トピア「ではまず師匠、情報本部から現状の説明をお願いします」
揃った面子を一通り見回したトピアが情報本部長である九十九に発言を促すと、九十九は操作デバイスを持ってぴょこんとテーブルに飛び乗り、説明を始めた。
九十九「ウム、吾輩からだネ。この天の川銀河の周辺宙域調査の進捗だけどネ、まず大前提となる天の川銀河の位置関係から見てもらおうかな。以下が太陽系から見た主要な天体の距離と方向だヨ」
・天の川銀河中心 = 射手座A*:27,100光年、赤経17時間45分、赤緯-28.9度
・プロキシマ・ケンタウリ:4.24光年、赤経14時間29分、赤緯-62.7度
・バーナード星:5.96光年、赤経17時間57分、赤緯+4.7度
・ルイテン星:12.4光年、赤経7時間27分、赤緯+5.2度
この大前提に対し、1/3ほどは納得もしくは既に知っている風で、残り2/3は全く理解していない風であった。理解しているのは大体宇宙生活に馴染んだ超科学世界出身者か、インテリ層だ。
その中で物怖じせずに即挙手したのが純夏だ。
純夏「あの、赤経とか赤緯って、何ですかっ!?」
そこには無知と見られることを厭わず分からないことは素直に質問出来る勇気があった。九十九から見てもそれは好ましい性質だ。それでこそ教え甲斐がある。先日の神聖銀河騎士団の醜態を見るまでもなく、知ったかぶりや出来るふりというのは人間の成長を阻害するのだ。
九十九「ウム、良い質問だネ純夏君。まず地球の地面で言う経度や緯度は分かるかな?」
純夏「はい!」
九十九「では次に天球だ。これは実際には存在しないが、地球上から空を見上げた場合に天体の位置は天球というドームに並んでいる
純夏「はい! 大丈夫です!」
九十九「宜しい。では次に、その天球の原点をどこに取るかの問題だ。何しろ季節によって星の見える方向は変わってしまうからネ。そこで、春分の日の太陽の位置を原点に取る。これが春分点だ。春分点から経度と同じく東側に一周するのが赤経、緯度と同じく北側に90度、南側に-90度でそれぞれの極点に達するのが赤緯。こうして地球から見た天体の位置を座標にしているわけだネ」
この説明に対し、純夏はまた首を傾げた。
純夏「……? あのう、太陽の位置って太陽しか見えないんじゃないですか?」
九十九「ウム、その通りだヨ! しっかりイメージ出来ているようで素晴らしいネ! 実際には春分の夜には春分点とは反対、秋分点側の星ばかりが見えることになるヨ。そして秋分の夜には春分点側の星が見える。だから天体観測は継続が大事なのさ」
純夏「おー、奥が深い……」
九十九「なお赤経は1周24時間で、反時計回りだ。赤道上に北側に頭を向けて寝そべると、正面が0時、左が6時、後ろが12時、右が18時になる。時刻で示すのに反時計回りなのがややこしいポイントだネ。先に挙げた例では、春分の日に地球から太陽を見て右手側にバーナード星があり、その30度ほど下に天の川銀河中心があることになる」
純夏「なるほど! よく分かりました!」
バーナード星は地球から見て大体銀河中心方向に約6光年。純夏にとってはこれだけでも友達に自慢出来そうな知識だ。この後早速リィズに教えてあげようと純夏は決心した。
九十九「しかしこの赤経・赤緯の座標はあくまで地球から見た座標だ。天球上の赤道、いわゆる天の赤道と銀河の公転面である銀河面には62.9度もの角度が付いているので、地球中心座標だと銀河が大きく傾いた状態で座標を取らなければならなくなる。これでは銀河における位置を表記するには無駄に複雑だ」
ラリー「ん、銀河中心の角度は-28.9度じゃなかったのか?」
九十九が一旦周囲を見渡してみると、ラリーと同じ疑問を持っている者は少なくないようだ。
九十九「……フム、これも少し分かりづらいから説明が必要だネ」
九十九はインベントリに何かないかと探して、たまたま入っていたセラミックの輪っかを2つ取り出し、両手に持った。プランターなどを作る際に使う素材だ。指も無い手でどうやって持っているのかは未だ以て謎である。
九十九「例えばこの右の輪っかが地球の赤道、左側の輪っかが銀河だと思ってくれたまえ。こうして水平にしたまま輪っかを横に並べると、地球の天球上で赤緯0度に銀河中心があるのは分かるネ?」
一同が頷いたのを確認して九十九は説明を次に進める。
九十九「そして両者の位置関係を変えないままこう、左側の銀河をねじる」
九十九は左手の輪っかの中心を動かさないまま回転させて、右手の地球側から見て横一文字だったのを縦一文字にした。
純夏「あっ!」
九十九「こうすると、銀河中心は赤緯0度方向のまま、天の赤道面と銀河面の角度は90度になる。赤緯と傾き角度が別の数字になっているというのはこういうことだヨ。実際空を見ると天の川は斜めになっているだろう?」
ラリー「なるほどなあ」
純夏「すごいよ師匠さん、わたしにも分かった! 師匠さんは先生になれるよ!」
九十九「ハハハ、ありがとう」
難しそうな概念の理解に至ったことに純夏は大興奮であり、その称賛に対し九十九は素直に礼を言った。勿論ラリーや他の面子もこれで理解したようなので問題は無い。
