【完結】匠 VS BETA   作:MMZK

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213. こう、あんまりにも救いがなさすぎるんじゃねえのか?

 結果としては月面のハイヴを全て攻略し、地球に対する攻撃を全て阻止し、テロリストの首魁であるリィズ・ホーエンシュタインを捕縛し、強奪された迅雷を奪還し、テオドール・エーベルバッハの洗脳を解くことに成功した。地球の面目を回復する大事な作戦を地球人のテロで妨害されるという局面に至って国連や各国政府は顔を青くしたが、結果的には地球人の手で月奪還だけではないプラスアルファがつくことになったのだ。

 これは地球人の自尊心を大いに回復させ、国連や各国政府にとっても望外の結果となった。スケジュールは多少狂ったが、再び月面の静かの海に赴いて国連と匠衆(マイスターズ)の旗を立て国連を称える賛歌(A Hymn to the United Nations)を斉唱するイベントも遂行出来た。

 ただしこれでめでたしめでたしとはならない。

 

 まずリィズ・ホーエンシュタインが存在Xの恩寵(のろい)を使って洗脳した者達同様にリィズ自身にもリーディング耐性があるため、尋問が捗らず、テロ組織の全貌を解明するのに困難が生じた。

 次に、リィズは魔導演算宝珠相当の聖遺物と一体化しているため、魔導演算宝珠を没収出来ない上位航空魔導師という厄介な存在になっており、匠衆(マイスターズ)でも捕縛し続けるのが困難であるし、地球側では処刑出来るかすら怪しい。

 これら2つの問題については、リィズがかつて東ドイツ国家保安省(シュタージ)に服従していた様に現在は自分をボコボコにしたターニャに怯えているので大人しくしているが、いつまでもそうである保証は無い。尋問に対する回答が正しいかどうかも調査結果を待つ必要がある。

 

トピア「で、最大の問題はこのリィズさんに対する処罰をどうするかなんですが、テオドールさんはどうしたいですか?」

 

 匠衆(マイスターズ)幹部会の会場となっている食堂兼会議室でトピアが重苦しく口を開く。今回ここにはこの問題に対する当事者のテオドールと、その妻であるアイリスディーナが呼ばれていた。テオドールは自分が洗脳されてやらかした上に義妹がテロリストの首魁として暴れ回っていたと知って意気消沈している。

 

テオドール「事情がどうであれ、リィズのしたことは到底許されないと思います」

 

サティ「……それだけ?」

 

テオドール「東ドイツ国家保安省(シュタージ)のスパイだからと18年前に置き去りにしたせいで、あいつはあんなに歪んでしまいました。今からでも助けてやりたいとは思います。しかし……」

 

 テオドールは俯き、拳を握りしめた。その腕をアイリスディーナがそっと支えていた。二人の直接の上官であるターニャはその様子をじっと見つめている。

 実際の所は18年前でも既に9割9分手遅れで、置き去りにしたのはそれにとどめを刺したに過ぎないのだが、それが何の慰めになろうか。

 その空気の重さに耐えかねたラリーが口を挟んだ。

 

ラリー「しかしだな、兄を自由にするために一人で東ドイツ国家保安省(シュタージ)の拷問を受けて、調教されて、狂っちまった結果、その兄にも庇ってもらえず処刑だなんて、あんまりにもだな……こう、あんまりにも救いがなさすぎるんじゃねえのか?」

 

純夏「そうだよ、可哀想すぎるよ!」

 

 兄にも庇ってもらえず、のところでテオドールが更に歯を食いしばった。庇う気がないのではなく、その方法が見つからないのだ。

 

スコア「そこは言ってやるな。テオドールだって本意ではないことは分かるだろう。東ドイツ国家保安省(シュタージ)でやらされた仕事はまだしも、その後10年以上テロリストの親玉として世界を引っかき回してきた上に今後の更生も望めんのでは、流石にどう庇っても精々一緒に死んでやるくらいしか出来ないというのが分かっているんだろう。だが彼には妻や子に対する責任があるからそれすら出来ん」

 

 ラリーに反論するスコアも、沈痛な表情からして心情的には似た様なものであることが分かる。

 

モモ王女「あの口論で存在X(あくま)にそそのかされたテロリストということは露見してしまいましたし、テロリストの首魁であると明言はしていないものの、一般構成員程度ではないことは推察出来たでしょうから、単純に無罪放免では示しが付かないというのもありますわね」

