ターニャがディスプレイに大マゼラン雲の星図を出して説明を始めた。
大マゼラン雲は棒渦巻銀河の痕跡が残る直径3万光年ほどの不規則銀河で、桃色に光りながら恒星を生み出し続けるタランチュラ星雲、ヤマト2199で言う所の七色星団が付随することで有名だが、その作戦図は大分シンプルだ。
大マゼラン雲は不規則銀河だが一応銀河面は取れるので、ほぼ太陽系方向を南として、東(East)・西(West)・南(South)・北(North)・上(Top)・下(Bottom)方向の座標を取っている。大マゼラン現地で活動する各艦隊での方位もこの座標が基準となる。
何故太陽系基準かというと、例によってバーナード星系や銀河中心よりは天体観測情報が充実しているのと、
ターニャ「ご覧いただけます通り、大マゼラン雲の半径約1万5千光年のうち外側から制圧を進めて半径約9千光年より外側を制圧済み、更に約8千光年~9千光年の間を掃除中となっております。この掃除中の領域も既にハイヴの排除は終わっており、生産設備の建設が進んでいます。二面図からも分かる通り三次元状に囲んでおりますが、球形とも楕円球形とも言いがたく形に乱れがあるのは、最前線から内側を観測したときに100光年先にBETAとは別の何か、軍用BETAと推定される仮称GAMMAが観測出来る位置で一律侵攻を停止しているためです」
テクス「つまり相手を一方的に発見出来る状態でござるな」
100光年先なのだから、通常の光学観測に頼る限りは布陣したばかりのこちらの軍勢があちらから観測出来るのは100年後ということになるが、100年以上前から存在するあちらの軍勢は、100年前の状態の観測で妥協すればこちらが先に観測出来るというわけだ。
BETAが大マゼラン雲に送る物資パッケージに観測機器を取り付けて偵察するプランも提案されたが、このパッケージの航行速度は精々第四宇宙速度の2倍程度であり、1年かけても1/279光年しか進まないので没となった。
他にも新開発の二重空間超越レーダーを使って今現在の大マゼラン雲中央部を観測する方法も無くはないが、これは逆探知のリスクがあるため実施されていない。
二重空間超越レーダーというのはワープ航行時に用いる空間超越レーダーを発展させたもので、空間超越レーダーとは超空間レーダーを発展させたものだ。
まず超空間レーダーとは何かというと、ワープに使用する超空間内で周囲の探査に使用するレーダーだ。超空間は実空間と物理法則が色々と異なるため、通常のレーダーとは区別して扱われる。
次に空間超越レーダーとは、実空間から超空間を、超空間から実空間を観測するレーダーで、ワープイン前に超空間の状態を探査し、ワープアウト時に実空間の状態を探査することで、安全を確保するものだ。これが無ければワープイン時に他のワープ航行中物体に衝突する危険があるし、光学観測で10年前の状態しか分からない10光年先へのワープアウトなど危なくて出来たものではない。そのため、空間超越レーダーは基本的にワープエンジンとセットで搭載されていると思っていい。
更にその発展型の二重空間超越レーダーとは、実空間から発したレーダー波を超空間経由で目的地の実空間まで飛ばして往復させることで光速を遥かに超えたリアルタイムに近い観測が可能なレーダーシステムだ。
非常に便利なのだが、飛ばしたレーダー波が相手に届く原理上、100光年先のGAMMAに対して使うと逆探知されてしまう危険があるので、事前観測に関してはこれを使わないことになったのだ。
また、空間超越レーダー以降はパッシブで動作させても相手が空間超越レーダーを使っていない限り原理上意味が無い。
ターニャ「あくまでも100年前の状態という前提ですが、観測結果から推定されるGAMMAの宇宙布陣戦力は
かつて
トピア「思ったほど多くはないですよね?」
九十九「そうなんだヨ」
マイン「フン、デグレチャフ元帥、この程度もはや物の数ではないことを説明してやるがいい」
ターニャ「は」
まあ味方艦隊の総数を知らなければ脅威に感じるくらいの戦力ではあるだろうということで、ターニャは事前に用意していた安全対策の説明を始めた。
ターニャ「皆様ご安心を。
その数を聞いた
ターニャ「配置は居住惑星軌道とその一つ外側の惑星軌道との間の半径を基準とした球面状で、一例としてこちらが太陽系の様子です」
ターニャが言う通り、映像では地球と火星の間に外敵を睨むように無数のインファクトリ級が停泊していた。1個基幹艦隊500万隻ごとに固まって軌道半径球体表面を覆う形だ。
