒木にもやっぱりお礼を言うことにした様だ。笑顔の少女の見よう見まねの敬礼に、駒木と沙霧も答礼を返した。

 

駒木「ええ、どういたしまして。光栄だわ。気をつけて帰るのよ?」

 

少女「うんっ!」

 

 少女はぶんぶんと手を振って走り去っていった。服の汚れ具合からして避難民なのだろうが、ここ数日満足な食事を取っているのか、顔色は良かった。

 日本海沿岸部に一斉に押し寄せていたBETAも大陸横断中に動きを停める個体が出始めており、上陸攻勢が終息に向かっているので、西日本の復興計画も既に発表されている。大量の人手が必要になるので雇用も生まれるはずだ。

 

沙霧「……あの笑顔を血を流すことなく見られたのだ。我らの選択は間違っていなかったと思いたいな」

 

駒木「ええ、きっとそうですよ」

 

 今の少女もそうだったが、前回説明会の直後に戻ってきた時に感じた、市民と軍人の間にあった溝も感じなくなった。

 

 

 

 あれはそう、どこかの政治家が軍縮の理由として地球の軍隊は結局ハイヴを一つも攻略出来なかった役立たずだなどと言い始めたことが契機だった。

 ハイヴを攻略出来なかったのは事実だが、役立たず呼ばわりはないのではないか。軍人達の政治不信は加速した。だが軍人が拳を振り上げるのは民を守るためであって、自身の尊厳を守るためではない。それに膨れ上がった軍隊をどうにか小さくして民間の経済を回さないと復興に差し支えるのは事実なのだ。彼らは不名誉な風評を歯を食いしばって耐えた。

 だがそうすると反論しないからにはそれが図星なのだという風潮が蔓延した。悪循環だ。

 そんなときに、世界中の報道機関に一つのビデオレターが届いた。今話題の匠衆(マイスターズ)対地球外交大使のモモ王女からだった。題名は攻略作戦についてのお知らせであった。

 

モモ王女≪地球の皆様、ご機嫌よう。皆様にお知らせがあるのですが、その前に一つ。わたくし達は、昨今の地球の軍人の皆様が役立たず呼ばわりされている風潮を大変遺憾に思っております。確かに地球上のハイヴを全て潰したのは我々匠衆(マイスターズ)でございます。ええ、確かに地球上の軍隊に決定的な反撃を行う能力はこれまで無かったのでしょう。しかし考えてみて下さい。月での遭遇から数えて30年以上にわたってBETAから命懸けで皆様を守り抜いたのは一体誰でしょうか。誰一人戦わずに皆がただ逃げ惑うだけであったら、一体どれだけ被害が広がっていたでしょうか。そうであれば、今頃地球はBETAに征服されていた可能性が高いのです。そういったことを考慮に入れずに、勝てなかったから役立たずだ、これからは不要だなどと罵るのは、甚だ哀しいことではないかとわたくし達は思うのです。そして軍人の皆様がこういった反論をしないのは、復興のために軍縮が必要ならば皆様の幸せのために身を引く覚悟があるからに他ならないのです。大変お節介とは存じますが、そのあたりの配慮をご一考戴けますと幸いですわ。さて、これを踏まえてのお知らせですが、近々予定されている月・火星攻略作戦は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、皆様をこれまで守ってきたその力を皆様にもしっかりご覧戴けますわ≫

 

 自分達の手で地球を救えなかった軍人達には匠衆(マイスターズ)に手柄を取られて隔意を持っている者も少なくなかったのだが、一方で多くの人が救われたのだからそれでいいではないかと自分を納得させようとしていた。そんなところに政治家と民衆からの軍隊役立たず論が持ち上がり、軍人達は自分は一体何を守ってきたのかと悩んだ。そこに攻略作戦の告知にかこつけたフォローが入り、実力を実証する機会まで与えられたのだ。軍人達にも匠衆(マイスターズ)に好感を覚える者が激増した。

 元々月面攻略作戦は『地球人類はただ助けられているだけではない』というアピールのための政治的要素が絡んだ共同作戦だったのだが、この告知により匠衆(マイスターズ)に移籍した者達に対する軍人達の期待は天井知らずに高まり、熱視線が向けられる様になった。彼らは今や地球の希望の星だ。応援の声を掛けてくれるのもあの少女だけではない。

 

 この配慮について、沙霧達はモモ王女に頭を下げて感謝を述べた。だが聞く所によると発案はトピアで、理由は単純に「恩知らず共にムカッ腹が立ったから」だそうだ。言いたいことをはっきり言うトピアらしい行動原理だった。沙霧にも面と向かって散々に言っただけのことはある。

 何でも言ってしまうのは日本人の価値観からするとあまり歓迎されないものだが、互いに黙して語らず相互理解もせずに一方的な決めつけで突然殴りかかるよりは余程良いのだと沙霧にも理解出来る様になった。

 トピアの地球人類に対する評価は辛辣だ。トピアはBETAを前にしても人間同士いがみ合って助けがなければそのまま滅んでいたことや、BETAと戦っている最中にクーデターを起こそうとしたこと、更に彩峰中将の目的と行動が全く噛み合っていないことに関しては非常に厳しい意見を言うのだが、一方で今の地球人類があるのは人々を守ろうとした者達の献身があったからだと評価し、それを蔑ろにする者達に怒って意見表明までしてくれている。

 やはりこういう所が坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで政府の悪い所しか見ることが出来なかった自分達とは違うのだと沙霧達は省みた。

 

 きっと日本は良くなる。ならばあとはこれまで人々を守ってきた力を、その意地と矜持を正しく示すのみである。ぶつける相手は勿論BETAだ。

 

沙霧(我が物顔で居座るのも今日までだ。そこで待っているがいい)

 

 沙霧は昼間の空に霞む月を睨んだ。




 お気づきの方もいると思いますが、しゃがんだ駒木中尉と敬礼を交わしているのは漫画版マブラヴオルタネイティヴ第5巻Ep.28表紙の少女です。
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