2001年11月9日、トピアがこの世界に来てから19日目。
月面攻略作戦を翌日に控えて強化訓練が
今回の帰郷よりも前にスカウトを受けた11月3日の時点で二人は一度日本に戻っている。戦略研究会のクーデター計画を白紙に戻すためだ。同志を集めてクーデター中止を告げたときは、当然ではあるが驚きを以て受け止められた。それだけの問題意識と熱意をもって進めてきたのだ。
だが二人は言葉を尽くし、可能な限りのことを仲間に伝えた。少なくとも榊首相の行動は将軍殿下の意向に反していないこと。榊首相が彩峰中将の志を密かに継いでいたこと。将軍殿下からの下命で榊首相が政府の引き締めを行うことが決定されたこと。そして同じ方向性の仲間内だけで議論してきたことで国賊判定が厳しくなりすぎていたことなどだ。勿論トピアに言われたことそのままではなく、自分の中で咀嚼してからだ。
選択肢が限られていたとはいえ榊首相の今までの行動が全て将軍殿下の意に沿っていたというのにはいささか疑問の余地があったが、改めて将軍殿下の意を受けて政府を改善すると言っているのならばこれを邪魔することはまさに国賊である。
少なくとも本当に改善されるのか暫く様子を見ること、そしてすぐさま解散するのではなく逆に一部が暴発しない様に目を光らせることには全員が同意した。
ただしこれで止められるのは全員ではない。
そういった段取りを一通り済ませてから沙霧と駒木は
なお今後もBETAと戦い続ける
確かあれは国連施設襲撃を
地球では到底考えられない非常識な絵面に、これはBETAが弱いと言うよりも
さて、本日の帝都の様子だが、強化訓練前に戻ってきた時よりも街に活気が溢れているのが分かる。ひとまず地球上のBETA大戦は終了し、美味しい食べ物で皆の腹が満たされたのだ。
流通状況を集計した所、日本の物資紛失率はわずか0.9%、外部機関による検査でもほぼ誤差は無く、堂々の世界一位を記録したという。それだけ国民に大事な食料が行き届いたということだ。やはり日本のこういった真面目さは世界に通じるものだと沙霧達は誇らしく思った。
一方で、この数字は民衆の意識だけでは達成出来ない。そう考えると国土の半分を踏み荒らされても高い治安と流通機構を維持している日本政府もまだまだ捨てたものではないのかもしれない。沙霧達は榊総理達の仕事を悉く否定的にしか見ていなかった自分達の盲目さを恥じた。トピアも東ドイツの様な言論の自由が無い状況ならともかくと言っていたが、確かに他の国と比べてどうかというのは沙霧達は殆ど考えていなかった。少なくとも物質面では戦時中という事情を加味すればかなりまともに国が運営出来ているのに不満を爆発させて武力蜂起など贅沢を言いすぎだといわれるのも無理は無い。
また、今は支援という形になっているが、地球の各国が
特産品は例えばコーヒーベルトで生産されている世界各国のブランドコーヒー豆。特にデグレチャフ准将が好んで飲んでいるようだ。他にも味噌や醤油など
服飾についてはかなりの賞金額を提示した
制服は通常業務用制服(夏服・冬服)、歩兵用の
コンペティションでは日本帝国、米国、英国、西ドイツ、イタリア、東欧連邦、フランス、中華民国などが競って最終的にフランスが勝者となった。
選考では「肩に変な分割があるので没」と日本帝国案と米国案が最初に弾かれていたのが印象的だった。あの肩を分割して尖らせた部分は国連軍や帝国斯衛軍の軍装で採用されている最新のデザインなのだが、どうやらお気に召さないらしい。
沙霧達が今着ているのもそのフランスデザインの尉官軍装で、びしっと決まっているが派手すぎないと好評だ。フランスと言えば華美なイメージがあったが、流石に服飾デザイン先進国だけあって相手の好みに合わせて最適なデザインをする配慮が出来る様だ。つまりあの派手さは単にフランス人自身の好みということなのだろう。
なおこの制服を実際に製造しているのは
すぐに必要だった制服以外の服飾品もテラリア王国の需要を含めて今後の輸入予定となっている。
娯楽品はこの地球では長引く大戦のせいであまり発展しておらず、競技の試合も南北アメリカやアフリカなどの後方支援国家でしか開催されていない。しかし娯楽を生み出すには案を出す人数が必要ということで、
物が出来るまでに時間が掛かることを見越して、出来た物を買うのではなく真面目に作り続ける限りは先払いで予算を注ぎ込むという積極ぶりで、これが雇用の創出に一役買っている。作った著作物は専売ではなく、本命の日本語版を作りさえすれば他国語版を他に売るのも許可するそうだ。この分野ではやはり映像産業が生き残っていた米国が先行している。
また、もっと個人レベルで出来る創作物として小説や台本の執筆も推奨されており、出来の良い物には賞金が出て更に漫画やアニメーションの原作としても採用される様だ。現在は出版社がとりまとめる様になっているが、最終的には全世界的なネットワークを整備して更に気軽に投稿できるようにするという。なかなか壮大な構想だ。
人はパンのみにて生くるものに非ずという。大戦が終わったからにはこういう産業も必要なのだろう。
