【完結】匠 VS BETA   作:MMZK

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214. 大丈夫、魔法で幾らでも回復するわ

 リィズの記憶消去というのは、要するにオーバーリザレクションの時間を巻き戻す対象を通常とは逆にしたものだ。

 通常オーバーリザレクションは記憶、つまりは脳のシナプス構造を保持したまま体全体の時間を欠損遺伝子まで含めて全盛期まで巻き戻すが、今回は逆にシナプス構造だけ巻き戻すことになるわけだ。これを成功させるにはまずオーバーリザレクションをマニュアルで使える程度の技量は最低限必要だが、それに加えて記憶の巻き戻しは体と違って見た目に現れないので、記憶巻き戻しの調整にはまさに熟練の技を要する。純夏を救うための一念で修行に明け暮れたステーク以外には当面不可能であろう。

 ただしリィズは存在Xの恩寵で聖遺物と一体化しており、魔法に対する極めて高い耐性があるので、本人の同意無くこれを実行するのはかなり困難であった。そこで匠衆(マイスターズ)は今のリィズに二択を突きつけることにした。

 

1.重犯罪者として処刑を受け入れる

2.東ドイツ国家保安省(シュタージ)に人生を狂わされる前のただのお兄ちゃん大好き少女に戻って義兄と一緒に暮らす

 

 リィズは悩んだ。東ドイツ国家保安省(シュタージ)に人生を狂わされて以降の記憶は大概碌な物ではないし、条件を受け入れて義兄と仲良く暮らせるならばそれはそれで悪いことではない。しかし義兄と自分を引き離したターニャやアイリスディーナに復讐しないまま何も知らぬ少女に戻るのも屈辱だ。絆の力を見せつけるターニャに対して自分が誰にも愛されない惨めな女であるままなのも許しがたい。……とはいえ、ターニャが想定よりあまりにも強すぎて現状で勝てる手段が全く思い浮かばない。今では勝負以前に顔を見るだけで、名前を聞くだけで恐怖ですくんでしまうくらいだ。いっそ忘れてしまうのもありかもしれない。しかし百歩譲ってそれを我慢したとしても、そもそも愛する義兄の隣にはアイリスディーナという邪魔者がいるので夫婦になることが出来ない。

 

テオドール「リィズ、どうにか受け入れてくれないか? これがお前を死なせずに済む唯一の方法なんだ」

 

リィズ「駄目だよ、生きててもお兄ちゃんと添い遂げられないなら意味が無いよ! そんなの死んだ方がマシだよ!」

 

 邪魔者を排除しない限り添い遂げられないというリィズの発言に対し、トピアが首を傾げて疑問を呈した。

 

トピア「……あれ、地球の国家って今重婚を認めてる国が割と多いですよね? 男性人口が急激に減ったせいで」

 

グレーテル「そうなんですよ。だからテオドールをシェアするのは普通に合法なんです」

 

テオドール「シェアって言うな」

 

ウルスラ「あとは当人が合意するだけなんですけどねぇ……」

 

アネット「ガードが堅いんだよな、テオドールは」

 

(ファム)「というわけで、リィズちゃんも難攻不落のテオドール君の牙城を崩す戦線に加わってみない? 私達、同じ目的を持った戦友になれると思うのよ」

 

 現在リィズを拘禁している部屋にはリィズの助命嘆願書を書いた666中隊の面子が押しかけて説得を試みていた。折角死なせずに済む方法が分かったのだから、あと一押しに協力しない手は無いということだ。

 ちなみにイングヒルトはテオドール戦線から離脱して競争率が低いオットー整備士長を選んでいた。人格には信頼が置ける上に、若返ったら案外顔も悪くなく、妻に先立たれて現在は独り身だったので、狙い目と見てアプローチしたのだ。将来禿げるのはヘアケアや魔法で何とかしてもらおう。

 

テオドール「お前らいい加減に……」

 

アイリスディーナ「なあテオドール。記憶を巻き戻したとして父も母もなく、何も分からない状況で想い人が既に取られていてどうしようもないというのは流石に辛いと思わないか?」

 

テオドール「それは……っていや、アイリスまでそっち側なのか!?」

 

 アイリスディーナも自分がテオドールを独占している間にみんな独身のままアラフォーを迎えるとは考えていなかったので、少々考え方を変えた様だった。

 

トピア「というかテオドールさん、リィズさんを助けるためなら()()()()()って言いましたよね? リィズさんを受け入れるのはその何でもの中に入らないんですか? 奥さんの許可は出てますよ?」

 

テオドール「うっ!?」

 

ターニャ「ハハハ、年貢の納め時のようだな」

 

 リィズはそのやりとりから彼らの人間関係を冷静に分析していた。義兄の人気ぶりは概ねリィズが思っていた通りであったが、義兄を多数の女でシェアする計画にリィズまで巻き込もうとする脳天気さには思わず呆れた。だが、少なくとも今後の居場所が無いということもなく、勝ち筋も皆無ではないのは良いことだ。

 リィズは東ドイツ国家保安省(シュタージ)に人生を狂わされる前の自分ならこの状況で義兄を陥落させられるかをシミュレートしてみた。状況として、これまでは東ドイツ時代には東ドイツ国家保安省(シュタージ)に、テロリスト時代にはターニャに邪魔されてきたが、それさえ無ければ勝ち目は十分にある。犯罪者として捕まったリィズの身を未だに案じてくれる心優しいテオドールが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

リィズ(よし!! いける!!! お兄ちゃんと理想の甘々生活が見えてきたぞ!!!)