師匠の指導能力が称賛されることに対し、当然トピアは満面の笑顔である。
九十九「それでだネ、地球を原点とするのは同じだが、銀河面と銀河中心方向を基準として座標を取るのを銀河座標系という。しかし赤道座標系から銀河座標系の変換にはそこそこ複雑な行列計算が必要になる。大学の理系学部で習うくらいの数学だネ。これは色々と長くなるので、太陽系近傍の恒星や銀河の座標を銀河座標系に変換した計算結果だけを示すと以下のようになる」
九十九「この銀経、銀緯が銀河中心方向と銀河面を基準とした銀河座標系の角度で、銀河平面上の距離というのは、銀河面を平面としてプロットした場合に地球からどのくらいの距離にプロットされるかという数字だ。実際には銀緯によって平面の上下にずれる天体の位置をその上下を無視して一律銀河面に投影してプロットするからやや短くなるわけだネ。例えばこのGJ1005なんかは16.28光年の距離にあるけど、銀緯が-76.2度あるので図のプロット上ではプロキシマ・ケンタウリより近くになる」
純夏「う、うーん?」
九十九「ハハハ、分かりづらかったかネ。ではこちらの図を見てみてくれたまえ」
九十九「まずこちらが銀河座標系で銀河面にまっすぐに描いた太陽系近傍の星図だヨ。図の上側、0度射手座方向が銀河中心になっていて、そこから左にややずれた6光年近い所にバーナード星系があるのが分かるネ? 折角だから色分けしたけど、この範囲の恒星系は全てBETAが来てないか駆逐済となっているヨ」
ハビタブルゾーンに惑星が存在する恒星系を生命発生環境として太い黄色の枠で示しているが、これは地球人類がそのまま居住可能という意味ではない。惑星表面に水が液体で存在出来る条件が揃っているので、生命が誕生し生息している可能性があるというくらいの意味だ。もの凄く寒い、暑い、重力が強すぎる、大気組成が違いすぎるなどの原因により地球人には適していないこともある。
なので当初サティが入念にはじまりの星の大気組成をチェックしていたのは当たり前の話であったし、クラエル神が改造する以前、アンリミテッド世界でも地球人類がほぼそのまま移住出来るくらいの環境であるバーナード星系はまさに奇跡のような代物であった。
まあそのくらい環境が適していたからクラエル神もバーナード星の第1惑星を
テクス「流石にこの近くは全部駆逐済か元々BETAが来ていない星ばかりになってるでござるな」
トリオ「この近辺は有人惑星がここと地球しか無かったけえ、それを気にしなければあとはAIにBETA殲滅アルゴリズムを入れておくだけで自動的に駆逐完了するからの」
サティ「別の世界ではFICSIT本社があるプロキシマ・ケンタウリ星系やFactorio工業本社があるルイテン星系のあたりも既にBETAが征服済だったのよね」
ボルクロ「別の世界と分かっちゃいるが、あんまり気分のええもんじゃなかったの」
トリオ「この世界の惑星ルイテンbには元々ドワーフがおらんかったのが救いといえば救いかの」
トゥーブ神によると、ドワーフはトゥーブ神が意図的に惑星ルイテンbの環境をいじって生み出した知的生命体なので、マブラヴ世界の惑星ルイテンbには元々いなかったのだ。
ステーク「この分布を見ると、オルタネイティヴ5計画の移民先がバーナード星系というのも方角的には間違ってなかったんだな」
ステークの言う通り、バーナード星方面は殆どが緑色、BETA未到達となっていた。逆方向は青、BETA駆逐済エリアなので、
夕呼「それはBETAを発見した当初の火星の方向とハイヴの成長段階、それに近隣恒星系の観測結果から安全な方角の推測を立てたみたいよ」
テクス「あながち偶然でもなかったわけでござるな」
スコア「色々出鱈目なオルタネイティヴ5といえど、流石に移住先の安全性評価は真面目にやっていたようだな」
夕呼「そりゃあ自分が逃げる先でもあるんだもの」
ラリー「ハハッ、そりゃそうだ」
スコアの発言は最低限の責任感を認める意味でのものだったが、競合相手の情報を集めた結果としてそれを知っていた夕呼の評価はにべもなかった。
トピア「まあこの世界ではその避難先のバーナード星系にもBETAが来てたわけですけれども」
クラエル神の数あるやらかしの中の一つであるが、今現在は安全が確保出来て住みやすい星になっているので結果オーライだ。
ただBETAが襲来しただけでなく、様々な偶然の結果危機対処能力が異様に上がって
Wikipediaに各天体の距離、赤経、赤緯は掲載されているのですが、銀経と銀緯は掲載されていないため、自力で計算する羽目になりました。
赤道座標系→銀河座標系への変換計算式は
https://ieyasu03.web.fc2.com/DDAstro/5-Celestia.html
の5.2と5.3を参考にしています。
ただしこれだけでは逆関数アークタンジェントの特性で銀経が-90度~+90度の範囲、星図でいう所の上半分だけになってしまうため、地球から目標の天体への方向と地球から銀河中心方向との角度差を内積から算出して、これが90度以下か以上かで銀経を銀河中心方向側180度範囲(270度~90度)とその反対側(90度~270度)に振り分けています。