 

ターニャ「は、軽率でした」

 

マイン「構わん。あれで黙っていてはこちらが疑われる」

 

テクス「あれで神の使徒を自称してたんでござるから、どのみち反論はしなければならなかったでござろう。テロリストがまた増えるのも嫌でござるからな」

 

トピア「兄妹の仲を引き裂いたってどういうことなのって聞かれたら、部下や自分の身柄を狙ったテロリストの襲撃を退けてただけってはっきり答えないとデグさんが無駄に汚名を被りますからね」

 

九十九「あの段階で連中をテロリストを支援する神ならぬ存在Xとして周知したのはむしろ機転が利いていたのではないかな?」

 

 トピアとしても流石に真面目に仕事をしていただけのターニャの名誉を地に落とすようなことは到底許容出来ない。善行を奨励し悪行を罰するべきなのだ。

 まあそもそも、放送中だけでもターニャが一人で広範囲の核弾頭着弾を阻止しているのをリィズが堂々と邪魔していたので、その時点でどっちが悪いかは明らかではあるのだが。

 

 ちなみに本日のターニャの機嫌はやや複雑だ。原因の一つは、月面やリィズとの戦いがクローズアップされて『死せる英雄をヴァルハラから呼び戻す奇跡の戦乙女(ヴァルキリー)』として盛んに報道されていることだ。

 儚く散った戦友達への手向けとして始めたことなので、多少目立つことは覚悟していたのだが、どうも思っていたよりも目立ってしまい、戦乙女(ヴァルキリー)の部分がやたら強調されているのが少々気に食わなかった。酷い所では聖女呼ばわりまでされていた。あと伊隅戦乙女隊(ヴァルキリーズ)からの熱視線が鬱陶しい。お姉様扱いするんじゃない。

 より問題なのはもう一つの報道だ。ワイドショー的な番組ではテオドールとターニャとアイリスディーナとリィズの愛憎関係を勝手な憶測であれこれ議論されているのだ。事実に基づいていないのは勿論、ターニャの性自認は未だに男なので不愉快極まりない。

 まあ前世で戦意高揚とプロパガンダのために連日式典に出席させられた時と比べれば、今回は勝手に騒がれているだけなので、耳を塞ぐという対処が可能なだけ大分マシではある。ついでと言っては何だが、事実に反した報道をやめるように匠衆(マイスターズ)から呼びかけまでしてくれている。

 一方、良いこともあった。リィズをそそのかした邪悪な存在に心当たりがあるようだが教えてもらえないかという質問が上がったので、ここぞとばかりに「存在Xとは善悪よりも信仰を最優先とし、そのためには戦争や飢餓を推奨することを厭わない邪悪な超常存在である」という匠衆(マイスターズ)公式回答を叩き付けていた。

 これに関して、まさかBETAもその存在Xの差し金なのではというもっともらしい憶測も広がりつつある。ある意味「BETAは神の使い」という恭順派の主張を肯定する推論ではあるが、戦争と飢えと捕食者を差し向けるのが神の意向だとして、常識的に考えてそんな邪神を信仰しても良いことが全く無いのは明らかだ。

 存在Xとは邪悪な超常存在だという認識が急速に広まっていることに対し、ターニャはざまあみろ存在X! と内心で快哉を叫んだ。

 本日のターニャは、そのあたりの複雑な感情を表情に出さないように努めて無表情を装っていた。

 

 なお部下達からはあれだけ大活躍して称えられているのに全く驕らず、身内がテロリストだと発覚したエーベルバッハ夫妻の問題に心を痛めている大変部下思いの上司だと見られていた。

 

九十九「ここらで論点を整理しておきたいんだが、結局の所刑罰の必要性には2つの側面があることはみんな知っているネ?」

 

モモ王女「再発の防止と、被害者の納得ですわね?」

 

九十九「そうだネ。言っては悪いが、被害者の納得については多少は誤魔化せる。次の被害者を出さないことの方が優先だからネ。どうしても処刑という結論に傾いてしまうのは、今回の場合、生かしたまま再発を防止する選択肢が()()()()からだヨ」

 

トリオ「心が壊れておって更生が見込めん上に、リーディングも通りにくくて演技力も高いけえ、更生したかどうか判定出来んし、演算宝珠と一体化しておるせいでいつどんな手段で脱走するか分からんからの」