 

 リィズは意を決して目を見開き、精一杯の精神力でターニャを睨んだ。

 

リィズ「ねえ、私がお兄ちゃんにアプローチするのを邪魔しないと約束してくれる? 書面で」

 

ターニャ「ん? 犯罪行為や業務妨害でない限り元々私は何もする気が無いぞ? あとはテオドール次第だ」

 

 それはそうだろう。リィズには仲を引き裂いている様に見えていた様だが、実際ターニャはこれまで自分と部下を政治介入や犯罪から守ってきただけなのだから。

 

リィズ「……分かったわ、なら契約のあとに私の記憶を消して。今度こそ、今度こそ絶対にお兄ちゃんを勝ち取ってみせるんだから!」

 

 リィズは戦意を滾らせた不敵な笑みで宣戦布告した。

 

 今更言っても仕方ないのでトピアは言わなかったが、ターニャには人望があって()()リィズには無いという結果に至った最たる原因は、()()()()()()()()()()()()()という一点に集約される。そういう人として最も基本的なことを守れない人間は、原理的に社会が排斥せざるを得ないのだ。

 ターニャは色々と価値観が隔絶していて性格もひねくれているが、そういう社会人として基本的な所だけは誰よりも徹底しているのだ。だから突飛な言動が目立っても言ったからには守る人という評価になるし、部下も信じてついてくる。

 一方リィズは東ドイツ国家保安省(シュタージ)で汚れ仕事をやり過ぎて東ドイツ国家保安省(シュタージ)が無くなったあともそういった基本的な事を完全に無視するようになっており、改善しようとしなかったのが問題だ。

 まあ元東ドイツ国家保安省(シュタージ)というだけでも信用はマイナススタートになり、そこからプラスに持って行くのはかなり困難なので、それを考慮に入れるとやはり大体東ドイツ国家保安省(シュタージ)が悪いのだが。

 そう考えると、東ドイツ国家保安省(シュタージ)と関わる前のリィズなら問題無くやっていける見込みはかなり高いとトピアは見ていた。

 

 

 

 リィズの同意を得てステークが魔法を掛け、その記憶と人格を東ドイツ国家保安省(シュタージ)で拷問輪姦調教される前の穢れの無い少女に戻した。

 なお存在Xの恩寵がリィズの意志を歪める可能性があるので体も一緒に過去の状態に戻すことで存在Xの恩寵を引き剥がす案もあったが、まずはこれまで恩寵で洗脳した相手に呼びかけて犯罪者であれば自首させ、未遂の場合はそのまま洗脳解除するというテログループの解体作業に能力が必要なのでひとまず体はそのままとなった。

 また、この状態のリィズは小型で高性能な魔導演算宝珠の研究サンプルとしても貴重であった。何しろターニャの前世でも聖遺物化したエレニウム95式を解析して95式よりは落ちるが従来品よりは遙かに高性能なエレニウム97式を作って量産することが出来たので、成果には期待出来る。ただ現在マナやエクセリオンを検知出来る装置である分子分析機(M.A.M.)は非破壊検査が苦手なので、人体を調査するためには分子分析機(M.A.M.)をまた改良する必要がありそうだ。

 

 記憶を巻き戻されたリィズはまず両親の死亡に衝撃を受け、次に愛する義兄が結婚して子持ちになっていることに絶望した。しかし(ファム)達がリィズを慰めつつ今なら重婚可能だと吹き込んだことで、リィズは案の定テオドールへの猛アタックを開始した。(ファム)達にとっても、無邪気な好意の塊になったリィズがテオドールの鉄壁の防御をこじ開けることで既成事実を作り、そこから一斉に雪崩れ込むことを目論んでいるので、この状況は都合が良かったのだ。リィズのポジションは、このような打算がどうしても混じってしまう今の(ファム)達には到底真似出来ないものなのだ。

 

 なお6人を相手にするのは流石にテオドールが死なないかという問題については、

 

シルヴィア「大丈夫、魔法で幾らでも回復するわ」

 

 シルヴィアが表情筋を微動だにさせず平然と言い切った。ただし腕はヴァルターに絡ませながらだ。検証済ということだろう。

 

テオドール「こいつ、言いやがった!?」

 

アイリスディーナ「今更何を言っている? そうでなくては私が妥協出来るはずがないだろう」

 

グレーテル「というわけで、少将閣下が混ざっても大丈夫ですね?」

 

ターニャ「私が何故()()()()()()()()()()()に欲情せねばならんのだ。そろそろ怒るぞ?」

 

 リィズが言い出したターニャがテオドールに懸想しているに違いないという疑惑がまだ打ち消しきれておらず、ターニャにとっては非常に不愉快なことになっていた。

 本当は年齢ではなく性別の方が問題なのだが、それを正直に言ってしまうと同性愛者と思われてしまうので大っぴらに言うわけにもいかず、ターニャとしても弁解が苦しい所だ。

 

ウルスラ「今は同じくらいですよ?」

 

ターニャ「そういう問題ではない。兎に角私がテオドールに気があるなどという根も葉もない噂を信じるんじゃない、分かったな!?」

 

第666抽出中隊「イエス、マム!」

 

 これ以降ターニャとテオドールとの仲を無理に進展させようとする者は居なくなり、ターニャもようやく誤解が解けたかと胸をなで下ろしたが、実際の所第666抽出中隊は「やはりデグレチャフ少将閣下は妻ではなく母……!」という認識を強くしただけであった。

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