随分雰囲気が明るくなった街を沙霧達が歩いていると、ワンピースを着て帽子を被った髪の長い少女が駆け寄ってきて何か言いたそうにしていたので、駒木はしゃがんで目線を合わせ、話を聞くことにした。
駒木「なあに、お嬢ちゃん?」
少女「あの、あのね、おねえちゃんたち、まいすたーずの人?」
駒木「ええ、
軍装が日本帝国軍の物ではないのもそうだが、既に月攻略部隊の構成員として周知されているので、沙霧や駒木の顔は日本中に知れ渡っていた。もはやこんな子供でも知っているくらいなのだ。
少女は目の前のお姉さんが目当ての人だと分かって表情を明るくした。
少女「やっぱりそうなんだー! あのね、おかあさんがね、べーたをやっつけてくれてありがとうって! おいしいたべものをありがとうっていってたの!」
駒木「そうなの……でもごめんね、お姉ちゃん達はこの間まで日本帝国軍で働いてて、
流石に自分がやっていないことでお礼を言われるのは心苦しかった駒木は、一旦受け取ってから当事者に伝えることにした。
少女「えっ、そうなんだー……じゃあ、じゃあー、ぐんじんさんなら、いままでまもってくれてありがとう、だね!」
少女は少し考えた後、元帝国軍の駒木にもやっぱりお礼を言うことにした様だ。笑顔の少女の見よう見まねの敬礼に、駒木と沙霧も答礼を返した。
駒木「ええ、どういたしまして。光栄だわ。気をつけて帰るのよ?」
少女「うんっ!」
少女はぶんぶんと手を振って走り去っていった。服の汚れ具合からして避難民なのだろうが、ここ数日満足な食事を取っているのか、顔色は良かった。
日本海沿岸部に一斉に押し寄せていたBETAも大陸横断中に動きを停める個体が出始めており、上陸攻勢が終息に向かっているので、西日本の復興計画も既に発表されている。大量の人手が必要になるので雇用も生まれるはずだ。
沙霧「……あの笑顔を血を流すことなく見られたのだ。我らの選択は間違っていなかったと思いたいな」
駒木「ええ、きっとそうですよ」
今の少女もそうだったが、前回説明会の直後に戻ってきた時に感じた、市民と軍人の間にあった溝も感じなくなった。
あれはそう、どこかの政治家が軍縮の理由として地球の軍隊は結局ハイヴを一つも攻略出来なかった役立たずだなどと言い始めたことが契機だった。
ハイヴを攻略出来なかったのは事実だが、役立たず呼ばわりはないのではないか。軍人達の政治不信は加速した。だが軍人が拳を振り上げるのは民を守るためであって、自身の尊厳を守るためではない。それに膨れ上がった軍隊をどうにか小さくして民間の経済を回さないと復興に差し支えるのは事実なのだ。彼らは不名誉な風評を歯を食いしばって耐えた。
だがそうすると反論しないからにはそれが図星なのだという風潮が蔓延した。悪循環だ。
そんなときに、世界中の報道機関に一つのビデオレターが届いた。今話題の
モモ王女≪地球の皆様、ご機嫌よう。皆様にお知らせがあるのですが、その前に一つ。わたくし達は、昨今の地球の軍人の皆様が役立たず呼ばわりされている風潮を大変遺憾に思っております。確かに地球上のハイヴを全て潰したのは我々
自分達の手で地球を救えなかった軍人達には
元々月面攻略作戦は『地球人類はただ助けられているだけではない』というアピールのための政治的要素が絡んだ共同作戦だったのだが、この告知により
この配慮について、沙霧達はモモ王女に頭を下げて感謝を述べた。だが聞く所によると発案はトピアで、理由は単純に「恩知らず共にムカッ腹が立ったから」だそうだ。言いたいことをはっきり言うトピアらしい行動原理だった。沙霧にも面と向かって散々に言っただけのことはある。
何でも言ってしまうのは日本人の価値観からするとあまり歓迎されないものだが、互いに黙して語らず相互理解もせずに一方的な決めつけで突然殴りかかるよりは余程良いのだと沙霧にも理解出来る様になった。
トピアの地球人類に対する評価は辛辣だ。トピアはBETAを前にしても人間同士いがみ合って助けがなければそのまま滅んでいたことや、BETAと戦っている最中にクーデターを起こそうとしたこと、更に彩峰中将の目的と行動が全く噛み合っていないことに関しては非常に厳しい意見を言うのだが、一方で今の地球人類があるのは人々を守ろうとした者達の献身があったからだと評価し、それを蔑ろにする者達に怒って意見表明までしてくれている。
やはりこういう所が坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで政府の悪い所しか見ることが出来なかった自分達とは違うのだと沙霧達は省みた。
きっと日本は良くなる。ならばあとはこれまで人々を守ってきた力を、その意地と矜持を正しく示すのみである。ぶつける相手は勿論BETAだ。
沙霧(我が物顔で居座るのも今日までだ。そこで待っているがいい)
沙霧は昼間の空に霞む月を睨んだ。
お気づきの方もいると思いますが、しゃがんだ駒木中尉と敬礼を交わしているのは漫画版マブラヴオルタネイティヴ第5巻Ep.28表紙の少女です。