トピア≪デグさん、G弾の迎撃は順調ですがそちらに援軍は要りますか? いつでも行けますけど≫
リィズの攻性デコイに追いかけ回されながら合間に反撃しているターニャにトピアから通信が入った。存在Xの介入が確認された以上は
これに対し、ターニャは不敵に微笑んだ。
ターニャ≪はい、いいえ、必要ありません。悪魔の手先程度、小官の手で鎮圧してご覧に入れましょう≫
ターニャの迅雷が迎撃を一旦やめて、魔力を集中し始める。
なお上官への返答で否定の言葉から入ってはならぬという軍隊の慣例はトピアが「紛らわしい上に時間の無駄」と切って捨てており、それにマインも同意したので
ターニャ≪リィズ・ホーエンシュタイン! 漸く未来を掴もうとしている地球を滅亡に追いやろうとする貴様の行為は邪悪そのものだ! その邪悪な行為に加担する存在が神であってたまるか! たとえ超常の存在だとしても邪神、悪魔、いいや
一部本心とは違う所もあるが、ターニャは
勇ましいことを言っても地球の防衛に手を割いていて戦力低下しているのは誤魔化せないだろうと嘲笑するリィズの目の前で、ターニャの迅雷は上昇しながらリィズの迅雷と同様に輝き、リィズが生み出した攻性デコイの倍、いや3倍以上を出現させてみせた。リィズの笑顔が引きつった。
リィズ≪そ、そんなはったりィ!≫
リィズが攻性デコイをけしかけるが、ターニャのデコイもしっかり攻撃能力を持っており、あっさり返り討ちにされた。
それに驚愕しているリィズにターニャの迅雷が雷速で迫ってドロップキックをぶちかまし、彼方へと飛んで行く途中でデコイが蹴り返し、更に別のデコイと協力して高速ピンボールを始めた。
リィズ≪どういう……何が起きてるの!?≫
ターニャ≪今日は私にとって特別な日でな≫
リィズ≪何……?≫
ターニャ≪
言いながら、ターニャの攻性デコイはまだまだ増え続けていた。
もはやリィズが再召喚する攻性デコイを即座に消し飛ばしながら、蹴り飛ばしたリィズが次の攻撃を防いでもその瞬間に別の方向から複数の攻撃を加えてピンボールを続行するくらいの余裕が出来ている。
そもそも月面での戦闘からしておかしかった。
そういえば死んでいった戦友達は、ターニャが約束を守ることだけは皆信じていたものだ。これが本物の英霊なのかそれともターニャの記憶と感傷が生み出したものなのかは正直ターニャ自身にも分からない。本物であれば嘘から出た実、瓢箪から駒のようなものだが、しかし何であれ、人の意志の力が超常存在の想定を超えるのは愉快なことである。
――私をナメるなよ、私の大隊を侮るな存在X。
それは前世でターニャが存在Xに面と向かって言い放った言葉だ。この状況はその言葉を見事に体現していた。今やターニャと戦友達の信頼の力は存在Xの奇跡を上回り、その手先を圧倒する程度には成長しつつあるのだ。存在Xがターニャを立て続けに平穏と程遠い世界に放り込まなければこうはならなかった。
英霊のささやきか、記憶が再現する都合のいい幻聴か、彼らがターニャに囁く。
――局長、こいつが俺達を散々後ろから刺そうとしてた奴ですか! まさかこの手でやり返せるとは思いませんでしたよ! 局長閣下を信じてついてきた甲斐があるってもんだ!
欧州防衛戦でBETAと戦い志半ばで散った
――閣下、この期に及んで仲間はずれは御免ですぞ!
フィンランド防衛戦で散ったウォーケン大佐指揮下連隊員の。
――中佐殿! 折角月から奴らを駆逐したってのにこんな奴に地球をやらせてやる道理はありませんぜ!
月で共に戦ったルナリアンの。
――隊長殿、また一緒に戦えて光栄です! 今度は地球の防衛とはまたスケールがでかいですなハハハ!