各基幹艦隊の基本的な陣形は球形陣だ。
インファクトリ級を20kmに1隻並べていくと1隻が占有する空間体積は8,000km3、500万隻で400億km3。この専有体積を基準にして球体状に500万隻を並べると、400億km3になる半径は2,120km、直径にすると4,240km程になる。
およそ中心に位置している旗艦からどの方向を見ても2,120km先までインファクトリ級が並んでいる形だ。
次に地球軌道と火星軌道の中間が1.26天文単位 = 10.5光分なので、球体表面積が1380光分2 = 498万光秒2。
面積を2万で割って1個基幹艦隊あたりの担当範囲が249光秒2。平方根を取って15.8光秒 = 473万km刻みに基幹艦隊が配置されていることになる。
流石に473万km先となると隣の基幹艦隊は本来殆ど見えないサイズだが、太陽系に配置されている各基幹艦隊は敢えて発光信号を出し続けて位置を知らせているため、巨大な球面に大量の光が瞬く光景になっていた。しかも同時に明滅しても距離によって光が届く時間がずれるので、近い所から順に光の波が広がっていくように見える。
なかなか幻想的な光景であり、このビジュアルインパクトによって、
なお事前に用意していないと最も遠方の基幹艦隊からの光が届くのに発光信号送信開始から21分掛かってしまうので、これは元々想定して用意していたデモンストレーションだ。
他の星系の艦隊も発光信号を送信し始めたので、そろそろ各文明の母星上からも見えるようになる筈だ。
ラリー「これで1日の生産数の0.36%程度だってんだから大概だよな」
ラリーが0.36%と言うのは1星系あたりの1000億隻のことではない。全防衛戦力10兆8千億隻の方だ。
何故こんなトチ狂った物量になっているのかと言えば、まず天の川銀河には恒星がおよそ3000億個存在する。そして原始知性体以上が存在する約2万を除く恒星系を埋め尽くす勢いで
「加減しろ莫迦!」というツッコミがどこからか聞こえてきそうな、時間断層工場も吃驚の過剰生産体制であり、銀河総力戦体制とでも言うべき状態である。銀河を埋め尽くす鋼鉄の秩序には機械化帝国もニッコリだろう。なお機械化帝国の反論は聞かないものとする。
縮退炉を搭載した主力艦を餃子よりも気軽に量産する、それが
あくまで無人の恒星系を利用して生産力を拡充しているために民間の生活には全く影響は出ていないが、このまま増やし続けても正直軍艦の置き場に困るので、この戦いが終わった後は一旦生産休止した方が良いだろう。
スコア「思えば遠くに来たものだな」
サティ「……ちょっとやりすぎたかしら?」
わずか1年でこの量になったのは、大体は徹底的に生産計画を突き詰めたサティ生産部長のせいである。
ジョンストン卿「そのお陰で安心して見ていられるのだ、文句などあるはずもない」
フガル「いやはや、話には伺っておりましたが、1個基幹艦隊500万隻でも我らの戦争を終わらせたインファクトリ級をその2万倍ずつ配置ですか……実際に目にするともはや笑うしかないですが、頼もしい限りですね」
ダグ「ホッホッホッ、我々の同胞も安心して出征出来るというものですぞ」
投票権持ち文明の大使達は和やかに談笑しているが、投票権持ち以外の加盟文明代表大使達には、あのとき加盟を決断していて良かったという安堵が広がった。特に上納金を要求されるわけでもないのに加盟して
なお実際に求められているのは金銭ではなく信仰力なので目に見えて支払うものが無いという話であった。今回の手厚いサポートと発光信号による存在アピールも、各加盟文明にありがたみを実感してもらうためのイベントにすぎない。発案は
この会議の模様は未加盟のままの文明にも放送されており、最低限通信機を確保していた比較的まともな文明からは改めて加盟の要請が相次ぐ事態となった。珠瀬部長率いる応対部と外交部は大忙しである。
勿論こうなることを予期して準備はしていたのだが、一斉に殺到すると個別に折衝する余裕などないので、この期に及んで加盟条件をそのまま呑めない文明が後回しになるのは仕方の無いことであった。
なお欲をかいて交渉失敗したのに外敵を追い返したと喧伝しているまともでない方の文明に対しては、オーバーテクノロジーで民衆に対して一方的に放送しているだけで相互通信手段が無いので、大嘘がばれて暴動が起きたとしても自力で何とかしていただきたい。
正直な所、大マゼラン雲が立体的にどういう形をしているのかが調べてもさっぱり分からないので上面図は適当です。