FICSITの
カテリーナ「問答無用で攻撃する気は無いようね。通信を繋げなさい」
カテリーナが今いるのは社長室ではなく、警備部の管制室だ。ここの方が全体の状況を見やすく、交渉の為の通信にも適しているからだ。
通信士「は、……いえ、相手側から通信が入りました。社員用の回線です。従業員番号は05192.83.3845.710.8.192b」
カテリーナ「社員用の……? まあいいわ、繋ぎなさい。映像はメインスクリーンへ」
カテリーナが指示すると通信士が手際よく回線を繋ぎ、正面の大型ディスプレイに相手の姿が映った。
サティ≪どうも、ご無沙汰しております。
サティ・カフェイン・トリファクスと名乗った相手は普通に通信席に座っており、拘束されたような様子は無い。艦長席には耳の尖った銀髪で浅黒い肌の女が座っており、その右隣の副長席……いや、提督席と思わしき所には半透明のぬいぐるみを抱えた金髪碧眼の少女。左隣には桃色の髪の上に小さな王冠を乗せた豪華なドレス姿の少女、更に操舵席にはどう見ても子供にしか見えない人物が座っていた。
艦長席の女は古代の伝承から昨今のフィクションにもよく登場するダークエルフとかいうのによく似ているが、まさか本当に宇宙人なのだろうかとカテリーナは訝しんだ。いや、耳だけなら特殊メイクなどでどうにでもなるだろうから、断定するにはまだ早い。
カテリーナ「……ええ、よく無事に戻ってきてくれたわね。私がFICSIT
カテリーナがサティの帰還を歓迎する旨の言葉を掛けて名を名乗ると、サティは覿面に喜ぶ様子を見せた。その様子からはあからさまな好意が見えるのだが、カテリーナはサティに好かれるようなことをした覚えが無い。社員ID凍結を先送りにした件だってサティの行方が分からなくなってからの話だ。
状況を理解しかねたカテリーナは、まず単刀直入にこの状況がどういうことなのかを尋ねてみた。その間にスティーヴは社員情報との比較を行って、通信を送ってきたサティというのがまず間違いなく行方不明となった社員本人であるという情報をメインスクリーンの隣に表示していた。また、行方不明調査の一環で分かっていることとして、カテリーナCEOを尊敬することを公言してはばからない人物であるらしい。なるほど、それならば現在の態度と符合している。カテリーナとて、一代でこの会社を興した自負はあるのだ。
サティ≪はい、かなり荒唐無稽な話なのですが、まずは最後まで聞いていただけますと幸いです。40日ほど前のあの日、私がワープを終えると全く見知らぬ星に辿り着いていました。位置としては
カテリーナ「そう……」
どのくらい荒唐無稽な話なのかと思いながら聞いてみれば、早速別の世界とか神様とか言い出したので、カテリーナは平静を装いながらもサティの正気を疑った。例のメールの内容と一致してはいるが、にわかには信じがたい。身柄を攫っていった宗教関連の何者かに
サティ≪その世界の危機というのが、BETAと呼んでいる異星起源種なのですが、資源を採掘するために惑星上に巣を作って、採掘に邪魔な生物を悉く殺して回り、資源打ち上げシステムを兼ねたその巣から着陸ユニットを打ち上げることでまた別の星に降り立って採掘を始めるという厄介なものなのです。正直FICSITの武装だけでは太刀打ち出来ない相手でした≫
サティの説明に合わせて画面上でBETAの映像が再生されていたが、見た目が半端に人間的で気色悪い。管制室に詰めている人員の内数人が吐き気を催していた。しかも体長が最大でkm単位になりレーザーで長距離狙撃までする宇宙生物など、FICSITでは未だに遭遇していない。
しかし本当ならばBETAとやらの行動原理がFICSITの業務内容に非常に似ているのは何とも皮肉なことだ。いや、だからこそその尖兵である
スティーヴはそれが何らかの創作物ではないかとデータベースを漁っていたが、それらしいものは全く見つからなかった。
サティ≪それで、その星からのBETAの駆逐は無事済んだのですが、戦力を整えるために持ち寄った技術を結集することになり、私に使えるFICSITの技術を全面的に使ってしまいましたので、事後承諾の形になりますが改めてその使用許可を取りに来た次第です≫
カテリーナ「……長期間所在不明の言い訳をしに来たわけではないのね?」
サティ≪あー……フィステイン神からは連絡しておいたと伺いましたが、やはりそのような扱いでしたか≫
残念そうではあるが、言い訳をしに来たにしてはサティの態度はあまりにあっさりしている。さてはあの武装宗教団体に鞍替えするつもりでもう未練が無いのだろうか、とは思うものの、それにしたってカバーストーリーと証拠映像が凝りすぎているし、カテリーナに対する好意がいまだにあるのも謎だ。
カテリーナ「ええ、まあ確かに連絡自体はあったけれど、流石に神様がどうこうと急に言われても信じがたいことは、貴女ならわかるでしょう? あと、社員IDはそのまま維持してあるわよ」
サティ≪えっ!? それはありがとうございます!≫
カテリーナ「FICSITとしても
折角好意を持たれているのだから、カテリーナもサティの業績を高く評価していることをアピールしておくことにした。勿論交渉を少しでも有利にするためだが、これはリップサービスではなく事実を告げているだけだ。
サティ≪はい、こちらがフィステイン様です≫
フィステイン神≪いやはや、人の子らが自主的に発展してくれるのが嬉しくてあまり手を出さないようにしていたのだが、こういう時には困ったものだね≫
画面の中のサティが後ろを振り向くと、その背後に理知的な面持ちの男が現れた。それもカメラのフレームの外や扉から入ってきたのではなく、突然現れたのだ。カテリーナから見て好みのタイプだが、怪しげな宗教団体の関係者で頭も回りそうだと思うと警戒心が先に立つ。
更に不思議なのは、発音は英語なのに頭の中ではイタリア語に聞こえることだ。カテリーナは先ほどから英語で会話しているが、母国語はイタリア語である。
フィステイン神≪やあ、初めましてカテリーナCEO。私がこの世界の管理をしているフィステインだ。私は君の会社を非常に高く評価しているのだが、神として認識してもらうのに何か妥当な証明方法はあるかな?
実際にプロキシマ・ケンタウリbの自転速度が変わってしまうとまず軌道エレベーターが速度についていけずに崩壊する危険があるし、それ以外の影響も多岐にわたるだろう。公転速度が変更されたとしても、人工衛星が墜落するなどの被害が発生するだろう。
カテリーナ「初めましてフィステイン様。FICSIT社
自称神であるフィステインが神の証明手段としてやたら迷惑な方法を提示してきたので、万が一本当に出来てしまう場合を想定して、カテリーナは人間には出来ないが被害が少なそうな方法を提案した。
フィステイン神≪なるほど、恒星の色の変更か。良い提案だ。人間には難しくなおかつ私にとっては簡単だし、それでいて物理的影響が少なそうだからね。……よし、早速変更してみたけど、証明は出来たかな? ああ、熱量自体は変えていないから安心してくれていい≫
カテリーナ「……は?」
通信スクリーンの隣にはプロキシマ・ケンタウリの観測映像が映っており、赤色矮星の色が徐々に変わって青く輝き始める所が観測出来ていた。青い赤色矮星という時点でもう矛盾している。まさか夢でも見ているのかとカテリーナは自分の頬をつねったが、どうやらこれは現実のようだった。