 

カミール「改めて言葉にすると本当に厄介だな」

 

シュミット≪魔法が通りにくいから魔法的な拘束も効きにくいものねえ≫

 

 一同思わずため息が漏れるほどの厄介さであった。

 

トピア「でも一つだけ手段がありますよね、ステークさん?」

 

ステーク「いやまあ、あるにはあるが……いいのか?」

 

 わざわざステークに話を振ったことで、ターニャや幹部一同も概ねどのような手段をとるのか想像が付いた。

 ステークはターニャの方を伺った。怨敵である存在Xの使徒を生かしておくのは大丈夫なのかという確認だ。

 手段があると聞いてテオドールは思わず声を上げかけたが、ターニャに何か負担があるのではないかと気付いてこれを堪えた。しかしその配慮に意味は無かった。ターニャ自身がリィズの助命を願う発言を始めたからだ。

 

ターニャ「エーベルバッハ夫妻、それに第666連隊はこれまで小官と地球によく尽くし、多くの人々を救ってきました。どうしようもないお人好し共ですが、()()()()()()を言っても罰は当たらんと小官は愚考致します。それにそもそも、18年前当時、スパイだからという理由でリィズ・ホーエンシュタインを部隊に加えなかったのは小官の判断です。それがこの事態を引き起こしたのであれば、その責任は少なからず小官にあるでしょう。もし助命が可能であるならば、小官からもお願い致したく存じます」

 

 ターニャは懐から紙の束を取り出した。それはテオドール以外の666抽出中隊各員からのリィズ助命嘆願書だった。ターニャに食い下がるリィズの言葉を聞いて、18年前に置き去りにしてしまったことで彼女がどれだけ追い詰められたかを知ってしまい、今からでもどうにか助けられないかと思ってしまったのだ。18年前にはリィズに拷問を受けていた張本人だというのに、本当に底なしのお人好し連中だ。

 しかしよく見るとその中にはターニャが書いた物もあった。しかも助命嘆願書だけではない。自らの過失を認めて指示を仰ぐ()退()()()まで添えられていた。人をお人好し呼ばわりしながらそこまでしてくれているターニャの心遣いに、テオドールとアイリスディーナは目に涙を溜めて感謝した。

 ついでに言うと、ターニャの人格をまだよく把握出来ていない幹部連からも、普段冷徹なふりをしていながらも部下思いな所があるじゃないか、あれだけの英霊を召喚出来る人望は伊達じゃないな、と極めて好意的に受け止められた。トピアと九十九、それから夕呼はターニャのそれが()()()()()()()だと気付いていたが、態度としては見上げた物であるし、結果として誰も損をしていないので黙っていた。

 

 実際の所、ターニャとしては部下の家族の死刑執行にすんなり頷いては却って今後に差し支えると見て、()()()()()()()()()として助命嘆願書をダメ元で書くだけ書いてみたのだ。そのあとの結果までは知ったことではない。ともかく抵抗したという事実が必要なのだ。

 進退伺いについては一応用意だけしておいて、流れによって出すか出さないかを決める方針であった。若干の賭けにはなるが、ここまでターニャを批難する雰囲気が全く無いので、ここで逆に責任感を押し出すことでむしろ上からの評価が上がるに違いないという狙いだ。部下に流されて同じ事をするのではなく、責任者としてリスクがある()()()()()()もう一押しを付け加えるのが評価のポイントだ。

 ターニャは勿論降格などされたくはないが、そもそも自ら認めた過失を帳消しにする以上の実績を既に出しており、匠衆(マイスターズ)という組織がこれでターニャに厳罰を科すようなところではないことくらい把握済みだ。ターニャの足を引っ張ろうとする政敵のような相手も今のところいないし、匠衆(マイスターズ)では露骨に他人の足を引っ張ること自体がマイナス評価だ。

 上からの評価は勿論大事だが、下からの信頼も失ってはならないというのはターニャが2つ前の人生で駅のホームから突き落とされてから学んだことだ。あの惨劇を繰り返してはならない。そして今のターニャはその両方を取る。これが処世術というものだとターニャは自分の成長を心中で自画自賛していた。

 