前世で共に戦った第203航空魔導大隊員の。
そんな言葉がターニャだけでなくリィズの頭の中にまでこだまする。
リィズ≪そんな……嘘よ、人間が人間をそこまで信じられるわけがないわ! だって、
ターニャ≪ハハッ、悪魔の力を借りた貴様に言われる筋合いは無いな! 洗脳を愛と呼ぶ貴様には人間の意思の力は理解出来んだろうよ!≫
それはリィズには全く理解の出来ないものだった。人を裏切り、裏切られ、分断と不信の中に生きてきたリィズには。だって、愛する兄にすら置いて行かれたリィズには、もう信じられるものが何も無いのだから。
だからこそ相手の意志に関わらず
一体目の前の女と自分の何が違うというのか。今リィズの心を満たすのは、惨めさ、悔しさ、妬ましさ、そして絶対に負けられないという意地であった。
リィズ≪ターニャ……ターニャ・デグレチャフ! 私はお前を許さない!!≫
リィズが全方位に膨大な魔力の波動をまき散らして攻性デコイをはねのけ、雷速でターニャ機に全力の跳び蹴りを浴びせた。この攻撃がターニャ機の魔導防殻を叩き割るが、ターニャ機はリィズ機の足の裏をその両腕で受け止めた。
迅雷の腕部に過負荷が掛かり、幾つかの細かいエラーが発生するが、それでも重大な損傷は無く受け止めきった。雷速機動はあくまで魔法で雷の速度に至るものであって、運動エネルギーが雷速相当に増すわけではない。ただ速いだけだ。損傷はどちらかと言うと突撃にリィズの膨大な魔力が乗ったことによるものだ。
ターニャ≪許さなければ何だというのだ?≫
リィズ≪私は惨めなんかじゃない!! 私の尊厳のために死ね!!≫
ターニャ≪面倒な奴だな。だが遅い、チェックメイトだ≫
続けて繰り出されたリィズ機の右拳を掴み、ターニャは術式を発動した。
リィズ≪えっ? がッ!? ああああああ!!?≫
リィズが突然の
ターニャが見るに、リィズはあのメアリー・スー同様に術式を見て真似るのは得意のようだが、戦術的な使い方が全くなっていないのも同じで、素人同然だ。しかもメアリーほどには理不尽なパワーを持っていないので運用の拙さを誤魔化せていない。
問題はそれでも異常に頑丈だということだ。あれだけ蹴り飛ばしても大したダメージが入っているように見えないのだ。迅雷自体の異常な耐久性も謎だが、衝撃と加速Gで機体より先に衛士にダメージが入るはずなのだが。これも存在Xの仕業に違いない。このまま続けては一緒に乗っているテオドールの方が先に死んでしまいそうだ。
それで思いついたのが精神干渉方式の術式で行動不能にするプランなのだが、意識を失わずに痙攣を続けられては
ターニャ≪そうはしゃぐなホーエンシュタイン。私は近接魔導刃には自信があるが、
リィズ≪にッ!!?≫
そもそも洗脳されたテオドールが一緒に乗っているからターニャは全力で攻撃出来ずに打撃で衛士の無力化を試みていたのだが、実のところテオドールが死ぬと困るのはリィズも一緒だ。いやむしろ無駄死にではないと割り切れるターニャよりも唯一無二の存在だと思っているリィズの方が余程困るだろう。
ちなみに普通に撃破していいのならデコイを出すまでもなくとっくに射撃だけでボコボコにしている。両者の間にはそのくらいの技量差があった。そこそこ厄介ではあったが、かつて対峙した三重恩寵の
リィズ機は頭部魔導機関砲やレーザー防御システムで反撃を試みるが、当然それを想定しているターニャ機の再展開した魔導防殻に簡単に防がれた。こうしている間にもターニャ機の魔導刃による管制ユニットの切開は始まっている。
ならばとリィズは阿頼耶識改を解除してテオドールの隣に置いてあった
リィズ≪死ィ、ンおッぼォ!!?≫
ターニャ≪甘いなァ、今なら一方的に殴れるとでも思ったか?≫
リィズが転移直後に殴りかかると、即座にカウンターの拳がリィズの腹部に突き刺さった。しかも周囲や地表攻撃阻止中の攻性デコイは解除されていない。単にリィズの目論見が楽観的だったわけではなく、一般的に見てもこれはおかしい。
ターニャは南北アメリカ各地への攻撃を阻止する攻性デコイの制御を手放せないから阿頼耶識改を解除するわけにはいかず、つまり体を動かそうとすれば迅雷の手足が動く状態なので、自身の首から下を自由に動かすことが出来ないはずなのだ。更に、仮に阿頼耶識改を解除したとして魔導演算宝珠無しの状態になるはずだ。だが結果としてターニャは平然と反撃し、リィズは汚い悲鳴を上げるほどの痛打を貰っている。
原理的にはこうだ。ターニャはリィズとは逆に阿頼耶識改の接続を切り離さずに、デコイを操るように魔法で自分の体を制御していた。つまり
これで負けるはずが無いというか、普通の人間なら一撃で砕け散っている所だ。ただし迅雷と繋がったまま自分の体も動かすなどという器用な真似が出来るのは今のところターニャとステークくらいのものなのだが。
諦めずに
あまりの痛みにリィズが
これもただの拳ではない。ターニャは魔導刃の要領で魔力で拳を覆っており、そこには当然魔法強化エンチャントの威力が乗っていた。しかもターニャの動きは避けながら拳を叩き込む攻防一体の動きだ。リィズは既にその流れに呑み込まれていた。
この後も後ろに下がるほどの余裕もない管制ユニットの中で、リィズは動けなくなるまでひたすらターニャの拳でその無駄に頑丈な体を打ち据えられることになった。
通信画面の向こうではトピアや九十九が幕之内コールで盛り上がっていた。よく分かっていない視聴者もそれに乗せられて、地球全体で盛大な幕之内コールが発生していた。
斯くして、存在Xにそそのかされたリィズの野望は無残に潰えたのであった。