 結果としてターニャが狙った以上のパーフェクトコミュニケーションを達成出来ていたが、そもそものこれまでの部下からの信頼度がターニャの予測を遙かに超えているので、効果がややオーバーフローしていた。テオドール達は、今度こそ妹を助けてやりなさいと母に背中を押されたも同然の状態になっていた。

 

トピア「ふむ、では条件が揃った所で再度問いますが、テオドールさんは()()()()()ですか? 先に言っておきますが、あなたの要望によってデグさんに何らかの罰が下ることはありません」

 

 トピアの問いと共にターニャがテオドールに神妙に頷いた。内心では上と下の評価を得ながらペナルティも無いとはパーフェクトな結果じゃないかとガッツポーズしていたが、それを読み取られないためのポーカーフェイスである。

 ともあれ、その問いに対しテオドールは改めて想いを言葉にした。

 

テオドール「俺は……俺は、リィズを助けてやりたいです! ……だって、俺はリィズのお兄ちゃん、なんだから」

 

トピア「いいでしょう。どうせならハッピーエンドと行こうじゃないですか」

 

 ようやく望んだ答えを引き出したトピアは、我が意を得たりと微笑んだ。

 

モモ王女「国連との交渉はわたくしの出番ですわね」

 

トピア「ええ、お願いします。……まあテオドールさん達にも()()()頑張ってもらうことになりますが」

 

テオドール「俺に出来ることなら何でもやります!」

 

トピア「今()()()……んん、いえ、何でもないです」

 

 テオドールがいい感じの台詞を吐いたので、トピアは今何でもするって言ったよね、とうっかり口に出しそうになって途中で打ち消した。ボケはTPOをわきまえようということだ。

 

 

 

 翌日、リィズ・ホーエンシュタインに与えられる刑罰が地球の報道機関に伝えられた。

 

・罪状は誘拐、殺人、密輸、テロ等準備罪、その他多数

・死刑相当の罪状であるが、仮称存在Xとの契約により生身での戦闘能力が異常に高く、地球では拘禁も処刑も困難であることから、身柄は匠衆(マイスターズ)に預ける

匠衆(マイスターズ)でも長期間の拘禁には多大なコストがかかり、裁判に時間をかけることが出来ないので本日付で暫定の判決とする

匠衆(マイスターズ)での刑事罰は『()()()()()』。リィズ・ホーエンシュタインが多数の犯罪に及んだのは東ドイツ国家保安省(シュタージ)による苛烈な拷問で人格を破壊されたことが最たる原因であることは疑いの余地が無く、()()()()()()()()はおよそ望めないため、東ドイツ国家保安省(シュタージ)に捕縛されてからの()()()()()()()()()

・これに加え、リィズのこれまでの犯罪行為により発生した損害に対し適切な額面での損害賠償を行うものとする

・更にその賠償額の一部を東ドイツが支払うものとする

・リィズや東ドイツの資産で支払えない賠償は匠衆(マイスターズ)が一旦肩代わりして国連に支払う。新たに余罪が確定した場合、これも改めて支払う

 

 犯罪の再発を確実に防止出来て、記憶消去という重い罰則が実施され、金銭とは言え被害者への全額補填があるのなら現状でそれ以上は望みようがないだろう。

 国連との合意に至った原因として一番大きいのが、被害者への損害賠償を匠衆(マイスターズ)が肩代わりして即金で支払うという所だ。極論、被害者家族にとっては犯罪者を処刑しても殺された家族は帰ってこず、ただ仇を討ててすっきりするという程度のことだが、補償金は自分達の生活を救うという明確な効果があるのだ。完全に納得出来たかどうかは怪しいが、現段階で決着を付けるにはひとまずベターな落とし所ではあった。

 更に有難いのが、東欧連邦や米国は攻撃衛星が勝手に各国を攻撃したことで各国に多額の賠償をしなければならないのだが、その賠償責任の大半を更にリィズ・ホーエンシュタインと東ドイツに負わせ、これも匠衆(マイスターズ)が肩代わりすることを宣言したのだ。単なる金銭問題だけでなく、責任の一部を転嫁出来るという意味でも美味しい話であった。

 ただし昨日の今日で賠償金額が決まっているわけがなく、それが決まり次第即金で支払うという話だ。

 東ドイツは経済に大ダメージを負った上にまたもや評判が急降下してしまい、西ドイツとの対等な統合が益々難しくなったが、身から出た錆である。

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